第七十話 裏
第七十話 裏
サイド 剣崎 蒼太
黒木と別れ、宇佐美さん達と合流する。
「蒼太くん」
「はい」
「私、新しい扉を開いたよ」
「トイレの扉でも開け閉めしていてください」
「君にはまだ早かったね……『こっち側』は」
「行きたくねえよそんな臭い所」
やけにスッキリとした顔の美女が残念な事を言っていたので、雑に対応しておく。
麻里さん……美女なのに俺がこんな対応するなんて、貴女だけの特別なんですからね。
「え、待って。今なんかキモイ波動を感じた」
「黙れ」
とりあえず、また走行中の車内で情報共有を行う。
なにがあれって、この車内。さっきまでいたファミレスよりも居心地いいんだよね。お金持ちの車ってすげえわ。
ただし、宇佐美さんに九条さんと、美女二人と同じ空間にいるので自然と緊張してしまうが。麻里さん?アレは見た目がいいだけの生ごみなので、ちょっとしか緊張しない。
「というわけで、グウィンにちょっかいをかけていた生徒は阿佐ヶ谷龍二っていう二年生だそうです」
「なるほど……」
ランスとグウィンが最近上手くいっていなかった事。そしてそこに滑り込むように阿佐ヶ谷龍二という生徒が絡んでいた事を宇佐美さん達に伝える。
「……岸峰グウィン君の家に行ったけど、彼の服が数着なくなっているのがわかったわ。それも、無作為に選んだという風でもなかった」
「そう、ですか……」
「置手紙も、彼の筆跡であると確認ができたわ。間違いなく今回は家出ね」
宇佐美さんの言う通り、グウィンは家出をしたのかもしれない。
奴が俺との事で、ランス共々罪悪感を抱いていたのは聞いた。そして、その傷が癒える間もなく阿佐ヶ谷という先輩がちょっかいをかけた事も。
精神的に追い詰められてもおかしくはない。なんせグウィンはまだ十五歳だ。色々と考えてしまう年頃でもある。肉体や環境の変化。それだけでも人は強いストレスを抱えるものだ。
前世の自分も、高校に上がったばかりの頃は色々四苦八苦したなぁ……。
「……私としては、もう彼はこの街にいない可能性が高いと思うの」
そう宇佐美さんが言うと、九条さんが数枚の紙を取り出す。
駅の防犯カメラと思しき写真にはグウィンの姿があり、切符か何かの購入記録が書いてあった。
「大阪行きの新幹線に乗って、既に遠くにいるはずよ。ここでの調査はもう無意味ね」
何故だろう。宇佐美さんの言っている事は筋が通っている。そのはずだ。
「剣崎君、花園さん。あなた方のここまでの協力、宇佐美家の人間として感謝するわ。けど、二人もそれぞれの生活があるでしょう。これより先は、警察と私達に任せてちょうだい」
第六感覚が、『嘘』を感じ取っていた。
「わかりました。色々と大変だと思いますが、どうか俺の幼馴染をお願いします」
* * *
夜。時刻は午後十一時を過ぎている。
宇佐美さん達と別れてから、一度家に戻り『準備』をして、食事や入浴を終えて街の中を歩いている。
幸い明日は土曜日だから、翌日の学校を気にしなくてもいい。まあ、もとより一晩程度の徹夜、この体は苦ともしないが。
どういう理由かは不明だが、宇佐美さんは嘘をついてまで俺と麻里さんをこの一件から引きはがそうとした。であれば、それが善意であれ悪意であれ、ここからは単独で動くほかない。彼女らは魔法に関わる存在だろうから、今回もそうなのかもしれない。
武骨なブーツが、コンクリートの地面を踏むたびに硬い音を響かせる。
貝人島の一件で、魔法使いが一般的でないものの公務員としても存在する事を知った。つまり、野良の魔法使いがいてもいいのではないだろうか。明里の様なケースもあるのだ。
ならば、自分は『ただの魔法使い』として振る舞えばいい。
これより向かう先、黒薔薇男子高校には『夜になると怪物が出る』という噂がある。あくまで勘だが、事実なのかもしれない。そうでなくとも、黒木がああも必死に止める理由があるのだ。
