第六十八話 日向黒木
第六十八話 日向黒木
サイド 剣崎 蒼太
「家出、ですか」
前回同様に宇佐美さん達と合流し、車内で彼女が昼間理事長から聞いた話しを教えてもらった。
「ええ。幼馴染としての意見を聞きたいのだけれど」
「……やるかやらないかで言えば、やります」
「やるの?」
しばし考えてから口を開くと、少し驚いたように宇佐美さんが目を見開く。
「事前調査では真面目な少年だったらしいけど」
「はい。真面目だし優しい奴でもあるんですが……時々、思いっきりが良すぎると言いますか。変な方向にアクセルをベタ踏みすると言いますか」
思い出すのは中一の頃。
同級生が質の悪い先輩に絡まれて困っている時に、あいつと俺が助けに動いたのだ。自分は八割ぐらい内申点目当てだったが、あいつは百パー善意だった。
ただ、だ。その助ける手段が問題だった。一カ月。あいつはその先輩に『なんでそんな事をするんですか』と理路整然と、時には感情的に話しかけ続けたのだ。学校にいれば毎休み時間。休みの日や相手が学校を休んだ時は家や外出先に押しかけて。
普通に教師達や上級生の正義感の強そうな人に根回しをしていた自分としては、『なにしてんだこいつ』という行為だった。イカレてんのかと。
結果、その面倒な先輩はとても大人しくなった。自分が何をするでもなく問題は片付いたのだ。
なお、その後のグウィンの問題行動についての方で、ひたすら教師達や先輩の親御さんに説明と説得祭りをするはめになったが。まさか、事前の根回しをそんな形で使う事になるとは。
あいつは見た目こそ気弱そうだが、実際はかなり直情的な性格をしている。温厚ではある。だが、突如として暴走機関車に変貌する事はギリギリ両立するのだと俺は奴との付き合いで知った。
似たような事が中学時代だけで四回もある。小さい事ならもっとあるだろう。そんな感じの事を宇佐美さん達に説明した。
「そ、そう」
やはりと言うか、ちょっとひいた様子の宇佐美さん。そりゃそうだ。
「その……こう聞くのは失礼なのかもしれないのだけど」
「はい?」
「岸峰グウィンとは本当にただの幼馴染だったの?随分と、気にかけているようだけど」
「あー……」
宇佐美さんの疑問も、頷けるものだ。もしかしたら中学の同級生たちも、こういう理由で勘違いをしていたのかもしれない。
「俺、小さい頃はボッチと言うか、周りには馴染めなかったと言いますか」
前世の記憶や転生時の邪神。色々と思うところがあり過ぎた上に、精神年齢もあって周囲とはまったく馴染めなかったし、馴染む気もなかった。
『そうたくんってあたまいいんだね!けど、なんでみんなとなかよくしないの?それがかっこいいとおもってるの?』
心底不思議そうに、この喧嘩売ってんのかという発言をした奴こそグウィンである。この頃から暴走機関車の片鱗あったな……。
そんな感じで付きまとい、奴目当てで集る者達もこっちにやってきて。結果、斜に構えている自分が馬鹿らしくなってしまったわけだ。
もしもあいつがいなければ、自分は致命的な歪みを持っていたかもしれない。それこそ、鎌足たちの様な。
「恩人なんですよ、あいつは」
「そう、なの」
何か言いたげな宇佐美さんに、ちょっと苦笑を浮べる。
まあ、最初あいつが女の子だと誤認しかけて、ロリコンでもいいかもしれん。となったのは秘密である。ありがとう、第六感覚。変な方向に道を踏み外さなくて済んだのはこのスキルのおかげだ。
精神がまいっている時にね?特殊な性癖を叩きつけるのはやめようね?
