第五十三話 裁きの仕方
第五十三話 裁きの仕方
サイド 剣崎 蒼太
海原さんの家にたどり着いた時、既に火の手が全体に回っていた。冬の時期に、木造の家屋では火の周りも早かったのだろう。
「『火鼠』!」
取り出した小箱に、炎が次々と小さな塊となって入っていく。その様はまるで沈みゆく船から逃げていく鼠のごとし。故に、『火鼠』。
元々は自分の能力で家屋や森林を燃やしてしまった場合への備えだったが、許容量と速度の問題から全力戦闘どころかある程度の戦闘でも使い物にならないと踏んでいた。まさか、こんな所で使う事になろうとは。
「な、なんだこれは!?」
「妖術だ!海の化け物が妖術を使ったんだ!」
「ち、畜生!こうなったら乗り込むしかねえのか!」
視界の端で、なにやら農具と松明、ポリタンクを持った島民達がいた。頭の中に溢れてくる『なにか』を無視し、同様に彼らの存在も隅に追いやる。
一分と経たずに炎を吸収し終え、箱を閉じて家の中へと突入する。
やむなく玄関を蹴破って侵入したが、内側は比較的燃えていない。恐らく、内部には入らずに外側だけ油をかけて焼いたのだろう。炎の事は直感的にある程度わかる。
故に、外側だけだったとしても、この建物がいつ崩れてもおかしくない事もすぐにわかった。
「海原さん!どこだ!」
まだ煙が残る中、廊下を進んでいけば倒れている人影を見つける事が出来た。
「海原さん!」
慌てて駆け寄って抱き起す。煤にまみれているが、火傷の後は見当たらない。だが、意識を失っているし呼吸もどこかおかしい。
「くっ」
指輪に目を向けるが、こんな状態でも未だ強く握ったままか。時間も惜しいので抱きかかえて家の外へと出る。
「お、おい、なにか出てきたぞ!」
「な、なんだ、化け物か!?」
海原さんを抱きかかえて出た先には、鍬やスコップを手にした男達が立っていた。
彼らはこちらをギョッとした目で見た後、腕の中で意識を失っている海原さんに視線を向ける。
「あの女だ!間違いねえ!」
「下品な赤い髪だ!薄気味わりぃ!」
「お、お前はなにもんだ!これは島の問題だぞ!」
口々に怒鳴り散らす男達。その後ろに控える、数十人ほどの人々。その中の一人に、見覚えのある女性がいた事に気づく。
それ以外にも、昼間治療した覚えのある者もチラホラいた。
「そいつは化け物だ!そいつのせいでたくさん死んだんだ!」
「島村さんも、山下さんも、高田さんも!こいつが殺したにちげぇねえ!」
「俺達が生き残るにはそいつを殺さなきゃいけねえんだ!」
「殺せ!殺せ!殺せ!」
なんなんだ、こいつらは。
海原さんは、守るために戦っていた。それをこの人達が知る由もない事だとしても、大昔の伝承だけを理由に、この子を化け物だと決めつけて殺そうというのか。まだ、中学生の子供なんだぞ……!
ただの八つ当たりで罪のない子供を殺すというのなら、そういうこいつらこそ――!
