第五十六話 大人
第五十六話 大人
サイド 剣崎 蒼太
人気のない森の中。前にサソリ怪人と海原さん達が戦ったという開けた場所に、彼女を横たえる。
「遅くなって、ごめん」
そう言いながら、回復用の指輪を使い、変身が解けた海原さんを治療する。かなりの打撲跡があったが、炎が過ぎ去ればそれも綺麗になくなった。
治癒の指輪。設備と予算がいつもと比較にならないほど揃っていたから、片手間でもたった一晩で三つも出来上がったのは僥倖である。
だが、その指輪を使っても海原さんは目覚めなかった。
その理由も、ある程度は察しがついている。
彼女の体を変質させようとしている『深き者ども』の因子。あるいは、もっと厄介な何か。それが肉体へと与える変化……いいや、ここはあえて『深化』と呼ぶべきか。それへの対抗策として無意識にやっているのだ。
眠る事で、少しでもそれらの深化を抑えようとしている。だから、よっぽどの事がないと目覚めないのだ。
だが、それでも彼女は起きて、戦った。死にかねないほどボロボロになって、守ったのだ。
自分の到着が遅れたせいで、とは言わない。もしもこんな事を考えていたら、きっと彼女は怒るから。
「自分の意志で、やったんだな……」
静かに寝息をたてる海原さんが、少しだけ、眩しかった。
「――なんの用ですか」
背後に現れた気配に、ゆっくりと振り返りながら問いかける。
「御身に、ご相談があるのです」
ミゲル=ゴルディオン。白人男性の肉体を使っている人外が、真剣な面持ちで語り掛けてきた。
* * *
日が暮れ、もう夜になろうという時間に海原さんを抱えて新垣さんのいる旧校舎へと向かった。
「ようこそおいで下さいました、焔さん」
「いえ……お世話になります」
彼の案内を受けて、山田という女性に海原さんを預けた。
あの後、無線でカメレオン怪人との戦いについては大まかに聞いた。そして、この島民の一部がした事も。
正直、今からそいつらを殴り飛ばしたい気持ちはある。だが、それはこの事件が終わった後に海原さんが決める事だ。怒る権利は、彼女にある。
その一件もあって少しだけここに預けるのは不安だが、それでもここぐらいしか今の自分には頼れる所が浮かばなかった。
我ながら、情けない話だ。疑いながらも、それを隠して笑いながら友達の命を預けるのだから。
「それと、こちら海原さんの件についての感謝の気持ちです。どうか、お納めください」
そう言って、布でくるんだ物を新垣さんに差し出した。
「おお、ありがとうございます。拝見しても?」
「ええ、勿論です」
両手で受け取った新垣さんが、丁寧に布をほどく。中には、お盆が一枚入っている。
直径三十センチちょっとほど。中央に出っ張りがあり、そして四方に『東西南北』とそれぞれ刻まれている。裏面には、魔法陣も書き込んでおいた。
「これは……」
目を細めて入念にお盆を見た後、ハッとした様子で顔をこちらに向けてきた。
「いや、失礼しました。あまりにも見事な物でしたので、つい見入ってしまいまして」
「いえいえ。専門ではなかったので自信はありませんでしたが、気に入って頂けて何よりです」
よかった。火とも剣とも関りの浅い魔道具なので、ちょっと不安だったのだ。気に入ってもらえたようで何より。
だが、こういう感謝の品でその発言はよくなかったかもしれない。新垣さんの顔が一瞬固まった気がする。
「ああ、すみません。勿論感謝は本当にしています。ただ、新垣さん達の需要に合致する魔道具となると、こういうのが真っ先に浮かびまして」
「ははは。ありがとうございます。そこまで考えて頂いて。焔さんからの気持ち、しっかりと受け取っておりますとも」
……やはり、本職の人ってわからない。表情や声から本音がまるで読み取れないのだ。第六感覚で嘘は言っていないと思うのだが、この人だと自分自身を騙すとかも平気でしそうだからなぁ。
「ありがとうございます。それと、実演もかねて今回の犯人。『加藤正幸』の行方を調べてみませんか?」
