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第四十八話 愚痴

第四十八話 愚痴


サイド 剣崎 蒼太



 新垣さんから現金を受け取り、その足で『色々』回った後に総一郎さんの家へと戻って来た。


 家事を手伝ったりして夕食を頂いていたのだが、その最中に総一郎さんから明日以降の作業について話があった。


「任せられそうな仕事がもうなくってなぁ。わざわざ呼びよせたのにすまんが」


 申し訳なさそうな。しかしそれ以上に呆れと困惑をにじませながら総一郎さんが言ってくる。


「枯れた木の処理や穴埋め。肥料の整理や運ぶのも終わって、柵とかもやってもらったからな。七日間ってだけじゃなくって、一カ月ぐらいあれば教えながら色々してもらえるんだが……」


「申し訳ありません。高校の事もありますので、七日以上は……」


「ああ、いや。剣崎君はわるかぁねえよ」


 明日以降の仕事はなし、か。結果的にだが好都合だ。こちらも忙しくなる。


「本当に仕事の早い奴だ。どうだ。いっそこの島に移住してくるとか」


「あはは、いや、まだ将来の事は何も考えていないもので」


 本音を言うと、いい大学に進んでそこでコネを得ながら知識を積んでどこかの大きな企業に、と思っているが。


 ……高校受験の段階で躓いたので、口に出すのは正直恥ずかしい。


「将来が決まっているのはいい事だぞ?準備期間は多い方がいいからな。だからこそ、もうこの島に移住して農家として働くとか」


 いや、普通に嫌だわ。


 農家は社会において非常に重要な仕事だと理解している。理解しているが実入りと苦労で絶対に合っていないので、なりたくはない。


 偶に都会の人が『田舎の平和な場所で農家をやってスローライフ~』と言うのを聞くたびに、『可哀想に、騙されているんだな』としか思わない。


 まあ騙されて農家になる人は大歓迎だが。頑張って食料自給率を上げて俺の生活に貢献してくれ。


「お爺ちゃん」


 やけに移住を勧めてくる総一郎さんの言葉を、響が強い口調で遮る。


「会長は『成すべき事がある』んだ。無理に誘うのはよくないと思う」


 え、なにその目。こわっ。


 助け舟を出してくれるのはありがたいが、身内に向ける目ではない。なんだそのハイライトオフになってそうな瞳は。


 見ろよ、総一郎さんどころか幸恵さんまで固まってるぞ。いや、視線を向けない方がいいのか?ややこしい。


「響。落ち着け」


「はい。失礼しました」


 とりあえずこの空気はまずい。まだ三日はお世話になるのだ。家の中が気まずい空気なのは勘弁願いたい。


 ついでに言えば、よくわからんけど自分が原因で友人の家に変なしこりが残るとか嫌だぞ。


「総一郎さんもあくまで話のタネとしてふっただけだ。あまりガチのリアクションするなって」


 視線で総一郎さんにパスをすれば、察してくれたのか勢いよく頷く。


「そ、そうそう。冗談だ冗談」


「……ごめんお爺ちゃん。ちょっと疲れていたみたいで」


 いつもの柔らかい雰囲気に戻り、自然な笑みを浮べる響。どうやら、おさまったようだ。


 総一郎さんと横目で見合って、小さく頷く。よくわからんが、響には謎の地雷がある。それは避けて会話する事にした。


 響の言う『成すべき事』とやらが気になったが、下手につついてまた変な空気になるのは困る。


 まあ、響とは違う高校に通うのだ。そのうち自分へ向けられる妙な信頼も薄れ、普通の友人として打ち明けられるだろう。


 数年後も友情が続いていれば、笑い話にでもしてやるか。



*    *     *



 風呂を借りて、与えられた部屋に戻って布団をしく。


 そこで、枕元に置いた箱に視線がいった。人斬りの小刀が収められた箱だ。


 きつくガムテープでぐるぐる巻きにされたそれを見て、今日戦ったカマキリの怪人を思い出す。


 奴の技量は、間違いなく自分よりも上だった。なんなら、剣道部の顧問や近所にある剣道場の主よりも上だろう。おそらく、段位ではかるのなら六段以上。しかも二刀流の使い手。


 決して、自分が優れた剣士だとは思っていない。肉体のおかげか、才能はあるのだろう。だが、きっと『秀才』レベル。甘く見積もっても『天才』と呼ばれる領域に、片足がはいるかどうか。


 真の『天才』や、『鬼才』とも言える者達には遠く及ばない。それは自覚している。


 だが、『だから負けました』などは許されない。負ければ死だ。


 今回は勝てた。身体能力と装備の差で、圧倒する事ができた。だが、もしもカマキリ怪人の力が自分と同等か、迫るほどだったら?


