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閑話 島の男

閑話 島の男


サイド 尾方 総一郎



「やはり、怪物の正体は海原家のガキだったな……」


 夜中、公民館に島の男衆が五十人ほど集まっている。


 昼間起きた、旧校舎の一件。まるで映画みたいな出来事だった。突然警察が銃を撃ち始めたと思ったら、どこからともなく灰色の化け物が現れたのだ。


 そして、それと戦ったサメの怪物と黒い鎧。


 まだあの光景が現実だったのか、半信半疑な自分がいる。だが、あれを見たのは自分だけではない。撮影しようとしていた奴もいたが、焦っていたのか皆撮れていなかったけど。


「殺すべきだ!あの化け物!」


「伝説は正しかったんだ……」


「俺の親父は正しかった!焼き殺しちまえ!」


 人数もあって狭く感じる公民館で、男達が口角に泡を作る程怒鳴り散らす。


 あのサメみたいな怪物。あれに海原家の娘が変身する所を、見たという奴が何人もいる。


 まさか、あの伝説が本当だとは思わなかった。てっきり、よくある民間伝承の一種にしか過ぎないと。


「今からでも殺そう。敵討ちだ」


「神主さん呼んだ方がいいんじゃないか?ほら、なんか小太刀がどうのこうの」


「それがいい。化け物相手だ、通用するかもしれねえ」


「な、なあ」


「警察が匿ってんじゃねえか?どうする」


「関係ねえ。大した数はねえだろ。それに警察が俺らを撃つかよ」


「駐在さんも巻き込もうぜ」


「なあ!」


 ヒートアップしていく奴らの視線を、立ち上がって大声をだしてようやく集める。


「なんだよ、尾方のとこの」


 この辺のリーダー格、シゲさんがジロリと睨みつけてくる。


「あのサメみたいなの……俺らを守ろうとしてなかったか?」


「はぁ?」


「だってよ、おかしいだろ。アレが人食いの化け物っていうなら、なんで手近にいた俺らを食わなかったんだよ。あいつ、真っ先に灰色の怪物の所に行ったぞ」


 どもりそうになりながらも、言い切った。だが、シゲさんはつまらなそうに鼻を鳴らす。


「はん。縄張り争いだろ、どうせ」


「それにしてもよぉ。野生の動物は自分と同格の奴には滅多に勝負を挑まねえはずだろ?縄張り争いでも、大抵最初は威嚇をするだけだ。突然殺し合いにはあんまりなんねえんじゃねえか?」


「だからって、アレが俺らを守ったとは言えねえだろ」


「いや、けどよぉ……」


 昼間の事を思い出す。


 最初はどっかの畑で爆竹でも鳴らしているのかと思った。だが、それが連続して響いて、誰かが『銃だ』と叫んでようやく警察がマシンガンを撃ってるんだと気が付いた。


 怖かったし、興奮もした。いい意味ではない。映画みたいな状況に、脳が正常な判断ができなかっただけだ。


 幸恵の顔を見に行こうとしていた矢先にこれで、俺は慌ててあいつがいる体育館に向かおうとした。人がごった返していて、まともに動けなかったけど。


 そこにサメの怪物は降ってきたんだ。俺の目の前に。人が逃げようとスペースを開ける中、俺は尻もちをついちまった。


 ああ、死んだなって思った。けど。


「あの目は、人を襲う獣のそれじゃなかった」


 何をするでもなく、そのままグラウンドの化け物の方へとサメみたいなのは走っていった。


「背中を俺らに、銃を持った警察まで向けたんだ。あれは、俺らを守るために前に出たにちげえねえ」


 これでも人を見る目には自信がある。スパイ映画を百本も見たんだから間違いない。


「はあ~……」


 深い、とても深いため息をシゲさんがはく。


「これだから余所もんは……」


 心底呆れた、いいや馬鹿にした目でシゲさんがこちらを見ていた。


「全然状況がわかってねえんだ」


「危機感が足りねえ。都会もんが」


「海原の娘に惚れてんじゃねえの?」


「ちげえねえ。顔と胸だけは遠目に視てもよかったからな」


 馬鹿にしたような声が、あっちこっちから聞こえてくる。


「守ってくれたぁ?そんなもんお前が勝手に思っているだけだろうが。勘違いしてんじゃねえよ、この馬鹿たれが」


 のそりと、シゲさんが立ち上がってこちらに近づいてくる。


「もういい。怖気づいたなら家に帰ってろ。本土に逃げてもいいぜ、臆病者」


「……本気で、海原の娘を襲う気かい、シゲさん」


「当たり前だ。家を守るのが男の役目だろうが、この玉なし」


「そうかい」


 無造作にこちらの胸倉を掴んできたシゲさんの腕を掴み、引き寄せながら襟を握る。


「おらぁ!」


「うぉっ!?」


 一本背負い。我ながら綺麗に決まった。まあ、久々過ぎて頭から落としちまったが、死んでなさそうだしいいか。


「シゲさん!」


「てめぇ!」


 立ち上がってこちらを睨む馬鹿どもに、こっちも睨み返してやる。


「俺が勝手に守られたって思ってる?ああそうかもしれねえ。だがよ、俺が恩に感じているってならよぉ」


 襟を正し、出入り口に歩いて構えをとる。


「恩人をみすみす死なせるわけにはいかねえ。ここを通りたければ俺を殺してからにしな」


 スパイに憧れて身に着けた柔道の腕、みせてやるぜ。


「尾方……!」


「お前……!?」


 ふ、俺だって勝算がないわけじゃねえ。


 山下に高尾。鷲頭。俺以外にも未だ余所者と言われ、下に見られる奴はいる。そう言った奴らと徒党を組むのが、この島での処世術だ。


 あいつらもこの島のわけわからん伝承なんぞ信じていないはず。内側から説得に回ってくれれば、どうにかなる!……はず。


「ふざけやがって!ぶっ殺してやる!」


「前歯全部へし折ってケツから流し込んでやる!」


 あれぇ?


