第四十六話 伝承
第四十六話 伝承
サイド 剣崎 蒼太
『海原さん。今いいかな?』
『はい?え、いや、えっとですね』
カマキリ怪人の鎌を手で弄びながら、魔道具で海原さんに念話を送る。
『ど、どういったご用件でしょうか……?』
いやに不安気な声音に、つい眉を顰める。あちらで何かあったのか?
『いや、この島にある神社に興味があってな。怪人について何か手掛かりでも、と思ったんだが』
『っ……すみません。ちょっと私は行けそうにないです』
彼女が小さく息を飲むのが、念話越しに伝わってくる。
『それは……』
『あ、怪我とかはしてないんですけどね!?いやしたけど治ったといいますか!?それでもちょっと疲れちゃったなー、なんて!』
『そう、か』
随分と、露骨な娘だ。腹芸の出来る人ではないらしい。
『もうシャワー浴びて寝ちゃおうかなー、とか思ってまして!』
『シャワー!!!!!!』
美少女のシャワー。それは、この世に現存せし数少ない『理想郷』の一つ。
脳内に描かれる、海原さんのシャワーシーン。
濡れてしっとりと肌に絡みつく赤い髪。普段のハツラツとした顔ではなく、疲労からかどこか気だるげな表情に、流し目の様に細められた瞳。
健康的な手足に腹部。そして大変女性らしい膨らみをもつ胸と臀部。綺麗なおわん型の胸の先端で、風呂場の熱気で少し大きくなるピンク色の――。
畜生!生で見た事ないからこれ以上精密にイメージできねえ!
頼む、唸れ俺の脳みそ!絞り出せ!限界を越えろ!この世の全てが、真理がそこにあるんだ!
……待てよ?シャワーの後、寝ると言ったか?
まだ少し水気の残った髪を緩くまとめ、布団で無防備に寝る姿。
美少女の就寝シーン。それはこの世に現存せし数少ない『理想郷』の一つ。
海原さんは普段着物姿のイメージだが、もしや寝間着も着物姿なのか?薄い生地で作られたパジャマ代わりの着物で寝るのか?
そ、その場合、帯も細く緩いはず。寝相によっては、大きく開いた胸元と大胆なスリットを併せ持つのでは?
というかよく考えたら着物って下着どうするんだ!?あの都市伝説、『着物の下にはありのまま』がありえるのか!?
おおおおおお!全力だ!いいや全力のその先を映し出せ、俺の脳みそ!頼む、お願いだ……!奇跡を、起こしてくれ……!
『あ、あの、佐藤さん?』
『大丈夫だ、問題ない』
『……露骨って、言われません?』
『おいおいやめてくれよ俺は冷静沈着で有名なんだクールと検索したら剣崎蒼太と出てしまう程だよ何を言っているんだいHAHAHAHAHA!』
『えぇ……ん?剣崎ってだれで』
『おっとすまない急用ができた今日はお疲れ様しっかり休んでね!』
『え、ちょ』
『体調におかしい所があったらすぐに連絡してくれ。それと渡した指輪も使うんだぞ。大抵の怪我や病気なら治せるから!じゃ、お大事に!』
一方的にまくしたてて念話を切った後、ニヒルに笑う。
「どうしよう……」
やばい、泣きそう。主に自分の情けなさに。鎌を取り落とし、両手で顔を覆う。
だが言い訳をっ……言い訳を、させてほしい。
これは主に、明里のせいである。
というのもだ。自分でもわかるぐらい異性への免疫がおかしな事になっている。普通に会話するのは慣れてきたが、性を感じる部分は前より悪化している気がする。
明里は、本人が『スーパーパーフェクト美少女』を名乗るだけあって顔がいい。そしてスタイルも。自分達バタフライ伊藤産の転生者は、人間体の奴と同等の美貌をしているが、明里はそれに匹敵する。
端的に言おう。ムラムラします。
しょうがないんだ……前世の年齢も合わせてしまうとそう言う意味で『魔法使い』と呼ばれる自分には、あれほどの美少女とかもう劇薬でしかない。
用法用量を守れればともかく、明里は滅茶苦茶距離が近いのだ。物理的というか精神的に。何度、『もしかして俺に惚れてる!?』と思った事か。
土下座で告白したらワンチャンあるんじゃないか。そう勘違いした頃に、
『もしや私に惚れましたか?まあ私ほどのパーフェクト美少女に心奪われるのは仕方がありませんが、その場合は優しく断ってあげますね?』
と言ってくる。
もうね?俺の心はボロボロだよ?