「ぶっちゃけ色々勘違いされるのはそういう所だと思うなぁ、私」
「黙らっしゃい」
寝言をほざく簀巻きにされた物体に視線も向けず吐き捨てる。自分でもちょっと思ったよ畜生め。
「ただ、書置きが見つかりづらい所にあったのが少し不思議です。まあ、必要ならやると思いますが」
「やるんだ……」
「やりますね」
あいつは自分が納得のいく為ならグレーゾーンすれすれを走るのも辞さないから。
「話は変わりますが、黒木と話すのは俺単独で」
「あ、ああ、それね。けど、本当に私も同席できないのかしら」
「すみません。あいつ、女性不信な所がありまして」
あいつのアイコンを特定して、少し迷った後会えないかと連絡をとったのだ。本当に俺かといくつか質問されたが、問題なく答えて放課後に会う約束を取り付けた。
だが、条件として顔を合わせるのは俺一人だそうだ。
我が生徒会で、自分以外だと数少ない常識人の一人。だが、黒木は家庭の事情もあり『現実の』女性に対し苦手意識を持っている。なんでも、母親が法律に触れるレベルでかなりアレな人だったとか。
ついでに言うと、簀巻きにされたままシートベルトで椅子に縛り付けられたそこの生ごみも原因の一つである。九条さんが差し出したお菓子を幸せそうに食べている姿は可愛らしいものだ。だが、面白いからとどうか餌をやらないでくれ九条さん。調子に乗るから。
あいつの起こした騒動に自分はよく巻き込まれたわけだが、そのうちいくつかには生徒会メンバーも居合わせたりもした。結果、あいつらの中で女性への不信感が……。
思春期に見た目はいいのに中身がドカスの生命体と接触したばっかりに……。
「じゃあ、予定通り君を送り届けた後、私達は岸峰グウィンの両親に会いに行くわ」
「はい、お願いします」
グウィンのご両親は、どうにも俺に対しいらぬ罪悪感を持っているらしい。いや、内申点が消し飛んだ事についてはちょっと恨んでいるけど。
そんな俺が同席していては彼らも口が重くなるんだろうと、丁度いいから別行動する事に。
「黒江、そろそろ餌付けはやめなさい」
「あ、お嬢様。試しに作った下剤入りのお菓子を食べさせておりました」
「「なにやってんの!?」」
突然麻里さんが、美人がしちゃいけない顔で苦しみはじめた。
「おおおおおお!?」
「ちょ、大丈夫ですか麻里さん」
「そ、そういうプレイかぁぁぁぁぁ……!わ、悪くないね……」
「ある意味すげえなあんた」
* * *
車から降り、待ち合わせ場所のファミレスに入る。
正直、足が重い。ため息をつきそうになる。
前生徒会メンバーと会うのは、正直避けたかった。今回の一件で、かつてのメンバーに情報収集として連絡をとらなかったのは色々理由がある。
何が悲しくて、自分を『ガチホモ男の娘好き』と思っている奴らに会わねばならんのだ。
いや、それだけならまだいい。だが、俺派閥と呼ばれる奴らもランス派閥も面倒臭い奴ばかりなのだ。
俺派閥だと『ランス討つべし!』と叫び出したり、『なぜ奴らを野放しにするのですか!』と俺に怒り出したり、『その様な意気地なしだとは思わなかった……!』と勝手に失望してきたり。
ランス派閥にいたっては『罰を……俺に罰を……』とか言ってきたりするので、勘弁願いたい。特にランス。気にしてないって言ってんじゃん。そもそもグウィンとは付き合ってねえよ。
もうね、疲れる。ただでさえ十二月に色々あって、その影響もあって受験もボロボロで。これ以上付き合っていられるかと。
黒木はその中でもかなりマシな部類なのだが、あいつの兄、晴夫が面倒くさい。俺の派閥筆頭らしいのだが、あいつは会う度に『ランスを討ち会長の座に戻りましょう!』と言ってくるのだ。なんで卒業式の時まで同じ事言ってくるんだよ……。
そんなわけで元々の携帯番号を投げ捨てて連絡を絶ったわけだ。ついでに第二志望の高校名は奴らに知られぬよう死守した。何故か第一志望の学校はバレていたけど。
店員さんに待ち合わせだと言って、見覚えのある顔のいる席へと向かう。
「よお、久しぶりだな。黒木」
「お久しぶりです。会長」
立ち上がって挨拶をしてくる、相変わらずの仏頂面。だがその顔立ちは中性的で整ったもので、服装を女物にすれば少女に見えるかもしれない。声もハスキーと言い通せるレベルだ。
だが。
「……うん。相変わらずだな」
黒薔薇男子高校の制服は学ランだが、その内側に奴はTシャツを着ている。ただ、その……制服の下に着るシャツを、痛Tシャツにするのはどうかと思う。
