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第六十五話 黒薔薇男子高校

簡単な剣崎の同行者紹介


宇佐美京子

 金髪碧眼美女。薄い本から出てきたようなスタイルの御令嬢。二十歳の大学生だが、学校に通いながら会社を一つ任されている。宇佐美グループ会長の孫。

九条黒江

 黒髪を顎のラインで切りそろえ、左右で一房ずつ外に跳ねさせた美女。年齢は不詳。顔立ちは女学生で通じるが、歩き方や所作が熟練のそれ。スレンダー。京子の専属メイド。

花園麻里

 腰まで栗色の髪を伸ばした女性。剣崎蒼太の従姉。歳は二十で大学生。勿論、宇佐美とは別の大学ではある。左目に眼帯をしている。黙っていれば清楚なスレンダー美女。口を開くとカス。



第六十五話 黒薔薇男子高校


サイド 剣崎 蒼太



 燃え盛る街の中に自分はいる。


 崩れ落ちていく家屋。松明のように火の光で周囲を照らすビル群。煙が舞い上がる夜空は、しかし何故か嫌味なほど綺麗な星々が輝いている。


 あちらこちらから悲鳴が聞こえる。助けを求める者。何かに怒りの声をあげる者。瓦礫を前に悲しみ泣き崩れる者。狂ったように笑い転げる者。


 そして、自分の視線の先。


 遠くからでも見えるほど、巨大な怪物が横たわっている。


 白髪を血で染めた、金の籠手をつけた女が転がっている。


 刀を握りしめたまま、壁にもたれるようにして息絶えた女がいる。


 金髪の女が、その少女の様な体躯を血の海に沈めて眠っている。


 自分はそれらの光景を前にして、動けずにいた。足は地面に縫い留められ、指先は石のように動かず、瞬きすら出来ずに視線さえそらせない。


 だが、背後で何かが動いたかと思えば、突然四肢の支配権が戻ってくる。すぐさま振り返り、飛んできたモノを受け止めた。


 まだ小学生ぐらいの少年が、自分に向かって投げられたのだ。それを出来るだけ優しく受け止める。いつの間にか、自分は鎧を身に纏っていた。


 半瞬遅れて、猛烈な殺意。反射的に剣を振るい、迫って来た『大鎌』を弾き上げる。


 眼前の『金髪の男』が振るった鎌を、確かに自分は弾いた。穂先には触れず、柄の部分に切っ先をぶつける事で軌道を跳ね上げた。


 だというのに、飛び散った血が鎧を濡らす。見れば、抱えていた少年の首がなくなり、自分の鎧を赤く濡らしていた。


 ボロボロと、瞬く間に灰となって崩れていく少年の体。それが指の隙間から落ち切った後、自分の右手が剣を逆手に持っている事に気が付く。その切っ先は、足元に向かっていた。


 視線を、剣に沿わせるように降ろしていく。そして――。


『死にたく、ない……』



*  *    *



「っ!?」


 かけ布団を跳ねのけて、上体を起き上がらせる。


 呼吸が整うのに三十秒ほどかけた後、小さく笑う。


「いい加減、飽きたな。こういう夢にも」


 ぽたぽたと流れる汗を強引に拭い、ため息をつく。まったく、我ながら繊細なものだ。とうとう別の記憶まで混ざりだすとは。


 だが、これはごっちゃにしてはいけない物だ。殺した命にも、殺された命にも、あまりにも不義理だ。


 立ち上がって窓に向かうが、見えるのは隣の建物だけ。空は見えそうにない。


 自分が今借りているボロアパート。確か、築六十年だったか。板張りの床に流しとコンロが小さく備え付けられている。殺風景な空間だというのに、それでなお手狭に感じた。


 ちなみにトイレはあるが、風呂はない。体を洗いたいときは近くの銭湯に行かないとだ。ちょっとドラマで見る昭和っぽい。


 窓枠に腰かけるようにして、天井の木目を眺める。


 それごしに、星空が見える様な気がした。



*  *    *



 今日も今日とて寂しい高校生活を終え、制服のまま宇佐美さんから連絡のあった場所へと向かう。


 ちなみに、一人暮らしをするにあたりバイトをしていたのだが、現在バイト先はない。物理的に。


 まさか、元々いた店員間で三角関係どころか五角関係発覚からの店舗全焼。幸い死人はいないらしい。店があった場所には今日もマスコミが集まっているそうだ。男女の愛憎劇って怖いね。


