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第四十五話 結果

第四十五話 結果


サイド 新垣 巧



 ずるりと、脱力したS1がサソリ怪人の腕から落ちて地面に横たわる。


「竹内くん、走れ!」


 叫ぶと同時に、サソリ怪人に向けて相棒を抜き撃ち六連射。狙いは全て破損している顎部分。


 それを読んでいたかの様に、右腕を軽く掲げて顎を覆われる。まったく同じ軌道を描いて着弾した六発が、空しく火花を散らすだけに終わった。


 だがそれでいい。こちらに相手へダメージを与える手段があると思わせられれば、それで十分。


 たとえ、今ので銃と左手首が壊れたとしても。


 更に横合いから顎狙いで細川くんの狙撃がはいる。残念だがそちらは掠めただけ。それでもサソリ怪人の意識は完全にS1から離れた。


 自分もサブマシンガンを奴の顔面に連射して注意を逸らす。その最中に、接近した竹内くんがサソリ怪人の足元に倒れているS1を担いで走りだした。


 当然それに気づいたサソリ怪人が、無造作な、しかし必殺の蹴りを彼に向けて放つ。


「ぬぅ……!」


 自分達の中で、最も身体能力と格闘術に優れているのが竹内くんだ。S1を担いだ状態で、その一撃を回避しようとする。サソリ怪人の爪先が、彼の脇をかすめていく。


 趣味が大量虐殺と言われても驚かない様な狂相に苦悶を浮べながら、竹内くんはサソリ怪人から離れていく。


 それを追おうとするサソリ怪人に向けて手榴弾を投擲。奴の背中にぶつかり爆発したそれが、その体躯を吹き飛ばす。


 横たわったサソリ怪人。だが、ガバリと非人間的な動作ですぐさま立ち上がってくる。背中が少し焦げているだけで、大したダメージを負った様子はない。


「このまま離脱する。奴の顎を集中攻撃。当てなくていい。奴にそちらへ意識を向けさせろ」


『『了解』』


 殿は……自分しかないか。頼めそうなのは竹内くんだが、彼にはS1を運んでもらわなければ。


「ハッハー!」


 サブマシンガンを撃ち鳴らしながら、木の陰から木の陰へ。自分への鼓舞として笑い声をあげ、出来るだけ獰猛な笑みを浮べてみせる。


 サソリ怪人と、目が合った気がした。


 そうだ。僕を見ろ。僕を殺しに来い。絶対に生き残ってやる。


 サソリ怪人が顎を守りながら、地面を強く踏みつける。震脚?いいや違う。あれはッ!


「おっとぉ!」


 踏み砕かれた地面。浮き上がった岩の様な塊。その一際大きい物を、奴がこちら目掛けて蹴り飛ばしてきたのだ。


 砕け、四つ程の破片となったそれらが迫る。さながら戦国時代の砲弾でも撃たれたみたいだ。


 奴が地面を踏みつけた段階で木の陰に跳び込んだおかげで回避に成功。二つが地面を抉りながら突き刺さり、一発が明後日の方向に。そして残り一発が盾にした木の幹に着弾。


 木の幹に着弾し僅かに刺さったその一発が、ゆっくりと落ちるよりも速くサソリ怪人の拳が石に叩き込まれる。楔の様にされた石は砕け、ミシミシと木が倒れてくる。


『新垣さん!?』


「問題ないよ。構うな」


 嘘だよ助けて。


 そう言いたいが、もはやこの距離でこの場所だと、銃での援護は逆に怖い。


 二歩進んで手を伸ばせば相手に届きそうな距離。周囲を木々に囲まれながら、サソリ怪人と相対する。


「まいったね、これは」


 半笑いを浮かべながら、ゆったりと銃を構える。彼我の戦力差を考えれば、凌げて三手といった所か。


 もはや自傷覚悟で杖を使う場面。だが、今から『引き抜いて』『構えて』『放つ』。その工程があまりにも長すぎる。構えた段階で拳が杖を持つ腕に叩き込まれるだろう。ライフル弾より威力のありそうな拳を耐えられるような体のつくりはしていない。


