第六十七話 盛岡岩息
第六十七話 盛岡岩息
サイド 剣崎 蒼太
体育の着替えの時訪れた苦難を回避し、今日も無事高校を終えた。
予定よりも早く集合場所に到着したので、昨日麻里さんから教わった『円卓創世記』について書かれたSNSやブログを読んでいく。
何か情報がないかと漁っているのだが、どれも『面白い』『最高』とべた褒めするばかりで詳しい内容が書かれていない。
どうにも変だ。どれだけいいゲームでも、誰かしらは不満の声をあげるはず。匿名性のあるネットでは特に。だというのに、誰一人ゲームに対する批判や不満を書き込んでいない。
単純に知名度が低いから……というのにも違和感がある。そもそも、褒めるにしても内容を一切書かないのも変だ。
言葉では表現できない不快感を味わっていると、他とは少し毛色の違う書き込みを見かける。気になって詳しく見てみれば、そのアカウントは見覚えのある物だった。
たしか、『魔法少女ミラクルロリータ』のライバルキャラだったか?かつて、『とある生徒会役員』が熱弁していたのを思い出す。彼の家で見たあのアニメはよく覚えている。エッチだったので。
そのアカウントのアイコンは手書きの物だ。あいつが自分で書いたものだったはず。絵の上手い奴で、よく生徒会の出すポスターのイラストを頼んでいた。
アカウントの書き込みや、別件での書き込みも探していく。
間違いない、これは自分の知っている奴だ。自分が生徒会長の座をおりてから疎遠になっていたが、まさか黒薔薇男子高校に進学していたとは。正直意外だ。あいつと、あいつの兄はランスとグウィンを嫌っていたから。
「お前なのか、『黒木』」
日向黒木。自分が生徒会長だった時の書記であり、友人『日向晴夫』の弟でもある。
* * *
時は少し遡り、昼頃の話し。
サイド 宇佐美 京子
少し早めの昼食を終え、黒薔薇男子高校にやってきて事務の職員に理事長室へと案内をされていた。
廊下を歩きながら、校内の様子を軽く観察する。昼休みという事もあり、生徒達が中庭やグラウンドに出て思い思いに過ごしているのが窓から見える。廊下にも生徒はいるが、皆高校生にしては落ち着いた様子だ。もっと騒がしいイメージだったが。
こちらに気づいて軽く会釈をする者もいれば、視線をそらして離れていく者もいる。小声で何かを囁いている者もいるが、内容までは聞き取れない。
ただ、部外者が昼休みに廊下を歩いているのを不思議に思うのは普通の事だ。大きな敵意も感じ取れないし、気にする事ではないのかもしれない。
まあ、普通の高校生活というのを私は知らないが。女子高で、親の用意した取り巻きに囲まれて過ごしただけだ。
「こちらです」
「ええ」
ようやく理事長室に到着する。随分と校舎の奥にあるものだ。そもそも校舎がかなり大きいというのもあるが。日本の高校としては破格の敷地面積だと思う。
さて……こちらは自分と黒江のみ。流石に理事長に会いに行くだけで家の私兵を動かすのもまずいと、二人だけでやってきた。そもそも、今回の一件は私の『宿題』。それほど助力は得られないかもしれない。
だが、私とて魔術師としては一流の領域に踏み込んでいる自信がある。黒江に関してはうちでも有数の実力者だ。逃げるだけなら、よほどの状況でもなければ可能なはず。
万一ここが敵地で、危険が迫ってきた場合も考えて『昼』にやってきたのだ。元々アポをとっていた時間ではあるが、協力者の事を考えて変更する事も出来たのにこの時間を選んだ。
一部の危険生物は日の光を嫌う場合がある。更に『夜の学校に怪物が出る』という噂もあった。たかが噂。されど噂。この業界、噂を信じ過ぎるのはよくないが、軽んじれば死ぬのが常だ。とりあえず、夜からは程遠い時間帯が好ましかった。
ただ……剣崎蒼太を連れてくるかはかなり迷った。