 ……一度、お祓いとか行った方がいいのだろうか。貝人島といい、自分のバイト先は何かあるのか?いや、だがまだ二回目だし、セーフ?今回死人はいないし。


 とりあえず指定された場所に向かったのだが……なんか、でっかい黒塗りの車がデデンと待ち構えていたのは驚いた。見るからに高級そうな車に、普段ならそっと回れ右をするところだ。


「ようこそおいで下さいました。どうぞこちらに」


 車から降りてきた九条さんに、小さく会釈する。


「こんにちは。失礼します」


「失礼するなら帰ってください」


「あ、すみません。帰ります」


 いきなりフラれた鉄板ネタに、咄嗟に対応する。え、なんで突然?


 だが、まあコミュニケーションの一環だろう。こちらは頭を下げて手伝わせてくれと言った側の立場。相手が目上の人なのもあるし、のっかるとしよう。


「ってなんでやねん!?」


「何をふざけているんですか。早く乗ってください」


「あれぇ?」


 理不尽。あまりにも理不尽な梯子外し。微妙に納得いかないまま、開けられたドアにそっと入っていく。


「ですがその芸人魂、悪くはありませんよ」


 すれ違いざまにサムズアップされた。なんだこいつ。


「……黒江がごめんなさい」


「あ、いえ」


 中にいた宇佐美さんが気まずそうに目をそらしている。うん、この人も大変なんだな。


 それはそうと、車の中とは思えない空間だ。やたら広い上に足元もふかふか。咄嗟に靴を脱いだ自分は悪くない。椅子とかも革張りっぽいのに、見ただけで座り心地がよさそうだとわかる。


 なにやら視界の端で簀巻きにされた物体が動いているが、生ごみの類だろう。途中で捨てるのだろうか。


「ちょっと!?縛られている従姉を放置するのはどうかと思うな!?」


「ちっ、麻里さんいたんですね」


「舌打ち!?」


 生ごみは麻里さんだった。いや麻里さんは生ごみだわ、分類としては。


「どうしたんですか。『両手に華だぜうっほほーい』と九条さんと宇佐美さんに跳びかかって、返り討ちにでもあったんですか?」


「そこまで馬鹿っぽい発言をしていない事以外は概ねそんな感じだよ。二人とも照れ屋さんだよね☆」


「うーん、死ねばいいのに」


「君私に対して辛辣過ぎない?」


 別に、このカスが半グレの女に手を出した時、何故か各方面に俺の名前を出していたせいでお礼参りがこっちに来た事を恨んでなどいない。


 すぐそばにうちの生徒がいて逃がすために反撃もできずに、一時間ぐらい鬼ごっこをさせられた事とか、決して根に持っていない。その後警察に事情聴取で数日ぐらい苦労させられた事とかも含めて。


 ……マジで、こいつが美女じゃなかったり、義父母がこいつの両親の下で働いていなければ顔面踏み砕いている気がする。縁を切りたいのに親の関係で切れないという最悪のパターンだ。転生者である負い目もあって、義父母には迷惑をかけたくない。


「じゃあ、早速向かいましょうか」


 今日も手と足を組んだ宇佐美さんがキリッとした顔で、エロスを振りまいている。本人的には威圧感を出したいのだろうか。そのスタイルのせいで別の迫力しか出ていないが。うちの義妹だったら消し飛びかねない。


