第七十一話 潜入
第七十一話 潜入
サイド 宇佐美 京子
「お嬢様、準備が整いました」
「そう、わかったわ」
午後十時半。裏門近くで待機していた所に、黒薔薇男子高校にある電子的なセキュリティーの無力化に成功した知らせが届く。
「それはそうと、いい加減ちゃんとした連絡手段をもって」
「?」
「なんで現代なのに伝書鳩なの……」
腕に乗った白い鳩に餌をやる黒江に、思わず頭を抱える。
「そんな、私のエカテリーヌ十六世になんの不備があると言うのですか!?」
「スマホとまでは言わない。せめてガラケーでもいいから電話を持って」
「いーやーでーすー」
「めーいーれーいー」
「ちっ、前向きに善処する事を検討していきたいと思います」
「そうね、そうして……あれ、待ってそれ結局なにもしないやつ」
「ささ、鍵を開けますよお嬢様。急ぎましょう」
「聞いて?主の話しを聞いて?」
監視カメラの類は無力化されているので、黒江が堂々と南京錠に手袋をつけたまま指をあてる。電子錠じゃなければ、彼女にはアレで十分だ。
それから数秒でカチャリと音がし、黒江が横向きのシャッターを押し開いていく。
中は暗い駐車場だ。たしか、教員や事務員用だったか。
黒江がランタンをかざし、その明かりを頼りに進んでいく。
「お嬢様だってローテク装備じゃないですかー」
「普段は文明の利器をフルで使うわよ。というか、素材と作り方はハイテク」
身に着けている物も、普段のスーツから黒と紺の戦闘服に変えている。それこそ特殊部隊のコスプレみたいな恰好だ。コスプレっぽい理由は、主に魔術用の装飾が多いせいだが。
特殊部隊っぽい恰好だが、一応普段使いではない予備のスマホは持っているだけでそれ以外の電子機器は持ってきていない。
というのも、偶に現代の機器を問答無用で使用不能にする結界や空間が存在するのだ。こういう事件だと特に。酷い時は身につけていた現代の道具は、気づかぬ間に全てはぎ取られる場合もあるらしい。
魔術師は、はっきり言って弱い。手をかざして呪文を唱えたら、兵士を何人も吹き飛ばす魔術が使えるのなんて一部の例外を除けばアニメの中だけ。
魔術を使って人を殺すよりも、拳銃を使った方が安上がりだし確実だ。正面から戦ったら、凄腕の魔術師でも銃を持った一般人に一騎打ちで殺される。
ではどうするか。単純だ、銃を使わせなければいい。
電話も、暗視ゴーグルも、ライトも、車も、飛行機も。魔術よりも優れた物を使えなくしてしまえば、すなわち魔術が最も優れた物となり、魔術師は最強となる。これも、一部の例外を除く必要があるが。
時間をかけて準備して、自分が最も強い空間を作り上げる。それが魔術師の戦い方だ。本来なら、こうして相手の懐に飛び込むのは愚の骨頂。だが、そうせざるをえない状況にもっていくのもまた実力か。
陣地を用意した魔術師への必勝法?空爆。だいたい死ぬ。まあ、偶に空間の『裏側』に陣地を用意する者もいるが、それだけ高度な魔術を使っても現実世界に必ず要石があるから、それを壊せば引きずり出されるので空爆されたら諸共吹き飛ぶ。要石と結界はセットにしなければいけない故に。
閑話休題。
そうして夜の校舎を探索するのだが、めぼしい物は何も見つからない。
誰もいない夜の校舎というのはそれだけで不気味だ。ガランとした教室に、自分達の足音だけ響く階段。廊下は月明りを窓から取り込み、怪しく照らされている。
試しに理事長室に行ってみるが、アナログと電子の両方で施錠されていた。ここからハッキングを頼むのも難しい。今は入れそうにないか。
「ふむ……」
もしや、空振りか?そう思い始めた所で、黒江が立ち止まる。
「お嬢様」
「なに?」
「伏せてください」
一切の躊躇なく、前方に体を投げだす。頭の上を黒江の足が通り過ぎるのを感じながら、前転して体勢を整えた。
「ほわぁ!?」
微妙に聞き慣れた声に疑問を覚えながら振り返れば、こちらの盾になるように構える黒江と、その向こうに尻もちをついた女性。
「……花園さん?」
「や、やあハニー。麗しのメイドさんって、意外とアグレッシブなんだね」
「今時のメイドは特殊部隊相手に戦えて一人前なので」
お尻を叩きながら立ち上がる花園麻里を注視する。
肩の出た白いセーターに紫のロングスカート。足元は編み上げブーツ。そして左目に医療用の眼帯。昼間とそう変わらない恰好だ。魔導書など、魔道具の類は見受けられない。物理武器の類は、黒江に任せるしかないが。
「何故ここに?」
腰後ろの魔導書に指を這わせながら問いかければ、花園麻里が目を閉じる。まさか、ウインクしたつもりなのか?