アップで印刷された金髪の少女が、ウインクしながらこちらに笑いかけていた。
「覚えていたんですね、この『魔法少女マジカルロリータ』のライバルキャラ、猫野宮ニャー子ちゃんを」
「ああ、あれだけ熱弁されたらな」
名前までは覚えていなかったが、それでも毎週放送があった翌日には一時間ぐらいぶっ通しで喋っていたからな。生徒会室で。
ちなみに、猫野宮ニャー子とやらはいわゆる『メス●キ』と呼ばれるキャラなのだが、こいつは『メ●ガキをわからせようとして返り討ちにあい逆わからせされたい』と豪語するちょっとアレな奴だ。
まあ、三次元に興味はないらしいから、無害である。
こいつ、見た目は右目を隠すように髪を伸ばした陰のある美少年なのに……他人がもったいないと思うのは、勝手が過ぎるだろうか。
まあ俺が桃色の青春を送れる確率が上がるから、こいつはこのままの方が好都合だが。うん、ある意味ウィンウィン。
「突然ごめんな、呼び出したりして」
「いえ、僕もあの一件から、顔を合わせづらくて」
「仕方がないさ。あれは色々予想外だったから」
席についてドリンクバーを頼み、早速本題に入る。
「それで、聞きたい事があるんだが」
「岸峰の事ですね……」
どこか気まずそうにする黒木に、頷いて返す。
「ああ。行方不明だって聞いてな」
「一応、学校からは家出だったと聞きましたが……」
「らしいな。だが、お前から見てどうだった?なにか兆候とかあったか?」
「すみません。俺は岸峰や大泉には近づかないようにしていたので。兄も……」
「そうか……そうだよな」
晴夫の事だ。直接顔を合わせて三秒以上経ったら殴りかねないと、接触を避けているのだろう。黒木もそれに付き合っているか、そうでなくとも苦手意識ぐらいはある、か。
「申し訳ありません、お役にたてず」
「いいって。というか、タメ口でいいよ。もう生徒会も関係ないし、そもそも同学年だろ」
ちなみに、こいつは三月生まれで晴夫が四月生まれ。兄弟なのに同じ学年だったりする。
「いえ、もう会長相手だとこれが馴染すぎて」
「あー……まあいいや。じゃあ、グウィンにちょっかかけていたっていう生徒には、心あたりがないか?」
そう聞くと、黒木は少し悩んだ様子を見せる。思い当たる奴がいるのか?
数秒ほど沈黙した後、黒木がぽつぽつと語りだす。
「学校で話題になっている話しを聞いただけで、僕が直接見聞きしたわけではありませんが。『阿佐ヶ谷龍二』という二年生が」
「阿佐ヶ谷龍二、ね」
「はい。黒薔薇男子高校の生徒会長です」
ここでも生徒会長か。なんとも、変な縁を感じるな。
「好青年で正義感が強く、悪事の類は許せない人だそうです」
「へー、恋人もちにアプローチかけるのにか?」
何の気なしにそう言うと、黒木の肩がビクリと跳ねる。
ああ、しまった。例の一件の前は、ランスもそんな感じな評価だったか。
「あ、いや。ランスの事を言ったわけじゃないんだ」
「は、はい。その大泉と岸峰が最近ギクシャクしているらしく、だったら自分がと阿佐ヶ谷先輩は名乗りを上げたそうです。岸峰先輩は人気ですから」
「お、おう」
改めて思うが、男子校の光景じゃねえよ。いや、そういうものなのか?よくわからない。
「なら、その阿佐ヶ谷って先輩がグウィンの失踪に関わっていると?」
「いえ、むしろ阿佐ヶ谷先輩は積極的に岸峰を探しているそうで、学校の雰囲気も彼は犯人ではないって感じです」
「ふむ……ランスは、どうしている?」
思い出すのは、グウィンの事で真剣な顔で話していたり、死にそうな顔でこちらに何かを言いかけては口をつぐんでいる姿ばかり。
だが、それだけ奴がグウィンに恋をしている証拠なのだろう。そんな奴が、今どうなっているのか気になる。
「それが、静かすぎるんです」
「静か?」
「はい。まるで生気が感じられないと言いますか、幽鬼みたいというか……」
「マジか……」
それは……まずいのではないか?グウィンがいなくなった事でよほど精神的にきているのではなかろうか。
あいつは思い詰める所があるから、その辺注意が必要だ。
「まあ、その辺は、うん。置いとくとしよう」
だがまあ、今更自分が慰めに行くのも違うだろう。というか、何故か合うだけでメンタルにダメージを受けているっぽいし。
「話は変わるんだが、『円卓創世記』ってゲームについて聞きたい」
その名前を出すなり、黒木の目が細められるのを見逃さなかった。
「どうしたんですか、突然」
「いやなに。変な噂を耳にしてな。あのゲームをやっていると姿を消すとか」
