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第五十九話 末期の

第五十九話 末期の


サイド 剣崎 蒼太



 飛蝗の怪人と、無言にて睨み合う。


 一瞬たりとも目を離せない。瞬きさえも惜しい。ほんの僅かにでも意識をそらせば、気づく事すら出来ぬ間に首を獲られる。そう自分の中の全てが吠え立てている。


「な、なんだお前は……」


 加藤が何かを言っている。


「僕はそんな装備作ってない……そんな機能与えてない……なんだ、なんなんだ」


 怯えたような、震えた声。


「なんなんだ、お前は!」



「いあ、いあ――」



 加藤の叫びに応えるような呟きを、怪人を中心として吹き荒れた暴風で遮られる。それを見つめながら、口だけ動かした。


「新垣さんすみません。たぶん、いや絶対」


 八双の構えに切り替える。


「そっちの援護は、出来そうにありません」


 動き出したのは、ほぼ同時。


 吹き荒れる『嵐』の中を踏み込み、全力の打ち下ろし。しかし、剣の腹を左の甲でゆらりと流され、中段蹴りがこちらの右わき腹に叩き込まれる。


「ぐぅ……!」


 鎧がへこみ、内側の肉が潰れる。内臓が振り回されるのを感じながら、歯を食いしばって意識を保つ。吹き飛ばされまいと堪えた足が、鋼鉄の足場を踏み砕いた。


「おおっ!」


 はためく黄色いマフラーを掴み、強引に腕を振るう。玩具の様に飛んでいく怪人を追って、こちらも走った。


 空中で体を捻り足から着地する怪人。しゃがんだ様な体勢の奴に上から剣を振り下ろすが、両手で手首を掴まれそのまま巴投げをされる。


 勢いを一切逃さずに背中から壁に衝突させられながら、突き抜けて部屋の外に。体育館ほどもあった近未来的な部屋の外は、元の金属製の通路となっていた。瓦礫をまき散らして立ち上がれば、奴がこちらを見ている事に気づく。


 左の手の平から黒い骨の様な物が突き出したかと思えば、それを右手で握り剣の様に引き抜いた。


 黒い血のような物が数滴振りまかれるが、気にした様子もなく。そして、右手に握った骨へと腰の宝玉から黄色い光が流れ込んだ。骨の形状が変わり、柄と鍔が出来上がる。そして黄色い粒子で構成された刀身を表した。


「ジッ……」


 両手にその剣を構えた怪人が、踏み込んだ。


「なっ」


 速過ぎる!?


 転移じみた速さで眼前に現れた黄色の刀身を、辛うじて受け止めた。大きな火花が眼前で散り――いや、散り続けている。


「ご、ぉ……!?」


 振動しているのか。奴の刀身は魔力が高速で震え、ただ噛み合っているだけでこちらを削りにくる。


「このっ!」


 だが膂力はこちらが上。強引に剣を弾き飛ばすが、あっさりとあちらが引いたせいで僅かに剣が流れる。


 そこを逃さず膝蹴りが腹に直撃。砲弾に当たった様な衝撃を感じながら、壁へと弾き飛ばされた。


「ジィ」


 まき散らされた粉塵を突っ切って切り込んでくる奴に、左手で砕けた壁の一部を投げつける。第六感覚で、たとえ視界が塞がれようが大まかな位置がわかる分こちらが先に動けた。


 頭めがけて飛んできた塊を首だけで避ける怪人。その隙に振るわれた黄色の剣を右斜め前に出ながら回避。そのまま短く振った剣を奴の左わき腹に。


 振るわれた剣の軌道に奴の左手を挟みこまれたが、構わず振り抜いた。腕の金属パーツとぶつかり火花を散らしながら、通路を弾かれていく。


 間髪入れずに追撃。吹き飛ばされた奴の体が床に落ちるより先に、あの頭蓋を叩き割ってやる!


