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エピローグ 下

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サイド 剣崎 蒼太



「剣崎さん!」


 海原さんがいるという教室に向かえば、嬉しそうな顔でパタパタと駆け寄って来た。うーん、おっぱい。


 それはそうと服装を新しい着物に変えたようだ。最初に見かけた時に似た袴姿になっている。ただしガラは違うが。燃えてしまった家から持ってきたのだろうか。


 いやぁ、それにしても……。


「ああ、無事なようで何より」


 たゆんたゆんだ……やはり、この娘中学生と思えねえ。明里の例があるとはいえ、なんたる発育。うちの義妹とは天と地ほどの差がある。


 だが、それがいい。日本の未来は明るい。世界は捨てたもんじゃないって、そう思える。


「剣崎さん……」


「違うヨ?」


 胸元を手で隠す海原さんに、そっと目を逸らす。兜越しでも視線に気づくとは、さすが武道経験者と言うところか。


「あれから、体に異変はないか?こう、アマルガムをつけたばっかりだし」


「はい!元気もりもりですよ。むしろ、前よりも体が軽く感じるぐらいです!」


 そう言ってむん!としてみせる海原さんの胸元が、重々しく揺れる。マーベラス……。


 やばい。そろそろ徹夜テンションが行きすぎた状態になる気がする。今晩はゆっくり眠ろう。襲撃を気にしたり徹夜で作業をしなくて済むからかなり安眠できるはずだ。


「よかった。俺は今日で帰る予定だから、気になっていたんだ」


「あっ……」


 元気そうだった海原さんが、そっと目を伏せる。


「そっか……剣崎さん、よその人でしたもんね。なんだか、ずっと一緒にいる様な気がして……」


「海原さん……」


 ずっと一緒だった気分って……俺も幼馴染にするなら男の娘より君みたいな巨乳美少女がよかったよ……。


 そんな馬鹿な事を考えながら、少し気まずくなりつつも鎧を解除する。


「まあ、なんだ。今の世の中、会おうと思えばいつでも会える。なんなら、俺が走って会いに来よう」


「そう、ですよね……」


 数秒ほど沈黙が流れる。


 え、これなんて言えばいいの?ちょっと待って、こんなしんみりとした雰囲気を女の子と感じたことないよ?どうすればいいの?


 こ、小粋なジョークとか言えばいいのか?無理だよ?だだすべりする自信しかないよ?


「よし!」


「っ!?」


 突然自分の頬をはたいた海原さんにビックリしていると、彼女が勢いよく顔を上げてこちらを見上げてくる。


「剣崎さん。貴方に、私は何度も命を救われました」


「え、あ、うん。いや、気にしなくていいよ」


 少し動揺しながらも、全力でキメ顔をする。


 言いてえ。本当は『ゲースゲス。そうでゲスなぁ、俺様のおかげでお前は助かったんだから、お礼をしてほしいでゲスなぁ。そう、そのドスケベエッチな体でなぁ!』と言いたい。


 けどこれ言ったらセクハラで即通報される気しかしない。力尽くで突破しろ?いや、自分現代人なんで。どこぞの魚人どもじゃあるまいし。


 なのでここはあえての『気にしなくていいのさ、ベイベー』な姿を見せるんだ。これで女の子の心はズッキュンだ!


 ふっ……自分でも己の頭がそろそろヤバいとわかっているぜ。徹夜明けの殺し合い、ダメ絶対。


「いいえ、気にしないなんてできません。この身全てを捧げても、返しきれない恩を受けました」


 いや、ぶっちゃけ海原さんがその体の全てを実際差し出してきたら、もう全てが報われる気がするけど。自信をもってくれ、自分の容姿に。


「ですが、なにも返さないというのはあまりに不義理。少しずつでも、恩返しをさせて頂きたいのです!」


 言うや否や、その場に片膝をつく海原さん。


「命救われること三度!凶行止めてくださったこと二度!我が祖母を救う手立てをくださったこと!この命、潰えるその時まで忘れることはありません」


 突然の行動、脈絡のない発言。それらに驚いている間に、彼女の口上は続く。


「我が身、我が武、我が魂を、どうか御身の剣へと打ち直して頂きたい。そして、どうか戦列に……戦場へと持つ武具として頂きたい!」


 紅い頭を見下ろし、彼女の発言を咀嚼する。


「未熟の身ゆえ、御身の手よりもか弱き女でございます。ですが、必ずや届きます。届かせて頂きます。故に」


 彼女が、海原さんが顔をあげ、その緑の瞳をこちらに向ける。


「我が忠義、受け取ってはくださいませんか」


「……言っている意味が、わかっているのか。俺は『魔法使い』だぞ」


 ただでさえ、彼女は俺の血を使った、俺の魔道具を首につけている。その状態で、『我が魂を』?