そんな噂は聞いていないが、適当に言ってみる。雑な鎌かけだが、効果はあったらしい。黒木が小さく息をのんだ。
相変わらず、こいつはこういうのに弱いな。
「そんな噂が?」
「ああ。だからグウィンの行方を捜すために知りたいんだ。あのゲームについて。お前、ネットでゲームの事を怪しむ書き込みしていただろ?」
そう、他の書き込みとは毛色の違う内容をこいつは書き込んでいた。『このゲームはおかしい』と。
「……はっきり言って、謎だらけです。ゲームの要素を箇条書きしたらどう考えてもクソゲーなのに、何故かやっていて面白いって思うんです。好みでもないのに」
「……単純に名作だから、ってわけじゃないんだな?」
「はい。それはあり得ないはずです。そもそも、評価すべき点すら見つからないので、絶対に名作とは呼べません」
「そうか。お前が言うのなら、実際そうなんだろうな」
常人には理解できない魅力。そういうのを出せる芸術家や作家もいるのだろう。だが、それとは違う、別の意味で『理解できない魅力』を出す手段。
専門分野ではないが、心当たりはある。
「ちょっと、ゲームの画面を見せてもらってもいいか?」
「それぐらいでしたら」
黒木がスマホを取り出して、少し操作した後差し出してくる。
それを受取ろうとした瞬間、画面が視界にはいった。途端に、猛烈な不快感が襲ってくる。なんと言えばいいのだろうか。ミミズが肌の上を這った様な、そんな不快感。
「いや、いい。十分だ」
「え?」
「よく考えたら、他人のスマホを触るのはトラブルの元だ、やめておくよ」
作り笑いを浮べて誤魔化す。
今のだけでわかった。あれ、遠隔で魔法を行使している。それも魅了などの精神操作系のだ。
ああいう機械越しに、というのはかなり高等な魔法のはず。それだけの技術を使っておいて、ただの営利目的とも思えない。
「……そのゲームをやっていて体調不良を訴える生徒がいるらしいが、お前は大丈夫か?」
「はい。特に問題ありません」
「そうか、けどあまりゲームに熱中し過ぎないようにな」
「わかりました」
体調不良の原因も魔法関係か?特にそういう感覚はなかったが、単純に自分が無意識にレジストした可能性もある。断定はできない。
「それと、もう一つ質問いいかな」
「はい、いくらでもどうぞ」
「お前のところの学校に、夜になると怪物が出るって噂、本当なのか?」
黒木の視線が、テーブルへと落ちる。
「さあ?ですが、よくありますよね。夜な夜な歩く人体模型とか、笑いだす音楽室の絵画とか。そういう類じゃないですか?」
「ちょっと確かめに行っていいか?夜の学校に」
「ダメです!」
大声と共に立ち上がった黒木に、周囲の視線が集まる。そこまで多くはないが、学校帰りの学生や私服姿の若者たち。老夫婦なども店内にはいた。
「黒木」
「っ、失礼しました。ですが、勝手に敷地内に入るなんて犯罪ですよ。やめておいた方がいい」
「それもそうだな。まあ、ただの興味本位だ。グウィンの捜索に集中するよ」
「そうしてください。僕も協力しますから」
露骨過ぎる態度に一瞬なにかのブラフかとも思ったが、それにしても必死過ぎる。
なんとなくだが……黒木も疲れている印象を覚えた。肉体的というよりは精神的に。自分に会うのが余程ストレスだったという風にも見えない。かと言ってグウィンとは仲がよかったわけでもないので心配もそこまでしていないはず。
いったいどんな心労があるのかは知らない。しかし、申し訳ないが今回ばかりは好都合だった。
「ああ、やっぱり最後にもう一つ」
「え、ええ」
警戒した様子の黒木に、声を潜めて問いかける。
「呼び出しておいてあれだけど、ここは割り勘でいいか……?」
奢ってくれと言わなかったのは、なけなしの良心とプライドだった。
自分からタメ口で、などと言ったのだから割り勘を気にする必要はないだろうって?それはそれ、これはこれ。なんだかんだ前世社会人としては、未成年を呼びつけて金を出させるのは色々と思う所があるのだ。
読んでいただきありがとうございます。
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黒木くんの三次元への意識
・母親が不倫+保険金殺人未遂。女性に苦手意識発生
・中学に入学し男同士のそういう関係を見て仰天。脳がバグる
・グウィンとランスの一件でそもそも恋愛自体に苦手意識発生
結果
黒木くん「三次元はクソ。僕は二次元に生きていく」
剣崎蒼太「周囲への実害がない……まともだ」




