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第三十五話 月下

第三十五話 月下


サイド 剣崎 蒼太



「……赤毛の少女?」


 夕食の最中、昼間見かけた少女について総一郎さんに尋ねてみた。


 先ほどまでは明るくスパイ映画について話していた総一郎さんも、ニコニコと笑っていた幸恵さんも、空気が一変した。片や顔のしわを深くして黙り込み、片や無言無表情に。


「あー……どうした、突然」


「いえ、島の散策をしていたら偶然見かけまして。この島で同世代の子を見かけたのは初めてでしたから」


「そう、か……」


 気まずそうに顎を撫でて、視線を彷徨わせる総一郎さん。


 露骨に話しづらそうだ。少しの付き合いでも豪快な性格とわかる彼がこうなるのはかなり珍しい事なのか、響も困惑した顔をしている。


「アレには関わらない方がいいわ」


 そう言ったのが誰か、一瞬わからなかった。声のした方を見れば、幸恵さんが膝に手を置いて目を少し伏せていた。


 まだここに来て二日目だが、この人がこういう声を出す人だとは思わなかった。それぐらい低く、嫌悪感の混ざったものだったのだ。


「と、いいますと?」


「あの家は化け物の血が流れているもの」


「お、おい幸恵」


 少し慌てた様に総一郎さんが言うと、幸恵さんがニッコリと笑みを浮べた。


 先ほどまでの冷たい感じが嘘だったかのように、幸恵さんの雰囲気が元に戻る。


「そうだ。それ以外はどうだった、剣崎君。人の少ない島だけど、のどかでいい所でしょう?」


「あ、はい。そうですね。自然も豊かですし」


「ああ、そうね。私の小さい頃は何もない島だったんだけど、今は浮島?とかの技術を使って広がった土地に色々な畑ができたのよ?色んな人が移住しに来てくれたけど、皆長続きしなくってねぇ……」


 ニコニコと笑いながら頬に手を当てて話す幸恵さん。それに愛想笑いを浮べて合わせていると、響が小さく手を叩く。


「あ、そうだ。散策中に刑事さんと会ったんだけど」


「あん?駐在さんじゃなくってか?」


 不思議そうに首を傾げる総一郎さんに、響が頷く。


「そうなんだ。なんでも大橋でトラックの事故があって。それで……あっ」


 そこまで言って詰まる響。おおかた、『ここだけの話』というのを真に受けているのだろう。


「響。この二人になら言っていいと思うぞ。あの刑事さんもそこまで厳しくはしないだろう」


「で、ですかね」


 むしろ、『凶悪犯がこの島に潜伏している』という噂を流すためにあの場で話したのだろう。


 凶悪犯が潜伏しているとなれば、島の外の警官たちが色々動き回っても不自然ではない。ついでに言えば、夜間の外出が減ればそれだけ『面倒ごと』が減る。何より、人の心というのは情報があるのとないのとじゃかなり安定感も変わるからな。それの真偽は別として。


