第五十四話 立ちはだかるモノ
第五十四話 立ちはだかるモノ
サイド 剣崎 蒼太
この島に来て六日目。今日は総一郎さんが警察に幸恵さんについて話に向かうらしい。行先は新垣さん達が拠点にしている旧校舎だ。
というのも、あの人数を収容するスペースがこの島だとないらしい。ので、各員の名前と顔、指紋を記録して旧校舎の体育館に一時拘留しているらしい。
思わず『新垣お前それ海原さん大丈夫なのか』と半ギレになったが、杞憂みたいだ。
というのも、先日海原家を放火した者達は全員……その……ちょっと精神を病んでしまっているらしい。
火に関する物が近くにあるとそれで自分を燃やそうとする。あるいは飲食や睡眠も忘れて火を眺め続けていると、新垣さんから聞いた。
どう考えても、自分の魔力を至近距離で……それも、『敵意』をのせた状態で浴びせてしまったせいだろう。
……きっと、自分は思っていたよりも身勝手な下衆だったのだろう。本来なら抱くべき罪悪感が、まるで浮かばない。正当防衛だという言い訳も、今浮かんできたものだ。
ただ、幸恵さんへの罪悪感はなくとも総一郎さんと響については申し訳なく思っている。きっと、これから色々大変だから。
だが彼らへの謝罪はできないし、贖罪をしている余裕もない。タイムリミットは、もう間近だ。朝食や洗濯物を響と協力してやった後、足早に工房へと向かった。
本当なら、友人として海原さんの様子を見にいくべきなのだろう。だが、今は事情聴取その他で人が集まっているのでやめておいた。鎧姿で行くわけにはいかない。
たとえ新垣さんがこちらの正体に気づいていたとしても、お互いに『隠す努力』と『気づいていないフリ』は必要だ。世の中、建前というのは疎かにすると碌な事にならない。
* * *
工房。この島にあった小さな板金屋の一角を借り受けて黙々と作業を行う。
昔人がこの島に賑わっていた頃はそこそこ大きな町工場だったらしい。だが、今はその名残を少しだけ残した板金屋となっている。まあ、板金屋と言ったが機械屋も兼業しているというか。農機具やらなんやらの何でも屋と言った所か。
設備は、あまりよくないのだろう。知識のない自分でもそれはわかる。だが、それでも普段自分が扱っている物とは『格』が違う。
……単純に、普段の自分が金欠なだけかもしれないが。いや、他の魔法使いの事は碌に知らんし。
どうやってこの場所を手に入れたかと言えば、新垣さんから貰ったお金ブッパ+百円ライターの催眠魔法だ。凄いね、金の力。俺のヘッポコ催眠でもあっさり通じたぞ。
ガシャガシャと音をたてながら使い魔達が狭い工房を動く。手が足りな過ぎて、簡単な作業は突貫で作ったゴーレムに投げた。
使い魔であるゴーレム達には、治療用の指輪と新垣さんへの手土産の大まかな部分をやってもらっている。
「……よし」
ようやく形になった魔道具を、事前に作って置いた容器にそっと入れる。中には紅い液体が満ちているわけだが、当然ながら自分の血を固まらないよう手を加えた物だ。凄く鉄臭い。人避けの魔道具を色々並べたが、大丈夫だろうか……。通報はされたくないのだが。
魔法陣の刻まれた蓋をして、後は待つだけ。完成は明日の午後か。
一息つく間もなく、ゴーレムが出来る範囲までやった魔道具を受け取る。
もうひと踏ん張りだ。最悪太ももに剣を刺してでも集中力を落とすな。どうせ治る。
……いや、それは痛すぎるから、針を刺すぐらいに……や、やっぱりつねるぐらいにしておこう。うん。
* * *
昼は一度総一郎さんの家に戻った後、また工房へと向かう。
かなり響から不審がられているのだが、やむを得ない。後で色々聞かれるだろうが、明日の事は明日の俺に任せよう。
足早に工房に歩きながら、魔道具の設計について考える。幸い、色々設備があるおかげで、予定よりも順調ではある。
何もなければ、だが。
「っ!」
ポケットの通信機が鳴り響き、すぐさま耳にあてる。
「はい焔です!」
『焔さん、昨日の奴が出ました!応援お願いします!』
「わかりました、場所は!?」
『旧校舎に向かって来ています。現在応戦中!』
「今行きます!」
鎧を身に纏い、地面を蹴り砕く勢いで走り出した。
旧校舎。つまり新垣さん達がいる所であり、なおかつ海原さんも預かってもらっている。そして……。
この時間、昨日の放火犯たちの家族が、総一郎さんが二度目の聴取を受けている時間だった。
* * *
サイド 新垣 巧
「撃て」
即席で作ったバリケードから少しだけ体を出し、煙幕の焚かれた場所に引き金を絞る。