 こんな事なら、マッド共の改造手術を受けるべきだったかな……。


 基本の構えをとるサソリ怪人と、銃を向ける自分。きっと、こちらが引き金を引くのが合図となる。


 頬を、一筋の汗が流れていき――。


「ギッ」


 そんな声と共に、サソリ怪人が『殴り飛ばされた』。


「なっ」


 そこに立っていたのは、間違いなくS1。奴は首をゴキリと鳴らしながら、そこに悠然と立っていた。


『新垣さん、S1が!』


「ああ、今目の前にいるよ」


 どうやら竹内くんは無事らしい。一瞬彼を食って回復でもしたのかと疑ったが、よかった。


 だがまあ、そう思った自分をどうか責めないでほしい。


 だって。


「ガァァァァ……」


 口元を血で濡らしながら、ゆっくりと呼気を吐き出すS1は、どこか笑っている気がしたのだ。


「ギィ……」


 殴り飛ばされて木に叩きつけられたサソリ怪人が、ゆらりと構える。先の一撃が効いた様子はない。やはり、あの頑強さをどうにかしなければ話にならないか。


 だらりと両手をおろしたままのS1と、拳を構えるサソリ怪人。先に動いたのは、S1。


 彼、または彼女は先ほどまで戦っていた開けた場所に走り出す。当然の様にそれを追いかけるサソリ怪人。


 自分に気を使って移動した、という風には思えない。『リングにもう一度上がれ』。そう言っている様な気がした。


 走るS1と追いかける怪人。開けた場所の中央付近まできた瞬間振り返り、追う側と追われる側が向き合う。


 走って来た勢いのまま拳を繰り出す怪人。それに対し、S1は両手をゆったりと滑らかに突き出す。今までの『受け流してて殴る』の構えではない。『完全なる受け』の構え。


 拳が、S1の『迎撃範囲』にはいった。


 迫りくる砲弾じみた拳に、するりと巻き付くS1の両手。そのまま拘束するでも関節をいれるでもなく、間髪入れずに地面へとサソリ怪人を叩きつけた。


 背中から地面に叩きつけられたサソリ怪人。その腕を持ったまま肘に向かって蹴りをいれるS1。


 蹴りの衝撃で手放された腕を振るってS1を後退させたサソリ怪人が、すぐさま立ち上がり何事もなかった様にまた殴りかかりに行く。


 そこから繰り返される投げの連『打』。サソリ怪人を地面に叩きつけては、その関節に蹴りを叩き込むS1。


 当然サソリ怪人も拳だけを放つわけではない。上中下段の蹴りをおり交ぜてS1を削りにいく。


 それらの蹴りに対して、S1は回避を放棄。こちらも蹴りにて迎撃を行っている。技量と身体能力の差で押し負けるS1だが、それでも多少相殺する事でダメージを最小限に抑えている。