喉元までせり上がった言葉を噛み砕き、無言にて魔力を垂れ流す。
「え、あ」
「かひゅ」
短い声をあげて、近くにいる者から順にその場で尻もちをついていく。その目は限界まで見開かれ、歯はガチガチと音を鳴らしている。
怯えたような。しかしどこか狂喜もはらんだそれらの視線を無視して、この場から離れる。
もう一秒でもこの場にいれば、彼らに何をするのか自分でもわからなかった。剣を抜く事を躊躇うという発想がない事の方に、むしろ戸惑ったほどだ。
自分は人を殺したくないし、何より知り合いを、それも友人の身内を手にかけたくなどない。
たぶん……一度でも剣を抜けば抑えは効かなくなる。そして、自分の中のドロドロとした感情が『どの範囲』まで及ぶのかもわからなかった。
ただ一切の配慮もなく魔力を振りまきながら、夜の道を歩く。そうしながら、手を彼女の握った拳へとかざす。
これだけ魔力を解放している今なら、直接触れていなくとも起動は可能だ。治癒の炎が一瞬だけ海原さんを包み込み、その身を癒す。
聞こえていた呼吸が、正常なものへと戻っていく。それだけが、今宵のいいニュースだった。
* * *
サイド 新垣 巧
「細川くん、そちらはどうかね」
荒くなりそうな声を抑えながら、無線に呼びかける。落ち着け。緊急時ほど指揮官は余裕のある姿を見せなければならない。何より、手塩にかけた部下を無意味に怒鳴るなどあってはならない。
『今現場に到着しました。島民が五十七名、気絶、あるいは放心状態で座り込んでいます』
「……そうか。どうやら、焔が先に動いたようだね」
最悪だ。
夜中に一揆でも起こすような様子で歩く島民達の姿を捕捉し、予想される進行ルートを割り出した。そうして出たのが、海原家である。
海原家。現在住んでいるのは中学生の海原アイリ唯一人。この島に伝わる伝説に深い関りがあり、S1の第一候補でもある。
そんな彼女が、島民達から襲撃を受けた。
「細川くん達はそちらを頼む。事情聴取と周囲の確認。一人も逃がすな。海原家の方は絶対に立ち入らないように。それと、誰にも立ち入らせるな。いいね?」
『了解』
S1は比較的友好な種族と判断しているが、その戦闘能力は極めて危険。昼間見た狂暴性もあるので、決して不用意に刺激していい存在ではない。今自分達が持ってきている装備では、恐らく倒しきれない。
だが、最悪な理由は別にある。それは――。
「っ……!?」
とんでもない『なにか』が、ゆっくりとこちらへと近づいて来ている。それを肌で感じ、思わず膝が折れそうになった。
気合で堪えながら周囲を見回せば、部下達が全員床に膝をつくか、あるいは腰が抜けた様子で座り込んでいた。
その姿を情けないとは思わない。誰だってこうもなる。自分が立っていられるのは、偶々経験が他の者より多いだけだ。
もう、笑うしかない。
自棄になった民間人に、核兵器のボタンを自国に向かって押された様な感覚だ。
焔。推定『剣崎蒼太』。予測される性格は温厚。よく言えば善人。悪く言えば優柔不断の小心者。どちらにせよ最終的な結論は『ほぼ普通の人の感性を持っている』事だ。
善よりの中立。されどその力は神格に届かずとも遠からずある、なんらかの神格に選ばれた『使徒』ではないかと思われる。そんな存在に、人の負の側面をガッツリ見せてしまったわけか。
しかも、剣崎蒼太は海原家にここ数日頻繁に出入りしている、と。たしか海原アイリは美しい少女だったな。二人が男女の関係である可能性も考慮すべきか。
彼が怒るのも無理はない。だが、問題はその矛先。それが『やらかした住民』だけなのか、『この島にいる人間全て』なのか。はたまた『人という種族を見限った』のか。被害がこの島だけで収まるならよし。そうでなければ、日本は……。
抵抗は……無意味だな。対物ライフルでも傷つけられる気がしない。倒そうと思ったら巡航ミサイルでも欲しい所だが……迎撃されるか、避けられるか。なまじサイズが人間大というのが鬼門過ぎる。
契約違反による呪いが発動するのを覚悟して、本部に事の全てを伝えるべきか。
その時、重圧が僅かに弱まったのを感じ取る。それは少しずつ段階的に行われ、数分もすれば何も感じなくなった。
「これは……」
まだ、チャンスがある。
何かに攻撃された結果、魔力が落ちたとは思えない。この感じは意識して抑え込んでいるのだ。
つまり、こちらを、自分達を気遣う思考は残っているという事。少なくとも『人類全て死ね』とまでは思っていないと予測される。
希望的観測だが、もはやそれに縋るしかない。
「竹内くん。この場にいる者達を頼む。決して軽挙妄動はしないように」
「に、新垣さんは……」
「僕かい?僕はね」
ニヤリと、精一杯の笑みを浮べてみせる。
