第四十七話 フランケンシュタインの怪物
第四十七話 フランケンシュタインの怪物
サイド 剣崎 蒼太
「謝罪の品、ですか」
笑みを浮べるミゲルを冷たい目で見つめる。
「これは世間話なのですが……戦国時代、武田家では人の首級を盗んだ者は本人どころか妻子まで処刑されたらしいですよ」
別に、倒した相手の首にそこまでの執着はない。だが、ここはあえて『ケジメつけろや』という態度をしておいた。
カマキリ怪人の首が見つからなかったのは、ミゲルが持ち去ったのかもしれないと考えていたのだ。
首を落とされ鎌が刺さった状態で奴が生きていたとは思えない。そして、周囲に首から滴り落ちる体液も見当たらず、足跡の類も見受けられない。であれば、通常の手段で持ち去られたとは考えづらい。
そして、目の前の男は魔法に頼らない瞬間移動の方法を持っているのは承知済み。更に、蝙蝠怪人の死体を物欲しげに見ていた事を覚えている。
だがあくまで『かもしれない』だ。場合によってはこいつと同じ力を持っている誰かがいるかもしれない。もしも『何のことですか?』と言われれば、『先ほどこの島の歴史を聞いておりまして』とでも言うつもりだ。
かなり苦しい言い訳だろうが、構わない。向こうにこちらを今すぐ責める材料を与えなければそれでいい。
もっとも、こちらの予想は大当たりだった様だが。
ミゲルの笑みが引きつり、先ほどよりも深く頭を下げてくる。
「……この国の風習について、不勉強でした。決して、御身の手柄を横取りするつもりはございませんでした。平に、ご容赦を……」
お前この前まで滅茶苦茶カタコトじゃないっけ?
思わずそうツッコミそうになりながら、小さくため息をついて笑みを浮べる。
「いえ、こちらも少し言い過ぎました。ここ最近、少々忙しくて気がたっていたようです」
言外に『しょうがねえ許してやるよ』という態度を見せる。先ほどの返事から、これを読み取れると判断したが……。
「はっ、ありがとうございます。誠に申し訳ございませんでした」
どうやら伝わったらしい。
流石、頭がいいらしい。もう完全に日本語という物を理解しているようだ。なんなら、自分よりわかっているかもしれない。
「それで、その箱はいったい?」
あいにくこちらも時間に余裕があるわけではない。駆け引きも適当に視線を彼の手元に向ける。
この島にいる期間は七日。四月からの生活も考えればそれ以上はまずい。何より、『彼女』の事も考えなければならない。
……今思うと、三十分も森をうめきながら彷徨ったのは馬鹿すぎる気がしてきた。
「はい。とある事情により、どうしても『彼ら』を回収したかったのです。しかし御身もお忙しい様子でしたので、やむを得ず無断で持ち去りました。これは、その謝罪の為に持ってきた物です」
ミゲルが『片腕で申し訳ありません』と言いながら、杖を握っているのとは別の手に持った箱を差し出してくる。その箱のサイズは人の頭ほどだ。
正直、嫌な予感がする。
それを無言で受け取ると、重さも人の頭とそう変わらない事に気づく。
「……中身をお聞きしても?」
「イギリス人のキャスパー・コリンズという魔術師の『脳』です。ご安心ください。まだ生きておりますし、付属の装置で彼の記憶や思考を読み取れます」
「そう、ですか」
自分の顔が固まっているのがわかる。途端に、手に持っている箱が重くなった様に感じられてしょうがない。
悪びれた様子もなく笑みをこちらに向けてくるミゲル。あいにく奴の内心を表情から読み取れないが、第六感覚で彼は『善意』でこれを持ってきているのがわかった。
はっきり言おう。吐き気がする。
「一応、聞きます。このコリンズ氏は何故このような姿に?技術ではなく、理由をお聞きしたい」
「はい。彼は精神干渉のスペシャリストでして、非常に有能な魔術師です。これまで五十七人の女性を魔術の使用により強姦。そして生まれた赤子たちを材料として熱心に研究をしておりました。ですが、五十八人目の標的にした女性は我らの同胞が擬態したものでありまして。正当防衛の結果です。彼の方から、死ぬぐらいなら自分の知識を保存してほしいと――」
「もう、結構です」
まるで子供が玩具の自慢でもするかのように、嬉々として語るミゲル。それを強引に遮った。余計に吐き気がしてきた。
だが、踏ん切りもつく。このコリンズとやらはとんでもない外道らしい。
であれば、助けてやる義理もない。
基本的に、人死には極力避けたいし、殺しもしたくない。だが、別に正義の味方になるつもりもない。
脳だけの状態から回復させる事も出来るが、ミゲルとの交渉カードを消費してまで外道を助けようとは思わない。
……箱の中身を目視する前でよかった。見ていたら、きっと迷っていたから。
「この方はお返しします」
「何故ですか?彼の技量が不安でしたら」
「違います。ただ、俺はこういうのが嫌いなだけです」
そっと、決して落とさない様に丁寧にミゲルへと返却する。
笑顔のままだが、彼の雰囲気はかなり困惑している様な気がする。よほどコリンズ何某が謝罪の品として自信があったらしい。
「で、では……どのような『者』が好みでしょうか?」
「……この島で起きている事件。貴方も関わっているのでしょう。その情報を頂きたい」
一瞬『シンプルに現金をください』と言いそうになったが、こいつらが持っている現金とか汚い金どころじゃない気がするので、やめておいた。
「そ、それは……」
狼狽した様子のミゲル。図星……にしても動揺が大きい。何かあるのか?