「それを俺が頷いた時、君の『意思』を捻じ曲げる権限を俺が、他者が持つ事となる。その意味が、本当にわかっているのか」


 彼女が何よりも大切にしていた、自分自身の意思。それでさえ、契約に基づけば自由に出来てしまうのが魔法というものだ。


 魔法の知識のない彼女には、あるいはわからないかもしれない。であれば正すべきだ。だが、わかったうえで、その口を動かしているのだとしたら──。


「私の意思は、貴方に預けます。それが私の意思による行動です」


「却下。不採用。貴女に良いご縁がある事をお祈りします」


 どちらにせよ論外である。彼女を従僕として受け入れるなど、断じてありえない。


「っ……!やはり、未熟者はいりませんか。しかし」


「そう、未熟者だよ小娘。自分の年齢言ってみろ」


「……十四です」


「その歳で、自分の人生決めるつもりだったのか」


 大きく、それはもう大きくため息をつく。


「江戸時代だって子ども扱いだぞその年齢。早すぎるだろ、人生を決めてしまうのは。まだまだ長いんだから」


 今は、彼女の言う事に一切の迷いも嘘も混じってはいないのだろう。心の底から俺に忠誠を誓おうとしている。


 だが、だ。十四歳である。そんな子供が、たった数日しか一緒にいなかった男に残りの一生を捧げるだなんて、おかしな話だ。


 それが道理や道徳からみて正しいや間違っているとか、そういう話しではない。単純に、俺が嫌だ。


「我が命潰える時まで、なんて言葉。もう少し自分の命を堪能してから言え。その価値を理解しないまま、口にする事じゃない」


「け、けど」


「けどじゃない。俺は君にとっての恩人なんだな?そう思うなら煩わしくても話を聞け」


「は、はい」


 もはや、徹夜明けのおっさんが若者に絡んで説教を垂れているのと変わらない。だが、それでも口は動くし舌は回る。


「感謝の気持ちは結構。受け取っておこう。だが、それ以上は不要だ。ガキ」


 いや本当は欲しいけども。それはなしだ。そう言う形では、ダメだ。


『大人であろうとするその姿は、きっとカッコイイですよ?』


 ちょっとだけ、格好をつけると決めたので。


「そういうセリフは、酒が飲める歳になってから言うように。それと、魔法を扱う者にはたとえ二十歳を過ぎても言わない事。いいな?」


「……わかりました」


 立ち上がった海原さんが、こちらを見上げる。


「では、二十歳になったらもう一度仕官しに行きます」


「いや、だから魔法使いに」


「魔法使いである前に、貴方は剣崎さんですから」


 何故か自慢げに胸をはる彼女に、ちょっとだけ頭痛がする。こういう手合いは何をどう言っても通じないのだと、経験と勘でわかってしまう。


「……雇うとしても、給料は碌に払えないからな」


「もう十分貰いましたので、大丈夫です!いざとなったら住み込みで雇ってもらうので!」


「雇用形態そっちで決めるのか……」


「それだけ価値のある『剣』になってみせますので、ご心配なく」


 ああ、やはり美人というのは得だと思う。


 まるで太陽のように笑うその顔に、もう何も言えなくなってしまうのだから。



*   *   *



 色々な事が終わり、夕方に出るバスに乗るため橋にあるバス停へと向かう。


 まだあっちこっちに補修跡や、ヒビが残されている場所が見受けられる橋の近くには、花束やジュース、お酒が供えられている。


 それを横目に見てから、隣を歩く響に顔を向けた。


「そう言えば響」


「はい、なんでしょうか?」


「ありがとうな」


 そう言うと、一瞬きょとんとしてから彼は笑みを浮べる。


「いえいえ、むしろすみません。まさか、バイトを頼んだだけなのにこんな事件に」


「いや、そっちもだけど、今言ったのは島の人たちを止めてくれた事だ」


 驚いた顔で立ち止まる響に合わせて、こちらも足を止める。


「なぜ……」


「あれだけ色々あったんだ。島民達がもう一度海原さんを襲っていてもおかしくはない。それを止めてくれたのは、お前だろうなって思ったから」


 肩にかけた荷物を地面に置き、深く頭をさげる。


「ちょ、会長!?」


「ありがとう。おかげで、俺は友達を失わずに済んだ」


「当然の事をしたまでですから、頭をあげてください!」


 やたら慌てる響に苦笑しながら、顔を上げて荷物を担ぎなおす。


「まあ、とにかくそんな感じだ。ナイスガッツ」


 そう言って奴の胸に軽く拳をあてる。どういう方法で島民を説得したのかは知らないが、大人達を前に中学生が、ほんの数日後に高校生になる奴が面と向かって何かを言うのは恐かっただろうに。