なので俺は悪くない。海原さんのシャワーや就寝シーンを妄想してテンションが跳ね上がって本名を言っちゃったり、妄想している事に気づかれたとしても悪いのは明里である。ついでに一人でホニャララ出来ない今の環境も悪い。流石に友人のご家族の家で致すのは無理である。
だから、俺は悪くねぇ!全部新城明里って奴のせいなんだ!
「……なにやってんだ、俺……」
よけい、空しくなった気がした。
* * *
三十分ほど『うー』とか『あー』とうめき声をあげながら森の中をウロウロした後、ようやく目的の神社に向かう事にした。
海原さんのあの反応。『海原家は怪物の血が流れている』という噂に、何かしら関係しているのだろう。
「ここ、か……?」
家を出る前に響から詳しい場所を教えてもらっていたのだが……えらく、『古い』神社にたどり着いた。
石で出来た鳥居はヒビだらけ。正直ちょっとの事で倒れてしまいそうだ。元々は何か書かれていただろう部分も、はげてしまって読めない。
階段もボロボロだし、鳥居から神社に続く石畳もあっちこっち剥がれている。庭の木々も、心なしか元気がない。
掃除とかはきちんとしているのだろう。それだけに整備が出来ていない様子がはっきりと見てとれた。
鳥居をくぐる前に一礼してから、端の方を歩く。神社本体もかなり……その……古い。こちらも掃除はちゃんとしているのが見てとれるのだが、何というか、うん。凄く言いづらいのだが、ぼろい。
その時、人の気配がしてそちらに目を向けると、ちょうど竹箒を持った人物がトボトボと歩いている所だった。
「おや?えっと、どなたでしょうか?」
そう問いかけてくる初老の男性。恐らく、この神社の人なのだろう。
「こんにちは。友人に呼ばれてこの島に来た者なのですが……」
少し困惑しながらそう返す。この人、本当に神社の神主でいいんだよな……?
紫色の袴と白の着物と足袋。ここまではいい。普通の神職の格好だ。
だが、何故『黄色い羽織』を上から着ているのだ?
いや、今は三月だし、肌寒いから上着を、というのは普通と言えば普通だ。だが、着ている着物に比べてその羽織が上等である事がわかる。多少古びているが、他よりも金も手間もかけているのだと、なんとなくわかる。
微妙に、嫌な予感がしてきた……。
「おお、それはそれは。何と言いますか、災難でしたね……」
初老の男性は少し憐れむ様な顔でこちらを見てくる。
「ええ。まさか凶悪犯がここに逃げ込んでくるなんて。しかも橋まで通行できないとか」
「本当に大変な事になりました。それも、何やら色々な事が島の中で起きているとか……」
心配げにため息をつく男性。それにつられて、こちらもため息を吐きそうになった。
それをギリギリで堪える。自分に、そこで他人事みたいにため息をつく権利があるのかと、少しだけ脳裏によぎったからだ。
「こういう時は、神様に祈るのもありですよ。きっと見守ってくれるはずです」
かと思ったらチラチラとこちらを見てきた。明里や海原さんならともかく、おっさんのそういう仕草とか嫌悪感しか浮かばん。
「すみません、実は手持ちが……」
「ああ、いえ。決してお賽銭がどうこうという話しではございません。ただ祈る。それだけでも心は楽になるものですよ」
嘘だ。思いっきり賽銭箱に視線いってたぞこの人。
というかこの神社には祈りたくない。なんか、物凄く嫌な予感がする。普通の神社ならともかく……大丈夫?ここの神社、俺がお祈りしたら逆に変な祟り発生しない?