「それはこっちのセリフさ。昼間、わざわざ偽造した写真を見せてきただろう?これは逆にこの学校こそが事件の鍵だと思ってね。君達が来るのを待っていたのさ」
「っ……!」
気づかれていたか。剣崎蒼太に看破される可能性は考慮していたが、まさかこちらにまで見破られていたとは。
「私もよくやるからね。こう、身持ちの硬い奥さんに浮気の偽造写真を使って『説得』を」
「お嬢様、この方はここで始末した方がいいのでは?」
「ダメよ。やるなら足のつかない所にしなさい」
「あーん、冗談だよぉ。じょ、う、だ、ん☆」
ひらひらと手を振るう花園麻里だが、突然その表情を真剣なものに変える。
普段とのギャップか、はたまた元々顔立ちは整っているからか、得も言われぬ迫力があった。
「真面目な話ね?こういう所は来ない方がいいよ。とても危ない」
「あら、ご忠告どうも。警察の御厄介にならないよう気を付けるわ」
「そうじゃない。もっと恐ろしいものさ」
彼女の言葉に、自分の中で魔術師としての意識をあげていく。どうやら、花園麻里も『こっち側』を知っているらしい。
「三回」
「……なんの数字かしら」
「私が明らかに既存の常識からは逸脱した事件に巻き込まれた回数さ。それも、今年の一月からのね。それまでは、まさか超能力や魔術。そして怪物が実在するとは思わなかったよ」
肩をすくめてみせる花園麻里に、小さく納得する。
彼女の魔力は本当に一般人のそれだ。剣崎蒼太のような怪しさはない。また、黒江から見てもただの一般人だという。一応情報部も少し動かしたが、女癖が悪い以外は常人だった。
そんな彼女がこっち側を知るとなれば、単純に巻き込まれたとしかありえない。
「酷い事件ばかりだったよ。一回目の事件では推しのアイドルが死んじゃうし、二回目ではそろそろ収穫できる女の子が死んじゃった。三回目では苦労して弱みを握れた未亡人が、廃人になって実家に帰ってしまったよ」
この女本当に一般人にカテゴライズしていいのかしら。なんだかとっても失礼な気がする。世の中を真面目に生きている一般の方々に。
「この世に科学では説明できない『理不尽』は存在するのさ。だから、この件からは手を引いた方がいい。もしくは、銃を持った人をたくさん寄越すとかさ」
「あいにく、そういう手段はとれないの」
銃を持った兵士を突入させる。なるほど、魔術師を殺すには十分な殺意だ。下手をすると操られる可能性があるのと、そんな事日本の街中ではそうそう出来ない事を除けば。
なにより、これは『私の宿題』だ。故に、家の力は私の裁量に任されている範囲のみでしか使わない。御父様や、お爺様にお願いするのはそれを放棄するという事だ。
「そっか……」
「わざわざ警告しに来てくれた事には感謝を。けど、だからこそ貴女も帰りなさい。それ以上こちら側に踏み込む必要はないわ」
うつむいた花園麻里にそう呼びかければ、彼女が顔を上げてほほ笑んだ。
「よし、じゃあ私もついていこう!」
「不要よ」
「まあまあ、これでも修羅場は何度も突破しているのさ。足を引っ張ったりはしないよ」
ドヤ顔でサムズアップする彼女を、どうやって帰したものか。強引に帰らせようとすると暴れそうだし、騒ぎを起こされては困る。
どうにか穏便に……黒江にKOさせた後、特製の魔法薬でも嗅がせるか。
「お嬢様、同行を許可するべきかと」
「黒江?」
視線を花園麻里に向けたまま、黒江が口を開く。
「ここまで接近を気づけなかった彼女のストーキング技術は目を見張るものがあります。それに、力づくでどうにかしようにも、花園様の回避能力は一級品。無駄に時間をとられ、最悪警察も巻き込んで身動きが取れなくなるかと」
黒江の言う事はもっともだ。
初対面の時、剣崎蒼太の事を聞いていたら突然お尻を鷲掴みにされたのは驚いた。そもそも、常に警戒している黒江の不意をついて私にそんな事ができる段階で異常なのに、直後彼女を相手に鬼ごっこを成立させている。
