第四十三話 カマキリ
第四十三話 カマキリ
サイド 剣崎 蒼太
こちらが踏み込むと同時に、奴も動いた。しかし、その向かう先はこちらが通って来た森の中。
「逃がすか!」
空ぶった剣が地面を打ち砕く。そのまき散らされた地面のうち、浮き上がった人の頭ほどある石の塊を蹴り飛ばす。
砲弾のように飛ぶそれを空中だというのにひらりと避けたカマキリ怪人が、森の中へと消えていった。
「ちぃ!」
明らかな誘い。だが逃がすわけにはいかない。ここで仕留めなければ、次もまた誰かが襲われる。なにより、早く倒さなければ海原さん達が……!
迷うことなく森の中へと跳び込んでいき、走りながら周囲の気配を探る。
臭い、音、視覚での索敵は効果なし。だが自分には五感以外にも感覚はある。
「上か!」
音もなく、上から振ってくるカマキリ怪人を避ける。右の鎌が地面を抉るのを見ながら、横薙ぎに奴の首を狙う。
奴が右の鎌を引き抜き、左の鎌でこちらの攻撃を受けるのが同時。甲高い音と共にカマキリ怪人が横方向にカッとんでいく。
感触が軽い。自分から跳んだか。
追撃を仕掛けようと迫ると、奴はクルリと体を反転。進行方向にあった木を蹴りつけて明後日の方向に。
軽い音と共に灰色の影を残してカマキリ怪人が跳び回る。さながら天狗でも相手取っているようだ。
しかし、当然奴は天狗ではない。何故なら。
「そこっ」
自分の目でも十分に追えているのだから。
背後に回り込んでの一撃を切り払い、上段から一太刀。左の鎌で受け流される。だがもう逃がさない。このまま斬り合いに持ち込む。
奴の攻撃を鎧で受けながら、前進。
こいつは鎌足ではない。あらゆる防具を素通りする鎌を持っているわけでも、自分に匹敵する身体能力を持っているわけでもない。
肘を狙う鎌を籠手で、腰の隙間は胴鎧で、眼球狙いを兜で。体を鎌が当たる瞬間に少しだけずらして受ける。鎧の防御力でもって、一切退かずに前へ。
踏み込み、ひたすら剣を叩き込む。防御を気にせず突き進むこちらに対し、相手は左の鎌でこちらの斬撃を受け流し続けている。
明らかにこちらが有利だというのに、攻めきれない。不快だが、技量においてはあちらが上か。
上段からの振り下ろしを、鎌の刀身を滑らせながら半歩さがる事で受け流される。だが、あいにく尋常な斬り合いをするつもりはない。
腕力でもって振り下ろす剣を強引に止め、更に踏み込むことで突きへと変更。奴の喉元へと迫る。
それに対しカマキリ怪人が右の鎌を横からぶつける事で軌道を逸らそうとする。だが、片手持ちの鎌と両手持ちの剣では重さが違う。そのうえ、膂力はこちらが上。逸らしきれずに首の側面を抉る。
瞬間、奴の全身に緑色の光が這う。それは葉脈や血管のように張り巡らされ、いや。もとからあった物が光って見える様になっただけか。
切っ先が奴の首の肉を抉り飛ばす。しかしそれは小指一本分ほど。仕留めるには足りないようだ。
勢いそのまま踏み込み、奴の右爪先を踵で狙う。寸でで回避され、逃げようとするカマキリ怪人の胸に左肘をいれる。
後ろに跳んでダメージを減らす事も出来ず、地面に二本線を引いていくカマキリ怪人。少しふらつくが、両足とも地面についている。
やはり、少しおかしい。
首への突き。あれは蝙蝠怪人であれば衝撃だけで首の半分ほどが抉れ飛んでいたはず。肘打ちにしても、肺を潰せていたはずだ。
だというのに、どういう事か。
カマキリ怪人はこちらをその複眼で捉えながら、また二刀流の基本姿勢をとっている。無傷とは言い難く、首からは黒い体液を流している。それでも、その動きに歪みは見えない。
となれば、あの体に浮き上がっている緑色の光か。魔力の光ではないだろうが、詳細はわからない。
二刀流の基本の構えを取り続けるあちらに対し、こちらは正眼から八双へと切り替えながらすり足で間合いをはかる。
自分がここに走って来た影響か。はたまた最初に蹴り飛ばした石が原因か。視界の端で裸の木が一本ミシミシと倒れていく。
それが地面に横たわったと同時に、こちらから踏み込んだ。
後ろへと大きく飛び退くカマキリの怪人。空ぶるこちらの斬撃。まるで最初の焼きまわしだが、さがるとわかっているのならその先は別。
木々の隙間へと跳び込む奴を追い、こちらも更に一歩。一足にて追いつく。
