エピローグ 上
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サイド 剣崎 蒼太
海原さんと新垣さん達に合流し、二人そろって開幕土下座を決めたら何故か相手にも一斉土下座された。特に新垣さんの反応速度にビビった。
謎の儀式めいた光景を終えた後、色々話し合ってから新垣さんと竹内さん、そして細川さんを連れて工房へと向かう。
海原さんは一時旧校舎で預かり、新垣さん達が本土へと帰る時一緒にそっちへ行くそうだ。お婆さんが入院している所で降ろしてもらうとか。
「ここです。今回のお礼と謝罪を兼ねた物を用意しました」
工房に到着し、中に彼らを案内する。
「これはどうもご丁寧に。少々申し訳ないですな、こちらとしても貴方に協力して頂いて本当に助かったのに」
「いえいえ、こちらこそたくさん助けられましたし、ご迷惑もおかけしましたから」
お決まりのやり取りをしながら、工房に。あまり広いとは言えない板金屋の中には、マネキン代わりの木偶人形と、それが身に纏う『鎧』が四つずつ置かれている。
「これ、は……」
「特殊戦闘服。名を『アマルガム・トルーパー』と言います。長いですから、『トルーパー』でもいいかもしれませんね」
『アマルガム・トルーパー』
見た目は、フルフェイスヘルメットのデザインと配色以外は海原さんのとそこまで違わない。ただし、脹脛に車輪付きのパーツがついている。これが任意で足裏に移動し、高速移動形態に移行する。この辺がトルーパー……騎兵要素である。ついでに腰には大型ナイフを装備。後は、関節部がメカメカしいぐらいか。あれ、意外と違うかも?
ぶっちゃけて言おう。これ、海原さんのアマルガムで出た余り物をくみ上げただけだったりする。なので、彼女のと違って収納機能とかはない。装着は手動である。
だって、予算的にも時間的にもギリギリだったし……けど、新垣さん達のリアクション的にこれぐらいの品でもいいかなと。一応、予算と時間が許す限りで全力は出したし。
ただし、血は使っていない。新垣さん達は信用しているが、その上は別だ。というか、権力者と賢者の石の組み合わせが嫌な予感しか浮かばない。
そのため、性能はあまり期待できない。とりあえず『銃を装備したヒグマ』よりは強いぐらいか。
「これを、頂けると?」
だが、新垣さん達は満足してくれそうだ。リアクションに手ごたえがありすぎる。
「ええ、勿論です。こちら説明書ですので、使用前にご確認ください。後ろの方に簡単な修理方法も載っていますので」
そう言って説明書の束を渡す。総一郎さんの家で見た電話帳みたいなサイズになってしまったが、こういうのは初めて作ったので勘弁してほしい。
「ありがとうございます。ここで読ませて頂いても?」
「はい」
軽く流し読むようにペラペラと説明書のページを進めていく新垣さんだが、その目が高速で動いている事に気づく。どうやら魔法で目を強化して速読しているらしい。器用なことするな。
「……なるほど。大変素晴らしい。これほどの物、本当に貰ってもよろしいので?」
「それだけ、あなた方に感謝しているのです。自分一人ではどうなっていた事か。海原さんの件もありますし……」
いやほんと、自分一人だったら手が足りな過ぎた。新垣さん達がいなければ、いったいどれだけ取りこぼしていた事か。
まあ海原さんが山田さん殺し掛けた謝罪と、彼女に関する口止め料が主なのだが。
「それはこちらこそですよ。ですが、そういう事でしたらありがたく頂かせてもらいます」
「それと、実はお頼みしたい事があるんです」
「ほう……」
不敵な笑みを浮べる新垣さんに、工房の奥から二つの刀を持ってくる。
「こちら、この依頼の報酬として用意させていただいた刀です。名は『陽炎』」
そう言って右手に持つ刀を差しだす。説明書を細川さんに渡した新垣さんが、恭しい様子で受け取る。
