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第三十七話 保留

第三十七話 保留


サイド 剣崎 蒼太



『同盟したんですか……私以外の人と』


「いやちゃんと保留にしたじゃん!?」


『まあ冗談は置いておくとして』


 蝙蝠怪人を逃してしまい、胡散臭い笑みの新垣さんに提案された同盟。それに対する答えは。



『この場ではお答えできません。一度持ち帰らせて頂きます』



 保留だった。


 いや、だって明らかに『私、切れ者です』って顔の役人相手に自分が交渉でマウント獲れるとでも?しかも突発的な状況で。


 新垣さんも笑みを浮べたまま『そうですか。では、こちら私の連絡先とこの島での拠点です』と千切ったメモを渡してきて帰っていった。


『それで、どうするんです?色々』


 総一郎さんの家に戻り、与えられた部屋にこっそり帰って来たのでとりあえず明里に電話をしている。ぶっちゃけ、これからの考えについて聞きたかったのだ。


 中学生に前世社会人が交渉事で相談して恥ずかしくないのかって?ちょっと何言ってるかわからねえや。


「……正直、同盟とまで言わずとも協力関係は組んでいいと思っている」


『同盟したいんですか……私以外の人と』


「そのセリフ気に入ったの!?」


『私よりも加齢臭一歩手前のおっさんをとるんですね!?この特殊性癖!』


「やめて。同性愛どうこうは本当にやめて。トラウマだから」


『あ、すいません』


 まさかね。中学の友人知人どころか学校中に『男の娘とねんごろになっている人』と思われていたとは考えなかったからね?それを知った時の俺の感情を少しは察してほしい。


 しかもそれを知ったタイミングが『ランスにグウィンを寝取られた』とか噂された時だからね?なんかもう……なんだよとしか言いようがないよ?


『まあ、メリットはありますしね。デメリットもありますけど』


「ああ」


 メリットは、曲がりなりにも公的機関が味方につく事。


 資金面。情報面。社会的信用面。個人で動くよりもこれらの点で非常にやりやすくなる。特に資金面。


 いや資金面は置いておくとしても、情報はなんだかんだ『足』だと思うのだ。それが物理的な足か、電子的な足かは別として。そうなると人数というのは馬鹿に出来ない。しかも向こうはプロ。ノウハウもあるだろう。