 真っすぐと最短コースで突っ込んでいく。だがそれが届くより先に、奴がくるりと体を動かして地面を蹴った。


 蹴った先は後退する様に斜め後ろの壁。それに背中からぶつかるのではなくまた体を回転させ、壁を蹴りつける。


 そのまま壁、天井、床。三次元的な軌道でこちらへと戻って来た。


「なっ!?」


 超高速かつ変則的な動きに半瞬対応が遅れる。頭への斬撃を剣で受けるが、横に押しやられ続く蹴りが側頭部に叩き込まれた。


「っ……この!」


 揺れる視界の中、自分の頭を蹴りつけた足を掴み、振り回して奴の背中を床に叩きつけた。


 甲高い音と鈍い音を混じらせながら、床が砕けて下の階層に。


「おおおおお!」


 足を掴んだまま、剣を奴の胸目掛けて剣を突き込む。それに左腕を盾にして勢いを削られるが、貫通して切っ先が僅かに胸の装甲に刺さる。


「ジィ!」


「がっ」


 そのまま押し込むより先に奴のもう片方の蹴りがこちらを弾き飛ばし、数メートル先の壁に叩きつけられ、肺の空気が押し出される。


「なめ、るなぁぁ!」


 胃液の混じった口で吠えながら、前に。既に奴は立ち上がり剣を構えている。


 互いに踏み込んで、相手目掛けて右手に握った剣を振り下ろした。奇しくも、それへの対処はお互い同じ。左手を盾として受け止める。


 だが結果は違った。


 膂力で勝るこちらの斬撃は奴の左手を落とし、肩の装甲にぶち当たる。対して黄色の刀身はこちらの籠手に食い込み、左手の肉を抉るに止まる。


 しかし奴の剣は振動し、押し当てられるだけで肉を掻き出し骨を削る。神経を直接引っかかれる様な痛みに、目の奥が赤熱する。


「ジィ……!」


 それでも右手に力を込め、肩の装甲を食い破り左胸の半ばまで刀身を食い込ませる。


 このまま根競べはこちらが不利。そう判断し、頭突きを奴の顔面に叩き込んだ。怪人の上体が仰け反り、こちらを削り込んでくる剣からの圧力が減った。その隙にこちらの剣を引き抜き、追撃と振り上げる。


「っ……!?」


 しかし、怪人は上体が仰け反った勢いのまま体を浮き上がらせると、両足を揃えてこちらに向ける。


 そのまま繰り出された両足の裏が、こちらの胸へと突き刺さった。一瞬の浮遊感の後、景色が乱れる。背中に強い衝撃を三回。壁にぶつかって突き破り、二枚ほどぶち抜いた先の壁に打ち付けられてどうにか止まったのだと、勢いがなくなってようやく気付く。


「かほっ……!」


 兜の隙間から、血に染まった胃液が溢れる。一瞬、肺が完全に潰れた。それを再生させながら、埃や金属片の舞う中を立ち上がる。


「ジィ……」


 両足蹴りの反動を受けてあちらも吹き飛ばされたらしい。それ自体のダメージは薄いようだが、左手を失い左の肺は切り裂かれている。顔面もへこんでいた――はず、だった。


「マジかよ……」


 顔は既に元通りとなり、それ以外の傷口からは触手の様な何かが何本も生えてきたと思ったら、損傷個所を形どる様に寄り集まり、元通りに復元させる。金属パーツまでそっくりに。