戦力として期待できそうというのもあるし、ここで彼の正体を見極めたかったのもある。だが、不確定要素が多すぎて判断に困ったのだ。
あの容姿、そして黒江が驚嘆する肉体。本当にまっとうな人間なのか。
私の見立てが間違っている。あるいは別の人格があるなどの落とし穴があり、突如豹変して襲ってくる可能性もある。
迷いに迷った結果、彼を連れてくる事はしなかった。
「理事長。宇佐美様をお連れしました」
『どうぞ』
扉越しに声が聞こえると、事務の人がドアを開けてくれる。
「ようこそおいで下さいました、宇佐美さん。理事長の盛岡と申します」
落ち着いた印象だが、見る者が見ればわかる金をかけた内装の理事長室。どことなく、イギリス調の雰囲気を感じる。
扉のすぐ近くで、初老の男が立ってこちらを出迎えていた。
白髪をオールバックにまとめ、口元に生えた白い髭も整えられている。仕立てのいいスーツを纏い、青いネクタイをしめていた。
「本日はお忙しい中ありがとうございます。宇佐美京子と申します」
「いえいえ、こちらこそ岸峰グウィン君の事で、彼の思いに気づいてあげられず……」
「思い……?」
首を傾げると、盛岡理事長も不思議そうな様子を見せる。
「おや?彼は『家出』なのだと警察から連絡がありましたが」
「警察から?それはいつの事でしょうか」
「こちらに電話が来たのは今朝でしたが……まあ立ち話もなんですし、どうぞこちらに」
「ああ、これはどうも。失礼します」
表面上は笑みを浮べながら、内心で眉をしかめる。
家出?どういう事だ?わざわざお爺様が……宇佐美家の当主が自ら調査を命じた事件の内容としては、いささか疑問が残る。
部屋の中央。大き目の机を挟むように、ソファーに座って盛岡理事長と対面する。自分の斜め後ろでは黒江が立っており、奇襲の類は防いでくれるはずだ。
「それで、警察からはなんと?」
「ええ。なんでも彼の部屋から書置きが見つかったらしく。筆跡も本人の物と一致するので、家出で間違いないと結論が出たそうです」
「書置きの内容を伺っても?」
「いえ、それが私も詳しくは教えてもらえず。事件性はないそうですが」
「そうですか……」
事件性はない、ね。
本人に直接会った事はないが、岸峰グウィンは真面目で温厚な性格だという。剣崎蒼太と大泉ランスの一件は、だからこそ周囲に驚かれたとも。恋愛が絡むと豹変する人は偶にいるが、彼もそのタイプなのかもしれない。
そんな人物が、書置きを十日以上も見つからない様な置き方をするだろうか。家族仲は例の一件以来ギクシャクしていたようだが、それでも不仲とまではいっていなかったはず。無意味に周囲を心配させるとは思えない。
「では、どういった悩みがあったか心当たりなどありませんか?」
「いえ……その、そういう事は私の立場ですとおいそれとは」
「すみません。私としても親戚の一人がこのような事になってしまったので、その理由が気になってしょうがないのです。一族の中では、比較的歳も近いですし」
「はあ、そういう事でしたら……」
ノックがされて、先ほどの事務員がお茶を運んできてくれる。匂いや色で、それが上質な茶葉を使った物だと判別できた。
……恐らく、薬物の類は含まれていない。だが一応警戒して飲む振りだけをしておこう。
「担任から聞いた話しですが、彼は人間関係で困っていたようなのです」
「ほう、人間関係で」
「ええ。もうご存じかもしれませんが、彼はとある男子生徒と恋人同士にあります。ただ、最近は少々上手くいっていないようでして。ならば自分がと名乗りをあげる生徒もいるのです」
「そ、そうですか」
ダメだ。声に動揺が出そうになる。ここ、男子校だよね?実は岸峰グウィンが男装の少女とかそういうオチじゃないよね?
