第四十九話 戦う理由
もしかしたら剣崎を「なんだこの情けねえメンタルクソ雑魚ナメクジは」と思われてしまうかもしれませんが、彼は結局『力を持ってしまっただけの一般人が精神の治療もできないまま戦っている』状態なので、こういう書き方をさせて頂いております。
もしも読者の皆様をご不快にさせてしまったら申し訳ございません。
第四十九話 戦う理由
サイド 剣崎 蒼太
「は、え?」
怒りとかショックとかより先に、ポカンとしてしまう。え、なんでそうなった?
「いや、もしかして中二病というやつでしょうか。こう、『フハハ、我こそが神だ』とかそんな感じな」
「それはない」
神を自称するとか、絶対にない。死んでもしたくないそんな事。
「だって、なんというか、随分ズレた考えだなぁと」
「どの辺がだ。別に、そこまで変な考えじゃ」
「ではお聞きします」
びしりと、こちらを指さされて言葉を遮られた。
「車に轢かれたら人は死にますよね?」
「あ、ああ」
「交通事故は起きるものですよね?」
「そりゃあ、まあ。ゼロにはならないだろうけど」
「では、交通事故は起きるものだから、人は皆、街中をずっと見回る必要がありますか?交通事故を防ぐために、他の事は何もせず備えているべきですか?」
「そ、それは……」
そこまで言われれば、海原さんが言いたい事もなんとなくわかる。
「だが、それとこれとは話が違う。そもそも極論だろ、それは」
「どの辺が違うんですか?」
「この島で起きているのは殺人だ。それも、普通の人には対処できないな」
銃弾をまともに受け付けない怪物。しかも魔法に関わりのない人間を巻き込めば、更なる混乱を引き起こすかもしれない厄ネタ。自衛隊や機動隊を不用意に動かせない、特殊な案件だ。
普通の事件や事故とは、ものが違う。
「そうですね」
あっさりと認められて、逆にこちらが言葉に詰まる。
「ですが、多少違っても剣崎さんに『義務』も『権利』もないのは事実ですよね?」
「それは、わかっているが」
「そんな本当はわかってませんって顔をされましても……」
まるで駄々っ子を見る様な目で見られて、ため息までつかれた。
「剣崎さん。貴方の人生は、貴方のものなんですよ?」
「それは、そうだが……」
「じゃあ、したいようにすればいいじゃないですか。他人に迷惑をかけない範囲ですが」
「それは……」
口には出さないが、海原さんに『お前が言うな』という視線を向ける。
海原という名の為に、命を懸けて戦っている者には言われたくない。
「私は自分の意志ですよ。したいから、怪物と戦っています。剣崎さんは、どうしてですか?」
「戦う、理由……」
12月の一件は、ただ生き残る為に。
今回の一件では、友人の家族を守る為に。それも、自分が嫌な思いをしない為だった。
途中からは、亡くなった人達やその話を聞いて、裏にいる者、加藤正幸とやらに怒りを覚えたから。義憤と言うには私怨の混ざった、自分自身の怒り。
そして今は……今は、なんだろうか。けど、言える事はある。
「俺がそうしたいから、そうしている」
「じゃあいいじゃないですか。それで」
むふん、と鼻を鳴らし、海原さんが胸をはる。
「何度も、何度でも言いますね。貴方の人生は貴方の物です。人に迷惑をかけない範囲なら、好きにしちゃいましょう。正直、なんでも自分のせいにしているとか、馬鹿らしいを通り越して迷惑な人です。それは他者の『義務』と『権利』を侵害する事ですから」
あっけらかんと答えた彼女が、両手で持ったお茶をすする。
「剣崎さん、別にどうしても戦わないといけない理由があるわけじゃないけど、したいから戦っているんでしょう?だったら、それ以外をしてもいいんですよ。美味しい物を食べるのも。お昼寝をするのも。え、エッチな本を読むのも」
最後だけちょっとどもってから、小さく咳ばらいをする海原さん。
