第六十九話 宇佐美京子式探索術+九条黒江の呼び声
第六十九話 宇佐美京子式探索術+九条黒江の呼び声
サイド 宇佐美 京子
剣崎蒼太をファミリーレストランに置いてきた後、自分達は岸峰グウィンの自宅へと向かった。
ただし。
「じゃあ、花園さんを頼むわね」
「ちっ、わかってまーす」
今舌打ちした?私主よね?黒江はメイドよね?
ぐっと色々な事を飲み込んで、車の座席で簀巻きにされたまま放置されている花園麻里をチラリと見てから、小声で黒江に喋りかける。
「終わったら連絡するわ」
「くれぐれもお気をつけて」
花園麻里はどうあっても自分達と一緒に行動しようとするだろう。だから、下剤で動きを止める必要があった。きちんと私が調合した後に残らない物である。
「ふぉぉぉぉぉぉ……!」
……調合、間違えてないわよね、私。
目を見開いて脂汗を掻き、口をパクパクさせてもはや軽口すら言えない様子の花園麻里に、一抹の不安を覚える。
「ご安心ください。ただ私が予定より多めに食べさせただけです」
「どの辺に安心する要素があったの?」
「いやぁ、多く盛ればそれだけ楽かなと。見張る私が」
「お願いだから用法用量は守って……」
「てへ☆」
無表情でテヘペロされてもどうすればいいのか。
とにかく、車で去っていく彼女たちを見送り、チャイムを鳴らして岸峰家を訪ねる。
「はい、どちら様でしょうか?」
「こんにちは。私、宇佐美京子と申します。岸峰グウィン君の事で電話させて頂いた事について、訪ねさせて頂きました」
事前に電話をしていた事もあり、あっさり玄関ドアが開かれる。出てきたのは童顔の女性。写真で見た岸峰グウィンの母親だ。
「宇佐美さんの所の……どうぞお上がりください」
「失礼します」
手土産か何か持ってくるか迷ったが、一人息子が行方知れずなのにそういうのは不謹慎かとやめておいた。
詳しくはないが、一般家庭としては中々の広さがある家にあがり、応接間に通される。
「本日訪ねさせて頂いたのは、警察からグウィン君が家出をしたのだと聞いたからなのですが……本当でしょうか?」
単刀直入にそう聞けば、岸峰夫人が困ったように頷いた。
「ええ。本当に困った息子で……突然自分探しの旅だなんて」
「自分探し?置手紙にはそう書かれていたのですか?」
「ええ。恥をさらす様ですが、あの子は恋愛関係で色々問題を起こした事がありまして……その事をまだ気にしているようなのです。それがきっかけで、一度自分の気持ちに整理をつけたいと」
「なるほど……手紙を見せて頂く事は?」
「構いません。こちらとしても、わざわざ『本家』が捜索に協力して頂いたのにこのような形だったとは……」
「いえいえ、同じ一族なのです。助け合うのは当然でしょう」
そう、岸峰家はわが家と親戚関係にある。向こうは、縁を切ったつもりだったようだが。
というのも、この二人はいわゆる『駆け落ち』という奴だ。旦那さんが別の家との結婚一カ月前の段階で、突如『好きでもない相手と結婚などできない!』と言ってこの奥さんと駆け落ちしてしまったのだ。
彼の実家やうち、そして相手方の家は多大な迷惑をこうむったし、縁を切るという声も多数あがった。件の実家の方もだ。
だが、お爺様だけは自分の甥可愛さに縁を切らずにいたというわけだ。その一件で発生した被害も全てお爺様が引き受けた。
……あの妖怪じみた人が、ただ善意だけで甥の恋路を守り、繋がりを持ち続けるとは思えないが。
「こちらが、息子の残した手紙です」
「拝見します」
岸峰夫人が戻って来て、一枚の手紙を差し出してくる。内容は、さきほど彼女が言った事と相違ない。筆跡も、事前に読んだ岸峰グウィンの文字と同じのようだ。
筆跡鑑定士というわけではないが、魔術の応用でその程度はわかる。間違いなく、この手紙は彼本人が書いたものだ。
「なるほど、ありがとうございます」
そう言って手紙を返す瞬間、魔力をほんの微かに流し込んだ。
「いたっ」
「おっと」
岸峰夫人が眉をしかめ指を押さえた。紙で指先を切ったようで、僅かにだが血が出ている。
すぐさま懐から取り出したハンカチで傷口を覆う。
「大丈夫ですか?」
「ああ、ありがとうございます。でもかすり傷ですから」
「いえいえ。こういう小さな傷でも危ない時はあります。流水で洗った方がいい」
「はい。あ、ハンカチ。すみません、洗ってお返しします」
「構いません。それより、治療を」
「は、はあ」
かすり傷に対して頑なに治療を促すこちらに、少し首を傾げる岸峰夫人。だが、結局は引き下がってくれた。
洗面所に行くという彼女を見送り、ハンカチについた血を確認する。
よく、『目は口程に物を言う』と言われるが、魔術師としてはそれらよりも『血液』こそ全てを教えてくれる。
懐から取り出した化粧水に見せかけた魔法薬を少量振りかければ、血の色が緑に変色した。
なるほど、やはりか。
「お騒がせして申し訳ございません」
「いえ、お構いなく。それより、グウィン君の部屋を拝見してもいいでしょうか?」
「え?」
きょとんとする岸峰夫人に、優しく笑いかける。
「彼の行先を調べるために必要な事なのです。本職ほどではありませんが、こういったプロファイリングは馬鹿にできませんから」