 死にたくない。絶対に死にたくない。


 死ねば終わり。図らずも二度目の人生を歩んでいる自分だが、だからこそそう思うのだ。前世の家族や友人とは、二度と会えぬ身だからこそ。


 ではどうするか。『備える』しかあるまい。


 どうせこの時間では『例の物』の準備は出来ない。であれば、この時間を使おう。


 布団の上に正座し、小型の箱と相対する。瞳を閉じて、深呼吸を三回。ゆっくりと、眼前に一人の剣士を組み立てていく。


 海藻のような黒髪。クマのある淀んだ目。病的に白い肌。それらを包む、灰色がかった着物に陣羽織。


 手に持つのは、一振りの日本刀。


 人斬り。この並行世界の日本。いいや、世界で最も有名な殺し屋にして、最強の『剣士』。


 そして、人類史において『剣聖』の領域に踏み込んだ数少ない強者の一人。


 一言で言ってしまえば、今から行うのはただのイメージトレーニングだ。自分のそれは妄想と言ってしまってもいい。


 所詮、自分の想像が相手の限界。こんな物で、彼女の全力は再現できないだろう。そんな事はわかっている。


 最後に戦った迷宮。その一室にて、剣と鎧を身に着けて向かい合う。かつてと違うのは、自分の持つ剣が固有異能のそれではなく、今使っている自作の物である事か。


 立ち合い、そして一合ともたずに剣諸共両断された。


 次。


 先手を取るも避けられてカウンターで首を刎ねられた。


 次。


 床を蹴り砕き即席の散弾にして攻撃を試みる。意識が半瞬足元にいった隙に距離を詰められ、袈裟懸けに両断される。


 次。


 フェイントを織り交ぜて左から斬りかかる。手首が斬り飛ばされ、返す刀で頭を割られた。


 次。


 踏み込めずに迷っている間に喉を一突き。そのまま首を刎ねられた。


 どうあっても、まともに斬り合って勝てる姿が浮かばない。人斬りを前に、剣士として立つ事すら自分には許されない。


 だが、それでいい。もとより、イメージトレーニングとは『他者』に勝つための物ではない。『己』を鍛えるための物。


 イメージする。イメージする。この肉体は、人外の力を持っている。であれば、人の思考しかできない自分の動きなど、再現できないはずがない。


 最も自分に適した動きを。最も自分を強くできる動きを。


 斬り合いを続ける。どうせ、自分が思い描いただけの相手。いくら付き合わせても良心の呵責はなく、ただひたすらに殺し合う。


 それを続けていく中で、彼女が一瞬。ほんの微かにだが、微笑んだ気がしたのはきっと自分の願望だろう。



*    *      *



 気が付けば日が昇り、この島に来て五日目の朝を迎える。


 イメージとはいえ、もはや何度首を刎ねられ胴を両断され串刺しにされたのか数えられない。思わず体をぺたぺたと触って五体満足かを確かめながら、幸恵さんを手伝って朝食にありつくのだった。


 食器の片付けを手伝ったら、総一郎さんに一声かけてから家を出ようとした。


「あー、剣崎君。出歩くなら絶対に人気のない所にいかねえようにな」


 心配げな様子で、総一郎さんが口を開く。


「はい。指名手配犯の噂は聞いておりますので……」


「……今日、島村さんの所の葬式がある。明日は谷垣さん所。明々後日は佐伯さん所だ」


「それ、は……」


 思わず言葉に詰まる。こちらの様子に気づいてか気づかずか、総一郎さんが話を続ける。


「一度にたくさん亡くなっちまったんで、葬式の日取りも中々決まらんかったけど、色々皆で話し合ってそう決まった。島に寺はあるが、この時期は坊さんも本土にいるし、今は呼べないって話だが、このままってわけにもいかねえ。神主さんに代理をしてもらう予定だ」