「私だって色々わからないことだらけですが、それでも『剣崎さんのせいだー』って言う人がいたら、その時は……その時は……どうにか、ご自分で説得してくださいね?」
「あ、うん」
そこは『私がはったおしてやりますよ』とかじゃないのか。いや、言われても困るけども。
だが、そうか。確かに、それもそうなのかもしれない。
胸の内にひっかかった物が、完全にとれたわけではない。だが、それでも少し。ほんの少しだけ、軽くなった気がする。
もしかしたら、我ながら思い詰め過ぎていたかもしれない。いや、傲慢になっていたというべきか。
自分には他者にはない力がある優越感。一般に知られる事のない事件に関わる特殊な状況。それらに、もしかしたら酔っていたのかもしれない。
「なんというか……ありがとう?」
「なんで疑問形なんですか。まあ、はい。友達ですので、お構いなく」
クスクスと笑う海原さんに、こちらも小さく笑い返す。
何と言うか、正直意外だった。ここまではっきりと物を言う子だったとは。……いや、元々『危ないからやめろ』と言っても、怪人と戦おうとするぐらい頑固だったか。
自分が思っていたよりも、この娘は心に芯をもっているらしい。少なくとも、自分よりは。
情けない話ではある。まだ中学生の子供に諭されるとは。だが、悪くない。彼女が自分の事を友と呼んでくれるのなら、自分もそうしよう。
きっと、この事件が終わった後も、友人として笑って過ごせる。そんな気が――。
「あ、れ?」
海原さんが取り落とした湯呑が、机にあたり大きな音をたてて、畳に落ちていく。
「海原さん!?」
慌てて立ち上がって駆け寄ると、彼女は顔を真っ赤にして頭を押さえていた。
「あ、いや、大丈夫です。ちょっと眩暈がしただけで。あ、湯呑、少し欠けちゃったみたいだから、気を付けて……」
そう言いながら、湯呑の破片を拾おうとする海原さん。だが、焦点のあっていない瞳で伸ばした指を、欠片が傷つける。
「あっ……」
「ちょっ、俺が片付けるから、海原さんはどこか横になって」
そう呼びかけるが、彼女はこちらの声が聞こえていないのか、ただ自分の指先。そこからプクリと溢れてきた血をじっと見ていた。
どこか愛おし気にそれを見ていたかと思ったら、指先を口元へと近づけている。
「唾液での消毒はお勧めしない」
何故か、それをさせてはならないと思った。恐らく、第六感覚が反応したのだろう。傷口が彼女の口に届く直前に、ハンカチで海原さんの指先を覆って顔からそっと引き離す。
熱に浮かされたような顔で、彼女がこちらを見てきた。
不謹慎ながらも、その顔にドキリと、心臓が跳ねた。あまりにも艶やかなその瞳は、まるで数多の男を弄んだ魔女の様でさえあった。
「剣崎、さん……」
「とりあえず傷口を、いや、もう指輪を使おう」
ついでだ。何か体に異常があるのなら治せるかもしれない。そう思い、自分の身につけている指輪を消費する。この島に来てからかなりハイペースで消耗しているが、そろそろ在庫切れも近くなってきたな。
癒しの炎が消えると、海原さんの目に少しだけ理性が戻った気がする。
「あ、あれ?私、なにを……」
かと思えば、怯えた様に自分の体をかき抱いている。小さく肩が震え、本気で怖がっているのがわかった。
「海原さ」
「いやっ!」
強い拒絶の声と共に、手で体を押しやられる。
邪神製の体だから少し下がらされただけだったが、常人では骨が砕けていたのではないか。そう思えるほどの力で。
「あ、これは、ちがっ」
「落ち着いて」
出来るだけ刺激しない様に呼びかけながら、彼女の魔力を観察する。
これは……本格的に時間がないか。
海原さんに愚痴を聞いてもらって、勝手に安心していた自分が腹立たしい。この子は決して、本来なら他人を心配する余裕などあるはずがないのに。
「大丈夫。ゆっくりと呼吸して」
