第五十七話 突入
第五十七話 突入
サイド 剣崎 蒼太
翌日、新垣さんのもとへと向かう。総一郎さんがやけに疲れた様子だったが、こんな状況だ、しょうがない事だろう。幸恵さんの事もあるし。
まだ日が昇ったばかりの島を、使い魔達を引き連れて進む。元々面積に対して人口の少ない島だったが、連日の事件と昨日の事もあって誰も出歩こうとはしていない。人目を気にする必要もなく、動く事が出来た。
「おはようございます。焔さん」
「おはようございます。よろしくお願いします」
校舎の玄関で新垣さんと合流すると、自然と彼の目が後ろの使い魔達に向けられる。
「そちらは……」
「俺の使い魔です。即席なのであまり戦力として期待できませんが、ないよりはマシかと」
元々作業の手伝いに作った三体を、もう必要ないからと急遽装甲やら武器やらくっつけただけの急造品。カマキリ怪人どころか、最初に会った頃の蝙蝠怪人にも勝てはしないだろう。
大きさは二メートルほど。ロボットと騎士を混ぜたような姿に、バックラーとカトラスを装備。拳銃ぐらいならある程度耐えられるか、と言った所だ。
「……もしや、廃材でおつくりに?」
「ええ。ですので、本当にないよりはマシかなと」
「そうですか。いやいや、頼りにさせて頂きますよ。ささ、こちらへ」
使い魔を玄関の内側に待機させ、校舎の中へと入っていく。相変わらず、古びた廊下は鎧姿だと一歩進むだけで少し不安になるぐらいギシギシと音が鳴る。
通された先は、保健室と書かれた部屋。ベッドは一つを残して撤去されているが、その最後の一つに彼女は横たえられていた。
「あ、焔さん。おはようございます」
「おはようございます、山田さん。色々、ありがとうございます」
海原さんの枕元に立っていた山田さんに挨拶をして、眠る彼女を見下ろす。
赤い髪をハラリと広げながら、静かに寝息をたてる姿はまるで童話の眠り姫だ。白い肌で輝くピンク色の唇に、自然と目が吸い寄せられそうになる。
不謹慎な自分に苦笑しながら、魔力の流れを診る。深化は進行中。速度はゆっくりだが、それでも着実に脳へと進んでいる。
「待っていてくれ……」
そう、聞こえもしないのに呟いて、彼女から視線を外す。
「山田さん。彼女が目を覚ましたら、これを渡していただけますか?」
「はい?」
折りたたんだメモを渡すと、躊躇なく山田さんが開いて中身を見た。新垣さんがギョッとしたが、別にみられて困る内容ではないので構わない。
『帰ったら、指輪を渡す。だからそれまで待っていてほしい』
事情はわからないが、海原さんが治癒の指輪を求めていた事は知っている。どうにか彼女分ができたので、渡そうと思うのだ。
だが、自分の血を使っているので厄介ごとの危険性もあり、直接の手渡し以外はしたくない。だから、待っていてほしいのだ。
「ええ……」
山田さんがたらりと冷や汗を流した後、こちらを見上げてくる。
「あの、こういう告白は死亡フラグでは?」
「違いますからね?」
いや書いていて自分でも『あれ、告白っぽくね』とは思ったけども。
* * *
校舎に山田さんと海原さんを残し、加藤のいるであろう場所へと向かう。
二人だけで不安だが、校舎には警告付きで危険度の高いトラップを大量に配置。山田さんも銃の発砲を許可された状態で待機させているとか。それはそれで別の意味で不安である。だが、まあ。うん。しょうがない、か。流石に知らん。その辺の判断は新垣さん達の方が知っているはずだし。
ちなみに、山田さん含め新垣さん達は全員ボディアーマーにヘルメットと、顔以外一切露出しない特殊部隊みたいな装いをしていた。重そうな見た目なのに、随分軽やかに動くものだ。
そうして森の中を進んでいけば、金髪の軽薄そうな男。ミゲルがたたずんでいた。あいつ、とうとう杖を必要としなくなったらしい。
「おはようございます……今は焔さん、でしたか」
「ええ、おはようございます」
軽く会釈してから、新垣さんに手を向ける。
「こちらが協力者の新垣さんです。新垣さん、こちらが今回手伝ってくださるミゲルさんです」
「初めまして、新垣巧と申します。本日はよろしくお願いします」
「ミゲル=ゴルディオンです。こちらこそよろしくお願いしますよ、新垣さん」
