第四十一話 意味
第四十一話 意味
サイド 剣崎 蒼太
重い足取りでその辺の茂みに隠れて鎧を解除し、一応周囲を警戒しながらもう少し奥に進んでいく。現在時刻は午後の五時。空も少し赤らんできた。
さて、と。
スマホを操作し、海原さんに電話する。
『は、はい!もしもし!』
「うおっ」
ワンコールで出た海原さんの大声に、少しびっくりする。
「佐藤だ。今いいかな?」
『はい!大丈夫です!』
「うん。とりあえず普通に聞こえるから、もうちょっと声をさげようか」
『あ、すみません。あんまり電話って使った事がなくって』
突然悲しい事言うなよ。前世の自分もあんまり人の事言えないけど。いや、仕事では電話番とかしていたけども。プライベートは、うん。
「突然すまない。伝えておきたい事があったもので」
『ええ!?す、すみません、まだ出会ったばっかりなので付き合えません!』
「違うわ!?」
なんで告白もしていないのにフラれなければならないのか。
……泣いてなんか、ない。
「さっき、新垣さんと協力関係を取り付けてきた」
『そういう事でしたか。すみません、とんだ勘違いを。あ、じゃあ私もその新垣さんと協力するんでしょうか?』
「え?いや海原さんの事を新垣さんに言っていないし」
『え?』
「新垣さんに遭遇したら銃で撃たれるかもしれないから、気を付けてね」
『ええ!?』
電話越しに滅茶苦茶驚いている海原さん。まあそりゃそうだ。
『な、なんでですか!?私鉄砲で撃たれる様な事してませんよ!?』
「いや、だってあっちからしたらサメ怪人も普通に危険生物だし」
『じゃ、じゃあ私説明してきます!えっと、駐在さんの所に』
「やめといた方がいいと思うぞ?」
『な、なんででしょうか?』
「よくて生物兵器。普通に考えたら銃殺。最悪……」
『さ、最悪……?』
「いや、言わないでおこう」
『嫌ですー!R18Gな展開は嫌ですー!』
「まあそれは置いておいて」
『おかないでください佐藤さん!私すごく身の危険を感じてますよ佐藤さん!』
「ちょっと今晩蝙蝠怪人殺すから気を付けてね。というか家にいてね」
『なんか凄く軽いノリでとっても重要な事言いませんでした?』
「ダメだろうか」
『なんでいいと思ったんですか!?』
ちっ。明里みたいなノリでいけば丸め込めるかと思ったがダメだったか。自分はわりとこれで気が付いたら変な風に納得させられているので、いけると思ったんだがなぁ。
『あの。心配してくださるのは嬉しいですけど、私、逃げませんから』
「……本当に、危ない事だよ。最悪警察に撃たれる事になる」
先ほど言った銃殺だの生物兵器だのは嘘でも意地悪でもない。本当にそう思った事だ。
新垣さんの内心は、あいにく自分では測れそうにない。そして彼は組織の人間だ。国という大きな組織の一員なのだ。
彼には、もしもサメ怪人の正体を知ったら上に報告する義務がある。それに、彼の善性をどこまで信じていいのかはわかっていない。そもそも、『彼視点』の正義すらも、自分は知らない。
自分の様に契約で縛るという手もあるが、あれは俺があちらにとって『極力戦いたくない戦力』と思われたからだと考えている。海原の戦闘力ではそこまでは思われないはず。むしろ、強すぎず弱すぎず丁度いいと見られる可能性もある。
最悪、自分が庇うという手もある。彼女に手を出すなと。だがそれをやった場合、海原さんは自分の弱点であると新垣さんやその組織は考えるかもしれない。そうなれば、狙われるリスクが返って上がるかもしれない。
先ほどから『可能性』だの『かもしれない』ばかりだが、とにもかくにも、海原さんの正体は新垣さんに知られない方がいい。
「君に、警察に撃たれる覚悟と、反撃する意志はあるか」
そう問いかけて、五秒ほど。海原さんが電話の向こうで力強い瞳をしているのを幻視した。
『わかりません!』
「……なら」
『ですが、私は海原の者です』
「家の誇りとでも?」
『私には、海原の名前はとても大切な物なんです。命を懸けるに値するぐらい』