「すー……はー……すみません、突然」
「いや、気にしないでくれ。それより、もう休んだ方がいい。何か手伝えることはあるか?」
「……いえ、お気持ちだけで……片付けも私がやりますから、剣崎さんは帰ってくださっても大丈夫です」
力なく微笑み、遠回しに『出ていけ』という海原さん。そんな彼女に何か言うべきか迷って……結局、かけるべき言葉が浮かばなかった。
昨日聞いた伝承の事。小太刀の事。ミゲルの話し。それら、伝えるべき事がいくつもあるが、どれも今は話すべきでないと結論付ける。
今は一人にさせるべきだ。少なくとも、自分がいてはいけない気がした。
「……わかった。何かあったら、連絡してくれ。必ず駆けつける」
「……はい。ありがとうございます」
そうして、彼女の家を出ていく。しばらく歩いて、ポケットにしまったハンカチを取り出した。紺色のそれには、小さく染みが出来ている。
不本意だし、予想外だったが、『海原さんを訪ねた目的』は達成された。
……先ほどまで、己の力に酔っていたのが馬鹿らしい。震える子供に、『大丈夫』の一言すら言えない。
随分と、無力で滑稽な愚者が、俺だ。
ポケットにハンカチをしまうと、別のポケットから電子音が響く。
「はい、焔です」
『焔さん。申し訳ないが、すぐに来て欲しい。怪人と思われる何かが』
「なっ、場所は?」
『島の北東。島村家周辺だ。正体不明の何かに住民がっ』
「新垣さん?応答してください新垣さん!」
返事がない。通信機からはザーザーという音しか聞こえず、新垣さんの声は聞こえなくなった。
「くっ!」
無線を耳につけ、鎧を身に纏い走り出す。
こんな時に、そんな所で……!
なんのために、何故戦うのかは、はっきりと言葉にできない。だが、これはハッキリしている。
自分は今、かなりキレてる。そもそも怪人だのなんだのが現れなければ、彼女はここまで追い詰められなかった。自分とて、そちらに専念できていた。
八つ当たりを、させてもらうとしよう。
* * *
サイド 海原 アイリ
「う……あ……」
廊下に蹲り、壁に体を預けながらうめき声をもらす。
剣崎さんの残り香が、家の中を漂っている。今自分は、彼が通り過ぎた後を追うように玄関へと近づいていた。
とても、とてもいい匂いだった。
言葉では、形容できない。自分の血を見た時も、どこか心が躍るようだった。だが、彼に寄り添われた時は、それの比ではない。
元々、とても興味のそそられる匂いの人ではあった。
瑞々しくて、歴史を感じて、優しくて、激しくて、無秩序で、完成されていて。そんな、経験した事のない香り。
どんな華よりも。どんな空間よりも。どんな食事よりも。
彼の匂いは、とても……とても、お腹が空いて……。
「あ、あああ……」
よだれが、廊下に垂れていく。
欲しい。剣崎さんが欲しい。彼の体が欲しい。血の一滴でもいい。いいや、やはり肉の一辺。皮膚の一切れ。眼球の一つ。手が、足が、内臓が、全てが。
ホシイ。
「ッ!」
咄嗟に、自分の左手の小指をへし折る。痛みで、少しでも意識を保とうとする。
この意志は、私の物か?それが問題だ。
私の物でないなら、それは絶対に許さない。私の意志だけは、絶対に誰かに渡したくない。これは、これだけは私の物だ。私だけの物だ。
私が私である証明だ。
だが、だけれども。
この意志が、私本来の物だというのなら――。
「けん、ざき、さん……」
ゆらりと、立ち上がる。
フラフラと、草履を履いて外に出た。潮の臭いが混じった風を感じながら、首を巡らせる。
彼の匂いがする方向へと、歩き出した。
読んでいただきありがとうございます。
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……もしかしたら、剣崎は攻略する側ではなく攻略される側な気がしてきた今日この頃です。