 葬儀のやり方への疑問とかは、右から左へと流れていく。


 そう。亡くなったのなら、葬式は必要なものだ。だが、咄嗟に反応ができなかった。


「……何人、亡くなったのかをお聞きしても?」


 少し言いづらそうにしてから、総一郎さんが教えてくれた。


「わかってんのは、六十七人だ。吉田のじいさんや山村の婆さんはよくわかってねえけど」


「そう、ですか。その……」


 六十七人。それが、この数日の間に死んだ。いいや、殺された人数か。


 自分は、何をしているのだろう。


 この身に、戦う『義務』も『権利』もない。だが、『力』はある。だというのに、一日の半分以上を安穏と過ごしていた。


 仕方がない。しょうがない。だって自分は戦士ではない。だが、そうどれだけ自分に言い聞かせても胸の奥につっかえたような感覚は、消えてはくれなかった。


「だから、剣崎君もきぃつけろよ。犯人は複数いるって話だし」


 言葉に詰まっていた自分に、総一郎さんが語り掛ける。そこでようやく、自分の呼吸が止まっていた事に気が付いた。


「ええ。はい。総一郎さん達も、お気をつけて」


 はたして、今自分は笑っていられるのだろうか。



*   *     *



 海原さんの家へと向かう途中、喪服姿で歩く人たちが少し遠くに見えた。


 一様に暗い顔を浮べており、涙を流す人もいる。割合としては、高齢の方がかなり多い。


 そんな彼らの声を、この無駄に高性能な肉体は聞き取ってしまう。


「島村さんの所、お孫さんが……」


「まだ小さかったのに……」


「息子さん夫婦も……」


 一度、上を向いてからまた歩き出す。


 自分が思ったよりも早歩きになっていたのか、気が付いたら海原さんの家についた。小さく息をはいてからインターホンを押す。


 その段になって、見舞いの品も持っていない事に気が付いた。しまった、途中で雑貨屋による予定だったのに。


 だが引き返そうにももうインターホンを押してしまった後だ。内心で焦っているうちに、海原さんが玄関を開ける。


 袴姿で現れた彼女は、一見体調が悪いようには見えない。昨日、かなりの負傷と疲労をしていたはずだが。


「あれ、さと……けん……サトザキさん?」


「え、誰?」


 謎の人命に思わず疑問符を浮べる。誰だサトザキって。


「いや、どちらのお名前でお呼びすべきなのかと……」


「あ、あー……ごめん。剣崎蒼太が本名だ」


 そう言えば、昨日本名を言ってしまったのだったか。我ながら間抜けな事だ。


 名前が知られているのに偽名で会話するのも馬鹿らしい。知られたくない相手筆頭の新垣さんにも、恐らく知られているのだからなおさらだ。


「じゃあ、剣崎さんってお呼びしますね?」


「頼む……その、聞かないのか?偽名を使っていた理由とか。あ、いや。その前に、すまん」


 腰の横で指を揃えて、深く頭を下げる。


「え、ちょ、どうしたんですか」


「騙していて、すまない。悪気はなかったが、言い訳にしかならん。だから、すまない」


 ただひたすら頭を下げていると、頭上からため息が聞こえた。


「気にしていませんし、そう言うのは卑怯だと思いますので、顔を上げてください」


 恐る恐る上げると、海原さんがムスッとした顔でこちらを見ていた。


「確かに嘘をつかれたのは嫌ですが、事情があったんですよね。だから、いいです」


「すまない。そしてありがとう」


「いいですよー。私も、黙っている事ありますし」


「えっ」


 思わず、ギョッとして海原さんの方を見る。


「ま、まさかそっちも偽名を……?」


「いや違いますよ。私に嘘の名前を言う必要なんてありませんから」


 不思議そうにしている海原さんに、大きくため息をつく。焦った。よかった……海原アイリというのは本名か。本当によかった……。


「な、なんですかその反応」


「いや、なんでもない。あ、家に上がっても?土産の類はないけど」


「あ、どうぞどうぞ。お土産なんて気にしなくっても、友達の家なんだから気にしないでください」


「ありが……友達?」


「えっ」


「えっ」


 玄関に上がりながら、海原さんと顔を見合わせる。


 すると、どんどん海原さんの目に涙が溜まりだした。


「あ、あはは。す、すみません。勝手に友達だなんて思ったら、迷惑ですよね」


「違うよ!?驚いただけだよ!?友達!マイフレンド!心の友よ!」


 なんでこんな美少女のくせに陰キャボッチみたいな反応してんだこの子。あ、やばい前世の中学時代思い出して泣きたくなってきた。


「ほ、本当ですか?」


「そうだとも!ほら、なんなら友達らしく猥だ……エロほ……なにかゲームでもしようか!」


「今凄く不穏な言葉があった気がするんですけど……」


「ごめんなさい言い間違えです許してください」


 勢いよく頭を下げる。


 しょうがないんだ。普段友達とする話が最近下ネタ方面ばかりなんだ。


