第四十二話 非道
第四十二話 非道
サイド 剣崎 蒼太
蝙蝠怪人を倒した後、海原に連絡して無事を確認して自分は帰った。一応回復用の指輪も渡しているから、生きているのなら重傷でも治せるだろうが。
こっそりと総一郎さんの家に戻り、一時間ほど仮眠をとってから何事もなかった様に朝食にありついた。
そして今日も農作業に。ただし、マジでこれが最後になりそうではある。我ながらハイペースでやり過ぎたかもしれない。
木の杭を庭の畑に打ち込んでいると、幸恵さんがこちらにやってきたのでペースを落とす。それでも普通ならかなり速いぐらいに、だが。
「あれ、幸恵さん。どうなさったんですか?」
彼女は響と一緒に剪定をしていたはずだ。いったいどうしたのだろうか。
「いやね、昨日『あの家』に剣崎君が行ったって響から聞いたからねぇ」
「あ、ああー……」
あの家。たぶん海原さんの家だろうな。
いつも通りの笑顔に見えるが、幸恵さんの目は笑っていない気がする。どうやら、よほどあの家に思うところがあるらしい。
「どうも女の子の一人暮らしみたいでしたので、心配で」
「剣崎君は優しいわねー。けど、大丈夫だと思うわよ。むしろ君の事が心配だわ」
「はあ……?」
確かに海原さんはサメ怪人だが、その事をこの人は知らないはず。普通に考えたら、一人暮らしの女の子とか犯罪者からしたら狙い目だろうに。
「あの家は化け物の血が流れているのよ。だから、あまり行かない方がいいわ」
「化け物、ですか。申し訳ありませんが、あまりピンとこないと言いますか。詳しくお聞きしても?」
そこまで『化け物』と嫌う理由があるのだろうか。一応『海から来た怪物』の話しは総一郎さんからこっそり聞いたが、いくらなんでもここまでというのは変だ。
「……私のおばあちゃんから聞いた話なんだけどねぇ」
そう言って語りだす幸恵さん。
「まだ戦国時代。それぐらいの頃から、この島には二十年おきに怪物がやってきたの。海から来ていたそいつらは、島の女を攫っては、自分達のお嫁さんにしててねぇ」
戦国時代。これまた随分と昔の話しだ。
「そして、女の子達を差し出す代わりに豊漁と財宝を島長……海原の家は受け取っていたわ。自分達だけそうやって得をしてきたの。それに逆らおうとする島民は、怪物に酷い事をされていてねぇ……」
まるで、見てきたように語る幸恵さん。だが年齢から考えて戦国時代の事など知るはずがない。
となれば。
「それは、私のひいおばあちゃんの頃まで続いたらしくってねぇ」
その時を生きた誰かから、直接聞いたか。
だが、総一郎さんは『まだお侍さんがいる頃、海原の人が怪物を追い払った』と言っていたが。
「この話は、ずっと島の女たちの間では語り継がれているの。私のおばあちゃんやお母さんもこの話をしていたわ……」
幸恵さんの目には、確かに憎悪がくすぶっていた。まるで身内の仇でも思い浮かべているように。
「一度……一度旅の人がくれたという小太刀を使って、海の怪物たちは追い払われたって話だわ。江戸の終わりの頃にね」
「江戸の……」
「けど、それでも時折、怪物は少数で島を襲って、人を攫っていく」
幸恵さんが、かすれるような声で続ける。その声は小さすぎて普通なら聞き逃してしまいそうなほどだったが、自分の耳は確かに捉える事ができた。
「私の、お母さんみたいにね……」
母親を、か……。
あくまで勘だが、幸恵さんがまだ小さかった頃だろうか。
「まあ、ここ数十年は一度も出ていないらしいから、安心だけどねぇ。ごめんねぇ。つまらない話を長々と」
ころりと、幸恵さんが元のニコニコとした笑みに切り替わる。口調も雰囲気も、いつも通りのそれだ。
「いえ、気になっていたのでちょうどよかったです。作業ももう終わりそうですし」
「あらほんと……早いわねぇ……」
麻ひもで杭に棒を固定して、一応終了。後の細かい調整だのなんだのは総一郎さんがやるらしい。ぶっちゃけこれ以上は自分にはわからん。
「もしも『あの家』について気になるなら、島の南に神社があるからそこに行くといいわ」
「神社、ですか?」
「ええ」
そこで、あの家がどれだけの事をしてきたかを聞きなさい。
そう、幸恵さんは人の良さそうな笑みで言っていた。
* * *
昼食を頂き、幸恵さんに聞いた神社に行ってみる事にした。
海原という家。そしてサメの怪人。昔海から来ていたという怪物の話し。これらはどうも繋がっている気がしてならない。
だが、蜘蛛だの蝙蝠だのは関係ない気がする。やはり、これは別個の事柄なのか……?
念のため、海原さんに連絡をして一緒に神社へ向かうべきか。彼女なら自分よりも詳しいだろう。
そう思って海原さんの家へ先に向かおうと歩いている最中、ポケットから電子音が響く。
これは新垣さんから渡されていた無線の音だ。すぐさまイヤホンを耳に装着する。
「こちら焔です。どうしました」
『怪人が出ました。すみませんが、今からお願いします』
「えっ」
まだ太陽は高い位置にある。だというのに怪人が?
いや、ここまで夜ばかり出てきたからといって、今後も夜だけとは限らない。先入観をもって考えてしまっていた。
「わかりました。すぐに向かいます」
『実は、今回は二カ所同時に出ていましてね。我々は島の西側で暴れているサソリの方に向かいます。焔さんは、東のカマキリ型の怪人をお願いします』
「なっ……!?わ、わかりました」
通信を切り、魔道具をもう片方の耳につけて海原さんへと連絡する。
『海原さん、聞こえるか?』
『ふぇ?どうしたんですか佐藤さん』
『怪人がでた。今度は二体同時だ』
『ええ!?』
『君は……君は』
どうする。自分が向かう東側に行かせるべきか。それとも新垣さん達の方に向かわせるか。
彼女の事を考えるなら間違いなく東だ。だが、それでは西が……!
