第六十話 生き残る亡霊は
第六十話 生き延びる亡霊は
サイド 剣崎 蒼太
何合、何十合目か。互いの剣がぶつかり、薄暗い通路を照らし出す。
横薙ぎに振るった斬撃を跳躍して回避され、振り向くより速く壁を蹴って放たれた相手の斬撃が先に届く。
「くっ!」
右肩を鎧ごと切られながら、それでも剣を振る。上体を仰け反らせて避けた所に、爪先を踏みに行った。だが、コマの様にまわって避けられ、逆に首狙いで黄色の斬撃が迫る。
だがそれは読めていた。左手の籠手で相手の鍔を受け止め、弾きながら右手の剣を横薙ぎに。
後ろに跳んで致命傷は避けられたが、それでも深く脇腹を抉った。開いた距離。それを詰めずに、お互いに構えを直す。
数秒と経たずに癒えていく互いの傷。鎧の損傷さえも再生し、振出しに戻る。
「ハハハ!イイ!楽シイネ、コレハ!死ヌハ死ヌガ、傷ガ治ルカラ何時マデモ戦ッテイラレル!」
「うるせぇ死ね」
「モウ死ンダヨ?」
「もっかい死ね」
「殺シテミナヨ!」
「そうさせてもらう!」
強く踏み込み、一歩目でトップスピードに。時速にして二百キロ以上の速力で、全力で地面を滑る様にブレーキ。
降り積もった埃と、巻き上げられた床の破片が目くらましとなってお互いを包み込む。瞬時に怪人から巻き起こる疾風。晴れる視界の中、既に間合いの内へと跳び込んでいる。
「しぃ!」
腰の宝玉目掛けて放った突き。しかし直前で黄色の刀身に弾き落とされる。即座に柄から右手を放し、拳を宝玉に叩き込んだ。
「グッ!?」
咄嗟に後ろに跳んで衝撃を逃されたが、それでも初めて聞いた『怪人の苦悶の声』。痛覚などありはしないだろうに、ここだけは神経が通っているのか。
両手で握りなおした剣を首に向かって横薙ぎに振るう。それを受け止められて鍔迫り合いになった瞬間、膝蹴りをまた黄色の宝玉に。これは相手の脛で止められた。
剣をずらして叩き込んだヘッドバット。感触が軽い。また奴は後ろに。
「逃げるな!」
「捕マエテゴラン」
追いかけようと走れば、通路の先に出る。そこは壁や床が碌になく、細い鉄橋が張り巡らされ、あっちこっちに鉄骨がむき出しになった空間だった。
「やばっ」
この迷宮めいた地下空間の地理を、あいにく自分は把握していない。それが仇となる。この地形はまずい。
その動揺から、一瞬視界から奴を見失う。即時に第六感覚で索敵。
「ヤア」
「このっ!」
自分が立つ鉄橋の下を回り込んできた怪人が、手すりを掴みながら蹴りを放ってくる。それを右腕で受けるが、体は弾かれて手すりに。背後で破砕音と何かが落下していくのを感じながら、床を削ってどうにか堪える。
「ちぃ!」
今まで戦っていた通路を背に、怪人が躍る様に斬りかかってくる。クルリクルリと舞うように、しかし明確な殺意をもって回される刃に翻弄される。無駄がないのに遊びがあるのだ。フェイントの亜種の様なものか、鬱陶しい。
狭い通路。天井は遠く、膂力も強度もこちらが上。だが、それでもこの場は不利すぎる。鎧分重量があるこちらは、強く踏み込めばそれだけで足場を崩す。対してあちらは軽いステップの様な足取りで動きながら、刀身の振動で斬りかかってくる。
そして、足場が足りないのはこちらだけ。
「おおっ!」
「オット」
肩に剣を受けながら強引に振るった剣を後ろに跳んで避けた怪人は、右手で手すりを持つなり体を宙に躍らせた。
軽やかな動きで跳躍を繰り返し、鉄骨や鉄橋の手すりを掴み猿の様に跳び回っている。
この隙に元来た道へ戻ろうとするが、左手側から襲撃。咄嗟に剣で防いだが、上を通り過ぎ際に頭を蹴り飛ばされる。
「ぐぅ!」
強い衝撃で手すりにぶつけられ、そのまま落下していく。
「マダマダァ」
落下する中、四方八方から跳び回る奴が斬りかかってきた。それを第六感覚による察知と空間把握能力をフルに使い捌ききり、両足で別の鉄橋に着地。足元からミシミシと異音が響く。
