第六十四話 宿題
第三章は同性愛表現が多数される予定です。苦手な方はご注意ください。
第六十四話 宿題
サイド 剣崎 蒼太
自分達は宇佐美さん達に案内され、やたら高そうな店の個室に来ていた。普通ならドレスコードとかありそうな西洋風のお店だが、メイドの九条さんが店員さんに何か見せた瞬間ここを通された。
金持ちってすげぇ。
「好きな物を注文していいわ。ここは私がもつから」
「じゃあ君の唇をいただっ」
「麻里さん水です」
「んぐおっ!?」
これ以上一族の恥部を晒すわけにはいかないと、麻里さんの口に置いてあった水を強引に流し込む。
なお、上座に座る宇佐美さん。その斜め後ろに立つ九条さん。彼女らの正面に自分達が座り、自分は麻里さんの左、眼帯で覆っている目の方に座っている。
これは有事の際彼女の死角を守ろうという意味と、そうでなくても見えづらい位置の物をとってあげようという善意である。
決して『いざとなったら死角からこいつの顎をぶちぬこう』とか、そんな非・紳士的な理由ではない。たぶん。おそらく。メイビー。
更に言えば、昔麻里さんが半グレの女に手を出した結果、何故か俺が巻き込まれたあげく警察沙汰になった事を気にしているとかそういう事ではない。
ただまあ、麻里さんのアホな発言は置いておくとしてもだ。
「え、えっと……」
ウェイターさんから差し出されたメニューを見るのだが……なに書いてあるのかさっぱりわからん。フランス料理というのは辛うじてわかる。だがそれ以上はわからない。
なんだよマリネとかわかんねええよ。なんでマリネだけでこんな種類あんだよ。というか『の』が多いんだよ。ムニエルなんて名前しか知らねえよ。
ついでにいくら奢りとは言え、値段が書いていないから何を頼めばいいのかもわからん。なんでこういう所って書いてないんだよ。時価ってなんだよ。意味はわかるけどそう書く意味がわかんねええよ。
結果、九条さんがまとめて注文してくれたので事なきをえた。メイドさんの優しさが心にしみる……それはそれとして仔羊のうんたらかんたらってなんだ。美味しかったけども。
それにしても、この九条さん結構謎の人だ。
雰囲気といい立ち振る舞いといい、えらく洗練されている。重心からみても武道の経験まであるのかもしれない。
だが、よくよく観察すれば顔立ちは十代半ばほど。顎のラインで切りそろえられた黒髪のうち、左右で一房ずつ外側に跳ねていたりで、見た目は女学生のメイド見習いといった感じなのに。
後、魔力の流れがよくわからないのも付け加えておく。道具か、あるいは本人の技量か。なんにせよ、これらを総合すると技術と容姿がちぐはぐすぎる。そして、それを従える御令嬢。
この二人、十中八九魔法に関係する存在だ。
「さて、本題に入りましょうか」
「はい」
食事を終え、腕と足を組んだ宇佐美さんが切り出す。威圧するような雰囲気だが、正直そのスタイルのせいで『恐い』より『エロイ』が先に出てくる。
だが今はそれどころではない。
「あの、グウィンが行方不明というのは本当なのでしょうか?」
あいつの家には何度も遊びに行った事があるし、ご両親ともよく話していた。だが、グウィンが行方不明になったなんて一度も聞いた事がない。
「事実よ。彼のご両親に確認してくれても構わない。もっとも、君は『例の一件』からあの家族とは疎遠らしいけど」
「………」
探るような視線を向けてくる宇佐美さんの言う通り、グウィンがランスと付き合いだしてからはあまり話していない。奴の両親など、わざわざうちに来て『愚息が申し訳ない』と頭を下げに来たほどだ。
ご両親にはちゃんと『自分とグウィンの間にそのような関係はなかった。ランスと恋仲である事を祝福している』と伝えたが、酷く申し訳なさそうだったのを覚えている。
「十日前、彼が進学した『黒薔薇男子高校』の帰り道。校門を出た所までは目撃者がいるけど、それ以降の足取りがつかめていないの」
「え、なにその嫌すぎる高校名……あれ?」
不本意だが麻里さんに同意見である。なんで薔薇と男子高校くっつけたよ。一番組み合わせちゃいけないやつだよ。
そしてそこにグウィンと、恐らくランスも進学したという事実にもう嫌な予感しかしない。
「夜の十時になっても息子が帰ってこない事を心配した両親が高校やその友人達に連絡をしたけど、手掛かりはなし。君の家にも電話をして確かめたらしいわ。まあ、貴方には連絡がいっていないようだけど」
「そうですね。初耳です」
こっちには全然情報が来ていないのは……変な気の使われ方をされたらしい。
「君は……剣崎君はご家族と上手くいっていないの?」
何故か、一瞬宇佐美さんの目が揺れた気がする。
「まあ、はい。色々ありまして」
「そう……」
なにやら流れ始めた沈黙に、妙な気まずさを覚える。
「けどさぁ。行方不明どうこうは普通警察の仕事じゃない?なんで京子ちゃん達が?」
机に肘をついて手の平に顎をのせ、麻里さんが問いかける。
「親戚の心配をするのは普通の事でしょ?」