 お互い、見た目だけは完治。戦闘の始まる前まで復元する。


「ジッ」


 怪人の口は動かないまま、その息が漏れる。


「ジジジジジジジジジジジ―――ッ!!!」


「笑って、いるのか……?」


 あれはただ息を吐いているのではない。明確に、意思を持って感情を発露させている。


「妙な奴。こっちは」


「ミョウ、ナ……」


 真面目にやっている。そう言おうとした所に、言葉が被せられた。


 は?誰に?この場には、俺と怪人しか――。


「ミョウナ、兵士、ダ。オモシロイ」


 たどたどしく、カタコトな発音。しかし、それは確かに『言語』だった。


「おいおい」


 ゆらりと、怪人は剣を構える。その動きは先ほどまでよりも更に洗練され、一切の無駄な力をいれず、それでいて各所に遊びを加えた立ち姿。


 応える様にこちらも構えるが、その出来栄えは、比べる事すらおこがましい。


「死シテカラモ、コノ様ナ立チ合イガデキルトハ。ナンタル僥倖カ……!」


「死人に口なしって、最初に言ったの誰だよ……!」


 片や嬉し気に、片や苦々しくも呟きながら、ここに『生き返った者同士』の殺し合いが再開された。



*   *   *



サイド 新垣 巧



「ふっ!」


 右腕を叩きつけてくる蟻怪人の一撃を左手で受け流しながら、足払いをしつつ首に至近距離から二発。倒れていく敵を避けながら、マガジンを交換。周囲を見回す。


 蟻怪人二十との戦闘。初手で陣形を保てず乱戦となったが、状況はどうなっているのやら。


 既にロ号が沈黙。左手足を欠損させ、胸を腕で貫かれながら剣で相手の頭をかち割ってお互いに支え合うように倒れている。


 イ号は眼前の敵の頭を叩き切るが、横から別の個体が右腕に掴みかかる。そして、それを振りほどくよりも先に背後からもう一体。


 片方が右肘に。もう片方が首筋にその強靭な顎で噛みつく。ミシミシという音を立てながら金属製の体を破壊していく。


 イ号はこれに右腕の肩から先と左の盾をパージ。左手で首に噛みつく個体の頭を掴みながら、右腕に噛みついたままでバランスを崩した個体に足払いをかけて転倒させる。


 足元にきた怪人の頭を思いっきり踏み潰し、左手に力を込めていく。やがて、グシャリと怪人の頭蓋が潰れて左手を黒く染めた。


 だが、そこでイ号も限界がきたのか。勢いよく両膝をつくと、その衝撃で首がバキリといって床に転がる。


「ぬぅ!」


 あちらでは竹内くんが蟻怪人と格闘戦をしている。


 振り回される右腕に、あえて背中を向けながら距離を詰める様に回避。肩に担ぐように相手の右腕を掴むと、怪人の首の後ろへと左手を回す。


「おおっ!」


 そのまま一息に床へと投げつけると、首に向かって踵落としを叩き込んだ。


 またあちらでは、無言無表情で細川くんがライフルを撃っていた。ハンドガンの方は弾切れか、床に転がっている。


 ボルトアクション式の古いライフル。これが一番手になじむと言って愛用するそれで、迫りくる怪人達の複眼や口内へと弾を叩き込んで一撃にて討伐している。


「おおおおおおおお!」


「折れろぉ……!」


 その向こう。下田くんが怪人の右腕を極め、更に加山くんが後ろから組み付いて両足を腰に絡ませ、首に腕を回しへし折りにいっている。


 全員が既に満身創痍。こちらもこれが最後のマガジンだ。腰に相棒をぶら下げているが、正直心もとない。


 とりあえず。


「背後がお留守だぞ細川くん!」


 彼の背後から殴りかかる怪人の腕に全体重をのせた蹴りで弾き、体勢が崩れた所に銃口を口に突っ込んで二発。ハンドガンでもこの状態なら確殺できる。


「ありがとうございます」


「構わんとも。それより加藤は。奴の姿が見えん」


 言いながら、竹内くんと組み合い、押し倒そうとしている怪人の左膝に一発撃ち込む。バランスを崩したところに彼が首へと絡みつくと、体重をのせた状態で地面に落とす。中々にえぐい事をするねぇ。


 まあそれより加藤だ。広い部屋とはいえ、それでも見渡しは悪くないはず。だというのにどこにも見当たらないという事は。


「自分から見て左奥の壁。そこの一部が開いて走っていく姿を見ました」


「なるほど。ありがとう」


「援護します」


「頼んだ!」


 この場は部下達に任せ、加藤を追う。


「おおお!?助けて助けて!?」


「ギブギブギブ!」


 加山くんと下田くんの声援を背に走る。彼らならやり遂げると信じている。


 自分へと向かう怪人達へとライフル弾が突き刺さり、自分の背後にいつの間にか陣取った竹内くんが迫る二体を纏めて床に引き倒してくれる。


「っ!?」


 壁と一体化したようなデザインをした半開きのドアを蹴破って中に入るが、目の前に怪人がいた。


 振り下ろされる右腕を咄嗟に左腕で受けるが、パキンと音がして骨が折れたのを感じ取る。


「このっ」


 すぐさま顎の下から銃弾を三発叩き込んで倒すが、足元に気配。そして激痛。目を向ければ、下半身を引きずった怪人が右足に噛みつく瞬間だった。


「っ!?」


 足を噛み千切られる!?


「ぬおおおお!」


 碌に狙いもつけず、すぐさま上から奴の頭に残弾を全て発射。僅かに牙を食い込ませたまま沈黙する怪人をよそに、弾切れになったベレッタを投げ捨て腰の相棒を引き抜こうとする。


「あっ」


 そこで、目が合った。


 倉庫の様な部屋で、壁を背にこちらに向く加藤の姿。その手には、SFにでも出て来そうな物が握られている。


 ああ、あれは銃だな。見た事もないタイプだが、直感で分かる。あれは、人を殺すのに十分すぎる威力を持っていると。


 腰に伸ばした手は、まだ引き抜くに至っていない。回避しようにも右足は負傷。


 なるほど、どうやら自分は死ぬらしい。


 どこか他人事の様に考えながら、加藤が狂相を浮べて銃口を向けている姿を目に焼き付ける。


 こうして死に体面する事は、何度もあった。そして、そういう時する事も決まっている。


 満面の笑顔を。


「月が、綺麗ですね」


 亡き妻へのプロポーズ。それを再現する。自分はきっと、死ねば地獄に堕ちるだろう。それだけの事をしてきた。守る為。生きるためと言いながらも、外道の誹りを受けるだけの事はしてきた。だから、きっと天国にいる彼女の所には向かえない。


 だから、せめて死に際に彼女が応えに来てくれる事を祈って、こうしている。


 今回ばかりは、流石に死んだ。今までのような幸運、ありはすまい。


 ああ、けど、悔しいなぁ。せめて、せめて――。


 いつか着るだろう、娘の花嫁姿ぐらい見たかったなぁ。





読んでいただきありがとうございます。

感想、評価、ブックマーク。いつも励みにさせて頂いております。今後ともよろしくお願いいたします。


第二章も、そろそろ佳境に入ってまいりました。どうぞよろしくお願いいたします。

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[気になる点]  ちょっとばかし気付くのが遅すぎたかもしれないけど、新垣さんの娘って『名前を呼んではいけない例のあの人』では?
[良い点] こういうとき置いていくと暴走するのはクトゥルフ神話TRPGのテンプレですよねー、面倒でも持ち運んどかなきゃですな。 [一言] 何だか、娘さんに心当たりがあるような?現在進行系で娘さんと魚人…
[一言] 生きてよパパン!!
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