荒事を想定した方がいい。だが、普段使いの鎧は『蒼黒の王』とか呼ばれて有名らしい。ネットにまで東京を走りまわる自分の姿が出ていてびっくりした。明里は何故か映っていなかったが。電話で聞いたら『カメラの位置ぐらい把握してますよ』と返された。
あの娘、普段何を想定して街を歩いているのだろうか……。
まあそれはともかく、そうして電話した時に一般的な魔法使いの服装というやつを相談した。
残念ながら二人ともそういう事に詳しくなかったので、彼女が普段集めていたという全国の怪しい人物の目撃情報のうち、魔法が絡んでいそうな人物を割り出し、彼ら彼女らの服装を参考にした。
それが今の恰好である。
昔のイギリス紳士が来ていそうな黒のコート。各所には紅い逆十字が描かれたそれに、同色の革で出来た帽子。
コートの下にはやたらベルトの巻かれた黒装束。銀の金具が月明りを反射する。
足元は少し前まで米軍で使われていたというブーツ。腰の後ろにはナイフも装備しているし、なにより右手には一メートル程の杖も握られている。先端にメッキの飾りが施され、紅い宝玉が埋め込まれている。
……正直、中二臭くないかと思う。だが。
『大丈夫です!それが魔法使いの正装に間違いありません!』
と太鼓判を押し、美国のお礼だとわざわざ送ってくれた明里の事を考えると着ないという選択肢もない。
ちなみに、紅い部分は全部自分の血だ。杖の宝玉も含めて。鎧の代わりに身に着けるのだから、せめて性能は盛りたかった。服飾は専門外なので、気休め程度だが。
一応指に剣を変化させた指輪もしている。しかし蒼黒の王、焔を彷彿とさせる要素は出来るだけいれたくなかった。
それにしても……箇条書きにすれば『女の子にコーデしてもらった』『更にその女の子から送られた衣服』と……もしや、噂で聞いた恋人の間で行われる『私の好みの恰好をして』なのでは?
いや、明里とは付き合っているわけではないのだが、それはそれとして、ほら……あの娘、自分に気があるのでは?
かー!困ったなぁ。あれかな?普段スマホのテレビ電話でこちらの視線に気づいては。
『おや、スーパーパーフェクト美少女たる私に惚れましたか?まあ真っ当な人類なら仕方のない事ですね。三回まわってワンと鳴いた後、五体投地でお願いするのなら優しくふってあげますが?』
という発言はもはやただのツンデレなのでは?
おいおい、名探偵きちゃったよ……もう俺は恋愛マスターを名乗っていいよ。
これは……この一件が終わったら告白するしかあるまい。ああ言いつつも、実際は土下座でお願いすればデートの一回ぐらいならいけるはず。中学時代、黒木に頼んでやり込んだ恋愛シミュレーションゲームで得た知識が火を噴くぜ。
すまない響、黒木。俺、先に大人の階段上るよ。今夜は怪物どもとのランデブーだが……来週は巨乳美少女とラブロマンスさ☆
「フ、クフ……フフフフ」
「ままー、あれなにぃ」
「し!早く窓を閉めて!」
なにやら近くの家から聞こえた気がするが、きっと気のせいだ。もしくは愛のキューピット的なものが見ていてくれているのだろう。
そんな事を考えていたら、黒薔薇男子高校に到着した。
放課後すぐには残っていた活気は消え失せ、不気味なまでの静けさが校舎を包んでいる。正門は閉ざされ、監視カメラも光っている。
予想通り正面からの侵入は不可。なら、別の所から入ればいい。
学校の周りには四メートルほどの厚い壁が設置され、隙間一つありはしない。一応裏門もあるが、あちらも正門と同じ様な警備がされている。
だが、『たかが』四メートルの壁。
そちらにもいくつかの監視カメラがあるのだろうが、夜の闇にこの服装。全力で動けば個人の特定など出来まい。