そう言って取り出したのは、小さな袋。
新垣さんが人好きのしそうな笑みを浮べて、はっきりと頷く。
「ええ、それはいい。どうぞこちらに。私の部下達もいますので、そこで話しましょう」
一瞬罠か、とも思ったが、そういう感じは第六感覚で感じ取れない。それでも最悪海原さんを連れて強行突破も考えながら、彼の後をついていった。
向かった先は、一階の中央にある元は職員室だったであろう場所だった。古びた机が隅に寄せられ、いくつかだけコンセントの近くに配置されている。また、長机が二つくっつけて中央に置かれていた。
部屋に入るなり、五人の男性が一糸乱れぬ動きで敬礼してきてビックリした。え、なにこれ怖っ。
「え、あ、どうも」
とりあえず会釈すると、また一斉にきをつけの体勢になる新垣さんの部下の人達。
なにやら警戒されている気がする。部屋の中の緊張感がこっちまで伝わってきそうだ。まるで大国の要人がミサイルでも背負って来たみたいな視線な気もする。
……まあ、我ながら危険人物という自覚はあるが。人格その他がお粗末でも、チートだけで国を揺るがす危険物だとは思う。
「ささ、こちらに」
そんな中で、新垣さんだけ自然体だ。凄いな、この人。
長机の中央にお盆を置いてもらい、準備を行う。
といっても簡単だ。お盆に水道水を流し込んで、中央の出っ張りに蝋燭を置いて火をつけるだけ。二十万円した大作だが、突貫で作ったという事実は変わらない。
「既にお気づきと思いますが、これは占い専用の魔道具です」
占い。
大抵の日本人が『胡散臭い』と目を白くしながらも、つい気にしてしまう古くから続く魔法の一種。
統計学などの応用も加えられた現代のそれは、かなりのピンキリをもっている。それこそインチキとしか言いようのない詐欺師から、大手企業や大臣が重用する凄腕まで。
人が疑いながらも気になってしまうのはしょうがない。なんせ、占いとは最も古い魔法の一種である。それこそ鉄が使われだす前よりも占いはあったという話さえ存在するほどだ。
勿論、現存するそれらの大半は魔力の通わない別物だが、魔法を用いたものも陰陽寮などで日本も政治に用いてきた。というか、たぶん現代と昔でまったくの別物なのではとも思う。やり方も占いへのスタンスも。
自分が行うそれは、かなり古いタイプだ。統計学とか心理学とかは一切ない、魔法一辺倒の物。
「この袋に入っているのは、カマキリの怪人が使っていた鎌。その一部を砕いた粉です」
そう言って、袋をお盆にはった水の中へと逆さにする。当然入っていた鉄粉は水の中へと落ちていき、底に沈んでいく。
だが、これで終わらないから魔法なのだ。
中央の蝋燭につけられた火。それが一瞬揺らめいた後、不自然に光り出した。その光は一本にまとめられて、まるで灯台から照らしたかのように一カ所を指し示す。その個所へと、鉄粉が一人でに動き出して集まっていった。
「この蝋燭のある位置がこの魔道具がある場所です。そして、この鉄粉が集まり照らされている場所が――」
「そのカマキリ怪人が来た場所、という事ですかな……?」
新垣さんの言葉に、頷いて返す。
「はい。ここから北北西。そこから奴は来ました。距離の縮尺は一ミリで百メートルです。なので、この魔道具の有効範囲も半径十五キロほどになります。この範囲外だった場合、その方角の際ギリギリを指し示す様になっています」
「素晴らしい……写真を撮っても?具体的な距離を確認したいので」
「ええ。お渡しする物ですから、どうぞご自由に」
そうして、写真をパソコンで島の地図に照らし合わせた物が印刷される。
「この場所から北北西に二キロほどの森。その下に加藤正幸はいると考えていいでしょう」
ただ、不安はある。
「ですが……先ほども言った通りこういうのは専門ではございません。実験も十回しか行っていませんので、確約はできませんが……」
そう伝えるが、新垣さんが笑みを向けてくる。
「いえいえ。私が見てきた魔道具の中でも、一目でわかる程上質な出来栄えでした。まず外れる事はないでしょう。結界などで防ぐのも、かなり難しいでしょうから」