「イヤァ、器用ダネェ」
鉄骨の上に乗りながらこちらを見下ろす怪人に、脳内でどう斬りかかるか組み上げていく。
この場では重量と膂力が逆に足かせとなっている。では鎧の一部をパージしてこちらも機動力を重視するか?断じてNOだ。相手の土俵に立てば負ける。それ以前に、鎧が無ければとっくの昔に削り殺されているだろう。
強引に足場を壊しながらこちらも跳び回るか。いいや、それをすれば空中にてなますに斬られて蹴り落とされるのがオチだ。
残念ながら、妙案と呼べるものは浮かんでこない。さっきから電鋸みたいな剣で切られ続けて、痛覚が馬鹿になるほど脳内麻薬が出てきているのも思考が纏まらない一因かもしれない。痛みでのたうち回るよりはマシだが。
と、なれば。
「ジャア、イクヨォ!」
馬鹿な手を、とるとしよう。
振り下ろされた剣。それを、無防備に受ける。
「ッ!?」
「が、ああああああ!」
黄色の剣が鎧を裂き、肉を掻きだし、骨を削る最中。肩口に食い込んだ刃を持つ相手の手を左手で強く握る。
そしてそのまま、足元の鉄橋を全力で踏み砕いた。
元々碌に手入れもされていなかったサビだらけのそれは、あっけなく砕かれて落ちていく。当然、自分達も諸共に。浮遊感を感じながら、重心を移動させて自分が上をとった。
「クッ」
こちらの左手が蹴り飛ばされて拘束を外される。だが、離れた先は落下する先。この怪人なら落ちていく鉄橋の残骸を足場に上へと昇れるだろう。
だが、今は俺が上にいる。
「上がってこいよ、亡霊!」
「ハハ、君モ大概ニ狂ッテイルナ!」
瓦礫を足場に駆け上がる怪人。それを塞ぐように落ちる自分。四方八方、三次元で戦うと言うのなら、方向を固定させればいい。我ながら愚者の一手。だがそれがどうした。こいつはここで殺す。
コレは断じて野放しにしてはならない。第六感覚も含めた自分の全てが叫んでいる。ここで討ちとらなければならない。絶対に……!
高速で迫る黄色い閃光。それを弾きいなし、叩き落す。落下しながら繰り返されるヒットアンドアウェイ。満開の火花が散る中を、互いの死が交差し続けた。
一時間にも、一瞬にも感じられたその時間も、終わりはやってくる。やたら広い鋼の空間に降り立ち、息をつく間もなくほぼ同時に踏み込んだ。
唐竹割りを狙った剣が黄色の剣と噛み合った瞬間、からめとられて引き寄せられる。奴の右手でこちらの両腕が一瞬だが抑えられた。その隙に、密着した状態で後頭部をこちらに晒す怪人が、地面を強く踏みつけながら肘鉄を顔面に叩き込んでくる。
「がっ、は……!」
ただのエルボーではない。蹴りを上乗せされた威力と速度。脳が揺らされる。
「がああああああ!」
「ヌゥ!?」
それでも後ろへ倒れそうになる中、怪人の首に巻かれたマフラーを掴んで引き寄せる。仰け反った勢いものせて、ヘッドバットを後頭部に。
いかに不死身一歩手前同士とは言え、脳を揺らされ互いによろめく。しかし、先に回復したのは血の影響かこちらだった。
「ぜぁ!」
下からの切り上げが、奴の右親指ごと剣を弾き上げた。
「おおおおおおおおお!」
両手に握った剣を、脳天へと叩き込む――寸前、怪人の両手が刀身を挟み込む。巴投げがくる!そう思った瞬間、与えられた力は縦ではなく横だった。剣を持つ手を捻られ、足払いをされて明後日の方向に投げ転がされる。
回転する視界の中、奪われた剣がこちらに向かって投げられるのが見えた。
「づぅ!」
「ハハハハハハ!」
顔目掛けて飛んでくる剣をギリギリで左手を犠牲にして受け止めた。そこに、落ちてきた己の剣を受け止めた怪人が迫る。
足場どころか、両足を壊す程の踏み込み。音を越えた速度で迫る黄色の刃が自分の胸を貫いた。その半瞬後に、こちらが引き抜いた右手一本で握る剣が、奴の左腕を切り落とす。
ずるりと、右手から蒼黒の剣が滑り落ちて甲高い音をたてる。