 どういう事情でここに来たかは知らないが、事が終わった後は適当にストーリーをでっちあげるのだろう。


 まあ、これは自分にも都合がいいのだが。


「なんでも、指名手配中の凶悪犯が――」


 先ほどの話を忘れる為に、その話に食いつく総一郎さん。ニコニコと黙っている幸恵さん。純粋に心配そうな顔で語る響。


 そうして、昨日よりも少し騒がしい夕食が過ぎていく。



*        *        *



あてがわれた部屋で一息つくと、スマホを操作する。


『はいはいはい。こちらパーフェクト美少女です』


「蒼太だ。今ちょっといいか?」


『ほう、この人類の至宝である私の時間を使いたいと?いいでしょう。我が同盟者よ。愛の告白なら嘲笑いながら断ってあげますよ?』


「違うわい」


 そっかー、告白したら確定でフラれるかー……泣いてなんかない。


「今、『貝人島』って所に来ているんだが」


『はいはい』


「なんか怪人が出た」


『怪人』


「サメと蜘蛛のやつ」


『サメと蜘蛛』


 数秒ほど無言になった後、小さくため息が電話越しに聞こえた。


『蒼太さん。特撮、嵌ったんですね……』


「なんでどいつもこいつも人をそんな影響受けやすいみたいな扱いするかなぁ!?」


『まあ冗談はさておき。どういう状況ですか?』


「いや、さっぱわからんから情報を整理したくて」


『はー、しょうがないですねー!この天才の頭脳が必要ですかー。そうですかー』


「お願いします明里大明神さまー」


『はっはっは!いいでしょう!このパーフェクト美少女の胸をどーんと貸してあげようではないですか!』


「マジで!?」


『……比喩ですよ?』


「……はい」



*       *          *



話を終えると、無言で聞いていた彼女は一言。


『私もそっち行っていいですか?』


「いや、橋使えないし。サメの怪人が敵か味方かわからんから海路も使わん方がいいぞ」


『ちぃ!』


 本気で悔しそうに舌打ちするな、この行動派中二病。


『まあいいでしょう。一応こっちでも魔導書を調べてみます。まあ、あんまり期待しないでくださいね』


「ああ、話せただけで頭の整理がついてきた」


『それと、その新垣って人には注意した方がいいですね。なんとなくただ者ではない気がします』


「そうだな。気を付けるよ」


『……絶対に無事その島から脱出してくださいよ。この私が助言にのってあげたんですから、今度私を助けてください。そういう約束でしょう?』


「なにか困っている事があるのか?」


『今はありませんが、この天才スーパーパーフェクト美少女な私ですら解決できない事も世の中あるでしょう。そこで、スーパーゴリラである蒼太さんにお願いする時が来るかもしれませんから。その為です』


「はいはい」


『では今宵はこれにて。グッドラック蒼太さん』


「ああ、そちらもご武運を」


『あいにく、こっちは今の所平和ですよ』


 つまらなそうに言う明里に、思わず苦笑する。ガチの鉄火場を12月に経験してそれは、正直頭おかしいと思う。


 だが、だからこそ頼もしかった。


「さて、と」


 スマホをしまい、あらかじめ玄関から持って来ていた靴を窓の外に置くと、窓枠をスルリと抜けて外に立つ。


「行くかぁ……」



*       *       *



サイド ■■ ■■■



「ガァ!?」


 悲鳴を上げたはずの声は、くぐもった怪物の声に成り果てている。


 バサバサと羽の音がした方を見上げれば、そこには一体の異形が背の高い木の上に立っていた。


 二メートル近い身長に、筋骨隆々とした体つき。しかし、健康的とは程遠い灰色の肌。まるで死人のようだ。


 そして、その首から上は当然の様に人のそれではなかった。眼球にあたる器官は見当たらない。唇もなく、むき出しの歯は犬歯だけ異様に長い。人の耳があるだろう位置から、頭頂部にのびる二つの尖った耳はかなり大きい。


