第四十話 話し合い
第四十話 話し合い
サイド 剣崎 蒼太
海原さんと別れ、草むらに隠していた魔道具を手に新垣さんの所へと向かった。時刻は午後三時を回っている。
新垣さんのメモにあった場所は、古い校舎だった。島を見て回った時に響から説明があった気がする。確か、島を拡張した時の移住者家族用に作られた小学校らしい。だが時が経つにつれて人が減っていき、一、二年前に廃校したとか。
……なんで警察の拠点がこんな所に?
そう思いながら、鎧をガシャガシャと鳴らしながら校舎へと向かっていく。もう『焔=剣崎』とされていそうな気もするけど、明確な証拠を取られたくない。監視カメラとか校舎の周りについているし。
こちらの接近に気づいたのか、校舎の玄関から新垣さんが出てくる。
「ようこそおいで下さいました、焔さん」
『アポイントの電話もなく申し訳ありません』
「いえいえ、来ていただいただけでも嬉しいですよ」
鎧の下でにこやかに文字を書きながら、ため息をこらえる。最初は使い魔でも送ろうかなと思っていたのだ。しかし、簡易の使い魔だと何か仕込まれかねないと思い、直接来る事にしたのだ。嫌々ながら。
新垣さんと相対するだけで、緊張で胃が重くなってくる。こういう頭のいい人と喋ると、変な楔打ち込まれないか心配でならない。
「では、こちらに。あいにくと急遽用意した拠点なので、あまりおもてなしは出来ませんが」
『いえ、どうぞお構いなく』
革靴で廊下を歩いて行く新垣さん。どうやら土足でも問題ないらしい。その後ろに自分も続いていく。
ボディチェックはなし。必要ないと判断したか。それとも、やっても無駄と判断したか。あるいは少しでも信用を稼ぎに来たか。狙いは読めないが、好都合ではある。鎧の下を探られたくない。
通された先は、元は校長室だったのだろうか。簡素な机とパイプ椅子、電気ストーブだけしか置いていないが、なんとなく雰囲気がそんな感じだ。
「今お茶を用意しますので、少々お待ちを」
『いえ。出来れば、兜を脱ぎたくないのです。私の分はお構いなく』
「おや、そうでしたか。では、このまま話すとしましょう」
室内には二人っきり。だが隣の部屋から気配が二つ。少し離れた所にも二つ。敵意はないが強い警戒心を感じる。こちらの一挙一動すら見逃さないという気概を感じる。
やばいな、海原さんの時とは別の意味で緊張してきた。
対面に座った新垣さんが、ニッコリと笑みを浮べる。
「さて……同盟の件、いかがでしょうか」
『先に、お互いが提示できる物について話しませんか?』
「おお、それもそうですね。これは失礼を。つい気が逸ってしまいまして」
狸が。そう言うならもう少し焦った様子をしてみせろ。
じりじりと、間合いをはかるような腹の探り合い。あまり得意な方ではない。中学の教師やその生徒達とは当たり前だが全然違う。全然相手の思考が読み取れない。
ああ、もう早く家に帰りたい……。
「では、同盟を持ち掛けた側ですしこちらから」
そう言って、新垣さんが懐から封筒を出し、中身を机に置いてこちらに見せてくる。
「こちらが、我々がすぐに用意できる物です」
やっぱり提示する内容決めていたじゃないか。というかそれを隠す気もないと。
こっちの反応を探っているのか?それとも何か別の意図が?
……とりあえず机の上に置かれた紙を少し見てから、手に取る。どうやら何かしらの魔法は仕込まれていないらしい。
書かれていた内容を要約すると、『新垣さん含め七名の銃を所持した人員を戦力として出せる』『政府からの今回の件に関する情報開示』『政府が保有している一部魔導書・霊薬の供与』『現金三百万円。ただし口座への振り込みでいいのなら一千万円』との事だ。
ちょっと大金の部分に目が固定されそうなのを抑えて、考える。
……なんとうか、思ったより突っ張ってきたな。
てっきり、小出しにする感じで交渉をしてくると思っていた。出来るだけ支出を抑えるのと、こちらの反応を窺う為に。
だが実際はすっぱり出して来たな。拍子抜けしそうになるが、何も考えずにそんな事をするとは思えない。
……もしかしたら、前提が間違っている?