 デメリットは、向こうに利用されるだけ利用されて使い潰される可能性。


 先ほど言った通り、自分がプロを相手に交渉で勝てると思えない。気づかないうちに外せない楔を打ち込まれている可能性もある。


 行動を共にするという事は、それだけ相手に自分を知られるという事。直接顔を合わせなくとも、会話を重ねるだけで何かしら情報を引き抜かれるかもしれない。


 わからん殺しは、どこの業界でも怖いものだ。


『それらを考慮したうえで協力関係をとると?』


「その方がいい……かなぁ。と、思うんだが。どうせもう正体にはたどり着かれそうな気がするし」


 一応顔を見せていないし、声も聞かせていない。だが、素の状態で昼間に会ってしまっているのだ。


 どういう理由かは知らないが、新垣さんは自分を『関係者』だと見抜いて話しかけてきた。となれば、偶然島にいた自分と、『焔』を結び付ける可能性がある。


 そうなると、もうこっちの素性がバレるのは時間の問題だ。情報社会で生きるには詰んでいる。


『一応手はありますよ?口封じとか。ああ、むしろその為の協力ですか?』


「それが一番確実かなぁ、と……」


 口封じ。別に『死人に口なしだぜぇ、ヒャッハー!』と言うつもりはない。明確に敵対もしていない相手を殺せるほど、自分は覚悟が決まっていない。


 単純に魔法を使って契約するだけだ。『協力してもいいけどこっちの事を口外したら滅♡しちゃうぞ?』と。


『キモッ』


「心を読んで罵倒するのはやめようか!?」


『まあ、もう向こうはどこかに蒼太さんの事を報告している可能性がありますけどね』


「それなんだよなぁ……」


 基本的に、魔法の契約も遡って対象を縛るというのは出来ない。一部の例外はあるけど、それは本当の本当に例外だ。


 向こうがもうどこかに報告していない事を祈って、協力関係を築くのにかこつけて契約書を押し出すべきと考えている。


 相手が頷かなかった場合?魔力垂れ流してちょっと脅すまでならセーフかなって。


『まあ蒼太さん視点だと、ベストは新垣何某がメモを渡してきた段階で島にいる警官を皆殺しにする事でしたけどね!』


「俺のメンタルが死ぬから無理」


『ですね。というかもしやったら私は縁を切ります』


 元々やる気はなかったが、絶対にやらないと心に誓った。ただでさえ乾燥しきった砂漠みたいな二度目の学生生活。明里に嫌われるとかもう絶望しか残らない。


「ついでに、金銭でも要求しようとは思っている」


『予想以上に俗物ぅ!?』


「うるせー金がねえんだよ」


 いやほんと、これチャンスでは?とも思うのだ。


 自分で言うのもなんだし、バタフライ伊藤から与えられたチートを誇るのはよくないと思うのだが。それはそれとして自分の戦闘能力はかなり有用であるとも思うのだ。


 第六感覚的にも魔力の流れ的にも、新垣さん達は直接的な戦闘に弱い気がする。いや、普通の人よりはよっぽど強いのだろうが、化け物相手に正面からゴリ押しはあまり出来ないだろうな、とは思う。


 そこで自分という暴力装置だ。それを高く売り込む。ただし今回限り。期間限定で。あんまり縛られたくない。責任とか取りたくないです……。


 けど、流石にそれだと印象が悪すぎて恨まれそうだし何か魔道具でも作って、持って行こうとは思う。まあ、金がないのでその辺の木の枝を魔法で加工しただけの炎が出る杖になるだろうが。火力も火葬場一歩手前ぐらいしか出ないし使い捨てだけど。


 十本も作れば流石に菓子折り代わりにセーフか……?と、一応は魔法使いの明里に聞いてみた。


『え、さあ?そもそも私も他の魔法使いとか知りませんし。うちに置いていってくれた三号とかはかなり高性能とは思っていますけど』


「うーん……基準がわからんし、とりあえず気持ちだけでもって事で用意しとくか」


 そんなこんなで、徹夜してその辺から集めた枯れ枝を加工し、火の玉を出せるように術式を刻み込んでいった。



*            *          *



サイド 新垣 巧



「内田くん。君は一度本州に戻って病院で診てもらいなさい」


 車内でそう伝えると、内田くんがぎょっとした顔を向けてくる。


「いえ、自分はまだやれます。昼間の剣崎という人物についてもまだ調べきれておりません。このタイミングで『蒼黒の王』が現れた以上、無関係では」


「わかっている。だが、君が何故そうして無事でいられたのか。そして本当に無事なのかを考えなさい」


 そう言うと、内田くんも黙り込んだ。


 まず、彼女がこうして無事でいられるのは蒼黒の王……いや、焔の『善意』だろう。力の誇示や交渉の窓口という意図は感じられなかった。どうやら、思った以上に『人がいい』のかもしれない。


 なら、そこを刺激したくはない。感情で助けられたのなら、感情で殺される可能性がある。それを考えると、少なくとも『助けた女性に腹の内を探られる』のは不快に思われるかもしれない。


 次に、本当に彼女は無事なのか。


 単純に、この業界だと『無事だと思っていたら謎の何かに寄生されていました』はよくある事だ。寄生以外にも呪いだったり毒だったりもざら。


 何より彼女の服を見れば分かる通り、どう見てもほんの少し前まで死ぬ寸前だったはずなのだ。


 服の血痕や皺。汚れから推察するしかできないが、蝙蝠の怪物に遭遇してからの流れはこんな感じか。


 まず夜道を移動中の彼女に蝙蝠怪人が襲撃。


 この奇襲に対し、咄嗟に無線で『蝙蝠の怪物』と伝えながら銃を抜こうとしたのだろう。しかし、腕を掴まれてへし折られ、次に口を押えられて頭を固定。足で抵抗するも抗いきれず、首筋を噛まれた。