白木の柄と鞘。なんの装飾もされていない日本刀。刃渡りは七十二センチ。軽く鞘から刀身を抜けば、夕焼け色の刃が顔を覗かせる。
静かに燃える様な刀身が、ほんの数センチ鞘から出てきただけ。だというのに、新垣さん達が息をのんだのがわかる。自分から見ても、『自分を殺しうる武器』と警戒心がこみあげてくる。
「これ、は……」
血を使っていないのは、トルーパーと同じ。しかし背部に炎熱エンジンを搭載した以外は『火』要素のないあちらと違い、こちらは『火』と『剣』の二属性に適合する。
出来栄えに関しては、固有異能には及ばずともその一歩手前に迫ると自負している。本当は自分用に作りかけていた物を、急遽報酬用としてデチューンしたのがこれだ。
「それをお渡しするかわりに、これを、『ご遺族』のもとに届けてほしいのです」
一瞬固まっていた新垣さんが顔を上げたタイミングで、左手に握る『小刀』を差し出した。
「……こちらは?」
「『人斬り』の遺品です」
「「っ!!??」」
後ろで細川さんと竹内さんが硬直するのを気にした様子もなく、新垣さんが己の顎を撫でる。
「遺品、ですか……となれば人斬りは」
「自分が、殺しました」
部屋の空気が変わったのを感じる。だが、それでも構わず口を開く。
「これを彼女のご遺族に届けてほしいのです。本来なら自分で届けに行くべきでしょうが、残念ながらたどり着くことは出来ませんでした」
「……人斬りの活動時期を考えますと、子供でもいない限り家族は既に」
「もしもご遺族も亡くなっているのであれば、墓にこの小刀も埋めてほしいのです」
あの人間味の大半を失っているようだった人斬りが、子供を残しているとは考えづらい。となると、もうご家族はこの世にいないと考えるのが普通かもしれない。兄弟姉妹の可能性もなくはないが、なんとなく、それはいない気がする。
「一方的なお願いだとは承知しています。ですが、どうかお願いします」
深く頭を下げる。
この小刀を手放すべきか、悩みに悩んだ。それは、罪から逃れる事ではないのかと。
言い訳はできる。正当防衛だったとも、邪神が悪いのだとも。事実、これが他人事であるなら自分はそう言うだろう。
だが、そうは思いたくなかった。あれは俺の罪だ。俺だけの罪だ。それが、生き残った者としてのケジメだと思っている。
しかし、自分ではこの小刀をあるべき所に戻すまで、どれだけかかるかわからない。こちらの都合で返す……いいや。『帰す』のを遅らせるのは嫌だった。
だからこそ、彼に託す。人斬りの身元を探るのを協力してくれた明里曰く、政府か何かが彼女の名前や出身地を隠蔽しているのだと。
隠すのが政府なら、政府機関なら届けるのも可能なはず。縦割りかもしれないが、それだけの価値は『陽炎』にあると踏んだ。
今回の事件を通して、少しだけだが魔法使いの『常識』と言うやつがわかった気がする。
「……お受けしましょう」
「っ!ありがとうございます!」
「ですが、一つ質問に答えて頂きたい」
真剣な面持ちの新垣さんだが、細川さん達はそんな新垣さんに困惑した様子だ。いったいどうしたのか。
「内容に、よります」
「アバドンの事です」
「それ、は……」
自分の、罪の一つ。小刀を託す行為で、まさかそれにぶつかるとは。
「あれの、最期についてお聞きしたい。去年の十二月、貴方があそこにいたと、目撃情報があがっています。どうか、教えて頂きたい」
「に、新垣さん。なにを」
「お願いします」
不思議そうな竹内さんを細川さんが止めるのをよそに、新垣さんが真っすぐとこちらを見てくる。
一切の嘘や誤魔化しは許さないかのように。きっと、ここからどれだけの品を積んでも、アバドンについて話さなければ首を縦に振らないのではないのだろうか。そう思うほど、真剣な表情だった。
「……金原武子」
あの日、あの場所での出来事を思い出す。