「そう、ですか」
そう言われるとちょっとだけ自信が出てくる。ある程度の結界を張れば防げる気もするが、そもそも普通の魔法使いの基準がわからない。
明里?あの子魔法使いになってからまだ数カ月だし、参考にならん。ぶっちゃけ魔法より銃や爆弾の方がよっぽど詳しいし。むしろ魔法使いと呼んでいいのか若干微妙である。
「それで、こちらに来る前にお伝えした件、検討していただけたでしょうか」
占いで加藤の場所はわかった。しかし、奴には未知の技術がある。
新垣さんの話では怪人を逃げさせるとき、テレポーテーションの様な物を使っているという。それがミゲルの使っていた物と同じである場合、捕まえるのは非常に困難だ。
あのテレポーテーションを防ごうと思ったら、かなり厳重な結界がいるはず。もしも自分に用意しろと言われたら、最低でも一カ月は寄越せと言うしかない。
だが、その対策は条件付きで用意できる。
「……ええ。あの話、受けさせて頂きたい。提示された条件も飲むと、先方にはお伝えください」
「わかりました」
後で、ミゲルに渡された使い捨ての通信機を使うとしよう。
ミゲルが提示した契約。内容は『加藤正幸の暴走を止め、怪人を作るなどの行為をやめさせる事』。その条件は、まあ新垣さんがいいならいいだろう。
「では、早速ですが突入の計画をたてなければ。先の話によると、そのテレポーテーションを阻害する装置は取り付けられるのは明日の朝。そして、作動させたらすぐにあちらにも気づかれると」
「ええ。そして、加藤はかなりセンサーに類する物を持ち出しているとも」
「下手に様子見をしに行けば、気づかれて逃げられる。まったく、厄介な御仁ですね」
肩をすくめた新垣さんが、タブレットを机に置く。
「各員、焔さんから渡された島の地図は持っているな。それを見ながら作戦をたてていく」
「「「了解」」」
そして、淡々と会議が進んでいく。
正直専門的な部分が多いし、一々中断させて聞くのも忍びない。最初は新垣さんが解説をしてくれていたのだが、それは断った。
残念ながら、そういうのは完全に素人だ。プロに任せて、自分はそれに従うとしよう。勿論、自分の命第一に、だが。
三十分ほどで終了した作戦会議。その結果に従って、部下の人達がそれぞれ準備に動き出した。
「では、俺はこの辺で……」
「おお、そうですか」
そう言って玄関に向かうと、新垣さんもついてきた。
「……新垣さんは、凄いですね」
「はい?」
思わず、ポロリと口から言葉がこぼれていく。
「なんというか、『できる大人』って感じで。テキパキしているし、部下の人達からも信頼されているし」
会議の様子だけで、この人が凄い人なのだと思い知らされる。
部下の意見を促し、話しやすいように空気をつくり、それをしっかり聞いて吟味する。使える所、難しい所をより分け、話し合いの中で循環させ昇華させていく。
彼らの会議は、驚くほどスムーズで、かといって変な気の使い合いもない。ある意味理想的なものだったのだと、自分の様な浅学の身でもわかってしまう。
「それに比べて、俺は……」
対比するのもおこがましい。それはわかっている。だが、それでもしてしまうのが自分という男の情けない所だ。
前世では二十半ばの社会人。今生でも十五年生き、合算するなら四十を超えている。片方だけで考えても、明里や海原さんよりも年上だ。
だというのに、十四そこらの少女に諭され、頼り、いざという時助けに向かえばいつも血まみれ。
今生の中学でも、人の心に鈍感だったせいで、いらぬ諍いを産んでしまった。
情けない。頼りない。どれだけチートという下駄を履かされても、自分と言う人間は、平凡かそれ以下の男なのだ。
下の子達を守り、導いてあげられる立派な大人とやらに、自分は程遠い。なりたい自分と言うやつには、どこまでも届かない。
「ふはっ……!?」
「え」
突然噴き出した新垣さんに、思わずギョッと目を向ける。彼は、どうにか堪えようとしながらも抑えきれずに笑っていた。