適当に付近の家が少ない位置で、軽く膝を曲げて跳躍。あっさりと壁を跳び越えて敷地内に侵入する。
森、とまでは呼べないが、中々に自然豊かな校庭だ。というか、事前情報なしなら自然公園と言われた方が納得する。
そう思いながら進んでいけば、校舎に突き当たる。ネットで拾った大まかな地図だと、校舎を挟んだ反対側にグラウンドが。ここから左に体育館。右にテニスコートなど、だったか。
校舎を軽く見上げてみれば、どことなく西洋の白を彷彿させるデザインだなと思った。
まあ、今はこのやたら広い学校の事はどうでもいい。夜間出る怪物とやらに用がある。
グウィンの失踪に関係するかどうかはわからないが、それでも手がかりと呼べるのはこの辺ぐらい。ランスや阿佐ヶ谷龍二に接触するのも考えたが、それは明日にでも考えよう。
なにより、推定魔法使いの宇佐美さんが『この地でこれ以上の捜索は無意味』と言ったのだ。逆にこの土地に何かあると考えたくもなる。
窓を割って侵入……は、バレそうだな。化け物とやらが校舎内ではなく、敷地内全般で出るのならいいのだが。
……いや、違うな。敷地内どころか校舎にも怪物はいないかもしれない。
あまりにも静かすぎるし、魔力の流れも違和感がない。とてもじゃないが、人外のそれが徘徊しているとも思えない。潜伏している、という可能性もあるが、そうならば噂になるのもおかしい。
であれば、『この学校であってこの学校でない場所』か。
杖をゆるりと突き出しながら、魔力を流し込む。すると、杖の先端が空気に波紋を作りながら消えていく。
それでも杖の重さは変わっていない。つまり、見えなくなっただけで消滅したわけではない。
魔力を杖先の紅玉に流し込み、拡散してく。空間の波紋がどんどん広がっていき、徐々に『穴』があいていく。
こちらとは景色に変化は見られない空間。だが、その魔力の流れは酷く歪だ。なんと表現していいのかわからないが、『なにもかも』がぐちゃぐちゃな気がする。
数秒程考えた後、穴の先へと足を踏み入れた。即死性のトラップがあるかもしれない。未知の空間故、第六感覚を頼りにするしかないだろう。
穴を潜り抜け、周囲を見渡す。前方には白い校舎。後方には自然公園じみた木々のある校庭。
変わらぬ物ばかりのなか、ふと空を見上げれば。
血のように真っ赤な月が、こちらを見下ろしてきていた。
「ビンゴ、らしいな」
ガサガサと音を立てて、校庭の方から気配がやってくる。
その者達は子供と間違う程小柄な体躯をしていた。二足歩行で歩く影が見えるうえに、シルエットも人型な事から警備員か見回りの教師かもしれないと思うだろう。
だが、紅い月明りがその姿をさらけ出せばすぐに彼らが人でない事がわかるだろう。
全身を緑色で染め上げ、黄色い目がギョロギョロと動いている。長く突き出た耳に、大きくねじれた鼻。むき出しの黄ばんだ歯はむき出しで、数メートル離れたこちらにまで不快な臭いをまき散らしている。
身に着けるのは粗末な腰布と、錆びた剣のみ。刃こぼれだらけのそれは、普通に斬られるよりもよほど痛みと恐怖をこちらに与えてくるだろう事は想像に難くない。
『ゲゲゲゲゲ』
ゴブリン。創作物の中で語られる人に似た体を持つ異形どもが、目の前で嗤っていた。
読んでいただきありがとうございます。
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剣崎の服装に関して
一般魔術師A「いや、不審者として目撃情報があるならもう魔術関係なく不審者では?」
一般魔術師B「というか、普通の魔術師は人に魔術師ってわかる恰好そうそうしないよ」
一般魔術師C「ごめん、そもそもその目撃情報っていつの話し?何年前?」
某パーフェクト美少女「深夜テンションで決めました!まあ蒼太さんなら着る前に変だなって気づくでしょう!」