「え、私もしかしてこのまま?」


「行きましょう。黒薔薇男子高校へ」


 何回聞いても嫌すぎる名前だな、その高校。



*   *   *



制服のまま着替えもせず彼女らに合流したのは、一応理由がある。下校時刻に生徒達から話を聞くためだ。


 そして、大変不本意ながらカスがきちんと情報を持って来ていた。


「『阿佐ヶ谷龍二』?」


「そうそう。なんかそんな名前の二年生が、岸峰グウィンにちょっかいをかけていたらしいよ」


 こいつ、地元民だけあってこの高校に通う生徒の家族とも顔見知りが多いのだとか。


 この学校は寮ではなく家から通学するのが基本なので、生徒達は家族と暮らしている事が多い。そうなれば、自然と学校での事を家の中で話す機会も増えるわけだ。


「ああ……三丁目の吉田さん。あと十年、いや五年早く出会えていればあの熟れた人妻の体を好きにできたのに……」


 なお、そういう情報源はだいたいこいつがナンパの為に集めたデータだ。トラックにでも轢かれればいいのに。


「その阿佐ヶ谷龍二が怪しいと?」


 視線を鋭くする宇佐美さんに、麻里さんが肩をすくめる。


「うーん、そこまではわかんないかなぁ。ああ、後は学校内だけで変なゲームが流行っているぐらいかな?」


「変なゲーム?」


「事件に関係ない話は結構。聞き込みに移りましょう」


 何故か頭に引っかかったので聞き返したが、宇佐美さんがすっぱりと斬り捨てる。まあ、それもそうか。


 車から降り、運転手のお爺さんにそちらは任せて物陰から校門を覗き見る。まばらだが生徒達が帰っており、奥の方からは部活動に励んでいるらしい声が聞こえてくる。


 それにしても、でかい高校だ。


『私立黒薔薇男子高校』


 創立六十年の高校で、その偏差値は七十以上。学問だけでなくスポーツにも力を入れており、サッカー部や野球部。日本ではそこまでメジャーではないアメフト部なんかも全国大会の常連だとか。


 正に名門と言っていいこの学校は生徒の自主性を重んじるとかで、漫画みたいに生徒会がかなりの力を持っているという噂もある。


 と、ここまではネットで調べた情報だ。確か、理事長は『盛岡岩息』という男性だとか。


「ま、ここは私に任せたまえ。黒江ちゃんや京子ちゃんを飢えた野獣の群れに放り込むなんてできないよ」


「飢えた野獣って」


 新手の自己紹介だろうか。


「男子高校生なんてそんなものさ。蒼太くんだって二人どころか私にさえエッチな目を向けてくるんだから」


「ナンノコトカワカラナイデスネ」


 別に?決して宇佐美さんの爆乳とか、九条さんの首筋とか、麻里さんの腰のラインとか見ていませんけど?


 決して麻里さんに対して『こいつ人格と所業以外は本当にいいのになぁ……』とか思っていませんが?