 響のおかげで余計な邪魔をされずに済んだ。かなりタイトなスケジュールだったので、それがなければどうなっていたのやら。


「……ありがたき幸せ」


「なんでお前がありがたがるんだよ」


 男泣きする友人にちょっと引きながら、また歩き出す。このバスを逃すと次は夜中になってしまう。明日にはこれから暮らすアパートに行かないといけないのだ。


「それはそうと、なんかやけに総一郎さんからお前が普段どんな感じか聞かれたんだが……」


 どこか疲れた様子の総一郎さんが、『響はなにかやらかしていないか』と心配していたのを思い出す。本当にこいつはどんな方法で島民達を説得したのか。いや知りたくないけども。


「ああ、大丈夫ですよ。六月ぐらいに祖父母がうちに来て一緒に暮らす予定ですし。普段の僕の事なんて、それでわかるでしょう」


「え、そうなの?畑とかは?」


「引き払うようです。元々父の方から一緒に暮らそうと話していましたし、祖母も……」


「なんか、ごめん……」


「いえいえ、会長が謝る事ではありませんから」


 いや、お婆さんの精神がちょっと壊れたのは俺のせいなので、本当に申し訳ない。幸恵さんにはこれと言って罪悪感はないが、それと付き合っていく響を含めたご家族には申し訳ないと思っている。


 こ、今度こいつに飯でも奢ろう。バイト代貯めて。


 バイト代と言えば、新垣さんから貰った三百万は結局全て使い切ってしまったな。


 彼とかわした契約は、島の外で自分の足取りが見つかるような物には適応されない。じゃあこの金使えないじゃんと気づいたのは、サインをしてからだった。


 おのれ公安。汚い。さすが公安汚い。


 それもあって全部使い切ってしまったわけだ。いや、結局使い切らないと海原さんとかやばかったから、いいんだけど。


 それはそれとして悲しい……懐が、寒い。


「あ、バス来たのか」


 もうバス停につくという所で、バスが一台橋を渡ってきたのが見えた。あのバスがUターンして反対側のバス停に回ったら乗る予定だ。


 だが、珍しい。言ってはなんだが、この島に観光客はそうそうこないだろうに。一人バスから降りてきた。しかも中々の大荷物で。


 長い黒髪を後ろで纏め、服装は山で狩りでもするのかと言うようなジャケットやブーツ。だが厚手の服越しでもわかる巨乳。いや爆乳。素晴らしい。


 なんとなく雰囲気も美人だし、どういう顔を――。


「ふぁっ!?」


「会長?」


 響を置き去りにしてダッシュでバス停に向かい、降りてきた人物に近づく。


「あ、お久しぶりですね蒼太さん」


「ちょ、なんでここに!?」


 緑色の帽子を脱いだ彼女、新城明里が不敵に笑う。


「このスーパーウルトラパーフェクト美少女、新城明里がこんなイベントに参加しないわけないでしょう!私が来たからにはもう安心です。さあ、背中は任せてガンガンいきましょうか!」


 潮の臭いに混じって火薬の臭いまでする。なに持ってきたんだこいつ。


 いや、それより。


「終わったんだが?」


「……はい?」


「事件、終わったんだが?」


 というか今回の顛末はメールで簡単に伝えたはずである。こいつ、さてはウキウキで準備をして向かって来たから気づかなかったな?


「う……」


「う?」


「嘘だそんなことぉぉぉぉぉ!」


「いや本当だよ」


「じゃあ私は何を楽しみにこんなド田舎まできたんですか!?」


「知らねーよ不謹慎だよ楽しむな馬鹿」


「なんか刺々しい!?」


 刺々しくもなるわ。こっちはついさっき橋に供えられた花にしんみりしてたんだよ。なんならこの島でまたトラウマが加算された気さえするんだよ。


「あの、会長。こちらの方は……?」


 追いついた響が、困惑した様子で明里を見る。


「ああ、この子は新城明里。俺のともだ「同盟者です」……同盟者だ。そしてこっちが中学の友達で尾方響」


「はあ、よろしくお願いします」


「ああ、こちらこそどうも」


 気のない感じでお互い会釈した後、明里がこちらの耳に口を寄せてくる。


 ああ、腕に胸が!胸が!


