第五十二話 拒絶
第五十二話 拒絶
サイド 剣崎 蒼太
「はあー……」
ため息をついていると、こちらの肩に頭を預けていた海原さんが、小さくうめき声をあげた。
「あれ……けんざき、さん……?」
「え、もう起きたのか」
かなり本気で殴ったはずだ。それこそ、予測だが鎌足あたりなら一分は気絶している連撃だったはず。
「ごめんなさい……私、とんでもないことを……」
「いい。気にするな。とにかく目が覚めてよかった。例の指輪はつけているか?あの治療用のやつだ」
「あ、はい……つけてます……」
どこかぼうっとした様子の海原さんの肩を支えて、体から離す。本音を言えば今すぐ鎧を解除したうえでもう一度身を預けてほしいが、それどころではない。
「なら、それを使って怪我の治療をしよう。俺の方はもう治ったから、君の怪我をどうにかしないと……」
正直申し訳ない。まさか、彼女が負傷した時の為に用意していた指輪を、自分が怪我をさせて使う事になろうとは。
ぱっと見だと、これと言った外傷は所々の青痣ていど。全力で壊しにいった右腕も再生している様子。しかし、気絶するほど殴ったのだ。本来なら救急車案件である。
「前に教えた通り、指輪に魔力を流し込んで。君が変身している時と似た感覚だから、そう難しくは」
「え、あ……その、大丈夫です」
「うん?」
「私はもう治ったので、使わなくっても大丈夫です」
そう言うや否や、海原さんが立ち上がってムン、とポーズをとってみせる。おっぱい。
じゃねぇよ。なに言ってんだこいつ。
「いやいやいや。冷静に考えろ。君も武道の経験者なら、気絶がどれだけ危ないかわかっているだろう。しかも今回は頭部への打撃だぞ。いや、やった本人が言うのもなんだけども」
よく『気を失っているだけ』なんて言うシーンが漫画とかであるが、普通に危ない。気絶とは本来ならしないはずの事なのだ。それを強引に起こしている。場合によっては、脳の血管などに甚大な被害が出ているかもしれない。
更に言えば、直後は大したことはないと思っていたダメージが、後になって出てきてそのまま寝たきり。あるいは死亡なんてのもありえる話なのだ。
そう言う危険に関して、武道を習うなら最初に教えられるはずの基本だ。安全第一。
「本当に大丈夫です!私鍛えてますから!」
「人体にはな?どうあっても鍛えられない部位が存在するんだぞ?俺が殴ったのそういう場所だからな?」
聞いた事ねえよ脳みその耐久度上げる訓練なんて。
「……なにか、指輪を使いたくない理由でも?」
露骨に指輪での治療を嫌がっている様に見える。だが、理由がわからない。まさか、使い捨てタイプだから『貴方に貰った指輪を、なくしたくないの……』とかではあるまい。
「け、剣崎さんから貰った指輪を失いたくないなー、とか……」
「嘘だ!!!」
「そんな力強く否定します!?」
騙されんぞ!そういうのは後で質屋に持って行くパターンだって前世の父が言っていた!
