第五十八話 危機
第五十八話 危機
サイド 剣崎 蒼太
「どけぇ!」
この怪人どもの強度なら、両手持ちでなくとも問題ない。であれば、数で押してくる相手に片手持ちへと切り替える。
右手で持った剣で首を斬り飛ばし、左の拳で脇を抜けようとする個体を粉砕。一歩たりとも後ろには通さず、ひたすら前進を続ける。
「新垣さん!」
「次を右です!」
「はい!」
横に斜めにと怪人どもを両断し、最後の一体を殴って潰す。
これで『三回目』の戦闘だ。この地下空間で三度襲撃を受け、いずれも殲滅した。だが敵は最後の一兵になっても向かってくるし、一集団につき最低でも百はいそうだ。決して快勝とは言えない。既に自分の体は返り血なのか、黒い体液まみれにされていた。
次の集団がいつやってくるかわからない。新垣さんがミゲルから渡された端末を開き、それによって自動でマッピングされる情報を、事前に彼が集めていた地図と組み合わせて加藤の居場所を予測する。
駆け足で進むが、どうしても新垣さん達のペースに合わせる必要がある。彼らを足手纏いとは思わないが、それでも気が逸ってしまいそうだ。
「次、来ます!」
「了解!」
前方から出てくる集団に突貫。ひたすらに殴り、斬りつける。
討ちもらしが出ないよう気を付けるが、いつ自分と言うダムが決壊するか自信はない。こいつらの火力で自分に傷つける事は出来ないと思う。だが、それでも毛皮のないヒグマ程度の身体能力はあるとここまでの戦闘から予測はたった。常人には十二分に脅威だ。
「邪魔だ……!」
跳びかかって来た奴の顔面を掴み、棍棒代わりにして振り回して一息に五体ほど叩き潰した。
こいつらの厄介な所は、胴が両断されても動く事だ。いつまでも襲ってくるわけではないが、数秒は余裕で腕を伸ばし、牙を剥きだしにしてくる。
首を断つか頭を潰せば動きは止まるのが、数少ない救いか。
「っ!?」
後方から接近する気配。続いて転生者としての聴覚が足音を拾い上げる。
「新垣さん、後ろ!」
「っ、こちらで対応します!」
「『コード26』!」
使い魔達に怒鳴りつける。
「指揮権を新垣さんに渡します!使い潰してもいいですから、死なないでくださいよ!」
「ありがたい!各員、フォーメーションS2!使い魔諸君は殿を頼む!我々は隙間から撃て!」
「「「了解!」」」
壁となる様に使い魔達が盾を構え、その隙間から二列となり三人ずつが銃を構える。
「武器使用の判断は個々人に任せる!遅れたら置いていく!」
銃声が散発的に響きはじめ、使い魔達が怪人どもの突撃を受け止める。
「焔さん、前進してください!そちらの方向に進みます!」
「え、けど!」
こういう時、退きながら戦う方が難しいと聞く。であれば、自分が尻を持った方がいいのではないか。
「下手にさがるよりはその方がいい!それよりも前進したほうがマシです!」
「っ……!わかりました!」
プロの判断に任せる。素人の余計な考えはノイズにしかならないか。
思考の停止まではするつもりはない。というか出来ないが、船頭を増やすのがこういう時一番まずいのは自分でも知っている。
「おおおおおお!」
なら今できるのは、一刻でも早く前方の敵を殲滅。少しでも新垣さん達のプレッシャーを減らさなくては。
ベストは、前のを蹴散らして後ろのも潰す。だが、それをするには――ッ!
「多いなぁ、おい……!」
第二陣が前方からやってくる。わんこそばじゃないんだぞ!
これが地下でさえなければ魔法で殲滅する事も、壁や天井を破壊して使う事も出来るというのに。
「手榴弾!」
「っ!?」
新垣さんの声に首だけ振り返れば、水筒みたいな筒を彼が投げている所だった。
後方で轟音。遅れて爆風。まさか、アレが爆弾だったのか。黒い体液がこっちまで飛んできた。
「どこで手に入れたんですかそんな爆弾!」
「現地調達です!最近のコンビニは凄いですねぇ!田舎でも品ぞろえがいい!」
「物騒ですね!?」
「ええ、怖い世の中です!」
物騒なのはあんただよ。
そんなコンビニの品だけで爆弾を拵えるなど、そう簡単に……いたなぁ、そんな事できる女子中学生。
『へいへーい!簡単ですよこんなのー!そう、このウルトラパーフェクト美少女である私ならね!』
え、もしかしてその技術って義務教育レベルなの?俺が知らないだけ?