「……わかりました。お話ししましょう」
露骨に嫌そうにしているが、無言で続きを促す。別に敵対されなければこいつに好かれなくてもいいし。というか好かれたくない。敵にもしたくないけど味方にもしたくない。
「この島で暴れている『フランケンシュタイン』は、私の友人『加藤正幸』が作り出した物です」
フランケンシュタイン……確か、死体を継ぎ接ぎして人を作ろうとして怪物を作り上げた博士だったか。いや、ニュアンスからして今回は作られた怪物の方か。
そして、加藤正幸、ね。
「正幸は私の知らない『未知』を持っていました。最初はそれが知りたくて近づいたのですが、彼と過ごすうちに彼個人が好きになったのです。友人、いいやそれ以上と言えるほどに」
なんだろう。間違いなく下衆であろう加藤何某が可哀そうに一瞬思ってしまった。こいつに好かれるとか罰ゲームってレベルじゃねえぞ。
「ですが、どういうわけか彼は突然行方をくらませてしまったのです。それも、私のコレクションまで持って」
心なしか、悲しげな様子のミゲル。
友人だと思っていた奴に裏切られるのはさぞ辛いだろう。だがこいつのコレクションってもしかしなくても人の脳みそだよな?
「我らの種族としましては、人間に技術を盗まれるのは絶対に避けるべき事。私は仲間たちにこの事が露見する前に、彼と彼が持って行った物を回収、さもなければ破壊をしなければならないのです」
「そう、ですか」
つまり……ギリギリ、目的を共有できる可能性がある。
「では、ここまでどのような行動を?」
「契約に基づきこの体を借り受けた後、貝人島に直行しました。そこで出来る範囲で彼の作ったフランケンシュタインを回収し、同時に彼の居場所を探していたのです」
「では、加藤さんの居場所は?」
「それは、まだ発見できていません。ですが」
そう言って、ミゲルが小さな円盤状の何かを取り出した。
「この島、メガフロート技術で増設された部分。その『地下空間』に彼がいると思われます。この島のそういった場所の地図がこれです。今、御身の端末に送信します」
電子音がポケットからしたので、スマホを取り出して確認する。そこには見覚えのないアプリが一つ入っており、開いてみるとその中にはこの島の詳細な地図。そして地下についても表示されていた。
まるで、テレビで見た船の中と、工場を組み合わせたみたいな物がこの島の地下にあるようだ。それもかなりの広範囲に。
「赤い部分が私はまだ確認していない場所。緑の部分が既に探索した場所です」
「そうですか……」
眉間によりそうになる皺を、どうにか抑える。
言いたい事、思う事は山ほどある。自分はこのミゲルとやらが好きになれない。とことん人間という種族を見下している。どうやら、俺や加藤何某は特別扱いのようだが、それ以外の人間は玩具程度にしか思っていなさそうだ。
不愉快では、ある。だが嫌いだからという理由で敵対するには危険な相手。何よりここで敵を増やす余裕はない。
「よく話してくださいました。この情報、ありがたく使わせていただきます」
「……差し出がましいお願いだと、自覚しております。ですが」
「俺は……その加藤さんを殺すつもりはありません。現在の協力者はどうか知りませんし、彼らが加藤さんを殺そうとしようが止めません。ですが、俺自身は積極的に殺そうとは思っておりません」
「おお……!」
感動したように声をあげるミゲル。
加藤とやらが何を思ってこれだけの事をしでかしたかは知らない。だが、どのような理由があったにせよ、彼がやった事は許される事ではない。
しかし、それを裁く権利など、自分にはありはしない。しないし……人を殺すのが、怖い。
一人殺したのだから、もう変わらないとは思えない。自分の中の何かが、少しずつ削られていっていく。誰かを殺す度に、そんな感覚がするのだ。
「勿論、殺さなければ殺される。そう思ったら俺は加藤さんを殺します。その事は、お忘れなきよう」
「ええ、ええ……!ありがとうございます!ありがとうございます!」
随分と人間みたいなリアクションで頭を下げるミゲルに、歯を食いしばって耐える。
穏やかに話がまとまるのだ。だから、このこみ上げてくる言葉は、口にするべきではない。『何故』も『どうして』も、言った所で、理解などされはしまい。