横薙ぎに振るわれる斬撃。森の中では愚策の一撃も、この身ならば問題ない。蒼黒の刀身は一切速度を緩めず木の幹を打ち破り、カマキリの怪人へと迫る。
空中にて、上から両手の鎌を振り下ろす事でこちらの剣の軌道を下に逸らす怪人。それでも躱しきれず、奴の左足が切り飛ばされる。
それでも勢いそのまま後ろへとさがるカマキリ怪人。それに対し、自分は今しがた打ち砕かれて地面へと落ちそうな幹を左手で掴む。
片手一本。指を幹に食い込ませ、数メートルはある木を棍棒の様に怪人目掛けて叩きつけた。
舞い上がる土煙の中、奴がこちらから見て左側に逃れたのを察知。叩きつけた木から手を放し、斬りかかる。
上段からの振り下ろしを、奴も左の鎌で受け流そうとする。しかし、片足を失った不安定な体勢では流しきれず、鎌が叩き落される。
普通なら動揺の一つもする状況。しかし、これでも奴の動きによどみはなかった。いっそ『機械的』ともいえるほどに。
空いた左手も使って右の鎌を両手で握り、全力の振り下ろしを仕掛けてくる。
だが、だからどうした。左の籠手で、その斬撃を受け止める。甲高い音と火花が散るが、こちらは小動もしない。
左手で受け止めた状態で、右の剣を素早く逆手に持ち替える。接近し過ぎたこの状態だと、普通に振るう事は難しかったからだ。
そう、剣の向きを変えようと思ったら順手から逆手へと持ちかえる必要がある。
人間なら。
「なっ」
カマキリ怪人が鎌を全身のバネを使って引き寄せながら、手首を『回転させる』。持ちかえることなく、いつのまにか逆手の状態に。
いつのまにか左手は奴に抑えられ、体は更に密着。剣を振るえない距離に。
第六感覚が、カマキリ怪人の口が横に開くのを感じ取る。このまま首の隙間を噛み千切るつもりか。
すぐさま剣を手放し、拳を奴の脇腹に。やはり内臓を潰す程のダメージは与えられないが、それでも奴の体が浮き上がった。咢の軌道がずれ、肩の鎧にぶつかり硬い音を響かせる。
「離れろっ……!」
左腕を振り回して拘束を振りほどくと、浮き上がった奴の胸に右の拳を叩き込む。
大きく後ろへと飛んでいくカマキリ怪人を、そのまま追撃。剣を拾い上げていては、逃げられる。
拳型に胸がへこんでいるというのに、カマキリ怪人は空中で体勢を立て直し、背後の木を蹴ってこちらへ。これ以上の長期戦も撤退も不可と判断したか、足が壊れるのも気にせずに殴り飛ばされた反動も使って飛んできた。
両手で握った鎌を、またも上段から振り下ろしてくる。それを左の籠手で受けると、先ほどと同じように引き寄せながら手首を回そうとする怪人。
多少知能は高いようだが……!
手の内がわかっているのなら、対応は可能。奴の手首が回るより先に、右の貫手をその手首に打ち込んだ。
回っている最中のそれは通常よりも強度が低いのかは知らないが、両腕揃って手首を穿たれるカマキリ怪人。
左手をはね上げ、鎌を上に。そのままその手に、奴の指が離れた鎌を握る。
横一文字。元々片側を抉られていた首は、緑の光があってもこちらの斬撃に耐え切れず、胴と頭で両断された。
首が飛び、奴の体がビクリと痙攣する。
すぐさま右手で怪人の腕を掴むと、斜め上に向かって放り投げた。グルグルと横回転して飛んでいく奴の体が、空中で爆散。周囲に肉片と体液をまき散らす。
足元に転がった首に鎌を突き刺して、二秒。動きは無し。周囲にも反応は感じられない。仕留めたか。
「海原さん、新垣さん……!」
手放した剣を回収し、森の中を疾走する。
どれだけ経った。向こうはどうなっている。通信しても大丈夫な状態か。
頭の中でぐるぐると考えが浮かんでは消えていく中、とにもかくにも走る。
今回の怪人は明らかにおかしい。蜘蛛や蝙蝠とはわけが違う。先の戦いとて、圧倒はできたものの負ける可能性がなかったわけではない。
もしも……もしも向こうにいる怪人も、人外の肉体を持ちながら人の『技』と謎の光を持っているなら――。
木々を避けるのも煩わしく、ぶつかって破壊する事も厭わずにひたすら足を動かした。
殺された子供や、その家族の体を整えてやるべきかもしれないが、生きている人間が優先だ。『戻してやる』と言いながら、感情のまま喋り動く自分に腹が立つ。
せめて、せめてあちらでは流れている血が少ない事を祈る。
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