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第五十話 動機

第五十話 動機


サイド 剣崎 蒼太



 言われた方角に走っていれば、場所の特定は容易かった。


 なにせ、『今も』人の悲鳴や叫び声が聞こえてきているのだから。


「新垣さん!」


 現場に降り立てば、むせ返るような鉄の臭いが喉を犯す。


「あ、あああ……」


「うううううううう……」


「助けてくれ!誰か!助けて!」


「足、俺の足ぃ……!」


 血まみれで倒れ、倒れる人々。足や腹部を抑えて、その場に動けずにいる。それらの声が、この場を満たす。


「焔さん!」


 そんな場所の片隅に、新垣さん達はいた。


 円陣を組むように背中合わせになりながら、その内側に負傷した仲間と思しき人を守っていた。


「新垣さん、よかった」


 いや、全然よくない状況だとは思うのだが、そうも言いたくなる。


 だって、『誰も死んでいない』のだから。負傷者は多数だが、今回は間に合ったのだ。新垣さん達が奮闘してくれたのだろう。


「来てはダメだ!」


 そう叫んでいる新垣さんを不思議に思いながら。


「えっ」


 間の抜けた声を出して、自分は真横に剣を振りぬいていた。


 本当に、意識して放った一撃ではない。ただの反射、強いて言うなら『なんとなく』としか表現できない行動だった。


 だが、空を切ったはずの斬撃は、不思議と何かを切り裂いた感触がある。ビタリッ、と地面に紫色の肉片が落ち、黒い液体が散らばった。


「不可視の敵がいる!気を付けて!」


「っ!」


 そこでようやく状況が少し理解できた。なるほど、今自分は攻撃をされて、それを無意識に迎撃したのか。


 第六感覚。自身の異能の一つが、その攻撃に反応したのか。言われてみれば、薄っすらと人型の何かがいる事がわかった。


 鎌足の尻尾よりは透明度の低い。あれはそもそも『視えない』という概念を押し付けてくるタイプだったが、こちらはもっと物理化学的な物である気がする。


「……足元に、注意してほしい」


「新垣さん、それでは」


「今、言うべきだ」


 なにやら向こうの方で意見の食い違いがあるようだが、新垣さんの言いたい事はわかる。


 うめき声をあげ、あるいは助けを求める声をあげ、動く事が出来ない人々。即死はせず、しかし迅速な治療が必要な状態で放置された者達。


 こんな状況で自分が全力戦闘をしたらどうなるか。余波だけで何人死ぬかわからない。また、新垣さん達も不用意な発砲は出来ないだろう。


 どうやら、今回の怪人は随分といやらしい敵らしい。


 自分は間に合ってなどいなかった。相手がわざと殺さなかったのだ。自分達への壁とする為に。


 どこぞで、『敵兵は殺すよりも怪我だけさせた方が~』とか聞いたが、本当に嫌になる戦い方だ。殺されてくれていれば、とは当然思わないが。


 無言のまま、放たれる二撃目。弾丸並みの速度だが、今度ははっきりとわかった。奴が異様に長い舌ベロを、こちらに向かって槍の様に突き込んでいるのだ。


 先端の欠けたそれを剣で叩き落そうとするが、直前で停止。巻き戻っていく。


 剣を振りぬく前に留めて、正眼の構えをとる。さて、どうしたものか。


 顔はわからないが、怪人とにらみ合う。こちらから踏み込むのは、足元の状況的にかなり神経を使う必要がある。そして、相手の攻撃は『自分に対してなら』迎撃できる自信はあった。


 魔法による遠距離攻撃も難しい。外した場合が危険すぎるし、何より自分の魔力を周囲に振りまけば新垣さん達含めて被害が出かねない。


 互いに見合ったまま動けず、ただ倒れる人々の声だけが周囲を満たす。


 先に動いたのは、こちらだった。


 ただ見合っていたわけではない。倒れている人達の位置を少しでも把握。足の踏み場を探していた。コースを選定。怪人へと走り出す。


 それに対し怪人も反応。舌を伸ばした。ただし、自分の足元へ。


「え、あ、わあああああああああ!」


 巻き取られた、足から血を流している男性。それが勢いよくこちらへと投げられる。


「っ!?」


 あちらもかなりの速度だ。慌てて踵で地面を蹴りつけ、加速していた体に急制動をかける。踏み潰しかけた人から悲鳴が聞こえるが、構っている余裕がない。


 左手で飛んできた男性を受け止める。出来るだけ衝撃を分散させたが、それでも腕の中で濁った悲鳴をあげる男性。内臓を痛めたかもしれない。


 だが、怪人が人を投げつけて終わり。なんてわけがない。


「ちぃ!」


 受け止めた男性を放り捨て、彼に向かっていた舌を右手の籠手で受け止める。重い金属同士がぶつかったような音が響き渡り、体が衝撃で押しやられそうになった。


「こ、のっ……!」


 下手にさがれば人を踏む。しかも悪い事に、足元には頭が近い人ばかり。退くわけにはいかないと、その場に踏ん張る。


「あ、しまっ」


 前方に重心を向けていた所に、唐突に浮遊感に襲われる。怪人が、こちらの体を籠手に張り付いた舌で持ち上げたのだ。


 鎧の分を合わせても、自分の重量は百キロと少し。人にとっては殺人的な重さでも、こと人外にとっては持ち上げられない事もない。


 そして、まるで一本釣りでもされたかのように体が宙を舞った。


「やばっ」


 空中では体勢が……!固有異能の剣ならともかく、今自分が使っている剣はありあわせの、強度と切れ味を求めただけの急造品。魔力を多少帯びていようが、炎までは出てこない。