うわぁ……お互い笑顔なのに目が笑ってない。まあ、ミゲルの方はそもそも目から感情を読み取りづらいのだが。
にこやかに握手をした後、ミゲルが屈んで足元をまさぐる。そして、指先を地面に埋めたと思ったらボコリと土ごと一枚の板をまくり上げた。
厚さ三センチほどの鉄板のようだが、ミゲルは片手で軽々と開けるともう片方の手で指し示す。
「焔さんから連絡を受けて気づかれない範囲で調べましたが、どうやら出入り口はここだけの様です」
「なるほど」
普通そういう脱出路は複数用意するとテレビとかで聞くが、相手はテレポートが出来るのだ。むしろ、歩いて出入りできる場所は減らすものか。
「私は外でテレポートの阻害をしています。それを開始した直後からあちらも気づくと思いますので、迎撃が激しくなるでしょう」
「わかりました」
視線を新垣さんに向ける。この中で指揮官が出来そうなのは彼だけだ。音頭はこの人にとってもらうと、既に話し合いで決まっている。
「では、行きましょうか。先頭をお願いできますか?焔さん」
まるで散歩にでも行くかのような気楽さで、しかしピリピリとした空気を纏いながら笑う新垣さん。後ろにいる部下の人達も、自然体ながらも神経を尖らせているのを肌で感じる。
「はい。任せてください」
不思議と、自分も体の無駄な力が抜けている気がする。これが『訓練と経験を積んだ指揮官』ってやつの出す空気か。なんだか、かなり気が楽だ。
剣を手に、地下へと降りていく。さび付いた階段に具足が音を響かせていくと、階段の踊り場みたいな場所に出た。
分厚い鉄製の扉が鎮座し、監視カメラが隅についているのが見える。赤い光が小さくついているので、起動しているのだろう。
視線を新垣さんに向ければ、頷かれた。つまり、予定通りに。
「ふん!」
扉を蹴破って、中に侵入。派手に飛んでいった扉が、バウンドしてやかましい音をたてていく。
どうせバレるのならば、いっそ派手に。相手にこちらの存在を印象付ける。他に被害がいかないように。自分達だけを殺しに来させるために。
扉に巻き込まれたのか、もろともに灰色の物体が吹っ飛んでいく。
そして、両脇から現れた二体の異形を、廊下につけられた薄暗い照明が照らし出す。
蟻を彷彿とさせる頭部。人の体に酷似した首から下。身に着けている物は見当たらず、無手にてこちらへと殴りかかって来た。
だが、遅い。技術もない。カマキリ怪人どころか蝙蝠怪人以下の動き。
右手側の首を刎ね、左からのを殴り飛ばす。そして、首を失った個体を蹴り飛ばした。殴り飛ばしただけの方も、顔面が潰れ首の骨も折れた感触がある。
数メートルほど離れた位置に転がるそれらを、十秒ほど観察する。
「……爆発しませんね」
「あちらも、自分のいる地下空間で爆発はさせたくないでしょうからね」
ひょっこりと、新垣さん達が顔を出す。俺の体を盾にする感じで。
いやいいんだけどさ。この中で一番頑丈だし。けどおっさん達が自分の背に張り付いて顔だけ出している光景って、うん……きつい。
とりあえず進んでいくが、廊下の照明はセンサーでもついているのか勝手に点灯していく。
さて……。
「来たか」
奥の方から、複数の足音が響く。ここは敵の本拠地。どれだけ敵がいるかもわからない。間違いなく、決して少ない数ではないだろう。
だが、十や二十出てきた所でどうという事はない。全て斬り捨てるのみだ。
この島で起きた事、死んだ人、残された人。そして、傷ついた人。
それらの恨みを叩きつける権利は自分にないかもしれない。だが、それでも殴るべきだと思ったのだ。加藤正幸という男を。
照明が増えていき、迫りくる異形どもの姿があらわになる。それらの容姿は、全て先の蟻怪人と同じ物。どれだけいようと、斬り進んで――。
……んん?
「新垣さん」
「はい」
「蟻って、一つの巣にどれぐらいいるんでしょうか」
「種類と状況によりますが、数十匹の時もあれば万単位の場合もありますね」
「そうですか」
……多くない?
四メートルはある廊下の横幅一杯に詰まって、最後尾が見えない程群れて突っ込んでくる怪人の集団に、思わず兜の下で頬がひきつった。
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