「私ノ勝チ――」
「まだだ!」
左手で、奴の右手首を掴む。
『異能:食いしばり』
「ナッ!?本当ニ不死身カ!?」
「ぐぅぅぅ……!」
右手を腰の後ろに回す。十二月の戦いでも用いた、自分のとっておき。壊れたアレも、新しく作り直し、この場に持ってきている。
「ぶち抜けぇぇぇぇぇぇえええええええ!」
引き抜いた鉈が、峰につけられた円筒を着火させ加速。脳天から怪人の体を裂いていく。
「オオオオオ―――!」
「ええええええああああああああああああ!」
暴風が巻き荒れ、体が吹き飛ばされそうになる。逃がすものか。放すものか。爪先で鋼の大地を抉りながら、左手は関節が軋みあげるほど握りしめる。
右手の大鉈が怪人の胸を通過し、腸をかき分け、宝玉に到達する。
「オオッ……!」
脳天から股までを完全に両断し、鉈を振り抜いた。込め過ぎた力に柄は砕け、右手の関節と言う関節、そして筋がイカレる。
だが。
「俺の、勝ちだ……!」
血を口の中で溢れさせながら、消えていく黄色の刀身を引き抜いて放り投げる。
「アア」
縦に両断されて転がる怪人が、左右それぞれからかすれるような息をもらす。
「楽シ、カッタ……」
割れた宝玉諸共、ドロドロとした黒い粘液へと溶け落ちた怪人を前に、膝をついてせき込む。
「がほっ、ごぼっ……!」
再生がもう行われ、貫かれ削られていた心臓が完治。出血も止まる。
この戦いで、ようやく自分の戦い方というやつが定まった気がした。
まず前提として、自分は彼女の、人斬りのようにはなれない。剣聖の領域には踏み込めない。千年もかければあるいは、と言った所か。
だが、そんなにも待つ事はできない。今を生きねば話にならない。そもそも、『剣に生き剣に死す』という考え方が自分には合わない。
ある物はなんでも使う。剣で勝てないならその辺の石を投げるし、殴りかかるし他の道具も使う。それでいい。勝てればいい。ただ、自分の心を壊すような戦い方でさえなければ、それでいい。
あの怪人との戦いで、イメージトレーニングで積み上げたものが形をなした。不本意ながら、感謝をすべきなのかもしれない。
それはそれとして。
「二度と、蘇ってくるな、クソ野郎……!」
剣を拾い上げて、歩き出す。よろよろとした足取りが、正常なものに戻り、そして床を踏み壊しながらの疾走に変わっていく。
行かなければ。新垣さん達の所に……!
「お願いだから、死んでいたなんて事はやめてくださいよ……!」
もう、間に合わないのは嫌だった。
何故かはわからない。わからないが――あの人は、絶対に死なせてはならないと、そう思うのだ。
* * *
「あ、焔さん。お疲れ様です」
ガクリと脱力した自分は、悪くないと思う。
加藤の襟首を掴んで引きずる新垣さんがそう出迎えてきて、一気に力が抜けた。肺に残った血もそのままに走って来たのに。いや、無事なのはいいんだけどさ。
……よく見たら全然無事じゃなかったわ。
新垣さんは左手の骨折に右足の裂傷。他の人達もボロボロな様子だ。加山さんと下田さんにいたっては床に横たわって息切れしている。
「デスクワーク……専門なんですってば……!」
「転職してやる……!労基に駆け込んでやる……!」
なにやら悲しい事を言っているが、まあ大丈夫そうなのでいいか。
加藤に視線を向ければ、右手と右足から血を流し、うめき声をあげている。撃ち合ったのだろうか。
こちらの視線に気づいたのか、新垣さんが苦笑を浮べる。
「いやぁ、亡き妻へのプロポーズを言ったら相手の動きが止まりまして」
「なに言ってんだこいつ」
あ、やばい。年上にこいつとか言ってしまった。まあ、本人も気にしていないしいいか。
「何故か、毎回こうすると相手が止まるのですよ。きっと、妻が守ってくれているのでしょうね……」
「いや、笑顔が怖いだけだと思います」
と、歪んだライフルを杖代わりにしている細川さん。