 だが、それでも足りない。決定打が足りていない。


 常人であれば二十は関節が砕けている中、サソリ怪人は臆した様子もなく突き進む。ダメージは蓄積しているはず。だが、それがいつ目に見える結果になるかわからない。


 対して、S1の方は限界が近いように思えた。


 目は赤く染まり、下腹部の球体は強く輝いている。だが、何故か自分にはそれが危うく思えてならない。徐々にだが、S1の目から理性が消えていっている様に思えた。


 それでも、回復力があがっているのか。S1は蹴りのダメージを負いながらも動きに鈍りは少ない。単純に脳内麻薬の類が大量に出ているだけかもしれないが。


 どちらにせよS1が圧倒的に不利。サソリ側は一撃でもクリーンヒットさせられればそのまま流れを持っていけるが、S1側は幾度叩き込めばいいのかわからない。


「細川くん」


『はい』


「合図をしたら、奴の膝裏を狙ってくれ」


『了解』


 残り三発しか入っていないサブマシンガンを地面に置き、腰の後ろから杖を引き抜く。


 繰り返される攻防。だが永遠には続かない。


「ガアアアアアアアアアアア!」


 痺れを切らしたのか。S1が咆哮をあげながら地面に叩きつけた怪人へと踵を振り下ろしにいく。狙う先は、唯一損傷している顎。


 だが、その様な事はサソリ怪人にもわかっていた。S1が顎を狙う事を。であれば、その迎撃は容易いはず。


 奴の拳が振り下ろされるS1の爪先を穿ち、その足を殴り飛ばす。そしてバランスを崩したS1を、投げる時に捕まれていた腕を握り返して引き寄せた。


 自然と頭からサソリ怪人の方へと倒れ込むS1。その側頭部に、サソリ怪人の蹴りがヒット。サッカーボールの様にS1の頭を蹴りとばした。


 大きく傾き、よろめきながら千鳥足になるS1。そして足と背筋だけで機械みたいに起き上がるサソリ怪人。


 そのまま奴は、ふらつくS1に向かって振り向きざまに回し蹴りを放つ。狙いは頭部。完全に勝負を決めに来た。


「細川くん」


 合図を出しながら、走り出す。


 軸足の膝裏。そこにライフル弾が着弾。僅かにズレる蹴り。それに対し、サメ怪人は口を開けた。


 ぶれながら通り過ぎる蹴り足を、掠める様に首を振るS1。その口からは黒い液体が尾を引いている。振りぬかれる足。その小指をすれ違いざまに食いちぎったのだ。


 そのまま上げられた足を肩に担ぐように組み付いたS1。サソリ怪人の意識が完全にそちらへと向かう。


「ギ」


「お届け物だ」


 怪人の開かれたその口に、杖をねじ込む。


「『イグニッション』」


 吸い上げられる魔力。それはほんの微々たるもの。だというのに、溢れだす熱量は膨大。


 一瞬で怪人の口から炎があふれ出し、全身を内側から焼き尽くす。これはまた、とんでもない物を渡されたものだ。


「投げろ!出来るだけ遠くに!」


 もはやS1に理性と呼べるものが残っているかは賭けだ。このまま怪人が爆発すれば、組み付いているこいつも危険だと、理解できさえすれば……!