「仕事をしてくるのさ」
* * *
サイド 剣崎 蒼太
「焔さん、どうなさったのですか?」
旧校舎から、新垣さんが少し慌てた様子で出てくる。
「……保護してもらいたい『一般人』がいます」
そう言って、未だ目を覚まさない海原さんに視線を向ける。
自分が今泊めてもらっている総一郎さんの家は無理だ。立場どうこういぜんに、『あの女』を信用できない。
かといって『工房』に連れ込むのも憚られる。あの場所は今自分の血をあっちこっちに使っているのだ。どんな反応をするかわからない。
突貫でどこかを用意する。というのも、怪人がいつ出るかもわからない現状では現実的ではない。ずっと傍にはいられない今は、最低限の防御機能がほしい。
そうなると、新垣さん達が拠点にしているこの場所しか候補は残らなかった。
いっそ、この子をつれて島の外にでも出てしまおうかとも思った。だが、『アレ』の件もあるのでそれもできない。
手足を縛りつけられているかのような不快感に、魔力が漏れ出そうになるのを抑える。
「なるほど……今、私の部下が火災のあったという家へと向かったのですが……もしやその子は」
「はい。放火の被害者です。治療は、済んでいます」
「なんと……」
沈痛な面持ちの新垣さん。その表情が本当か嘘かは、この際どうでもいい。たとえ演技だったとしても、そういう顔をしてくれるだけマシだった。
今でも、頭の中で『今すぐ引き返して奴らを皆殺しにしろ』『報復をしろ』『思い知らせてやれ』と、そんな言葉が浮かんでくる。
だがダメだ。これは『放火という罪』であり、日本の法律で裁くべき物事だ。自分が出る幕ではない。
これが異形による怪事件であるなら、自分も剣をとる。だが、法で裁けるのなら、そちらに任せるべきだ。
ちょうど、目の前には話を聞いてくれそうな警官がいるのだから。
「この子の保護と、犯人たちへの法に則った然るべき罰をお願いします。代価は」
「お待ちください」
こちらの言葉を遮り、新垣さんは穏やかな表情を浮かべる。
「民間人の保護。そして犯罪者の逮捕。それらは私達の基本的な職務です。対価など頂かずとも、引き受けますとも。なにせ、その子も罪を犯した者達も、日本国民なのですから」
何故か、その表情は自分でもわかるほど『本心』である気がした。
これなら、任せても大丈夫かもしれない。
「……わかりました。お願いします」
「ええ、お任せください」
だが、任せるにあたって保険は必要か。海原さんの力が彼らにバレているかもしれない。
「……申し訳ございませんが、この子自身について、なにかわかっても情報を留めておいてほしいのです。勿論、そちらは相応の対価を支払わせていただきますので、どうか……」
今更、この子を見捨てられるものか。自分には関係ないと、斬り捨てるには情がわきすぎた。彼女を抱えたまま、頭をさげる。
もしも、これが受け入れられない。あるいは今頷いても裏で情報が流されるのであれば……その時は。
「はい。わかりました」
頷く彼の様子に、嘘は見受けられない。第六感覚も嘘ではないと言っている。信じる、べきか。
「ありがとうございます」
「いえいえ、誰にでも知られたくない事はありますから」
新垣さんが無線で誰かを呼ぶと、童顔の女性がやってきた。
「山田くん。彼女を頼めるかな?」
「……はっ!?そうです私が山田です!」
「うん。そうだね君は山田くんだね」
なんだこの会話。
別の意味でこの女性を信用していいのか不安になりながら、海原さんを預ける。見た目に反して力が強いのか、あっさりと彼女をお姫様抱っこした。
「おお、凄いですねこの子。まだ子供なのに私よりかなりお胸が」
「山田くん。女性同士でもセクハラは成立するんだ。慎みなさい」
「はい!」
……なんか変な空気になりながら、校舎へと戻っていく山田さんと海原さんを見送った。
「では、ご協力ありがとうございました。放火犯たちの事はお任せください」
「よろしくお願いします」
敬礼をする新垣さんに一礼して、鎧姿のまま歩いて行く。
自分の選択は正しいのか。それはわからない。後の火種を断つためにも剣を抜くべきだったのか。あるいは、法に委ねたのが正しかったのか。
だが、一つだけ。
「生きるのって、難しいなぁ……」
曇りだした空を見上げて、前世で全うできなかったものについて小さく呟いた。
読んでいただきありがとうございます。
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剣崎にとって今回が大きな分岐点でしたが、彼の性格を考えて「法で裁ける相手は法で」という結論になりました。
新垣さん「セーーーーーーフ!!!!」