サブマシンガンから吐き出されている弾丸が、怪人がいるであろう場所へと殺到する。バチバチと火花を散らしながら、怪人の姿が浮かび上がってきた。
腕を交差させて銃弾を耐える怪人。灰色の体表がボコボコとイボの様に膨れており、胸を中心として緑色の粘液らしき物がはびこっている。
腕の間から見えているその顔は黄色いぎょろりと飛び出た両目に、横に大きく裂けた口があった。カメレオン、なのだろうか。
念のため、校舎周辺の監視カメラに赤外線センサーを取り付けておいてよかった。
不可視の敵というのは、この業界だと意外と少なくない。その対策として、ペイント弾と煙幕は派遣される時の荷物にいつも入っていたのだ。先日は周囲の状況もあり使えなかったが、この場なら問題ない。
だが、問題はこの後。というか現在進行形である。
「な、なんだアレは!?」
「ば、化け物!?本当にいたのか!?」
「ど、どけ!どけよ!逃げるんだ!」
「馬鹿!校舎の上に逃げるんだよ!」
後ろの方で、事情聴取の為来てもらっていた島民達がパニックを起こしている。放火に関しての書類をどうにかするにしても、形式的にやれと完全に管轄外なのに言ってきた上には正直殺意がわいてきた。せめて有給消化させろ。
現在部下達がどうにか落ち着かせようとしているが、どうにも上手くいっていない。
「か、母さん立ってくれ!逃げなきゃ!」
「く、くそ、担いでいくしか……!」
「いあ……いあ……」
「燃えてゆく……私は……炎に……」
そして昨夜確保した放火犯たち。放心状態か発狂しているかのどちらかなので、まともに避難しようとする様子すらない。
ふふ……どうしよう。
「細川くん、相手が壁を登れる前提で狙撃位置を移動をしなさい」
『了解』
「竹内くん、マナーのなっていない方は殴ってでも落ち着いて頂け。私が責任をとる」
『了解』
「山田くん」
『……は!そうです私が山』
「いざとなったら、死んでくれ」
『はい!バッチコーイ!』
「リロードする」
無線でそう伝えて、マガジンを交換する。これでこの島に持ってきたのは最後。確か、他の人員も残りマガジンは心もとなかったはず。今はひたすら弾をばら撒いて動きを封じているが、奴が自由に動けるようになればその瞬間ここは奴の狩場へと変わってしまう。
部下の一人に海原アイリを車に運ばせているが、住民が邪魔でまともに動かせないらしい。最優先対象だというのに。
万が一自分達が無事生き残れても、海原アイリが死んだ場合焔が……剣崎蒼太が何をするかわからない。
『下田、弾切れです』
『加山、同じくサブマシンガンの弾切れを確認。ハンドガンに切り替えます』
ここまで、か。
「……山田くん」
『ふおー!私の出番ですね!いっきまー』
『新垣さん!海原アイリが!』
自らも弾切れになったサブマシンガンを放棄した所で、海原アイリの輸送を指示していた部下から絶叫が聞こえてきた。
「ガア゛ア゛ア゛ア゛ア゛――ッ!!!」
「おや、まあ……」
自分達を飛び越えて、サメが降って来た。
サメの怪人、S1。いいや、海原アイリ。彼女が怪人形体にて、自分達とカメレオン怪人との間に立ちはだかる。
「ば、化け物が増えた!?」
「あ、あれ、サメだ!海の化け物だ!」
「まさか、伝説にあった……!?」
「俺みたぞ!あの娘だ!海原家の!」
避難民の声をかき消すように、海原アイリが咆哮を上げる。それに対する様に。カメレオン怪人もガードを解いて構えをとる。オーソドックスな総合スタイル。やはり奴も他の怪人同様に何かしらの武術を使うのか。
さて、この状況……。
『海原アイリ』
現在最重要護衛対象。彼女の状態によって焔を名乗るアバドン級の怪物との関り方に変化があると推測される。現在先頭に立って怪人と相対。
『島民』
パニックで避難状況は芳しくない。どうやらこの場所から離れたい者と、校舎の中に逃げ込みたい者でもみ合っている様子。サメ怪人に海原アイリが変身する様子を見た者がいる可能性有り。彼らの彼女への対応で焔の人間に対する心象が大きく変化すると考えられる。
『カメレオン怪人』
海原アイリと相対。今までの怪人同様、武術の心得がある者の脳が使われている模様。また、サブマシンガンの銃弾を受け続けてかすり傷程度しか負っていない。
『自分達』
主要武器は弾切れ。怪人との直接戦闘での勝ち目は薄い。現在、焔と協力関係にあり。
『焔』
ヤバい。とにかくヤバい。
「ふむ」
どぉしよう……。
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