第六十三話 貫く白刃
第六十三話 貫く白刃
サイド 剣崎 蒼太
「ガア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛!!」
雄叫びをあげて、岩場を砕きながら真っすぐと突っ込んでくる海原――いいや、『怪人』を迎え撃つ。
大ぶりな右。それを剣で受け流し、カウンターを入れようとする。が。
「ぐっ!?」
重い。轟音と共に体ごと弾かれる。たたらを踏みながらさがった所に、追撃が放たれた。今度は左か。
「おお!」
受け流すのではなく、全力で弾き上げる。手足に痺れるような痛みに顔をしかめるが、無駄ではなかった。
弾かれた衝撃も気にした様子もなく右腕を叩きつけにくる怪人に、蹴りを放つ。もとより剣でのカウンターではなく、蹴りによる牽制を選んだ。
宝玉に左の踵を叩き込みながら、右膝を曲げて振るわれる相手の右腕を回避。
「ガア゛!?」
痛みの声をあげながら後退する怪人。やはりあの宝玉が弱点か。痛みをこらえる様に左手で押さえている。
怯んだ怪人目掛けて突きを放つ。宝玉は左手で隠され、心臓は厚い胸板で覆われている。なら、狙うは喉元。
「ガア゛ッ!」
だがその一撃は右腕で跳ね上げられ、眼前に噛みつきが迫る。
「このッ」
剣先を戻すのは間に合わない。腕の力を使って強引に柄を押し出し、柄頭で鋭いギザ歯を殴りつける。
歯が砕けるが、構わず突っ込んできた顔面がこちらの頭に当たる。相手の顎と自分の額。普通なら相手の方がダメージを負うはずなのだが――。
「ご、ぉ……!」
視界が揺れる。速さは飛蝗の怪人以下。自分よりも遅い。だが、膂力と頑強さは自分すら上回るか……!
頼りに出来ない視覚から、第六感覚で反応。突き上げられた左の拳を剣で受ける。だが止めきれず、刀身を横に滑るようにして逸れた拳が胸に直撃。装甲が歪み、肺が圧迫。呼吸が一瞬止まる。
「ッ゛……!」
空中に弾き上げられながら、咄嗟に左手で腰の杖を引き抜いて魔法を放つ。火炎放射が怪人を包み込み、その姿を覆い隠した。
常人が受ければ間違いなく生存は諦めざるを得ない温度。これほどの怪人がその程度で死ぬとは思えないが。
「ガ、ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛!?」
それでも、効果はある。
炎に焼かれる怪人を見下ろしながら着地し、杖をしまい両手で剣を握ってそのまま突貫。
相手が頭を守る様に左手を掲げる。それは第六感覚で察知済みだ。狙いは奴の左肘。分厚い皮と鋼以上の筋肉をかき分け、骨と骨の隙間に剣を潜り込ませる。
切ると言うより、強引に引き裂くようにして怪人の左腕を叩き落す。
「ウア゛ア゛ア゛ア゛!!」
暴れる様に、燃え盛る体で振るわれる右手。それを潜り抜ける様に避けながら、体を回転させて右膝裏を切りつける。切断には遠いが、それでも腱は逝った。
よろめいた所に脇腹へと左拳。硬い。やはり素手ではもう傷一つつけられないか。
「ガア゛ア゛!」
振り落とされた右腕を避けるが、ヒレ部分が兜を上から下に滑っていく。異様な切れ味のそれは、容易くこちらの左目を兜の一部諸共切り裂いた。
「ぐっ……おおおおお!」
それでも戦える。赤熱する痛覚を脳内麻薬が押し流し、第六感覚が失った視界を補う。
振り下ろされた右腕が衝突し、砕かれた岩の欠片が飛び散る。それを鎧で受けながら、突き立った右腕。その肘へと横薙ぎに剣を入れる。まるで大木に斧を叩き込むかのように。
怪人が慌てて腕を引こうとするがもう遅い。強引に剣を振り抜いて右腕を切り飛ばす。
ビキリと、剣から異音が響いたのを右腕から感じ取る。連戦に次ぐ連戦。むしろ、よくここまでもってくれたと言うべきか。あともう少し、付き合ってもらおう。
「ガア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛!!??」
痛みに悶えながら、大きく飛び退く怪人。それに合わせて杖を引き抜き、火球を撃ち込む。消えかけていた炎が、再度その身を覆い隠す。
「ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛―――ッ!?」
悲鳴を聞き流しながら、限界がきて焼け焦げてしまった杖を放り捨て距離を詰める。両腕が再生しきるよりも先に、切り伏せる。
だが、第六感覚に警報。地面を踏み砕いて後ろへと跳んだ瞬間、眼前になにかが降って来た。
砲弾?いや、違う。
土煙から出てきたのは、サメの頭部。自分よりもはるかに大きいそれは、頭部から下が柱のように太い触手の様な物で繋がっている。