『この内容に間違いはありませんか?』
「ええ、勿論です。ですが、もしも細かくご要望があるのでしたら対応は可能です」
笑顔を崩さずに答える新垣さん。
相変わらず自前の観察眼ではさっぱり内心を読み取れないが、第六感覚は先の言葉に嘘はないと判断した。
そちらがそのつもりなら、こちらも胸襟を少しだけ開くとしよう。
『では、こちらの提示できる物について。申し訳ありませんが、書面では用意していません。空中に書かせて頂いた後、契約を結ぶ場合はその時に改めて書面へと』
「ええ、お願いします」
当初の予定を変更。こちらも駆け引きなしで提示する物について書いていく。
といっても内容はシンプルだ。『今回の事件解決に対して、焔が新垣さんに協力をする』『用意してきた魔道具の提供』だけだ。
なんとも図々しく思える内容だが、これぐらいしか差し出す物がない。だが、自分は、というか自分が与えられたチートに裏付けされた戦力は馬鹿にならないはず。
彼らの戦力がどの程度か詳しくは知らないが、12月に戦った『忌まわしき狩人』よりは低いはず。
「なるほど……」
空中に描いた文字をじっくりと見ながら、新垣さんが頷いている。
「申し訳ありませんが、契約時に提供して頂ける魔道具について教えて頂けますか?」
『ええ、構いませんとも。こちらも、あなた方が現在所持している銃器についてお聞きしたい』
「はい、わかりました」
とりあえず先に、持っていた木箱を机の上に置く。木箱を含め、その辺の木材から魔法で作り上げたゼロ円魔道具だ。はっきり言って、菓子折り代わり程度の意味しかない。
まあ、こういうのは『形』が大事なのだ。
「これは……」
新垣さんが箱の中身に一瞬だけ眉を動かせる。どういう感情かまではわからないが。
箱の中にはこれまたその辺の草や樹皮を魔法で錬金して作った布と、それに寝かせられた十本の杖がある。
一応、どれも手は抜かずに作ったし、罠の類はつけていない。ただ元でゼロのDIY以下の何かだ。あんまりジロジロ見られると、困る。
本当に、普通の魔法使いの価値観という奴が未だによくわかっていないのが痛い。明里はそういう部分は当てにならないからな。
……なんか、脳内で『はー!?この天才パーフェクト美少女になにか不満でもー!?』とガチギレされた気がする。とりあえず無視しよう。
「……触れても構いませんか?」
『ええ。手に取ってご確認ください』
新垣さんが一本、箱の中から杖を取り出して、鑑定士みたいにジロジロと眺めまわす。
なんか更に緊張してきた。自分の回答を無言で眺める教師とか、提出書類をやたらじっくりと無言で見てくる上司とかそんな感じがする。
「契約をすれば、これを頂けると?」
気が済んだのか、笑みをこちらに向けてくる新垣さん。だからどういう感情だよ、その笑顔は。
『はい。未熟者ではありますが、腕によりをかけて作った魔道具です。気に入って頂けたでしょうか』
「なんと。これは焔さんがお作りになられたのですか?」
『ええ。自慢できる腕ではありませんが』
これは本心である。邪神に与えられた異能で作った物だ。誇れる物ではない。
え、『チート転生者にはこれぐらい余裕ですよ』と農作業で誇っていたって?それはそれこれはこれ。
「いやいや、素晴らしい。これほど見事な魔道具は見た事がありません」
『恐縮です』
本当だが、嘘だな。『素晴らしい』と思ったのは本心の様だが、『見た事がない』はお世辞だ。
だが、手土産としては有りなようだ。よかった。
「さて……では、こちらの所持する銃器についてですが――」
それから三十分ほど、互いの提示した物について話していく。
お互い口調は穏やかに。武器を手に取る事もなく、威圧する様に振る舞う事もなく。つつがなく話し会いは進んでいく。
そう、これは『話し合い』だ。
自分は最初、向こうはこちらを使い潰すか、もしくはでかい首輪をつけにくると思っていた。初手からそういう風にはせずとも、布石となるような仕込みぐらいはするだろうと。
だが、蓋を開けてみれば、相手はそもそも『交渉』をする気がない。ただ『協力してほしい』だけだ。こちらを一時的に雇いたいだけとも言える。