 それでも、向こうがこちらを引き寄せるなり、着地の瞬間を狙ってきたのならカウンターを叩き込めた。そうでなくとも、舌を巻きつけたままどこかに叩きつけようと言うのなら、腕についたそれを引き寄せればいい。


 だが、奴はそのどれでもなく、よりにもよってこちらを空中に放り上げた直後に舌を戻し、そのままにした。


 重力に従って、明後日の方向に落ちていく。どうにか足から着地しようとしたが、その辺の民家の屋根を突き破り、屋内に降り立った。


「ひ、ひいいい!」


 老夫婦が、部屋の隅で抱き合ってこちらを怯えた様にみている。それに「すみません!」とだけ言い残し、でいの窓を開けて外に出た。


 急いで戻らなければ。奴はなにをするつもりだ。


 慌てて戻ってみれば、そこには先ほどと同じように倒れ伏す人々。充満する血の臭い。だが、奴の姿がどこにも見当たらない。


「新垣さん、奴は!?」


「今、ここにいないのか……?」


 逆に問い返されたが、それを無視して周囲を見回す。第六感覚も最大限範囲を広げるが、どこに行ったか見当もつかない。


「くそ……!」


「……いや、待て。焔さん。あれを」


 新垣さんが指さすのは、血で濡れた足跡だった。倒れた人たちの血が奴の足裏に付着したのか。裸足の人間めいた足跡が森の方へと続いている。


「ありがとうございます。奴を」


 追いかける。そう言おうとして、足元の人の呼吸がかなり浅い事に気づく。


「大丈夫ですか!?」


 すぐにその人を抱き起すが、目の焦点は合っていないし唇も紫色。血を流し過ぎたのだ。それも、この人だけではない。ここに倒れている人は皆、重要な血管が傷ついている様に思える。


「っ……先に、治療をします」


「申し訳ありませんが、お願いします」


 新垣さん達にも手伝ってもらい、指輪の炎で治療していく。あいにく、全員を治すだけのストックもない。なので、彼らにより危険な状態の人を選んでもらって使用。比較的通常の治療が間に合いそうな人は、新垣さん達が応急手当をしていった。


「新垣さん、耳が」


「ああ、大丈夫です。大した出血ではありませんよ」


 欠けた左耳を布で抑えながら、新垣さんが苦笑する。通信が途絶えたのはそれが原因か。


 ……これは、してやられたとしか言いようがない。怪人にはまんまと逃げられ、こちらは負傷者多数。だが負けではない。死人がいないのなら、敗北でなどないはずだ。


 とりあえずすぐに命が危ない、と言う人はこの場にいないらしい。不審な目を一般の人たちから随分と向けられているが、無視だ。幸い、向こうも状況がわからないからか皆こちらに関わりたくなさそうにしている。


 怪人を追おうにも、もう転移をしているのだろう。新垣さんからの情報で、そう言った手段により奴らの足取りが掴めないのは知っている。


 口惜しいが、また出てくるのを待つか。あるいは地下の隠れ家を見つけ出して攻め込むか。


 その時、ふと気になった。


「奴は、何をしにきたんですか……?」


 新垣さんに問いかける。


 そもそも、今まで怪人どもの目的がいまいちわかっていない。ただ突然現れて、暴れるだけ。人を積極的に攻撃しているようだが、金目の物を盗んだり人体実験の材料にしたりという風でもない。


 いったい何の目的で暴れている?


「……正直、こちらもわかっていないんですよ。こういう案件だと、まず『動機』を洗ってそこから予測するものなんですが……」


 新垣さんも頭を掻きながら困った顔で首を捻る。


 動機。正直、『どうやって』に関しては何でもありなのが魔法というものだ。それこそ、神格が関わっている時もあるのだからなおの事。


 その点、『目的』がわかっていれば何をしようとしてくるのかある程度予測が立てられるのだが……見当もつかない。


「地図と犯行現場で、何か魔法陣とか」


「いや、それも考えたんですが」


「お、おい、あれはなんだ!」


 その時、治療を受けている人達の誰かが、明後日の方を指さしながら叫んだ。


 声に釣られて、指さされる方を見る。


「えっ」


 そこには、一体の異形がいた。


 サメを彷彿とさせる頭部。しかし首から下は人の骨格に近く、筋骨隆々とした肉体を晒している。背中にはヒレが、首にはエラが。そして濃紺と白で彩られた、ザラザラとした皮膚。


 性別を特定させる部位は見受けられず、下腹部に輝く銀の宝玉。その姿は、間違いなく海原さんの変身した姿。サメの怪人。


 だが、いつもとは様子が違う。瞳は赤く濁り、宝玉は異様な輝きを見せている。


「S1……?」


 疑問符を浮べる新垣さんの声をかき消すように、海原さんが、いいや、『怪人』が咆哮をあげる。


「ガア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア――ッ!!」





読んでいただきありがとうございます。

感想、評価、ブックマーク。いつも励みにさせて頂いております。今後ともよろしくお願いいたします。


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― 新着の感想 ―
[一言]  あちゃー‥‥‥自我を奪われかけてるか海原さん。
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