『佐藤さん!二手にわかれましょう!』
『……わかった。なら俺が』
西に行き、新垣さん達を助けると言おうとした。彼らには疑われるだろうが、撃たれる心配はない。
『私がお巡りさん達の方に向かいます』
『は?』
『悩むって事は、都会から来たお巡りさん達が片方にいるんですよね?なら、私はそちらに行きます』
『撃たれる可能性があるぞ』
『佐藤さんの方が強いって事は知っています。だから』
『……わかった。島の西側で戦闘しているはずだ。頼む』
『はい!』
迷っている時間すら、惜しかった。こうしている間にも怪人が暴れ、人が死んでいるかもしれない。
通信を切り、一瞬で鎧を身に纏って跳躍する。
「くそっ……!」
空を舞いながら、思わず悪態がもれた。
自分は、どうやら自分で思っていたよりも愚かで無力だったらしい。先の判断が正しいのかはわからない。新垣さんなら、すぐに危険なサソリ怪人を優先して攻撃するとは思うが、なんの確証もない。
かといって、海原さん単体で怪人に勝てるかと言われると、不安がある。理想としては、新垣さんが海原さんを援護してくれる事だが。
今からでも新垣さんに連絡するか?だが、それをすれば『剣崎蒼太』からサメ怪人の正体に行きつく可能性も……。
ともかく、自分に出来る事は一刻も早くカマキリ怪人とやらを討つ事。そして、彼女らの方に救援へと向かう。それしかなかった。
* * *
島の広報無線が鳴り響く中、一体の異形がゆっくりと道路を歩いていた。
少し割れた無線の声で、『刃物を持った不審者が暴れています』と住民に避難と自宅での安全確保を呼び掛けている。
だが、それが無意味なのだと、異形の歩いて来た先を見ればわかる。
無残に荒らされたいくつもの家屋。そこから這い出る様に伏せる人々。血だまりができ、異形の足跡は赤く染まっている。
それを見た瞬間、視界が真っ赤に染まるのがわかった。
重なる。重なってしまう。
焼け落ち、崩れる東京の街並み。その中で瓦礫に飲まれて息絶えた人たちが。煙に巻かれ苦悶の表情で亡くなった人達が。そして、駅で聞いた遺族たちの必死の声が。
「お前ええええええええええええ!」
黙って斬りかかればいいものを、自然と喉が震え、踏み込んでいた。
両手に握った剣を、大上段から振り下ろす。異形の右側面からの踏み込み。頭が真っ白になっていたからこそ、その太刀筋はずっと練習してきた通りに動いた。
剣道の部活であれば、綺麗な面であったのだろう。少なくとも、型という形で見れば。
だが、これは試合でも練習でもなく、そして相手は人ではない。
カマキリの様な灰色の怪人。それがこちらの斬撃に対し、何かを投げつけてくる。その勢いは常人にとっては致命傷になり得ても、自分からすれば止まって見える。
だから、目が合った。
「あっ」
投げられたのは、まだ幼稚園ぐらいの子供だった。その虚ろな目と視線がかち合い、体に急制動をかける。剣を左手から放し、できうる限り優しく子供を受け止めた。
その子供が息をしていない事に気が付いたのは、受け止めた直後だった。
「ギィ」
視線が手の中の子供に向かっている間に、怪人は既に攻撃を仕掛けていた。当然の様に、狙いは子供で手がふさがっている自分の左側。
反応が遅れた。しかし、身体能力ではこちらが勝っていたようだ。咄嗟に剣の柄を挿しこめば、しっかりと相手の『刃』を受け止める事が出来た。
その途中にあった子供の首を、紙切れの様に通り過ぎて迫って来た斬撃を。
体に、子供の血がピシャリとかかる。まだほのかに温かいそれを鎧の隙間に感じながら、柄で相手の『鎌』を弾く。
怪人が視界の端で、大きく距離をとるのを確認し。子供をゆっくりと地面に横たえる。
「ごめん……後で、落ちた首は必ず持ってくるから」
自分でも、どこから出したのかわからないほど、平坦な声が出た。
立ち上がり、怪人と相対する。
カマキリの様な顔に、ひょろりとした人に近い体つき。しかし華奢とは程遠く、『戦士』の体をしている。生殖器の見当たらない、どこかつるりとした灰色の肌をした怪人の両手には、二振りの鎌。
農作業用の物には見えない。どちらかと言えば、曲刀の峰と刃を逆転させたみたいな。刃渡りは右が七十センチ。左のが四十センチと言った所か。鍔までつけられている。
左の鎌を盾の様に構え、右の鎌を上段で構えるカマキリの怪人。
そう、『構えた』のだ。自分でも見覚えのあるその立ち姿は、間違いなく剣道における二刀流の構え。付け焼刃とも思えないそれは、明らかに有段者のものだ。
蜘蛛とも蝙蝠とも違うその動き。もしかしたら、先の二体よりも知能が高いのかもしれない。後ろに誰かがいるのなら、何かしらの技術を手に入れたか。
――ああ、だが。そんな事はどうでもいい。
子供を殺す、鎌使い。それだけで、脳の奥を引っかかれたような不快感を覚える。
「そっ首刎ねて、全身余さず消し炭にしてやる」
八双の構えでもって、カマキリの怪人へと踏み込んだ。
「ここがお前の火葬場だ」
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