交渉は『いかにこちらの意見を通すか』だが、話し合いは『これからどうするかを決める』時のものだ。最初の段階で、こちらの態度から新垣さんは交渉ではなく話し合いに思考をシフトしていたのだろう。
互いに牙を向ける準備をするのではなく、雇い主と傭兵の様な関係。それをあちらは望んでいるのだ。
そうであるなら是非もない。こちらとしても願ったり叶ったりだ。
まあ、単純にこちらが読み取れていないだけで、相手にはまだ何かしらの思惑があるかもしれないが、そこはしょうがない。彼と知恵比べなど、勝てるわけがない。
ついでに言えば、こちらとて海原さんの情報は伏せているのだし。
「では、付け足す内容はこの様な形で」
・新垣達が焔の正体に至る情報を『この島にいる間』得たとしても、それを他に漏らす事は一切しない。
・現金三百万は、明日の十八時までに受け渡しを行う。
・協力期間は蜘蛛怪人や蝙蝠怪人を作り出した何者かを捕らえるまで。
・互いへの攻撃、不利益につながる行動は『極力』行わない。
大雑把に言うとこんな感じだ。なお、断腸の思いで一千万は諦めた。口座から個人特定されたくないし。
個人的に一番大事なのは一つ目の項目だ。肝は『この島にいる間』という区切り。これなら契約をする前の段階。剣崎蒼太としての情報も伏せられる。既に他へ報告されていた場合は、どうしようもないが。
本当は『そもそも正体を探るな。知ったとしても絶対に公開するな。政府にある自分の情報を開示、及び破棄しろ』とか言いたい。言いたいけどできない。
あんまりやって意固地になられたり、変な抜け穴を突かれても困る。ここに来て、また『話し会い』から『交渉』という、相手の土俵には上がりたくない。
暴力でどうにかするのは、本当の本当に最終手段だ。いかに自分にチートがあれど、国を相手に戦えるとは思っていない。それをするには自分は弱点が多すぎる。主にメンタル面の。
『私は構いません』
「では、このような形で。今書類を用意してまいります」
そうして彼が持ってきた書類にサインをしていく。
通常、こういうは本名を書くか、指印が必要となる。あるいは魔法使いとしての意味があるハンコか。
だが、今回はお互い本名を書かないし、指紋が残るような事もしない。代わりに、髪の毛を一本引き抜いて偽名の横に添える。
すると髪の毛が墨汁か何かの様に溶けていき、名前の横に小さな円が描かれる。この方法なら、後で取り出してDNAなどはとられないし、この状態から他の魔法の行使には使われない。
「では、よろしくお願いしますね、焔さん」
『ええ、こちらこそ。若輩者ですが、よろしくお願いします新垣さん』
片方は顔が兜で隠れているが、和やかな雰囲気で握手をする二人。
ああ、うん。すっごく疲れた。ここまでずっと気を張り詰めておくのは、本当にきつい。直接的な戦闘とは別の厳しさがある。
「では早速なのですが……今後についての相談をいたしませんか?」
そして、まだ緊張の糸を切るわけにはいかない。勝って兜の緒を締めよ、か。昔の人はいい言葉を残したものだ。
内心でとっとと兜の緒を緩めて脱ぎ去りたいなと思いながら、静かに頷いて見せた。
* * *
サイド 新垣 巧
「ふむ」
校舎の玄関から焔を見送り、中に戻って顎を人撫でする。
いやぁ、本当に……本当に、疲れた。
どうやら相手の警戒心は多少とれたらしい。だが、あくまでも多少。壁はまだいくつもありそうだ。
「新垣さん」
「どうしたんだい、細川くん」
「よろしかったのですか?」
「契約の内容についてかい?」
無言で頷く細川くんに、苦笑して答える。
「君だってわかっているだろう。藪をつついたら死ぬ事ぐらい」
彼が持ってきた魔道具。材質は非常に簡素……というか、言葉を選ばなければゴミ一歩手前だ。
だが、彼はゴミを兵器に変えられるらしい。
あの杖一本と同じ性能の魔道具を作ろうと思えば、いったいどれだけの予算と時間が必要となるのか。いいや、そもそもあのレベルの魔道具を作れる魔術師が、政府につくか?