これは……どれだけ言っても聞きそうにないな。
「愚か者だよ、君は」
『はい。けど、私は佐藤さんに止められたとしても、一人でだってやります』
「そういうのは、一人でも戦えるぐらいの強者が言うものだ」
『う……佐藤さんぐらいですか?』
「いいや。俺はあいにくそこまで強くない」
全体で見れば、『個』としての戦力なら地上において上位だとは思っている。だが、自分よりも強い者達を、俺は知っている。
そして、その者達も、死んだ。自分が殺した。殺せてしまった。ならば、自分も殺される可能性があるという事だ。同じようなやり方で。
更に言えば、自分も神格の類には手も足も出ない。あるいは、こちらが知らないだけでそれ以外にも自分より強い者もいるかもしれない。
「だから、協力してくれるか?一人で戦うなんて言わずに」
『はい!……って、最初に一人で戦うって言ったの佐藤さんですよね!?』
「いや、俺は新垣さんにいざとなったら援護してもらうし。君の場合撃たれる側じゃん」
『ぬぅー!ぬぅうううー!』
「詳しい予定は後で連絡する。今晩動けるよう、準備しておいてくれ」
『っ!?はい!』
通話を切り、大きくため息をつく。
何をやっているんだろうな、自分は。
彼女の言う『海原』という名にどれだけの価値があるかは知らないが、命には代えられないはずだ。少なくとも、中学生を戦わせていい道理ではないはず。
だというのに、何故自分は彼女を止める気になれないのか。
帰路につくなか、ゆっくりと太陽が沈んでいった。
* * *
「新垣さん、聞こえますか?」
『ええ、問題なく』
左耳につけたインカム越しに話しながら、内心でまたため息をついた。
ここまでこちらは筆談にこだわっていたが、流石にそれでは連絡に支障が出る。そこで、契約もあるし声だけならセーフとしたのだ。
ただまあ。人は相手に対する記憶で声から忘れると聞くし、剣崎としての声は忘れていてくれると助かるなぁ……無理だよなぁ……。
現在、自分は島中央付近の森の中にいる。新垣さん達がいつのまにか持っているだけ監視カメラを島内に設置したらしく、怪しい者を見つけ次第報告をくれる予定だ。ただし、広さが広さなので隙間は多いらしい。
カメラの配置は、一応海原にも教えておいた。彼らが全てを教えてくれたかは、少し不安だが。
『佐藤さん!』
右耳に響いた声。そちらには自作の魔道具がつけてある。すぐさまそれに魔力を流し込み、口は動かさずに通話する。こちらの魔力を魔道具に通して相手の脳に直接届かせる仕組みだ。
『どうした、敵か!?』
『うわなんか気持ち悪いですねこれ!?』
『やかましいわ!』
『蝙蝠です!見つかっ、うわぁ!?』
『海原さん!?』
『場所は私の家から東側の川近くです!すみません、変身します!』
通信が途切れた。彼女はサメ怪人になると人語が喋れないから、通信が使えないとか。というか、喋れても変身すると元々身に着けていた物は使えないらしい。
「新垣さん」
『どうしました』
「こっちの網にかかりました。場所はここから北西の川近く。現場に向かいます」
『わかりました。こちらは近くに一般人が近寄らないようしてから、そちらに合流します』
「お願いします」
通信をきって、駆けだす。草むらを蹴散らし、肩や肘が木にぶつかってもお構いなしに駆ける。
幸い、ここから海原のいる位置までの間に民家はない。真っすぐと森や雑木林を進むことができた。
時間にして一分前後。それだけで現場に到着する。
「ガアアアア!」
「キキキキキ!」
――ギュイイイイイイイ!
近づけば、川の音をかき消すような雄叫びが二つ。そしてそれに混じった機械音。
森を突っ切って来てみれば、サメ怪人と蝙蝠怪人が交戦している最中だった。
「これは、また」
思わずそんな声をもらしながら、手に剣を出現させる。
蝙蝠怪人の姿は、昨日とは随分と変わっていた。顔の歪な治療痕もだが、それ以上に失った手足の代わりだ。
――ギュイイイイイイイ!