「最近の世の中ってなんなんだ!」
もうわけわからん。前言撤回。もうその件だけは思考停止させるわ。
噛みつきにくる怪人の口に剣を突き込み、上に振り抜く。脱力した個体の首を掴み、新しい鈍器に。横薙ぎにぶん回して、個体の踵が迫りくる者達の頭蓋と交換される。
ある程度振り回し軽くなったそれを、アンダースローで投擲。ドミノ倒しの様に崩れた者達が、後続に踏み潰されていく。
仲間を、同族を躊躇なく踏みつけて進む灰色の群れ。肉が潰れ、体液を踏み鳴らす音。ぐちゃぐちゃびちゃびちゃと、不快な音が銃声の中に混ざる。クソみたいなデュエットだ。
「かわります!」
「リロード!」
「近づけるな。力では勝てんぞ!」
後方では今も戦闘が続いている。銃声は止まず、肉を断つ音や硬い物を殴る音。魔力の流れで使い魔達の状況を把握。三機のうち『イ号』はなんとかなっているが、『ロ号』は左肩を損傷。『ハ号』は右ひざが限界まぢかだ。
だが、前方の敵はちょうど今、殲滅した。
「新垣さん!」
「イ号とロ号は前方に移動!ハ号はそのまま!」
跳んで天井を蹴り、後ろへと回り込んで兜割りにて一体を斬り捨てる。そのまま突き進んで怪人どもを蹴散らしていく。
既に三十ほどまで削れていた怪人達を、そう間をおかず斬り尽くした。
「新垣さん、怪我は」
「我々は問題ありません」
「では、ハ号のパーツをロ号に換装をさせてください。ハ号は放棄しましょう」
「わかった。やってくれるかい」
新垣さんに使い魔達が頷き、パーツを交換していく。
といってもすぐに終わる。四肢と頭部パーツは任意でパージさせられるし、それぞれの構造も共通させている。外して押し付ければそれで済む。
「……便利ですねぇ」
「壊れやすいですからね。対策ぐらいはしませんと」
「壊れやすい……ですか」
イ号は比較的損傷が少ないが、決して無事ではない。全機装甲がべこべこだし、盾も剣もあっちこっち欠けている。
だが、まだ戦ってもらう。自分の作った物に対してまったく思うところがないわけではないが、職人にも芸術家にもなった覚えはない。人命最優先だ。
「交換完了。いけますか?」
「ええ。各員、銃と残弾のチェックは済んだな?」
頷いて返す部下の人達。
ここまでで五百以上潰したはず。はたして敵の数は後どの程度なのか。彼らの体力と弾薬がもつかが問題だ。
「……新垣さん」
剣を肩に担ぎ、首を軽く鳴らす。
「どっち方向に『斬り込め』ばいいですか?」
通路の角から、複数の足音。所々さび付いた金属製のそれを踏み鳴らし、鈍い音が反響していく。
「……二回直進した後、三回目で右です」
ガチャリと、新垣さん達も戦闘態勢に入る。
現れる灰色の波。その荒波へと、剣を手に踏み込んだ。
* * *
「今、どれぐらいですか」
「はぁ……はぁ……!次の角を右!そうしたら到着です!」
背後から、吐き出すような新垣さんの声が聞こえる。もう限界が近い。
突入からおよそ三時間。自分を含め全員が返り血で真っ黒に染まり、布がそれを吸って不快感を与えてくる。唯一の救いは、血みたいな物であっても人間のと違って固くならない事か。
だが新垣さん達は既に限界だ。明らかに動きが遅くなってきたし、銃声の間隔も伸びてきた。身に纏う装備は、黒い体液で濡れてしまった以上に重く絡みつている事だろう。使い魔二体も関節に異常が多数。動けはする、程度の性能しか残っていない。
それでも、たどり着いた。
角を曲がれば、そこにはうず高く積まれた鉄板や古びた机などのバリケードが。その後ろに、この場に不釣り合いなほど大きく頑丈そうな、少し近未来的な形をした扉が待ち構えている。
「突貫します!」
第六感覚で罠の類はないと判断。両手を交差させながら加速。足元の床を蹴り散らし、バリケードに突っ込んだ。秒ともたずに弾き飛ばしたそれらの向こう側。縦横六メートルはあるのではという扉へと衝突する。
轟音が鳴り響き、少し視界が揺れた。だがダメージはなし。対して、金属の扉は大きく歪み、あっちこっちに亀裂が入る程めちゃくちゃになっている。
「おおおお!」
突進した直後の体勢から、左の掌底。扉の端々から何かが歪み、壊れる音がする。そして――。
弾き飛ばされた扉が内側に一、二メートルほど先に大きな音を出して倒れた。そこでようやく、その厚さが五十センチはある事に気づく。どこの城門だ。