 だいたいこんな感じかと聞けば、無言で頷いて返された。


「次からは単独行動はやめてくれ。『前回の欠員』は君のせいではないんだ」


「……はい」


 うん、この子はもうダメだな。精神がやられている。


 この仕事は、『再起不能』になる事が多い。それは単純に殉職した場合もあるし、現場に戻れないほどの重傷を負った場合もある。


 だが、それ以外にもあるのだ。例えば、『死んだ方がマシな目にあった』とか、『それを目撃して精神を病んでしまう』なんて事が。


 そういう者は、後方に移すか契約書に記入後一般の警察官に戻すか、病院で治療に専念する事になっている。


 精神を病んだまま続ければどこかでミスが出るのはどこの職場も同じ事。それが直接命のかかった現場ではなおの事だ。巻き添えで死ぬのも、死なせるのもごめん被る。


 それに、そういう人員は『堕ちて』しまう事もある。そういうのはもう飽き飽きだ。


 だから、内田くんには元の誰かに戻ってもらおう。本名は知らないが、もうこの業界に関わるべきではない。


「書類の引継ぎは僕がやっておく。君は自室で休息を。その後明日ヘリで帰りなさい」


「……申し訳、ありません」


「構わないよ。細川くん」


「はい」


 運転していた細川くんに声をかければ、彼は相変わらずの鉄面皮で前を見ていた。それをミラー越しに確認して、努めて穏やかに語り掛ける。


「後で、内田くんの荷物整理を手伝ってあげてくれ。頼めるかい?」


「わかりました」


「ありがとう」


 車のシートに体を預けて、少し脱力する。それでも周囲への警戒、特に内田くんへの物は怠らない。昔、任務帰りで下手をやらかした苦い経験がある。


 あの時は酷かった。どうにか人外に捕まっていた被害者を含めて全員生存できたのだと、喜んでいた所だった。捕まっていた者の一人が突如化け物に変異。自分と他二名を残し、八人の被害者と仲間を殺したのだ。


 今は、もう朧げになった記憶だけれども。そういう経験が多すぎて少し混ざったかもしれない。


 正直、こういう仕事はきっついなぁ。としか思わない自分がいる。亡くなった妻は『非日常な事件ですね。いつ行きますか?私も行きます』と、虚弱体質な癖にそう言っていたっけ。彼女の妹さんと止めるのに苦労した。


 今日も細い綱渡りだった。この仕事を始めてから毎回そうだが、今回は特に、と言い切っていい。


『蒼黒の王』


 獅子堂組の若頭、鎌足尾城。災害の具現化、アバドン。中東の破壊者、金原武子。謎にして周知の殺し屋、人斬り。


 そして、真世界教の教祖、魔瓦迷子。


 裏の世界で、あるいは表の世界でさえも有名であった彼ら彼女らが行方知れず、または死亡が確認された『東京事変』。その最中に目撃され、複数と戦闘を行った可能性のある存在。それが『蒼黒の王』だ。


 戦闘の痕跡から、その力が超常の存在だとは知っていた。だが、あそこまでというのは予想外だ。


 恐らく、全力で魔力の流れを抑えていたのだろう。きっと常人なら彼と相対したとしても、言いようのない恐怖を味わうだけで済む。


 だが自分達の様に魔術を扱う者からしたら正に『怪物』以外の何者でもない。細川くんが冷静さを失って銃を向けた時は、確実に死んだと思った。内田くんは蝙蝠の怪人を『怪物』と呼んだが、彼、焔を名乗ったあの存在を見た後だと認識も少し変わったと思う。


 不可解なほど焔の理性的な対応に、『同盟』などと踏み込んだが……我ながら、思いっきりが良すぎたと反省はしている。


 とりあえず『とっかかり』は作った。後はどう転ぶのやら。鬼が出るか蛇が出るか。あるいはもっと危険で恐ろしい何かが顔を覗かせるか。


 ……ああ、うん。


『帰りたいなぁ』


 そう口にするのを、部下達の前なのでどうにか堪えた自分を誰か褒めて欲しい。




読んでいただきありがとうございます。

感想、評価、ブックマーク。いつも励みにさせて頂いております。今後ともよろしくお願いいたします。


おかしい、予定ならもう二章のヒロインと剣崎が会話していたはずなのに。何故かドヤ顔の新城が出てくる。


三号

東京事変の際に剣崎が新城に託した使い魔。中破してビルに置いていかれていたが、回収できたので剣崎がついでに修理した。

防犯の為と、剣崎から新城に時々追加の強化パーツやそれ以外にも魔道具が新城家に送られてくる。


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― 新着の感想 ―
[一言] 胃を痛めていそうな中間管理職感があるね
[一言] >亡くなった妻は『非日常な事件ですね。いつ行きますか?私も行きます』  旧姓・花京院さん?
[一言] 既に亡くなってる病弱だった妻にその妹ねぇ、どっかで聞いた家族構成ですね。 それに加えて部下の本名を新垣さんが知らんなら、部下も新垣さんの本名を知らないはずだから前に言いかけた名前もあてになら…
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