「クク……いや、失礼しました。決して馬鹿にしているわけではありません。ただ、嬉しさと驚きで、少々動揺してしまいまして」
目じりの涙を指で軽くふきながら、新垣さんが頭を下げてくる。
「いえ、別に馬鹿にされたとは……ただ、そんな驚く事を言ったでしょうか?」
「あー……うん。私は、焔さんが思っているほど大人ではありませんよ」
どこか自嘲したような笑みに変わり、新垣さんがぽつぽつと語りだす。
「あくまで私の持論ですが、いわゆる『大人』っていう人はこの世にほんの一握りしかいないのだと思います」
「は、はあ……」
「その中に、私は当然入っておりません。私はただ、『大人のふり』をしているだけなんですよ」
少し恥ずかしそうに、新垣さんが頭をかく。
「世の中、立派な大人として見られている人は、大抵私と同じで『大人のふり』をしているだけなんですよ。そうありたいから、げろ吐きながら走っているに過ぎません。まあ、それに気づけたのはこの歳になってからなんですが」
「……そうできるだけで、立派だと思いますよ」
自分には、出来ない。どこかで弱音が漏れて、そうでなくても耐えられずにどこかで倒れてしまう。足を止めてしまう。
「ははっ。貴方は不思議な人だ。十代の少年の様に青いようで、二十代の様な初々しさがある。それでいて、時折中年の様なひねくれ方をしていらっしゃる」
「っ!?」
咄嗟に、読心系の魔法が使われていないか、体内と空気中の魔力を探る。だが、結果はグリーン。つまり、これは新垣さんの観察眼だけで出した答えか。
……やっぱ、本職って怖い。
「別に、今出来ていなくとも良いではありませんか。そうあろうとする心が、大事なのだと思います」
「ですが……」
「初めから上手くできる人なんて早々いませんよ。『大人であろうとする』。その姿こそ、私は大事なのだと思います。子供と言うのは、そうして走っている誰かの背中を見ているのですから」
「背中を……」
前世の父を思い出す。どこにでもいるサラリーマンで、これと言って特技もない。当時は、育ててくれる感謝と、親子の情はあってもそれほど尊敬はしていなかった。
けど、短い間だが社会人をやって、そして今こうして思い悩むと、父がどれだけ凄かったのか思い知らされる。
ただ『安心させてくれる』。そう背中で示してくれるだけで、それは立派な大人なのだと。
……いいや、新垣さんの持論を参考にするのなら、父もまた、そうあれと走っていたのかもしれない。
「焔さん。貴方が誰にとっての『立派な大人』になりたいのかは知りません。ですが、私から言えるのはこれだけです」
コツンと、胸の鎧に拳がおかれる。
「大人であろうとするその姿は、きっとカッコイイですよ?」
どこか子供の様に歯を見せる新垣さんに、思わず笑いがもれる。
その笑みは本当に無邪気なのに、頼れる大人のそれだと感じてしまったから。
「カッコイイ、ですか」
「ええ、大事ですよ。格好良さは。大人であろうとする者は皆、なんだかんだ子供のままそれを追いかけているのです。それがいつか見た誰かの背中であるのか、妄想の産物かは別としても。格好つけたいんですよ」
カッコイイ、か。
恥も外聞もなく、何かを成す事が悪いとは思わない。時には、そうする姿こそ格好のいいものに映る時もある。
ただ、うん。
「そうですね。なら俺も、もう少し、格好つけられるよう頑張ってみます」
「応援しますよ。立派な大人ってやつは、とても大変な役ですから」
「はい。精々、そういう人間になってみせますよ」
「その意気です!」
なんとなく。本当になんとなくだ。
胸が少しだけ、軽くなった気がした。
読んでいただきありがとうございます。
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おかしい……今章のヒロインは海原のはずなのに。新垣さんの方が出番多い……?
数分後、閑話を一つ出させて頂く予定です。