 こちらを気遣ってくれる優しさがあったのか。はたまた自分を守る為の行動かはわからない。


 だが、自分は賭けに勝った。


 S1が全力でサソリ怪人の体を上に投げる。熊が獲物を放り投げるかのように、豪快に、力強く。


 それを感じ取りながら、足を捻るのも気にせず体を反転させながら地面に投げ出す。頭を庇い、爆発に備える。


 轟音と、背中に感じる熱。打ち付けられる破片。それらに耐えること二秒ほど。生の実感を覚えながら、体を起き上がらせる。


 だが、あいにくと立ち上がるので精一杯のようだ。もう自分も若くないのだと少し悲しくなってくる。


「さて……」


 立ち上がれば、こちらを見ているS1と目が合った。紅い瞳がこちらを見下ろしてきている。


 この距離なら、彼または彼女の目は瞳孔が開き、血走っている事がわかる。こちらに参戦した時の様子とは、明らかに違う。


「まず、お礼を言わせてください。ありがとうございました」


 ゆっくりと、刺激をしない様に気を付けながら頭をさげる。


 どのみちこの状況で回避も迎撃も無理だ。なら、敵意がない事をとにかくアピールしなくては。


「おかげで、部下を一人も失わずに済みました。心からの感謝を」


 これまたゆっくりと顔を上げる。出来るだけ自然に相手の様子を観察する。


 未だ、目は血走ったまま。だが纏う雰囲気に戸惑いが混じっている。戦闘態勢は解除され始めている。


「貴方もお怪我なされたはず。どうか、我々の拠点で治療をさせていただけませんか?」


 笑顔だ。笑顔を浮べろ自分。


 顔の、いいや全身の神経と筋肉を掌握し、とにかく柔らかい雰囲気を作り出す。文字通り命がけだ。


 それが通じたのか、S1がこちらからふいっと顔を逸らしたかと思うと、どこかへと走っていく。


『S1、付近の川に向かっています。追いますか?』


「今はやめておこう。機嫌を損ねたら危険だ」


『了解』


 全身から力が抜けそうになるのを堪え、不敵な笑みを維持する。もう顔の筋肉つりそう。


『新垣さん、聞こえますか!?』


 無線から、あまり聞きなれない声が響く。焔か。


「はい、聞こえております」


『今そっちに向かっています。状況は』


「負傷者が二名。うち一人は私です。一般人の被害者は……後で調べなければなりません」


『わかりました。こちらはカマキリの怪人を仕留めてそちらに向かっています。治療をしますので、そこで待っていてください。爆発があった近くですね?』


「おお、それはありがたい。是非よろしくお願いします」


 どうやら焔は治癒までできるらしい。多彩……いや、もしや彼の得意分野は『炎』か?


 黒い鎧……蒼の装飾……炎……まさか、森を焼いたかの炎神に類する存在、ではないだろうな。


 ……もう、帰って寝たい。その思いを包み隠し、表情を取り繕い続けた。


 数十秒後、到着した焔の治療を受けてその回復力に白目をむきそうになるのを堪えるのに、僕の表情筋はとうとう不敵な笑みで固定されてしまった。



*        *        *



サイド 剣崎 蒼太



「遅くなって、ごめん」


 回収した頭を少年の首に添え、治癒の指輪を使い繋げ合わせる。跡も残らず傷が消える肉体。胴体についていた致命傷も、綺麗になくなっている。


 だが、命までは戻らない。この指輪はあくまで『癒す』物。蘇生の力は込められていない。


 開いたままの虚ろな目を閉じさせて、その場から立ち去る。遠くから声が聞こえてきた。恐らく、この島の駐在さんだろう。


 森の中に消えながら、少しだけ振り返る。


 押し入られ、血に濡れている民家は七つ。最低でも七人が、この場で死んだことになる。


 自分がもっと早く到着していれば、結果は変わったのだろうか。いいや、バイトなどせずに、ひたすら事件解決に動いていれば、あるいは未然に防げたのではないか。


 ぐるぐると、意味のない『こうだったら』『ああだったら』が脳裏に浮かんでは消えていく。


『海原さん』


『はい!海原です!』


 魔道具に呼びかければ、海原さんの声が聞こえてくる。


『一応さっきも聞いたけど、本当に大丈夫なんだね?』


 新垣さん達の治療をしながら、戦いの経緯は聞いている。最低でも頸椎の骨折。全身の打撲。側頭部の損傷。どれ一つとっても病院に叩き込まないといけない重症だ。


 念のため新垣さんと離れた直後に、連絡はとった。彼女は『問題ない』と笑って答えていたが……。


『はい!元気です!まだ戦えます!』


『……そうか。後になってダメージが出てくるかもしれない。念のため、渡してある指輪で治療しておいてくれ』


『わかりました!佐藤さんもお体に気をつけて!』


 元気な声で切れた通信に、小さくため息が出る。


 たぶん、本当に怪我に関しては大丈夫なのだと思う。思うのだが、それ以外が不安でしょうがない。


 新垣さん達の様子から、彼女が彼らの前で変身を解いたとは思えない。となれば、戦闘中指輪の回復は使っていないとみるべきだ。


 だというのに、あれだけの怪我を負ってなお戦闘を続行できた事。その後、何事もなく離脱が出来た事。


 はたして、彼女の身に何が起きているのか。いいや、何よりも。


 その力は、代償を必要としないものなのか、否か。


 森の中を歩いて行った先。カマキリの怪人と戦闘をした場所。倒れた木々を避けて進んでいけば、奴の首を斬り飛ばした所に戻ってくる。


 そこに、奴の首は落ちていない。散らばった黒い体液さえもなくなっており、残っているのは日の光に照らされた、刃こぼれだらけの鎌が二振りだけだった。




読んでいただきありがとうございます。

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