「彼女がアバドンを拘束。そのまま東京諸共消し飛ばそうとした所を自分が妨害。そして、拘束されたままのアバドンに仲間の助力を受けて止めを刺しました。これ以上は、詳しくお話しできません」
「そう、ですか……」
新垣さんの体から、どこか力が抜けるのを感じ取る。まるで、重い荷物でも降ろしたかのように。
「ありがとうございました」
深く頭を下げる新垣さんに、今度はこちらが戸惑う。
「いえ、なにもそこまで」
「……失礼いたしました」
顔をあげた新垣さんはいつも通りの不敵な笑みに戻っていた。ただなんとなく、その目には少しだけ寂しさと喜びが混ざっている気がするのは、勘違いなのかもしれない。
そうして彼と契約書を結び、新垣さんに小刀を託して自分は工房を出た。向かう先は、海原さんのいる旧校舎。
彼女には伝えたい事がある。そして、あちらからも話したい事があるとも。
* * *
サイド 新垣 巧
「さて、これは……報告書がまた厚くなりそうだ」
机に置かれた二振りの刀に、並べられた四つのトルーパー。一つとっても上に下にの大事が、いっぺんに来てしまった。
「人斬りが本当に死んでいたとは……」
「いやぁ、びっくりだよねぇ」
冷や汗を流す細川くんに笑いかける。いやもう、笑うしかない。
戦後以降、歴史が動く瞬間には必ずその影があった伝説の殺し屋。人斬り。うちの業界ではなんらかの方法で分身、あるいは分裂した同一人物だとは想定していた。どこの魔術組織や一族とも関係ない、独自の異能の使い手として。
そういう存在を、我々は超人と呼んでいる。人でありながら、人の域を超えてしまった人でなしども。そう呼ばれる者は決して多くはない。有史以前から遡っても、だ。
鎌足尾城。アバドン。金原武子。魔瓦迷子。そして、人斬り。ここ数十年で突如頭角を現した新たなる超人たち。アバドンも、そのDNAから『元人間』であると結論が出ている。
こちらの世界でその名を知らぬ者がいないほどの影響力を持つ彼らが一斉に消息を絶った、十二月の東京。そこにいたとされる『蒼黒の王』。
明確に死体が残っているアバドン以外の面々も、死んだと噂がされていた。だが、その『蒼黒の王』自ら伝えられるとは。
「これは、アメリカあたりが動くかもねえ」
「イギリスも黙ってはいないでしょう。というか、既にアバドンと鎌足の件で東京は戦場ですよ」
あの日からようやく安定期とも呼べなくもない、となっていた世界が、また二転三転していっている。
特にアバドンの死体から採取された肉片や血液をめぐって、色々と騒動が起きているわけだ。アメリカの企業ども。大陸の戦争屋。イギリスの暗躍好きに狂信者や外道に堕ちた魔術師たち。どいつもこいつも、血で血を洗う暗闘を繰り広げている。
だが、朗報はあった。
アバドンの、『義妹』の仇の死について知る事ができた。
もう十何年も前。かつて東京に向かって奴が上陸した時の事だ。表向きには自衛隊によって撃退されたとされているが、真実はわかっていない。
だが、あの時の死者行方不明者は千人を超えるとされ、その内の一人が、何故か先に避難していたはずの義妹だった。
妻の妹である彼女が、何故あの場にいたのかはわからない。ただ、彼女があの日、アバドンに食い殺されたのは事実なのだ。
彼女の死から病状を悪化させた妻が亡くなったのは、ほんの少し先の事だった。
アバドンが憎かった。そう、過去形だ。自分ではどうしようもない災害の様な存在を恨み続けるには、僕は歳をとりすぎた。
だから、奴を殺してくれた彼には感謝すべきなのだろう。
それはそれとして。
「ふっ。さあ、これから忙しくなるぞ二人とも」
報告書、どうしよう……。
読んでいただきありがとうございます。
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数分後、第二章の設定を投稿させて頂きます。