「あの、差し出がましいお願いなのですが……」
「はい、なんでしょうか?」
「実は、地域に伝わる伝承とか色々興味がありまして。出来ればこの島のそういうお話しも聞けないかなぁ、と」
「ああ、そうですか」
にこりと、人好きのいい笑みを浮べる推定神主さん。
「ええ、勿論ですとも。若い人が地域の話しに興味をもってくれるのは嬉しい事です。さ、もてなしは出来ませんが、中にどうぞ」
「あ、すみませんありがとうございます」
内心、やっぱ帰りたいなぁ。と思いながら、笑みを浮べて頭を下げる。
そうして上げてもらった神社の中。入ってすぐに、祀ってあるご神体らしき物が目に入った。
それは一見普通の神仏を祀る像に見えて、あまり見慣れない黄色の衣を身に纏っていた。
あ、やっぱこの神社『チャージング渡辺』関係だわ。
「どうぞこちらに」
「失礼します」
勧められるまま、彼と対面する様に少し薄い座布団に正座する。大丈夫だとは思うが、いつでも逃げる心構えはしておこう。
「さて、この島に伝わる話しでしたか」
「はい。実は、この島に住んでいる海原さんというお宅が、海から現れる謎の存在の子孫とか色々聞いたのですが……」
「ああ、なるほど……」
少し気まずそうに目を逸らす神主さん。
「ただ、『海原家が怪物と共謀していた』という話しと、『海原家が怪物を打ち払った』という話を聞きまして。どっちなのかなぁと」
「そういう事ですか……えっと、そうですね……少し、長いかもしれませんが、いいでしょうか?」
「はい。お願いします。お忙しい中、突然すみません」
「いえいえ」
苦笑を浮べた後、小さく咳ばらいをして話し出す神主さん。
「結論から言いますと、両方とも本当です」
「両方とも、ですか」
「はい」
つまり、怪物とグルだったが、途中で仲間割れをした。あるいは無理やり従わされていたのが、反旗を翻す機会を得て行動に移ったと。
「戦国時代。本能寺の変とほぼ同時期ですね。その頃から、この島には海から怪物がやってくる様になったのです」
どこか厳かな雰囲気で語りだす神主さん。
「その怪物たちは皆、鱗とエラを持ち魚と人が合わさった様な姿をしていたそうです。島の男衆をあっさりと制圧した怪物たちは、若い女性たちを連れて海へと戻っていきました」
……たぶん、怪物というのは『深き者ども』だろうな。今まで決めつけは危険だと、そこまでは考えずにいたが。
神主さんの姿とご神体でほぼ確信した。
「島の者達は、当時島の有力者だった海原家に娘たちを助けるようお願いしました。せめて助けを呼んでくれと。しかし、海原家の当主は、『それは出来ない』と跳ねのけたそうです」
「それは、怪物が怖かったからでしょうか?」
「それも、あるのかもしれません……」
どこか、悲し気に首を横に振る神主さん。
「当時の書物には、海原家の当主が怪物を島に引き込んだと書いてあります。というのも、連れ去られた女性の一人が、海原家で発見されたのです」
「……まさか」
「はい。海原家の当主が、その女性に恋慕していたのです。自分に次ぐ島の有力者の、妻である女性に」
うわぁ。
思わずそう声を出しそうになるのを、どうにか堪えた。
「それに当然激怒したその夫は、海原家に乗り込みました。自分に従う男達も連れて。しかし、彼らは怪物へと豹変した海原家の当主に殺されてしまったのです」
怪物に豹変、ね。
「それからというもの、何十年もの間一定の周期で怪物たちが島の若い女性たち。特に見目麗しい方を連れ去っていきました。そのうちの一部は、海原家にですが」
「それは……かなり恨まれたでしょうね」
「ええ。ですが、同時にそれは島民達にも利益がありました。怪物たちが出る様になってから、漁に出れば毎回多くの魚が獲れましたし、怪物が届けたという真珠や珊瑚を海原家の当主は島民達に惜しげなく振る舞ったのです」
露骨な懐柔だな。だが、露骨で定番なのは、逆に効果的だ。
「いつしか、『生贄だからしょうがない』『海原家と怪物が悪いので、自分達は見て見ぬふりをしよう』という風潮になったそうです」
「それは……」
忌避感はあるが、しょうがないとも思えてしまう。
今の自分は、大抵の異形を薙ぎ払える力がある。しかし、もしも何の力もない一般人で、そんな状況下にあったとしたら。閉鎖された、島という場所に戦国の頃住んでいたら。
きっと、自分も同じような選択をしたのだろう。『しょうがなかった』と。
「しかし、ある時とある旅人がやってきたのです」
「旅人……」