「で、本当の理由は?」
「……これって、もうないんですよね?剣崎さんが自分のじゃなくって、私のを使えって事は」
「まあ、そうだけども」
現在手持ちはゼロだ。先ほど島民達の治療で全て使い尽くした。この島に来てから消費が激しすぎたのだ。
「それに、これって簡単には手に入らない物なんですよね……?」
「まあ、俺しか作れんし、作るのに結構時間かかるけど」
だいたい一個作るのに速くても三日ぐらいかかる。普通に生活の合間で時間を見つけてだと一週間ぐらいか。
「……ごめんなさい。凄く、不義理な事だとはわかっています。けど、これは『とっておいて』もいいですか……?」
とても真剣な顔でこちらを見てくる海原さんに、首を傾げる。
「なんで――」
そこで、海原さんの足から突然力が抜けたかのように、その場に膝をついた。
「ちょっ!?」
慌てて抱き留めれば、本人も困惑した様子で自分の足を見ている。
「あ、あれ?私……」
「やっぱりヤバいって!貸せ、まずは君の治療だ!」
「っ!ダメ!」
指輪を取り上げて、彼女の治療に使おうとする。しかし、両手できつく握り胸元に抱え込まれてしまった。
「お、おい」
「すみません……お願いします……すみません……」
うわ言の様にそう呟きだす海原さん。その目は段々と焦点が合わなくなってきているし、呼吸も徐々に浅くなっている。
「ああ、くそ……!」
ずっとここにいるわけにもいかない。強引に奪うのも難しいのなら、取りあえず移動した方がいいか。
そう思い、海原さんを抱き上げて移動を開始した。
* * *
海原さんの家に到着し、裸足だったので足をタオルで軽くふいてから客間に座らせる。医療的には目を離すべきではないのだが、できるだけ見ない様にしよう。変な気分になる。
「緊急時だから許してくれよ……」
そう呟いて、彼女の部屋を探す。とにかく布団に寝かそうと思ったのだ。
この家、無駄に部屋が多い。税金とかどうなってんだろう。あと維持費とか。お金もちなのだろうか。
そんな益体もない事を考えながら探していると、彼女の部屋ではなく普通に予備の布団らしき物が見つかったので、そちらを使う事に。
客間まで布団を持って来て、そこに海原さんを横たえる。
「……どうしても、その指輪を使わないつもりか?」
「ごめんなさい……ごめんなさい……」
「……はあ」
ダメだ。会話が成立している気がしない。現在、彼女は指輪を強く握ったままそう呟くだけだ。どうも、まともに思考が出来ていないのかもしれない。
「……必要ならまた作る。だから、渡してくれないか?」
そう呼びかけるが、もうこちらの声が聞こえている気がしない。
「わかった。とりあえず、今は寝ていなさい。絶対安静だ。いいな?」
「ごめんなさい……」
調子狂うな……。
自分の愚痴を斬り捨てていた時の様な芯の強さは見受けられず、目元に涙さえ浮かべている海原さん。最終的にこちらが折れて、布団をかけて家を後にする事に。
……本当なら、せめてずっと傍にいてやるべきなのだろう。いつ急変するかもわからない。怪我も、謎の力も。
だが、やる事がある以上こちらにばかり構ってはいられない。確認できる範囲で家の鍵をあらかた閉めた後、窓から外に出て魔法で鍵を閉める。
そうして、『工房』へと歩いて行った。
* * *
夜まで『作業』をしていた後、一度総一郎さんの家に戻って夕食とお風呂を頂いた。
正直、家の中の空気はかなり悪い。それもそのはずだ。昼間明確に『怪人』が現れ、負傷者も多数出たのだから。
ただ、噂では『サメの怪人が島民達を襲って怪我させた』となっているようだ。実際は、逃げようとして互いに押しのけ合った結果だろうに。
なんとなく不快感を覚えながら、こっそりと窓から外に出る。寝静まった今なら、作業に戻れるはずだ。
その時、通信機が着信を知らせてくる。
「はい、焔です」
『ああ、焔さん。新垣です。すみませんこんな夜分に。通信機の予備が用意できましたので、ご報告がてら話したい事がありまして』
「あ、すみません。あの後顔も出さずに」
『いえいえ、どうぞお構いなく』
海原さんの事と作業の忙しさで、新垣さんに連絡とかするのを完全に忘れていた。いや、向こうはその筋の人だし放置でいいかなと。つい。
『こちらの方は、どうにか死人も出ずに済ませる事が出来ました。そちらはあの後どうなったでしょうか?』
「あー、えっとですね」
さて、どう説明したものか。下手な事を言うと、海原さんの事に触れてしまうのだが。
いや、もしかしたら既にバレている可能性もあるのか?ありえる話だ。あちらはプロ。こちらの島での動きはほぼ把握されていると思った方がいいか?
「そのですね……ん?」
『どうかなさいましたか?』
「火の、気配……?」
転生してから、固有異能の影響かなんとなく火の類に敏感になったのだ。その感覚が、遠くでいくつもの火が動いているのを感じ取る。
『それは、いったいどう』
『新垣さん!』
通信機越しに、別の人の声が響いてくる。かなり焦っている様子だ。
『どうした竹内くん。緊急』
『島民達が、松明を持って移動しています!数十人規模です!』
「っ!?」
頭に、嫌な想像が浮かび上がる。
困惑した声が流れている通信機を無視して、鎧を纏いながら夜の闇へと駆けだした。
読んでいただきありがとうございます。
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この後数分後に閑話を一つ投稿する予定です。
※剣崎と海原で指輪の製作時間の『けっこう』に差があります。