「大して親しくもない親戚でも、ですか?」
平然と返す宇佐美さんの目を観察しながら、口を挟む。
「俺はあいつのご両親と中二までは仲良くさせてもらっていましたし、何度も遊びに行きました。ですが、貴女方の話は聞いた事がない。宇佐美グループの親戚という事はおろか、そもそも親戚づきあい自体している様には見えませんでした」
正直に言おう。自分はこの人達を信用していない。
推定魔法、あるいは神話生物に関係する者達が、なぜか自分の幼馴染を探している。そして、情報を求めに自分の所にまで会いに来た。
ここは自分の義父母がいる街から駅を二つも跨ぐ距離にある。グウィンが実家を出たという話しもなかったし、黒薔薇男子高校とやらもそこまで離れていないはず。なのに、彼女らはここまできた。どう考えても、自分の事を知って会いに来たと思われる。
親しくもない親戚の為に、宇佐美グループの御令嬢がそこまでするか?どういう思惑なのかわからない。わからないというのは不気味なものだ。特に、魔法に関しては。
「……君の知らない岸峰グウィンもいたんでしょ。だから、彼は転校生と付き合いだした」
「お嬢様」
九条さんが前に出る。よく見えないが、手のひらに何か握っているのか。戦闘態勢に入っている事がわかる。
こちらも、全身に意識をいきわたらせる。
「まあまあ、皆おちつきなよぉ」
ニヤニヤと嗤いながら、麻里さんがコップに残った氷を揺らして遊ぶ。
「彼女たちは悪い人間じゃないよ。そう警戒しなくてもいいんじゃない、蒼太くん」
「……そう、ですね」
麻里さんの人を見る目は信用できない。だが、信頼はできる。
女性限定だが、相手の好みや性格まですぐに見抜くのが彼女だ。曰く、ナンパでのトライアンドエラーを積み重ねた結果の経験則だとか。
「失礼しました。疑うような事を」
「いえ……こちらも無神経な発言をしてしまったわ。申し訳ない」
こちらから頭を下げれば、向こうも小さく会釈する。
「……あまり、口外はしないでほしいのだけど。私が岸峰グウィンを探すのはお爺様からの『宿題』だからよ」
「宿題?」
宇佐美さんが頷く。
「宇佐美グループ会長、宇佐美真一。彼から行方不明となっている岸峰グウィンの捜索を言いわたされたわ。次の次、宇佐美グループを継ぐ者として」
「はあ……?」
なんでグウィンを探す事が宇佐美グループ会長の椅子に関係があるのか。
意味が分からないが、しかし宇佐美さんが嘘をついている様にも見えない。九条さんは……相変わらず無言無表情だ。表情から感情を読み取れないし、あれでは第六感覚でも読めない。
「なぜグウィンを探すのが宇佐美グループに関係が……?」
「それは私にもわからない。ただそう命じられただけ」
「そう、ですか……」
理由はわからない。だが、極論それはどうでもいい。自分としてはまずグウィンの安否だ。
「残念ですが、あまり俺から情報を出せそうにありません。ただ、既に知っているかもしれませんが、大泉ランスという男が何か知っているかもしれません」
「ああ。明日彼らの学校に行く予定よ」
「……俺も、協力させて頂きたい」
「……何故?」
すっと目を細める宇佐美さん。警戒しているのか、空気がまた張り詰める。
「色々ありましたが、奴は俺の友達です。ランスとも。捜索するというのなら役にたつはずです」
「……裏切られたのに?」
「俺はそう思っていません。彼らの仲を祝福していますので」
見つめ合う事数秒。小さく彼女が息を吐き、手を上げて九条さんを抑える。軽く会釈する所から、九条さんも警戒していたらしい。
「わかった。連絡先を渡すから、協力をお願いするわ」
随分とピリピリした話し合いになってしまったが、無事終わったようだ。
それにしても随分警戒されていたな。中学での事を知っているらしいし、まさか俺が犯人かと疑われていたか?
……いや、それ以前にとなりの変質者のせいだわ。
「あ、じゃあ私も協力するよ~?」
「は?」
そうしていたら何故か件の変質者が変な事言い出した。
「……貴女も岸峰グウィンやその周辺人物と関りが?」
「いや、特にないね!けど私は役に立つよ?」
「どこからその自信が出てくるんですか……」
やけに自信満々な様子で己を指さす麻里さん。彼女が、不敵な笑みを浮べてみせる。
「なんせその高校、うちの近所にあるからね」
こうして、大変不本意なパーティーが出来上がった。
読んでいただきありがとうございます。
感想、評価、ブックマーク。いつも励みにさせて頂いております。今後ともよろしくお願いいたします。
花園麻里の武勇伝
・最大七人の女性と同時に交際していた事がある。
・当時小学生だった剣崎蛍を性的にロックオンする。
・半グレの女に手を出して警察沙汰に。
・初対面の女性にわいせつ行為をなんら悪びれずにやる。
・剣崎蒼太に近づく女性のうち美形なら即スティールする。
剣崎「うーん、これはカス」
なお、剣崎はだいたい巻き込まれたうえに最後の項目については知らない。