普通なら、こんな事を言った所で不審に思われるだけだ。警察でもない小娘が、プロファイリングの真似事などできるはずがない。
だが、『今の』彼女なら。
「わかりました。そういう事でしたら」
もっともらしく言えば、簡単に受け入れる。そういう状態だ。
彼女は魔術による精神の干渉を受けている。継続してかけ続ける物ではなさそうだが、思考能力は低下しているはずだ。
誰が、まではわからないが。例のアプリといい噂といい、随分ときな臭くなってきた。お爺様が『宿題』などと言ってくるわけだ。
「この部屋です」
「失礼します。ああ、それと一人にして頂けますか?神経を集中させたいので」
「わかりました」
廊下に岸峰夫人を置いて、一人部屋の中へと入る。
入室する前に耳を澄ませたが、特に気配は感じられない。無人か。行方不明のはずの岸峰グウィンが中にいるかも、とも思ったが。そうはいかないらしい。
男子高校生の部屋……というには小物が多く彩も少女趣味な部屋だ。勉強机の横には写真を張り付ける用のボードがかけられ、何枚もの写真が飾られている。
改めて岸峰グウィンの姿を確認する。
腰近くまで伸びた艶やかな金髪に、海のように青い瞳。幼さが残る童顔はまるで天使のように愛らしく、華奢で小柄な体躯もあって保護欲を刺激される。
一見美しき少女にしか見えない、中学のブレザーを着た少年。その右側には黒髪の美男子、剣崎蒼太が。その反対側には短く金髪を切りそろえた美丈夫。たしか、彼が大泉ランスだったか。
それ以外にも、中学時代に撮ったと思しき写真がいくつも貼られている。どの写真も楽しそうだ。そして、全てに剣崎蒼太の顔が写っている。
相変わらず、写真越しでさえ吸い込まれそうになる顔だ。やはり剣崎蒼太は人間ではないのでは?
彼は、剣崎蒼太は神が手ずから作り出した芸術品……なんて、臭いセリフまで浮かんでしまう。
意識が逸れた。今は捜査に集中しよう。
しかし、集中しようとした矢先、頭の隅にひっかかるものがあった。もう一度写真を見ていく。
……やはりだ。どこにも高校に入ってからの写真が見当たらない。そして、恐らくこれらの写真は大泉ランスとの不倫……不倫?が起きる前だ。
彼にとって、色々と思うところがあったわけか。例の置手紙とも一致はする。
次に勉強机を見ていくが、物が少ない事に気づく。小物類はあるのだ。だが、いくつか教科書が並べられているスペースに空きがある。行方不明になった時かばんに入っていたのか?
引き出しも探るが、二重底や日記の類は無し。手がかりは見つからず。
ベッド周り、窓の周辺、ぬいぐるみやクッション。特にめぼしい物はなし。最後に、クローゼットを開く。
中には女物の服が多数。そこは別に驚くところではない。
さて、私は男性の部屋というのに詳しくはないが……今回は同性の部屋として考えるとしよう。
ハンガーにかけられた服は可愛い系の物が多いが、体のラインが出づらい物ばかり。几帳面な性格の様で、どういう時にどの服を着るのかわかりやすく並べられている。また、クローゼットの下の方には夏服や冬服がしまってあった。
だが、その時違和感を覚える。かけられた衣服から、妙に空きがあるのに気が付いたのだ。
一着や二着ではない。岸峰グウィンは、何らかの意図をもってここから持ち出した?では本当に家出?
しかし、そうなると彼の親に魔術がかけられている事に説明がつかない。彼や彼の父親には魔術は一切継承されていないはずだ。だから、岸峰グウィンが使ったとも思えない。
情報はいくつか得られたが……代わりに、新しい謎まで手にしてしまったようだ。
* * *
サイド 九条 黒江
「早く出てくださーい」
宇佐美グループの系列店。その一つでトイレをお借りし、花園様を放り込んですでに三十分。
『も、もうちょっと待って……』
随分と苦戦しているようだ。いやぁ、大変だなぁ。
まあ罰があたったのだろう。具体的に言うと彼女が靴の爪先に仕込んでいだカメラの事とか。これまたベタな手を。今回の一件が終わり次第ブタ箱に叩き込んだ方がいい気がする。
「早く出てくださーい」
『い、いや、今答えたばかりだよ?』
「いえ、花園様のう●こに呼びかけております」
『そっちに!?あとストレートに言わないで!?』
知った事か。今更その辺で恥じらう歳でもない。
「しかし心は常に十六歳。それが私、九条黒江にございます」
『え、いや、そう。けどあまりう●ことか言わないでね?』
「私は宇佐美京子様のメイド。他の方から指図を受けるつもりはございません」
『私、スカ●ロまでは趣味じゃなかったのに、目覚めちゃう……♡』
「かしこまりました。二度と貴女様の前では言いません」
よもや、この全てのメイドを超越した(自分調べ)マスターメイドたる私に、主以外で頭をさげさせるとは……この変質者、ただ者ではありませんね。
それはそうと。
「早く出てきてくださーい」
『あの、私のアレに呼びかけても答えてはくれないと思うな』
「今のは花園様に言いました。いい加減待つのに飽きたので」
『ちょっと私じゃ君の思いを読み切れないかな!?』
それはこちらのセリフだと、心の中で言っておこう。
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