いや、同性愛を否定する気はない。ないがこう、親戚のそういう話しを聞かされると、その……ね?どういう顔をしていいのかわからなくなる。
む、黒江が小さく合図を送ってくる。
『笑えばいいのでは?』
黙って。
「その名乗りを上げたという生徒について伺っても?」
「申し訳ございません。彼はうちの生徒で、未成年です。保護される立場であり、私共としてはお答えできません」
「そうですか。無理を言ってしまいすみません」
この分だと大泉ランスに合わせろ、というのも頷きそうにないな。タイミングをみて直接行くか。
「お嬢様、そろそろ次のご予定が」
黒江がそう囁いてくる。撤収の意味だ。
「ああ、もうそんな時間。申し訳ありません盛岡理事長。せっかく時間を用意してくださったのに」
「いえいえ、こちらこそ岸峰くんの事は本当に申し訳なく思っております。教育者として、彼の悩みに気づけなかった事を深く後悔しております」
立ち上がってお互い会釈した後、扉へと向かう。
「ああ、そうそう」
黒江が扉を開けてくれた所で、理事長に振り返る。とりあえず閉じ込められたという事はなさそうだ。
「なんでしょうか?」
「『円卓創世記』というゲームについて何か知りませんか?」
「円卓……?ああ、そう言えば教師達からそんなゲームが生徒達の間で流行っていると聞きました。嘆かわしい事に、体調を崩すまで熱中してしまう生徒もいるとか」
「はい。岸峰グウィン君もやっていたのでしょうか?」
「さあ、そこまでは。それがなにか?」
「そうですか。彼の人となりを少しでも知りたくて……失礼しました」
「またいつでもお越しください。我々も彼の情報を集めていきますので」
「ええ。ありがとうございます」
* * *
学校の敷地から出て、車に乗り込んで一息つく。
無事に戻ってこられた。偶にあるのだ。ちょっと聞きたい事があって訪ねただけなのに、生きては返さないという輩がこの業界には。
「黒江、あの理事長についてどう思う?」
「ナイスミドル、という事しかわかりませんね。特に不自然な所はございませんでした」
「そう……」
私も、彼の様子に不審な所は見受けられなかった。『生徒を心配しつつ、今後の学校についても考えている経営者』、と言った感触だ。
魔力の流れを校舎に入ってから常に探っていたが、そちらもこれと言ったものはない。
この一件に、あの学校は関係ないのか?
そっとスマホに視線をおとす。
帰り際、お手洗いを借りるふりをしてこれ用に準備したスマホに例のゲームをダウンロードしてみたのだ。ホーム画面には見慣れない簡素なアプリが表示されている。
現在地はまだ市内。噂通りなら問題なく起動するはずだが――。
「ん……?」
サーバーに接続できないと、アプリを開こうとするも表示される。数度試すが結果は同じ。ゲーム画面にさえいけない。
「……黒江、帰ったらこのスマホをうちの技術者に預けておいて」
「かしこまりました」
「それと、あのタイミングで撤収を提案した理由は?」
別にこの後には急ぎの用事などない。あれは黒江が何かを察知した時にする合図に過ぎないのだ。
「メイドの勘です」
「そう。ならいいわ」
相変わらずの無表情で胸をはる黒江に、頷いて返す。
「あら、ツッコまないのですかお嬢様。私に飽きてしまったのですか?」
「違うわよ。ただ、貴女の勘は馬鹿にならないと知っているだけ」
黒江が危険と感じたのなら、そうなのだろう。彼女は私などとは潜って来た修羅場の数が違う。
そう、私なんかよりもよっぽど優秀なのだ……。
「お嬢様、私にそれほどの信頼を……あ、そっちの趣味はないので。悪しからず」
「今度花園さんに貴女を差し出すわね」
「私を捨てるなどとんでもない」
「冗談よ」
「ではもう一つメイドの勘を」
能面の様な表情で、黒江が人差し指をたてる。
「剣崎蒼太。きっと彼は、お嬢様の人生に大きな影響を与えると思いますよ」
読んでいただきありがとうございます。
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某TRPGって、きちんと数字を割り振ったのにことごとくダイスで事故ること多くないですか……?