「すみませんこの人ぶん殴っていいですか?」


「ダメだよ?」


 なにってんだこいつ。それはそれとしてオッパイオッパイ。


「いや、なーんか視線が不愉快というか。品定めしやがりました?この人類史に残すべきパーフェクト美少女明里ちゃんを」


「うーん、相変わらずの自信」


 普段こちらが胸をチラ見してもゴミ虫を見る目をするだけで許してくれる明里が『即ぶん殴る』判定をしたって、響お前どんな目をしたんだよ。


「響……お前……」


「か、会長?」


 ちゃんと性欲、あったんだな……よかった。偶に生徒会の面々ってその辺大丈夫かなって不安だったから。一部を除いて。そっちはそっちでアレだったけど。


「とりあえず先に向こうのバス停に行っていてくれ。この変態」


「会長!?」


 だが明里はダメだ。愛のキューピット役はごめん被る。


 俺より先に彼女ができるなど許してたまるか。それもこれほどの巨乳美少女を……!


 去れ。美少女の視界に入るな。万一にでも惚れられたらどうする。俺が桃色の青春を送れる可能性を一パーセントでも減らすんじゃない。


 とぼとぼと歩いていく響を放置し、そっと鞄からジャム瓶を洗って再利用した物を取り出す。


「まあちょうどよかった。郵送で送るのもアレだったし、今渡しとく」


「はい?なんですこの液体」


 受け取った瓶を揺らし、中の赤い液体を眺める明里。


「俺の血液」


「うわキモッ」


「やめて泣くよ?」


 女子中学生の『キモイ』の殺傷力を考えろとあれほど。


「三号。いや、今は『美国』か。アレのコアブロックに入れといてくれ。後で設計図も送るから」


『美国』


 元々は十二月に彼女と行動を共にした使い魔、『三号』だったのを、『私に仕えるのだから相応しい名前がいりますね』と明里が改名した。ちなみに、由来は『三号だからミ。私と言えば美しさ。国ほどの価値もあるという事で美国ですね』とのこと。


 まあ、指揮権の譲渡に改名させるのはいい事だし、改造しすぎてもはや別物だからいいけども。


「あれ、そろそろヤバい兵器になってきたんですけど。更に改造するんですか?」


「最近物騒だし……」


「物騒の基準が壊れてませんか?」


 とりあえず今後一定以上の組織は、『トルーパー』クラスをダース単位で動かしてくると考えるべきだと思うのだ。


 新垣さんはアレを上の人に持って行くはず。人の口に戸は立てられぬとはよく言ったもの。どれだけ秘密にしようと、アレを解析や量産をしようとすれば自然と知る者は増える。そこからどうあがいても余所に流れるだろう。