「ひっ……!」
部屋の内側から聞こえた声に、視線を向ける。
そこは不思議な場所だった。あっちこっちに何かの器具や手術台の様な物が転がり、天井の明かりや壁の様子はここだけ宇宙船の中みたいだ。
蟻怪人が二十体ほど屯し、その後ろに一人の男がいる。よれよれの白衣にスーツ。恐らく、本来は利発そうな二十代の若者だったろうに、頬はこけ目も落ち窪み、病的なまでに肌は白い。
ぼさぼさの髪から覗く目は、こちらへと怯えた視線を向けてくる。
「加藤正幸!警察だ、もう逃げ場はないぞ!」
背後から銃を構えた新垣さん達が突入し、それぞれ銃口をピタリと白衣の男、加藤へと向ける。
「い、いやだ!どうせ、奴も来ているんだろ!知ってるんだよ、捕まった先は牢屋じゃない事ぐらい!」
「奴……ミゲルさんの事か?」
思わずそう呟くと、加藤の目が見開かれ口がわなわなと震えている。
「嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ!もうあそこには戻りたくない!絶対に僕は逃げてやる!逃げきってやるぞ!」
そう叫びながら、加藤が横にあった機械のレバーを倒す。
その機械は、どこからどう見てもSF映画に出てくるポッドそのもの。中から生物兵器とかが出てくるあれだ。大きさは全体で三メートルほどか。
明らかに『中に怪人が入っています』、という物が開かれるのを待ってやるつもりはない。
転がっていた扉を蹴りつけて跳ね上げた後、左の拳で撃ち出す。音速には届かずともこの重量と速度でぶつければ、地上であった怪人どもでも無事では済まない。
「ああっ!?」
容器が開き中の液体が排出される途中で、扉がそこに突っ込んだ。加藤が悲鳴を上げてカプセル部分を見上げる。ガラスは前面部が砕けて散らばり、入っていた緑色の液体もバシャリと撒き散らされた。
ああ、しまった。
「新垣さん、すみません」
突き刺さった扉は重力で落ちる事はなく――。
こちらに向かって、高速で『投げつけられた』。
「は?」
加藤が間の抜けた声をあげるのを無視し、飛んできた扉を左手で殴り飛ばす。明後日の方向へと落下したそれに目もくれず、視線は容器の方へ。
ガラス片や謎の液体を踏みつけて、それは現れた。
全身の体表を緑色に染め上げられ、それでいて各所に鈍い金属を埋め込むように張り付けられて鎧の様に纏っている。
筋骨隆々の体は二メートルちょっとほど。ずっしりと敷き詰められた筋肉は、しかし『魅せる』為ではなく『戦う為』の物だと一目でわかる。
黄色く輝く複眼に、短く生えた触覚。目の色と同じ色をしたマフラーをたなびかせて、一歩ずつ容器から繋がっている階段を降りてくる。
下腹部に埋め込まれた『黄色の宝玉』を輝かせ、飛蝗の怪人は顕現した。
* * *
サイド 山田
「ふんふふん」
鼻歌を適当に歌いながら、お気に入りのカップにコーヒーを注ぐ。大人な自分は砂糖もミルクもいれないブラックだ。新垣さんとは違うのだよ新垣さんとは。
毎回コーヒーにドバドバと砂糖とミルクをぶっこむ上司に脳内で勝ち誇りながら、隣の保健室へと戻る。
「おや?」
室内から微かに音が聞こえたので、小さく首を傾げる。
「海原さーん。起きましたかー?」
ドアを開ければ、案の定海原さんがベッドから起き上がっている所だった。ずっと着ていたからか、着物が少し崩れて胸元が広がっている。歳不相応な膨らみがまろび出そうだ。すっごい。
「まだじっとしていてくださーい。焔さんから手紙を預かって」
コーヒーを机に置き、海原さんに近づいてベッドに戻そうとする。
だが、その時ピリリと鼻に違和感を覚えた。
「……海原さん?」
「あ、あああ……」
ぽたぽたと、海原さんの口から溢れた涎が床に落ちた。長い髪の隙間から覗く瞳は赤く染まり、こちらをジッと捉えている。
「あちゃぁ」
腰から拳銃を引き抜き、安全装置を外す。まさか、守る相手に使う事になるとはなぁ。
「これ、私生きて帰れますかねぇ」
「ガア゛ア゛ア゛ア゛ア゛―――ッ!!!」
読んでいただきありがとうございます。
感想、評価、ブックマーク。いつも励みにさせて頂いております。今後ともよろしくお願いいたします。