その先にいるのは、先ほどから戦っていた怪人。
いつの間にか炎は消し去り、下半身が巨大な肉塊へと変わっていっている。そこから生えた触手と同じ物が、次々と現れる事七つ。最初のも合わせて八つの触手が、怪人の下半身から生えそろった。
「これは……」
八つの触手それぞれにあるサメの頭。既に両手共に生え変わった本体。それら全ての視線がこちらに向けられる。
剣を構えなおしながら、思案する。さて、どう戦ったものか。あいにく、サメとタコが融合した謎の生命体との戦いは想定していない。再生した両目で、どうにか奴の全体を見ようとするが、いかんせん大き過ぎる。触手をぬいたとしても、下半身の丸く膨れた肉塊のせいで四メーター前後はあるだろうか。
ふと、それら全ての視線が自分から逸らされた。その先にあるのは、海。
まずい。どう考えても水中戦はあちらの領分。勝敗以前に、逃げに徹せられたらどうしようもなくなる。
咄嗟に、自分の左手首を斬りつける。思ったより深くはいったそれは、小さな赤い水たまりを地面につくる。
怪人の反応は劇的だった。全ての顔がこちらに向くなり、歯をむき出しにして全ての触手が我先にと突っ込んできたのだ。
それを飛び退きながら、小さい筒を放り投げる。大きさは、それこそ昔使われていたというカメラフィルムのプラスチックケースほど。それが血だまりに落ちるのと、触手の一つが地面ごとそれらを丸のみにしたのがほぼ同時。
一瞬視界を消し飛ばす程の光と、耳をつんざくような爆音。地面ごとこちらの血を飲み込もうとした触手が、肉片となって降ってくる。
あいにく自分の血の危険性は把握済みだ。触れればそれさえ材料にして爆発する魔道具ぐらい作っている。
頭を失った触手に視線を向けるが、その部位は再生がやけに遅い。止血すらまだ完全にはできていない。先ほどまでの戦いなら、それぐらい瞬く間に出来ただろうに。
痛みから全ての口で絶叫を上げる怪人。その魔力の流れをたどってみれば、やはり中心は下腹部の宝玉。あそこから遠いほど、再生が遅いと見るべきか。
であれば、まだ十二分に勝機はある。
剣を腰だめで構えながら、走り出す。足音に気づいたか、触手達がこちらへとそれぞれ向かって来た。怒りからか、はたまた単純に知能が低いのか。その動きは酷く稚拙だ。二本ほど、互いに接触して動きを妨げ合っている頭部もある。
だが、単純に『でかい』というのはそれだけで強い。
先頭の一本を避けざまに斬りつけ、次に迫る二本目と三本目の隙間を走りながら横に斜めに切りつける。
一瞬、左右の触手がたわんだと思えば挟み込むように振るわれる。
すぐさま両肩と腰、太ももの鎧をパージ。広がった可動域をフルに使って跳躍。真下で破裂音に似た衝突音を聞きながら、中空に身を投げ出す。
待っていたかのように迫る四本の触手。それらが四方から別々のタイミングで、大口を開けて迫ってくる。
「こ、の……っ!」
一本目を斜めに切り上げ受け流し、下から来た二本目を受け止めて跳ね上げられ、左手側からきた三本目を蹴ってその上を走り、四本目がそれ諸共噛みに来たのを避けてぶつける。
地面に降り立てば、再度展開される津波の様な連撃。
「っ……!」
かなり切りつけたものの、頑丈過ぎる触手は全霊を込めた一撃でもなければ切断までもっていけない。かといって、そんな隙を見せれば他の触手に食い殺される。
ではどうする。いかにしてこの怪人をしずめるのか。
思考に意識が持って行かれそうになるなか、今まで何もしてこなかった本体部分に魔力が集まるのを感じ取る。
ヤバい。何かわからないが、ヤバい。
本体の口が大きく開かれた。そう思った瞬間には跳んでいた。遅れて、第六感覚に従って体がほとんど勝手に動いたのだと気付く。
一閃。
銀色の極光が、レーザーカッターのように通り抜けていった。切り裂かれた地面が、遅れて土砂を巻き上げる。
「なんでもありだな、おい……」
森を背にしながら、怪人を睨みつける。あの一撃、直撃すれば鎧を貫通してこちらの体を消し飛ばしかねない。
強くなっていく雨が、鎧下の戦装束にしみ込んで煩わしい。そして、水気が増えるごとに奴の力が増しているのは気のせいではないだろう。
先ほどまで止血すらもおぼつかなかった触手たちが、今やボコボコと負傷カ所の肉を盛り上がらせ、数秒程で失った頭まで生やしている。
時間経過で状況は不利になっていく。熟考している暇などない。
深呼吸を一度。ゆらりと、値踏みする様にこちらを見下ろす触手どもに剣を向ける。
「こういうの、苦手なんだがな……」
今からやるのは、自分には本来合わない戦い方なのだろう。武器が足らず、手段が足らず、時間が足りない中でやらざるをえない、苦肉の策。だが、不幸中の幸いか。