「これで、首級においては何もなかった。それでいいでしょう」
心の中の全てを抑え込んで浮かべた、全力の愛想笑い。前世の会社員としての経験と、会長時代の訓練で身につけたそれは、どうやらちゃんと機能しているらしい。
かなり柔らかくなった雰囲気のミゲルが、最後にもう一度頭を下げた後、忽然とその場から姿を消した。
数秒。周囲の気配を探った後に、大きくため息をつく。
「きっついなぁ……」
空を見上げて、そう呟く。
この言葉だけで、とりあえず愚痴は済まそう。自分が斬り倒してきた怪人どもは、人の死体を継ぎ接ぎし、誰かの脳みそを埋め込んだ存在だったとか、色々な愚痴は。
その溜め込んだ愚痴は……明里にでも、聞いてもらうか。年長者として情けないが、そこは助け合うパートナーという事で。
スマホを持つ手とは逆の手で、新垣さんから渡された無線を取り出す。
「もしもし、焔です。お世話になっております」
『はい、新垣です。こちらこそお世話になってます』
「今、お時間よろしいでしょうか?」
『ええ、勿論です。どういったご用件でしょうか?』
「共有したい情報が一つ。それと」
ミゲルに渡されたアプリ。この島の地図だが、それは地下だけでなく地上も網羅している。
「催促する様で申し訳ありませんが、契約にあったお金はもう受け取れる状態でしょうか?」
どうせ、今回新垣さんから貰える金は追跡可能なのだろう。魔法を用いてか、お札の番号からは知らないが。何にせよ使えば足がつく。
だったら、パーと使わせてもらうさ。この島の中で、な。
* * *
サイド 新垣 巧
「ふむ……」
吐きそうになったため息を、直前でそう言いなおす。危ない、部下が隣にいるのだった。
「新垣さん。焔はなんと」
「色々だよ。見張りをしている者以外を集めてくれ。情報を共有する」
「はっ」
そう言って駆けていく竹内くんを見送って、そっと天井を見上げる。
一時間ほど前に、回収していた蝙蝠怪人の遺体が消えていたという報告が本部からあった。しかも、採取されたデータもごっそり消えていたとか。
まあそんな事はこの業界よくある事だ。
その際にマッドの一人から『これは人の肉体と獣の肉体。そして大昔に生息していた粘液の様な生物を使った生体兵器で』だの『この怪人の頭部にあった脳は極めて人に近い。いいやむしろ改造をした人の脳を使っていると言われても納得が』だの。そういう話を聞いていた。
そして、先ほど焔からもたらされた情報。
「ははっ」
もう笑うしかない。
今度、絶対に有休をとろう。久々に家に帰って家族と過ごそう。これ以上は自分の胃が死ぬ。
* * *
サイド 海原 アイリ
家の道場で鍛錬を終え、風呂場へと向かう。
佐藤さん……いや、ケンザキさんに言った事は、嘘だ。
疲労もあるし、体に変調はある。だが、『すこぶる元気』なのだ。むしろ、普段よりも体がよく動く。
同世代の女の子達より背は高いらしいが、それでも男の人よりは力の弱い自分。しかし、今の打ち込みなら変身していなくってもプロの格闘家ぐらいの威力が出せると思う。
脱衣所で後ろにまとめた髪をほどき、道着を脱いでいく。普段と違い、ただ床へと落とす様に脱いでいった。
鏡に写る、おしゃれの欠片もないスポーツブラとショーツ姿の己を見る。筋肉がつきづらい体質なのか、腹筋や二の腕は薄っすらと線が浮きあがる程度で、『戦士』の体とは言い難い。ここ二年ほどで、胸と尻にばかり肉が集まっているのも、筋肉がつかない理由だろうか。
だが、見慣れたそれは今問題ではない。
そっと、指先で体をなぞる。
我ながら滑らかな肌に指を這わせていけば、ざらざらとした感触にあたる。
硬く、角質とも違うそれ。脱衣所の明かりに照らされたそれは、紺色の『鱗』。
「やっぱり私は……」
鏡に写る女が、醜く口元を歪める。
「私は、化け物なんだ」
読んでいただきありがとうございます。
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この話しを投稿してから数分後にクトゥルフ神話についての閑話を出したいと思います。作者もそこまで詳しくないので、上手く説明できていないかもしれませんが、見て頂けたら幸いです。