「まあ、ありがたく受け取っておきますよ。こんど何か奢ります」


「いや女子中学生に奢ってもらうのは」


「では今度うちに来た時にでも手料理で豪勢に」


「よろしくお願いします!」


 響にした以上に深く頭を下げる。


 美少女の手料理にはね?それだけで宝石並みの価値があるんだよ?美味しければなおさら。


 彼女の荷物も持って、響に合流しバスに乗り込む。


 長いようで、短くも感じた七日間。色々な事があった。素晴らしい出会いもあったし、得るものもあった。


 だが、見たくなかったものもあったし、辛い事も忘れたい事もあった。


 それら全ては、結局は過ぎ去った事。


 色々な感情をのせて、バスの窓から貝人島を見送った。



*   *   *



サイド 海原 アイリ



「本当によかったよぉ……」


 新垣さんに祖母がいる病院で降ろしてもらい、早速病室に行って指輪を使った。


 暖かな炎が包み込んだかと思えば、祖母が目を覚ましこちらを見てくれたのだ。自分にとって唯一の家族が起きてくれたのだ。こうもなる。


「まったく。いつまで泣いてんだいこの子は」


 だから呆れた目で見てくるお婆ちゃんの方がおかしいのだ。


「だって……だってぇ……」


「まあ、なにはともあれ」


 節くれだった、記憶にあるものより少し細くなった手が私の頭にのせられる。


「よく頑張ったね、アイリ。お疲れ様。ありがとうね」


「お゛ばあ゛ぢぁ゛ん゛……」


「ほらほら、せっかく私に似て美人なんだ。早く顔を拭きな」


「う゛ん゛」


 病室にあるティッシュで顔を拭うが、次から次へと涙があふれてくる。


 新垣さんが気を利かせて個室に移してくれてよかった。彼曰く『焔さんから貰った物の、余剰分に対するサービスです』との事だったが、焔って誰だろうか。


「それにしても、あんたの話しに出てくる剣崎って人はとんでもないね。いや、勿論いい意味でだけど」


「うん。本当に凄い人だよ」


 強くて、弱くて、芯が通っていて、脆くて。そして、優しい人。


 あの人の事を思うと、今も感謝が胸から溢れてくる。


「……ははん」


「え、なに」


 お婆ちゃんがこちらを見るなり、その三白眼を細める。


「さては惚れたね」


「うん、人としてね」


「かー、つまらん女だね。そこは恋と勘違いするものだよ!」


「自分の意思に嘘はつけないので」


 堂々と胸をはる。


 もしも、自分が彼に恋をするのだとしたら。それはきっともっと自分を磨いた時だ。それまでは、『恩人』であり『御屋形様候補』である。


「……ま、いいさ。にしても家は燃えちまったかい」


「うん、ごめんね。お婆ちゃん」


「なんであんたが謝るんだい。謝るべきなのはやらかした馬鹿どもさ」


 鼻を鳴らして、お婆ちゃんが腕を組む。


「まあ、その剣崎ってお人のおかげで島以外に住んでも大丈夫なんだ。ちょうどいいから本土に住むよ」


「いいの?だってお婆ちゃんずっと」


「自分達を殺そうとする奴らの所で暮らせるかい。安心しな、金ならある」


「え、いや確かに貴重品は持ち出せたけど」


 古くから継いでいた家なので、保険金や慰謝料が今後あるとしてもそこまで余裕はないと思うのだが。


「なに言ってんだ。あんた、あたしがどうやって『稼いでいる』のか知らんのかい」


「え、年金じゃないの?」


「馬鹿だねぇ。株だよ株。それと動画投稿」


「動画投稿!?」


 株はともかく、動画投稿の方は意外過ぎる。


「ネットで滅怪流の演舞を出したり余所の武術について解説もしているからね。女子の大会では解説として呼ばれる事もあるよ」


「時々本土に行っていたのってそういう理由だったの!?」


 驚きの新事実だ。まさか私、今年で六十七の祖母より遅れてる……?


「どうせだからその剣崎ってお人の近くにでも住むかい。挨拶もしたいしね」


「え!?」


「なんだい。恋じゃないんだろう?」


 ニヤニヤと笑う祖母から勢いよく顔を反らす。


「ほんとっっそういうのやめてよお婆ちゃん!」


「かーっ、若いもんからかう楽しみを奪うだなんて、なんて酷い孫なんだい」


「だーかーらー!」


 看護師さんに怒られるまで、私達は喋り続けた。


 こうした日常が、きっとこれからも続いていく。一度は諦めていた事が、今では当たり前になっていく。


 それを与えてくれた人への気持ちは、きっと恋ではない。感謝である。


 だから。


「恋は、ちゃんと自分の意思でするから」


 一時の出会いからじゃなくって、もっと彼と過ごしてからしたいのだ。





読んでいただきありがとうございます。お陰様で、無事第二章を終える事ができました。

どうか、今後ともよろしくお願いいたします。


この後、数分後に第三章のプロローグを出す予定です。


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― 新着の感想 ―
[良い点] 海原娘はめっちゃ武士っぽい。 海原祖母はユーチューバー。 ………お婆ちゃん強い。 [一言] 響君は会長しか見えてないから安心(できない)
[良い点] ひとまずの大団円! 新旧ヒロインはニアミスか…… さてコレは後のお楽しみか、それとも地雷か [気になる点] 「ネットミームに従って『ウゾダドンドコドーン』と叫ぼうかと思いましたが、パーフェ…
[良い点]  二章お疲れさまでした。三章も楽しみにしてます。 [気になる点]  ゴーレム強化ありがとうございます。性能は気になりますが、主人公的には性能を発揮する事態は避けてほしいのでしょうね。 [一…
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