チェーンソーが、肘膝の先に取り付けられている。それらを高速回転させ、海原を翻弄していた。
両者の間に割って入り、剣を構える。それにも構わず、蝙蝠怪人は突撃してきた。
奴は左足のチェーンソーで砂利を蹴散らし火花を出しながら疾走し、不規則な動きを見せている。まるでチェーンソーをエンジンの付いたローラースケートの様に扱っていた。
更に両翼を広げてバランスをとり、時には右手のチェーンソーも使って加速や減速までしている。
随分と、不可思議な戦い方だ。
ムーンサルトのように蹴り上げられるチェーンソーを剣で受け流せば、そのまま蝙蝠怪人が上昇。こちらの上を一周ほど旋回し、急降下を仕掛けてきた。
「ガァ!?」
何かを伝えてこようとしている海原さんを手で制し、迎え撃つ。
踵落としの様に振り下ろされた左足のチェーンソー。それの横腹に思いっきり剣を叩きつける。
飴細工でも殴りつけた様にチェーンソーはへし折れ、破片が散らばる。それだけではない。その衝撃に蝙蝠怪人が大きくバランスを崩し、体が地面と一瞬だけ並行に。
奴がそのままどこかへと飛んでいく前に、右手のチェーンソーのエンジン部分を左手で掴む。それをそのまま握りつぶして、チェーンソーを強引に止めた。
「キキッ!」
蝙蝠怪人が左手をこちらの頭に振り下ろしてきたが、剣の柄で爪ごと指を打ち砕く事で迎撃。
そして剣を翻して、弾かれた左手ごと後ろの羽も斬り捨てる。これで飛行能力は失ったはず。
「『キェェェェェァァァァ』!」
至近距離で、超音波をぶつけられる。常人であれば、鼓膜が破れるどころか脳にまでダメージが出そうな蝙蝠怪人の奥の手。
だからどうした。
掴んでいる奴の右手を振り回し、森の方へと投げつける。引きちぎれたチェーンソーを捨てながら砂利を蹴り上げて、自分もそれを追いかけた。
空中でどうにか体勢を立て直した蝙蝠怪人。右足の爪先で地面を削りながら、こちらへ向き直る。
このまま首を刎ねるのは容易い。だが、蜘蛛の怪人は首を噛み千切られて爆発した。
あの時、すぐ近くまで使い魔を寄せていたから知っている。あの爆発が、『どこ』で起きたのかを。
「キキ!」
右足を折り曲げ、こちらへと突っ込んでくる蝙蝠怪人。右足以外の四肢を失い、逃げるための翼も失った。その状態でも、牙を剥いて殺しに来る。あるいは、爆発に巻き込む気か。
剣を、横一線で振るう。
狙うのは首ではない。跳びかかってくる蝙蝠怪人の下をくぐる様にしながら、鳩尾を通る様に胸と腹で両断する。
背後へと飛んでいく胸から上を無視し、残された下側の、太ももを左手で掴む。指が回る太さではないが、指先を突き刺して強引に掴んだ。
そのまま腕一本で胸から下を、川の上空に向かって放り投げた。人外じみた膂力でもって放り投げられたそれは地上から数十メートルほどまで一息に飛んでいき、爆発。肉片や黒い体液をまき散らして轟音を響かせる。
とりあえず爆発はどうにかした。すぐさま転がった奴の胸から上へと駆ける。
「やったか!?」
そう言いながら、奴の胸に剣を素早く二回刺し込む。
「ガァァ!?」
何やら海原さんが言っているが、無視。
とりあえず死んだか?いや、世の中右手足を吹っ飛ばした直後に戦闘を仕掛けてくる奴もいるし、自分の様に多少心臓を潰されたぐらいなら反撃できる者もいる。
一応首も刎ねておこう。
「やったな……」
「ガアアア!?」
転がっていく蝙蝠怪人の首と、ピクリとも動かない残された体。それを見てようやく一息つく。
本来なら念には念を入れて消し炭にしたい所だが、こいつの体には用がある。
「海原さん。もう少しで新垣さん達がくる。撤退した方がいい」
「ガア!」
そう伝えると、彼女は一鳴きして川へと跳び込んで泳いでいった。
……サメなのに、川泳げるのか。
転がっていった蝙蝠怪人の首を回収し、胴体との間に自分を挟むようにして置いておく。万一、ここから首が繋がって動きだすのを抑えるためだ。
数分して、新垣さん達がやってくる。今回は細川さんだけでなく、四人ほど引き連れている。
「いやぁ、遅れてしまい申し訳ありません」
濃い紺色の戦闘服に防弾チョッキ。手にはサブマシンガンを持った新垣さん達が駆け寄ってくる。
「いえ、問題ありません。私が接敵するよりも先にサメ怪人と交戦していましたので、そこに横やりを入れる形でしたから」
「ほう、サメの怪人が。そちらはどこに?」
「川を泳いでどこかに行きました。水中では戦いたくない相手ですので」
「それもそうですな」
にこやかに会話しながら、彼が周囲を強く警戒しているのが伝わってくる。自分も、念のため第六感覚で周囲を索敵していた。
だから、茂みの中からこちらを見る、夜だというのにかけられたサングラス越しの視線に気づいた。どうやら、新垣さんは気づいていないようだが。
……まあ、ここでおしゃべりに興じるつもりはない。
「では、こちらをよろしくお願いします」
そう言って、蝙蝠怪人の首を指し示す。
「ええ、お任せください」
そう会話をすれば、彼の部下達が死体を回収していく。
別に、至近距離で蜘蛛怪人同様の爆発が起きようが自分には大したダメージを与えられなかっただろう。
だが、どうしてもできるだけ怪人の死体が欲しかった。
「予想が、外れていればいいんですがね……」
運ばれていく蝙蝠怪人を見てそう呟く。
こちらを覗き見ていた男は、既にどこかへと消えていた。
読んでいただきありがとうございます。
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海原「二度刺ししたり首を刎ねながら『やったか!?』って言う人はじめてみた……」