手本なら、さっき見た。
「すぅ……行くぞ」
強く地面を蹴りつけ、加速。真っすぐと本体目掛けて走り出す。
当然ながら触手どもがそれをみすみす見逃すはずもない。先ほどまでよりも幾分か統率の取れた動きで、歯をむき出しにこちらへ迫る。
一本目を軽く跳んで避けると、そのまま足場として走る。だが一本目がすぐさま体をたわませてこちらを跳ね上げた。
打ち上げられた自分へと、殺到する触手ども。それらを前に、第六感覚を広げていく。
どの触手が、どの軌道をとっているか。自分へと到着する順番は。視線の動きは。本体は今どうしているか。
それら全てが手に取る様にわかる。であれば、後は『奴』の動きを自分なりに改修するのみ。
迫りくる異形のサメどもを、ひらりひらりと受け流し、足場に変えて跳んで跳ねてを繰り返す。
思い出せ。あの飛蝗の怪人はどうしていた。どうやって自分を刻んでいた。脳裏に焼き付いた、つい先ほど自分へ向けられた殺人技巧を再現してみせろ。
走り、跳ね、時には足場となる触手を切りつけて牽制とブレーキをかけながら、本体へと駆けおりていく。
触手を一つ、二つ、三つと掻い潜り、本体へと向かっていく。雨の中でも、この触手の表面がザラザラしたサメ肌である事が功を奏した。滑ることなく、走り抜ける。
遂に全ての触手を潜り抜け、眼前に跳び込む。剣を両手に持ち、上段から肩口目掛けて振り下ろした。
ガキリと、硬い音が響く。両手を交差させた怪人が、黒いヒレで挟み込むようにこちらの剣を止めていた。ニヤリと、その獰猛な口元が笑った気がする。
勢いよく左右に開かれた両腕。そして、挟まれていた剣は甲高い音をたてて砕け散る。折れた先が遠くへと飛んでいくのを、第六感覚で感じ取る。
魔力が集約される怪人の口元。ブヨブヨとした肉塊と化した奴の下半身に乗りながら、至近距離にて銀の光が自分へと放たれる。
左目に燃える様な痛みを感じながら、歯を食いしばる。
「燃えろッ!!」
自分の血は、この世でも有数の『材料』である。であれば、それで形作られる肉体そのものもまた、上質な素材に他ならない。
であれば、これは当然の帰結。
左目を作り変え、熱戦を放つ兵器として使い潰す。
即席も即席。製作時間たったの三秒。間違いなく馬鹿の一手。だが、あいにく馬鹿な自分にはこれぐらいしか思いつかない。
「ああああああ!」
銀の光と朱の光がぶつかり合い、互いに押しのけあって周囲へと飛散した光が被害を広げていく。
「ガア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛――ッ!?」
怪人が悲鳴を上げてのたうつ。ぶつかった場所が場所だ。広げられた光の飛び先には奴の体ばかりである。
ぶつかり合いはほんの数秒。銀の光は潰え、同時に自分の左目も完全に焼き切れた。
もはや痛覚さえも感じない。再生にはおよそ十秒。半分以下になった視界で、怪人へと最後の力を振り絞って踏み出す。
「ガア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛!!!」
あちらも、全力を振り絞って拳を向けてきた。
突き出される右拳。回避は不可能。故に、額でもって受け止める。砲弾でもぶつかったような轟音と衝撃。脳が揺れ、膝が落ちそうになる。
限界などとうに超えていた兜が砕け散り、焼け焦げた左目が雨風に晒された。だが知ったことか。まだ耐えられる。動ける。ならば止まる理由などありはしない。
眼前の怪人を止める。それに勝る理由など、この世にいくつあるというのか!
右手には、既に折れた剣などありはしない。歯が軋むほど食いしばりながら、朱色の小太刀を強く握る。
それを振りかぶりながら、脳裏に、この島での事が思い出される。
『こちらこそ昨日は危ない所を。本当にありがとうございました』
『危ないですから、戦わないでください。あの怪人は、私がなんとかします』
『友達に愚痴を言えば、少しは楽になるかもしれませんし』
『貴方の人生は、貴方のものなんですよ?』
自分に、戦う理由を思い出させてくれた、年下の、少し陰のある、優しい友人。海原さんの言葉があったから、自分は壊れずにここまでこれた。もしも一人で思い悩んでいたならば、きっともっと多くのものが手の平からこぼれ落ちていた。
だから、だからこそ――。
「けんざき、さん――?」
「ああ、ここにいるよ」
『彼女』の喉を、貫いた。
読んでいただきありがとうございます。
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