 なんか、皆さん殺気だち過ぎじゃない?あれ、待って?まさか本気で殺そうとかはしないよね?


「あ、あー……暴力はいけない。まずは話し合おう」


「最初に手ぇ出したのはお前だろうが!」


「ケツから内臓全部掻きだしてやるぞぼんくらぁ!」


「あ、ちょ、響逃げろ!」


 うっそだろマジか!?咄嗟に孫に叫ぶ。


 七人ぐらいの男が、血走った目で突っ込んでくる。あ、死んだかもしれん。


「がっ」


「ぐ」


 だが、何かが割り込んできたと思ったら七人ともその場に転がってしまった。


「……へ?」


 少しだけしか、見えなかった。長い棒で喉を突かれたり、顎を殴られたりしたのだろう。


 そして、それをやったのは。


「ひ、響?」


 物騒だからと、家からついてきてくれた孫。それが、防犯の為と持ってきた二メートルほどの木の棒を握っている。


「まあまあ、そう熱くならずに」


 左手に持つ棒に義手である右手を添えながら、普段通りな様子で立っている響。奴はいつもの好青年とした顔で、優し気に呼びかける。


 喉を突かれ咳き込みながら蹲まったり、顎を殴られて気絶している奴らに向かってだ。


「暴力はいけませんよ、暴力は」


 え、それお前が言うの?俺が言うのもアレだけど、お前が言うの?


「話し合いましょうよ、最初に」


「ふざけんじゃねえ!」


 そう言って、島で一番体格のいいマッさんが、禿げ頭に青筋を浮べて前に出てくる。


 やばい、あいつ確か、喧嘩で何人も病院送りにしたって噂が。


 その時、ダンッ、って大きな音が響いた。そして、気が付いたら響がマッさんの目の前にいる。しかも、突き出した棒は彼の右目すれすれで止められていた。あと数センチ突き出せば、潰せるような位置に。


「お、おお!?」


 慌ててよろける様に後退るマッさん。彼に、響が普通の立ち姿に戻りながら苦笑を浮べる。


「お静かにお願いします。騒ぐのはよくない。特に今のこの島では、ね」


 え、なに。うちの孫ってもしかしてサイコパスなの?怖いんだけど?


「考えても見てくださいよ。あの怪物。あれって、一体だけなんですかね?」


「ど、どういう意味だよ……」


 マッさんが、苦々し気に響を睨む。だが、我が孫はどこ吹く風と笑ったままだ。


「これまで、色々な被害がありましたよね。けど、それって今日出てきた奴だけの仕業でしょうか」


「あっ」


 自分も今気づいた。そうだ、怪物は複数いる可能性があるのか。パニックでその可能性を失念していた。


「だから、今島で騒ぎを起こすのはまずいでしょう。騒ぎを聞きつけて、怪物に背中を襲われるかもしれませんよ?」

 響の言葉に、男衆も顔を見合ってぼそぼそと相談しあう。


 まあ響に思いっきり冷や水浴びせられた後だから、さっきまでの興奮も多少は落ち着いたはず。そこに『自分の危険』を囁かれたら、こうもなるか。


 誰だって、攻撃する側でいるのはいいけどされるのは嫌だし。


「じゃ、じゃあどうしろってんだ」


「そ、そうだ。対案を言ってみろよ」


 ああ、馬鹿だなこいつら。


 そこで『発言を認める』ってのはよくない。こういう時、そのまま主導権を握られちまう。場の雰囲気ごと丸々とだ。


 案の定、響はニッコリと笑みを浮べてみせる。


「待ちます」


「……はあ?」


 断言したな、おい。


「ど、どういうつもりだよ!」


「黙って食われろってのか!?」


「大丈夫です」


 発せられた不満の声が、バッサリと切り捨てられる。不思議と、誰も二の句を告げられなかった。


 祖父である、俺でさえも。


「僕も昼間、大きな音がして学校に見に行っていました。だから、『あのお方』を見ているのです」


「あ、あのお方……?」


 キラキラと、まるで生まれたばかりの頃を彷彿させる瞳で、響が両手を広げて笑う。


「はい!心配しなくとも、この問題は解決します。だから皆さん。もうしばらく待ちましょう。大丈夫。余計な事をしてあのお方の邪魔をしなければ、絶対に安全です!」


 誰も、逆らえなかった。


 少しして、口々に『まあ危ないかもしれないし』『作戦を考えてからでも』と呟いて、皆本心を隠す。誰だって、認めたくないさ。歳をとればとる程に、認めがたい事はある。


 例えば、十代そこらの若造に、本気で恐怖したりとか。


「お爺ちゃん、僕らも帰ろう」


「あ、ああ」


「会長が家で待っているよ。早くいかなきゃ」


 大きく育った体で、どこまでも無邪気に笑う孫についていく。


 ……明日、息子に響の教育について電話しよ。




読んでいただきありがとうございます。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 響くーんっ‼︎グッジョブっ‼︎ [一言] なんか最後の所で声を出して笑ったw
[一言] 響君怪しいとは思ってたけどほんまに信者(っぽい何か)だったか… いつ見ちゃったんだろう?そして彼にとって、会長とあの方は同一存在なのか?
[一言] 何だ、響君は主人公の奉仕種族だったのね…。なら、これまでの狂信ッぷりも仕方無い。
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