「言っている内容が気持ち悪いからかと」
ボロボロだが普通に立っている竹内さんが続く。
「五月蠅いよインテリヤ●ザ面とストレートヤ●ザ面」
「「!?」」
公安の秘密部署って段階でお前ら全員怖いよ、と一般人代表の自分は思ったが、面倒くさかったのでスルーした。
「終わったのですね」
突然現れた気配に視線を向ければ、ミゲルが地上で会ったままの姿で立っていた。
「ええ、どうにか。ご協力感謝いたします。ミスターミゲル」
にっこりと、新垣さんがそう答える。その声に反応し、うめき声をあげるだけだった加藤がびくりと震えた。
「み、みげ……」
「探したよ、わが友よ……」
怯えた視線を向ける加藤に対し、サングラスを外したミゲルは異様なまでに優し気な顔を浮べていた。
「では、契約通りに。後で『首から下は』そちらにお届けします」
「ええ、ありがとうございます。こちらもメンツやら色々あるので」
そう言って、新垣さんが加藤から手を放して離れる。床に捨てられた加藤が必死に這いずって逃げようとするが、それをミゲルが後ろから抱きしめて止めた。
「い、いやだ!戻りたくない!あそこには戻りたくない!」
「皆さん。ここには爆弾を複数設置しました。十分後に爆発しますので、どうぞその円の中に。地上に転移させます」
ミゲルが指し示す床に、緑色の縁が出来上がる。
「イヤだ!殺してくれ!あそこに戻るぐらいなら、いっそ」
「ダメだ、友よ。そんな事を言わないでくれ」
ミゲルの口が優しく、しかししっかりと加藤の口を塞ぐ。
「君が不満に思っていた事があるのなら、ちゃんと直すよ。それよりも、やはり肉の体は不便だし危ない。急いで、君の『部屋』に戻ろう」
「むー!むー!」
血走った目に涙を浮かべる加藤に、一瞬だけ止めをさしてやるべきか迷う。なんとなく、彼がおかれていた境遇に察しがついた。
だが、脳裏にはこの島で死んでいった人々が、傷ついた人達の姿が浮かぶ。
……自分が助けてやる義理はない。そう踏ん切りをつけ、円へと向かう。
「死にたくないって、そう言っていたじゃないか。『二度と死にたくない』って」
口を塞ぐミゲルの手を振りほどき、逃げようと加藤がもがく。
「いやだ!僕は不死身になるんだ!不死身の肉体を手に入れるんだ!その為に、その為にここまできたのに!転生して、こんな、所に!」
「大丈夫だよ、加藤。あの犬達からも、私が君を守ろう。一緒に楽しく過ごそうじゃないか、我が親愛なる友よ」
「いやだ!いやだいやだいやだ!助けてくれ!殺してくれ!誰か、だれ――」
気が付けば、森の中にいた。軽く周囲を見渡せば、そこが数時間前に地下へと突入した場所だとわかる。
それにしても、最後に言っていた加藤の言葉……いや、いい。彼は恐らく、自分と『同じルート』で来たわけではないのだろうし、そもそも他人だ。そこまで面倒みきれない。
「あ、新垣さん。これを」
「はい?」
籠手の部分だけ解除し、指輪を一つ外して放り投げる。
「治癒用の指輪です。前に見せた物より効果は落ちますが、それでも五、六人は千切れた手足をつなげるぐらい出来ます」
「おお、ありがたい」
自分の血を使っていない物なので、出力は落ちるがそれでも『火』に類する物だ。多少の効果は期待できる。
ようやく、『こっち』の事件は終わった。後は――。
「っ!?」
旧校舎に、こっそりと張り巡らせていた結界に異常を感知する。それと同時に、新垣さんの携帯が鳴り響いた。
「はいこちら新垣……山田くん。何があった……なにっ?」
転生者としての聴覚が、電話越しに響く微かな音を拾い上げる。
『海原、さ……暴走し、逃げ……』
最後まで聞くよりも速く、自分は駆け出していた。
彼女が向かう先は、なんとなく見当がついていたから。
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