威力自体は、現代兵器で上回る事が出来る。というか、大概の魔術は現代の道具を使った方が効率的だ。『魔力を帯びている』以外、基本的に文明の利器という奴は魔術より優れている。一部の例外を除いて、だが。
しかし、彼の場合はコスパが違い過ぎる。その辺の枝でも拾ってきて、彫刻刀で術式を刻んだだけみたいなので、どうして小型の焼夷弾みたいなのが出来上がるんだ。
更に言えば、もしも焔が『十分な予算と時間を得た場合』どうなるのか。正直想像が出来ない。彼の専門分野次第では、何が起こるのやら。そして、彼はその気になれば金なんてどうとでもなるだろう。今は、倫理観で抑えているようだが。
魔術の腕だけでこれなのに、本体の強さも常軌を逸しているのだから、もう笑うしかない。
「……しかし」
「わかっているとも」
ベストなのは、焔についての全てを明らかにし、日本政府主導で彼と交渉する為の布石をうつ事だ。
他国に先んじて彼を取り込み、その力を利用して日夜蔓延っている裏側からの脅威への壁とする。いいや、あるいは裏側全てを平定する事も、彼の力があれば可能かもしれない。政府という後ろ盾があれば、容易く出来てしまいそうなほど強力なカードが、彼だ。
そう強力すぎるのだ。
「下手に踏み込めば、国ごと燃やされそうなんだよねぇ」
彼の内心を、深く探るつもりはない。それこそ地雷原に跳び込む様なものだ。
だが、少し話しただけで彼は良く言えば良識をもった一般人。悪く言うと俗物で小市民な考えかただというのはわかってしまった。
邪神を信仰し、神を降臨させる為なら自分どころか世界さえもどうなってもいいという、頭のおかしい狂信者どもではない。
魔導に耽り、外道へと堕ち、己が欲望を最優先として、自分以外の全てを壊し凌辱する猟奇的な魔術師でもない。
普通の、本当に普通の人間じみた考え方を彼はしている。
「普通の人っぽいから、怖いんだよねぇ」
つまり、ここからの対応次第で彼が堕ちる可能性があるわけだ。
政府に、海千山千な妖怪どもに骨の髄までしゃぶられる様な扱いを受けたら、彼はどう思う?
彼らは、いいや人とは過ちを犯すものだし、慣れてしまうものなのだ。最初は彼の危険度を理解し、懐柔しようとするだろう。だが、その後も『正しい対応』を適宜できるのか?
きっと、焔は最初の内こそ従順に従うだろう。世界にさえも覇を唱えられる絶対的な力。神の指先とも言える力を手にして、常に冷静で正しい判断を出来る人など、この世にどれだけいるのだろうか。少なくとも、自分は無理だ。
調子に乗った誰かが、彼の背中を、奈落の底へと押してしまったら?
いいや、そもそも狂気に陥らせなくてもいい。普通の人は、ついカッとなって罪を犯したりするものだ。ただ彼の場合、そのカッとなってやらかす範囲が大きすぎるだけで。
後はもう、ドミノ倒しだ。人は一度堕ち始めれば、どこまでも沈んでいく。そんな姿は飽きるほど見てきた。
「僕は、この世を終わらせるかもしれない引き金なんて引きたくないね」
ベストな結果を残せないのなら、ベターをとる。そういう判断が常に必要な職場だ。むしろ、最高は手に入らないのがこの業界。妥協というのは大事だ。
ああ、だがそれにしても……。
切実に、帰って休みたい。給料は一般的な公務員と比べてかなりの額をもらっているが、それでも割に合うかと言われたら、疑問符が出てくる労働環境だ。
……労基って、魔術業界にもあるのかなぁ。
読んでいただきありがとうございました。
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