「ええ。その方は黄色い着物をはおり、当時の海原家当主の妹にあの小太刀を渡したのです」
そう言って、神主さんがご神体の下を手で示す。
ご神体のインパクトで見落としていたが、そこには一振りの小太刀が飾られていた。
「この刀を使えば、怪物どもを打ち払う事ができると。我らが神はお力を貸してくれると」
「神様……ちなみに、その神様の名前はなんと?」
「それが、どこにも残っていないのです。私の祖父までは知っていたらしいのですが……海岸にいた所をアバドンに……」
「そ、それはお悔やみ申し上げます」
とんでもない所で出てきたな、あいつ。
「それは、今は置いておきましょう。あの小太刀を手にした当主の妹は、生贄のふりをして怪物たちを油断させ、ばったばったと斬り捨てていったそうです」
「ばったばったと」
「はい。ばったばったと」
怪物を、ただの人が小太刀一本で無双する、ね。
なんかもうこの段階で嫌な予感がする。
「そして、最後には海原家の当主も討ち取りました。しかし……」
どこか、言いづらそうに神主さんが言葉を区切る。
「その時、その妹は『人の姿』をしていなかったそうなのです。怪物そっくりな姿になっていたと」
最初に怪物が島に来た時、既に当主は異形となっていた。
そして、それから定期的に生贄を差し出してから、その妹さんが旅人から小太刀を受け取った。
なら、その間に何年の間があったのか。そして、当時の当主の妹という事は、最初に異形となった人の末裔となるのだろう。
「その妹は、異形の身となっても自我は残っていたのでしょう。自らの首を小太刀で貫き、息絶えたのです。今いらっしゃる海原家の方々は、怪物を打ち払う前にその妹が残した子供の子孫ですね」
海原さんの祖先が、その当主の妹さんだと。なるほど、それで伝承が二つあるみたいなややこしい事態になったのか。
「そして、不思議な事に当主や妹を含めた一部の怪物たちは、人の姿で死んでいたそうです」
「人の姿で、ですか」
「旅人はこうも言っていました。『この刃で貫けば、海の異形となった人間を元に戻す事ができる』と。そして同時にその貫かれた者は数秒の後、息絶えるとも」
……つまり、あの小太刀なら異形になった人間を元に戻せる。
しかし、人間に戻った直後確実に死ぬと。口ぶりからして、喉や心臓などの致命傷ではない。それこそ手足に刺しただけでも死にそうな気がするな。
「せめて最期は人として。それがあの刀に込められた慈悲なのです……」
「そう、ですか……」
話し終えた神主さんに、深く頭を下げる。
「お話し、ありがとうございました」
「いえいえ。どうかお気になさらず。この神社も、あとどれだけ続けていけるかわかりません。せめて、伝承だけでも、残しておきたいのです」
そう苦笑してから、神主さんが立ちあがる。
「失礼。せっかく話を聞いてくれた方に言う事ではありませんでしたね」
「いいえ、そんな。あの、重ね重ね申し訳ございません。無礼を承知なのですが、小太刀を少し見せて頂く事は可能でしょぅか……?」
「あ、それは有料なので」
「有料なので!?」
「いやぁ、神社とは俗世とは切り離された場所。それはそれとして物理的に俗世にあるので、俗世の物が必要なのですよ」
カラカラと笑う神主さんに、苦笑しか返せなかった。
現金ならこっちだって欲しいわ!あ、いや……待てよ?
「神主さん。その、大変失礼な質問をしてもいいでしょうか?」
「え、内容によりますけど……」
「実は――」
* * *
鳥居を出て一礼。やけにいい笑顔な神主さんに見送られ、神社を後にする。
「またの、またの御来訪を心からお待ちしておりまーす!」
……あの人が神主、で大丈夫なのだろうか……?
そう思いながら歩き出す。その瞬間、ざわりとした感覚を覚えて視線を上げれば、いつの間にか道のど真ん中に一人の男が現れていた。
軽薄そうな笑みと服装。杖を鳴らし、ヨタヨタと歩いて来ながら、男がこちらに首を垂れる。
「突然申し訳ございません、剣崎様」
そう言って癖の強い金髪を生やした頭を下げた男、ミゲル=ゴルディオンが、ゆっくりと顔を上げる。
「御身に、謝罪の品をお持ちしました。どうか受け取っては頂けないでしょうか」
前に比べて、随分と流暢になった日本語で奴はこちらに笑いかけてくる。
その手には、『人の頭ほどの』箱が抱えられていた。
読んでいただきありがとうございます。
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