 だって、あいつら何故か人の事を『重度の男の娘好き』と勘違いしているものだから、正しい自分の性癖を教えようと必死なのだ。


 友人の一人である『日向忠司』など、他校の男の娘を探してきて紹介までしようとしてくるし。


「なんか、一気に家に上げたくなくなったのですが……」


「お願い信じて友よ!」


「……わかりました、信用します」


「あ、ありがとう」


「代わりに手足を縛っていいですか?」


「やっぱ信用してないよね!?」


 そんなこんな、一人暮らしの女の子としては正しい警戒心を向けられながら客間に通される。


「粗茶ですが」


「あ、これはご丁寧に」


 微妙に距離を感じながらも、どうにか家に上がれた。


 よかった。これで追い返されたら『忍び込む』しかなかったし。


「それで、昨日怪我をしたらしいけど、本当に大丈夫か?」


 そう問いかければ、海原さんがニッコリと笑みを浮べる。


「はい。もう元気百倍ですよ。きちんと戦えるので、安心してください!」


「……指輪は、使った?」


「え、いや。私の怪我は治りましたし。もしも次危ない時とか、誰か大怪我をした時にでも使わせて頂こうかと」


「そう、か。うん。わかった」


 こちらの反応に訝しげな海原さん。


 自分からしたら、聞いた限りでも間違いなく死に至る怪我を一晩足らずで完治している事に危機感を覚えるが。


「剣崎さんこそ大丈夫ですか?なんだか思い詰めた様子でしたけど」


「あー、いや。これは……」


 あって間もない人に気づかれてしまう程、分かり易かったのか、自分は。


 なんか、生徒会長としての経験や前世の社会人としてのプライドがわりとバッキバキである。


「話してくれませんか?ほら、『友達』に愚痴を言えば、少しは楽になるかもしれませんし」


 やけに友達の所を強調する海原さんに苦笑を浮べて、少し迷ってから語りだす。


「まあ、あれだ。自分はこれでいいのか、と」


 無言で続きを促してくる海原さんに、ぽつぽつと続ける。


「俺は強い、方だと思う。大抵の相手は殴り倒せるぐらいに。けど、俺は一人しかいなくて、目の届かないどこかで、人は死んでいて。たどり着いた時には、もう手遅れな時ばっかりで」


 自分でも何を言っているのかわからない。ただ、今まで見てきた光景がグルグルと頭の中をかき回してくる。


「本当は、他の事をしている暇なんてないんじゃないかって。自分が動かないせいで、誰かが死んでいく。本音を言ったら他人が死のうが知ったこっちゃない。けど、それでも……」


 聖人君子になったつもりはない。テレビの向こう側で、『殺人事件で子供含む一家が殺されました』とか『どことどこの戦争で死者が千人を超えている』と言われた所で、『ご愁傷様』と思うのが精々。すぐにそんな話は忘れて、今日の献立でも考えている。


 だが、自分の手が届いたかもしれない所で、誰かが死んだ。自分がたどり着いた時には、もう血の海が出来ている。


 そんな光景に、思わない所がないわけない。


「もう少し、早く動き出していたら。怪人がそのうち出てくると知っていたなら、見回りぐらいしていれば……」


 どんどん下へと向けられていく視線。なんとなく、海原さんを見るのが怖くなって、顔を上げられずに口を動かす。


「俺は、俺がもっと、本気で動いていれば」


「剣崎さん」


 海原さんの声に遮られて、びくりと肩を跳ねさせる。そして、恐る恐る顔を上げる。


 自分よりも年下で、戦闘能力も低い。そして会って数日の少女。そんな者にも、恐怖を覚えていた。


 もしかしたら、自分の罪を責められる気がして。


「実はお馬鹿さんだったんですね、剣崎さん……」


 心底憐れんだ目で見られた。




読んでいただきありがとうございます。

感想、評価、ブックマーク。いつも励みにさせて頂いております。今後ともよろしくお願いいたします。


……なんだか、思ったより剣崎のメンタルが累積ダメージで追い詰められている気がしてきました。


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[気になる点] ホモだと思われてるネタ、最初に過去話で一発ネタとしてやる分には面白かったが、現在進行形いつまでもやり続けられるのは流石にくどい。 進学先でグウィンとランスが一緒でまたホモだと思われると…
[良い点]  うん蒼太、これはお馬鹿さんと言われてもしょうがない。  何様のつもりだ神にでもなった気かそういやニ○ル様の使徒みたいなもんだった!  でももうちょっと肩の力抜いても良いと思うの。
[良い点] あらやだ奥さん見ました? イケメンフェイスと強さとそれで持って助けてくれると言う王子様ムーブをしてから、傷つきやすい感情もありますよー、と意外な一面も見せて親しみを感じさせる、サトザキさん…
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