「まあ見ていたまえ。私のナンパテクという奴を見せてやろうじゃないか」


 そう言って帰宅する男子生徒達に颯爽と近づく麻里さんを見送って、五分後。


「あいつら絶対おかしいよ……」


なにやらぼろっかすに言われて撤退してきたらしい。はー、つっかえねえなこいつ。


「ふぅ……このような三下に任せたのが不手際でしたね。お嬢様の」


「……否定はしないわ」


 やれやれと無表情のまま首を振った九条さんが、前にでる。


「仕方がありません。ここは私がメイドパワーというものをお見せしましょう」


「めいどぱわー」


 謎の単語だ。けど何故だろう。胸がときめく。


 麻里さんと二人、キュンっとした顔で歩いて行く九条さんの背中を見送る。


「へーい!そこの旦那様達へーい!」


 ダメかもしれねえ。


 九条さんが『めいどぱわー』なるものを披露すると言って聞き込みに向かってから五分後。


「お嬢様。今すぐあの高校を爆破しましょう」


「待ちなさい」


「許可さえ出れば準備から実行まで私が行います。どうか『サーチアンドデス』とご命令ください」


「せめてデスはやめなさい」


 無表情のままバーサーカーになって戻って来た。なにがあったんだいったい。


「おかしいですよここ。こんな美しいメイドが現れたのです。『どうか我が家に仕えてくれないかい?自給一億円だすからさ☆』とか言うべきでしょう」


「黒江」


「はい」


「黙って」


「はい」


 このチーム、ダメかもしれん。


「こうなったら仕方がない。京子ちゃんのドスケベボディを投入するしか」


「ちょっと?」


「そうですね。ここはお嬢様の牝牛の様な体を使うしかありません」


「牝牛!?」


「くっ……私がしゃぶる前に京子ちゃんの体を好きにされてしまうだなんて……!」


「待って?」


「お嬢様、ここは夜な夜な自室でしているコスプレのノリで行っちゃいましょう」


「なんで知ってるの!?」


 アホな会話の後、強引に送り出された宇佐美さんを見送って一分後。


「ビ●チじゃないもん……年増じゃないもん……」


 涙目で蹲ってしまった。可愛い。そしてエロイ。立派なお胸様が己の膝に押しつぶされ左右に広がり、むっちりとしたお尻も強調されている。


 自然と麻里さんと握手していた。考える事は同じか。


「はー……申し訳ありませんお嬢様。私というナンバーワンメイドが通用しなかった段階で、趣味・乙女ゲーなお嬢様がどうにか出来るわけがありませんでしたね」


「黒江」


「はい」


「減俸」


「パワハラ!?」


 いや割と正当な評価だと思う。


「ああー、もうしょうがない。消去法で蒼太くん、行って来て」


「ええ……はあ、わかりました」


 どうにも嫌な予感がするので行きたくないのだが、これもグウィンを無事見つけ出すため。


 何故か湧き上がる恐怖心を抑え付けて、校門へと向かっていく。


「すみません、ちょっといいですか?」


「はい?」


 適当な男子生徒二人組に声をかけて呼び止める。


「なに、どうしたの?」


「実は『岸峰グウィン』という男子生徒について伺いたいのですが……」


 柔らかく笑っていた二人組が、途端に表情を硬くする。


「……君、うちの高校じゃないっぽいけど、どうしてそんな事を?」


「申し遅れました。私剣崎蒼太と申しまして、岸峰グウィンとは幼馴染をやっております。彼が十日間も家に帰っていないと話しを聞きまして、居ても立っても居られずに」


「剣崎蒼太……」


「あ、あの……!?」


 こちらの名前に聞き覚えがあるらしい。さて、どうでるか。


 別に、偽名を使ってもよかった。だが自分が目立つ容姿をしている自覚はある。顔を合わせた相手で、俺の顔を忘れたと言われた事は今生で一度もない。


 更にここは自分が通っていた中学から比較的近い。他校との交流など生徒会活動もあった事から、どうせすぐにバレると踏んだ。


「私の噂を聞いて、警戒するのもわかります」


 いやどんな噂が流れているかは知らんけど。碌でもないのは確かだ。むしろ、中学での抗争を抑えるためにあえてそういう風にしたのだから。


「ですが、どうか幼馴染を、友人を助けるためにご協力を……」


 そう言って頭をさげる。


 自分に出来る事など、誠意を見せて同情を誘うぐらいだ。この状況で上手く交渉をするなど、たぶん上手くいかない。


「……俺らもそんな詳しくはないけど」


「ちょっ」


「大丈夫だよ。たぶん」


 男子生徒の片方が、少し気まずげに口を開いてくれる。


「もしかしたら、『円卓創世記』ってゲームのせいじゃないかって噂が流れてる」


「円卓創世記?」


「そうだ」


 唐突にゲームの名前が出てきたが、彼の様子はかなり真剣なものだった。


 そう言えば、麻里さんが『この学校だけで流行っているゲームがある』と言っていたはず。まさか、それか?


「うちの学校限定で流行っているらしいんだけど、そのゲームをやっている生徒が倒れたり体調を崩して学校を休んだりしているんだよ」


「そんな事が……」


「ただのゲームのやり過ぎって教師達は思っているみたいなんだが、変な噂もあるし」


「噂、と言いますと?」


 少しだけ周囲を気にした様子の男子生徒。ちょうど、人の流れは途切れ周囲に人影はない。


「夜、この学校に『化け物』が出るらしいんだよ。そして、それと『円卓の騎士』が戦っているって噂さ」



読んでいただきありがとうございます。

感想、評価、ブックマーク。いつも励みにさせて頂いております。今後ともよろしくお願いいたします。


色々とご意見いただきましたが、剣崎の同性愛疑惑は『形はどうあれ』第三章で晴れる予定です。


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― 新着の感想 ―
[一言] ようやく円卓伏線!
[一言] >自給一億円だすからさ☆  これってイケメン男子高校生に仕えたくば、1億円稼いできて献上すれば、雇ってやるって意味に?!  だめだ、このメイドさん、ほんとにポンコツだった!!
[一言] 魔女の代わりに円卓の騎士を育成して戦うゲームか?w
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