ナイフ一本あればヒグマだろうと狩ってくる黒江に対して、だ。一筋縄ではいかないだろう。
「それに」
「それに?」
「肉盾にしても良心が痛まない相手は貴重です」
「そうね。同行を許可しましょう」
「わーい!凄く嫌な理由で採用されたぞぅ」
変態を一人追加して、校舎の探索を続けた。
* * *
校舎に侵入してから三十分ほど。校内にある三つの倉庫のうち、最後の一つを探し終わる。
「ここもなし、か」
完全にあてが外れた。
普段生徒が立ち入らず、雑多に物があっても不審に思われない。かつ、魔術師は普段から整備できる。
そんな条件が揃っている場所として倉庫に何かあると踏んでいた。
だが、結果は収穫なし。やはり理事長室か?それとも校舎の外で敷地内のどこか?なんにせよ、ずっと校舎を歩き回るわけにもいかない。警備員もいるはずだ。それに見つかるのは面倒くさい。
いや、面倒なだけならいい。なんらかの魔術師が出てきたら、相手の陣地で遭遇戦になる。
一応、その辺の木っ端なら強引にひっくり返せるが……同格かそれ以上なら負けるだろう。逃げるのも難しい。
「あっ、そう言えば」
花園麻里が、何かを思い出したのか手を叩く。
「木村さんのとこの奥さん。旦那さんがここのOBらしいんだけど、西の校舎に使われなくなった第四倉庫があるって話しをしていたような」
「使われなくなった?」
「そうそう。けど、昔から使われている所を見た事ないとも言われていて、旦那さんの世代では七不思議の一つに語られていたとかいないとか」
それは……確かめる価値がありそうだ。
早速西館に向かい、花園麻里の先導で二階の奥へと向かう。そこには少し古びた扉が施錠され、『第四倉庫』と書かれていた。
「黒江」
「はい」
「まあ待ってピッキングは私の特技」
「開きました」
「あれぇ?」
呆然とする花園麻里を置いて、慎重に扉を開ける。先頭は黒江が入り、続いて自分が。どうやらトラップの類はないらしい。
だが、それでも『当たり』ではあるようだ。
「これね」
倉庫の左奥。やけに武骨な木箱が詰まれており、その一番上から魔力を感じ取る。
黒江に床へと降ろしてもらい、中を改めれば水晶玉が一つ、紫の台座に置かれていた。更に、木箱の内側には魔法陣も書かれている。
……見るんじゃなかった。
刻まれた魔法陣。その精緻さだけで、実力差を感じてしまう。どうやら、自分の想定はかなり甘かったらしい。
この学校で何らかの魔術を行使している。あるいはしようとしている魔術師は、自分よりも遥かに格上だ。差があり過ぎて具体的にどの程度なのかもわからない。
あるいは、宇佐美家当主であるお爺様よりも……。
「撤収よ。今夜はこれを見つけられただけで十分」
「かしこまりました」
「え、もう帰るの?」
スマホで木箱の中を撮った後、元の位置に戻して倉庫を出る。鍵もしめなおし、足早に廊下を歩く。
靴跡は残らないよう魔法薬をまぶしてある。痕跡は残っていないはずだ。私と黒江は手袋をしているし、花園麻里には何も触らせていない。最悪、足がつくのは花園麻里のみ。
「あれ?」
「っ!?お嬢様」
花園麻里の気の抜けた声と、黒江の切羽詰まった声。彼女らの視線は窓の外にあり、夜空を見上げている。
「まさか……!」
自分も窓に駆け寄って空を見上げる。そこには、紅い月が怪しく輝いていた。
「しまったっ」
どこでトラップが発動した?それとも箱にでも自動防壁があったのか?
原理は分からない。だが、事実は一つ。
『カカカカカカ――』
むき出しの歯を鳴らしながら、その辺の教室から歩み出てくる骨格標本。いや、違う。あれは紛れもなく本物の人骨で構成されている。
スケルトン。創作物でしか、私でも知らない怪物が手に錆びた剣を持って次々と溢れてくる。
「黒江」
「はい」
武骨な革手袋をギチギチと鳴らしながら、黒江が構える。
自分達は今、敵地のど真ん中にいる。
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