 異形はむき出しの犬歯を撫でる様に長い爪を動かし、皮膜の羽をゆったりと動かす。さしずめ、『蝙蝠怪人』とでも言うべきか。


 昨日、なんとなく海辺を眺めながら走っていて遭遇した蜘蛛の怪人。今日もそんな事があるんじゃないかと思って出歩けば、案の定。人気のない道で事は起こっていた。


 見慣れないスーツ姿の女の人が、自分の背後で倒れている。あの蝙蝠怪人に襲われていたのだ。首筋からはかなりの出血が見られる。一刻も早い治療が必要だ。


 だというのに。


「キキキキキ!」


「ガアア!」


 こちらが女性に近づこうとすれば、隙ありとばかりに蝙蝠怪人が襲ってくる。


 しかも、こいつはかなり『性格が悪い』。


 ヒットアンドアウェイ。背中の羽を使い、こっちに飛び降りて攻撃をしては、また空へと飛び上がってこちらの手が届かない所に。その繰り返しだ。


 既に全身はかすり傷だらけ。打撲も多数。このままではジリ貧だ。女性の事もあるので、どのみち短期決戦しかない。


 重心を低くする。腹部の銀色の玉が一際輝き、全身に力が漲ってきた。


 そして、倒れている女性に向かって走る。そうすれば、無防備なこちらの背中に蝙蝠怪人が飛びかかって来た。


 ワンパターン。まるで機械みたいだ。


 強引に急停止し、体を反転させる。全力疾走からの急停止。方向転換。膝に強い負担がかかるが、この体なら問題ない。


 正面。両腕を振りかぶっている蝙蝠怪人。この体勢からならこっちの拳が先に届く。顔面に一発いれて、すぐさま組み付きその首を噛み千切る。


 勝った。そう思った。


「『キェェェェェァァァァァァァァッ』!」


「ゴガッ!?」


 蝙蝠怪人が大きく口を開けたと思ったら、大声を出した。いや、これは声なんてものじゃない。まさか、超音波?


 耳が破裂した様な感覚と同時に、視界が歪む。体が硬直し、そのまま前のめりに倒れそうになる。


 そこに蝙蝠怪人のアッパーが入って強引に倒れるのを阻止された。技でもなんでもない、素人丸出しの一撃。だがそれを回避する事もできず、仰け反った体が僅かに浮き上がる。


 今の一撃では、この怪物となった体を傷つける事はできない。問題はその後。


 まだまともに動いてくれない体。その両肩を掴まれたかと思えば、蝙蝠怪人の顔が迫る。


 くしくも、必殺の一撃はお互い同じ動きだった。


「ガアアアアアアアアア!」


 自分の口から響いた絶叫が、どこか遠くに聞こえる。『エラ』の部分に蝙蝠怪人の牙が深々と突き刺さり、血が、命が吸われていく感覚。急速に意識が遠のいていくなか、半ば無意識に体を暴れさせた。


 膂力ではこちらが勝っていたのもあり、蝙蝠怪人を振りほどく事に成功する。奴はさっきと同じように、飛び上がってその辺の木の上に。


 強い虚脱感に、立っていられない。先ほど奴を振り払ったのが、最後の力だった。


 変身が解除される。着物姿に戻ると、首から流れた血が白い着物を染めていく。全身が痛い。息が、できない。


「ごぶっ……」


 血の泡を溢れさせ、尻もちをつくようにその場で座り込んでしまう。


 ダメだ。立たなければ。後ろに倒れている人を、助けなければ。


 蝙蝠怪人の唇のない口が、歪な笑みを浮べているような気がする。口元に流れた自分の血をなめとり、翼を大きく広げる。


 せめて、せめて自分が盾になるんだ。そうすれば、さっきの超音波に気づいた誰か来てくれるかもしれない。銃を持ったお巡りさんなら、あるいは。


 死なせない。どうにかして、私が時間を稼ぐ。


 私が時間を稼げば、あの女の人は助かるかもしれない。


 そう思って立ち上がろうとしているのに、手足は動いてくれない。むしろ、出血によりどんどん体から力が抜けていく。


 蝙蝠怪人が飛びたつ。狙いは――後ろの、倒れている女性。


「や、め……」


 声をあげようとしても、血の混じった唾しか出てこない。


 倒れている女性に、蝙蝠怪人が飛びかかろうとしてきた。


 ああ、結局私は――ッ。


 瞬間、黒い何かが飛来した。それは蝙蝠怪人を吹き飛ばし、近くの樹木に叩きつける。衝突した木がミシミシと音をたてて倒れていく中、私の目は眼前に立つ黒い背中から離せないでいた。


 黒と蒼で彩られた全身鎧。蒼の腰布が月夜の下、風にたなびいている。手には武骨な長剣。その立ち姿は、まるで自分を守ってくれる騎士のようだった。



 まるでスポットライトの様に、眼前の騎士を月光が照らす。


 舞台の一幕をそのまま切り出したみたいな光景に、私はただ呆然とする事しかできなかった。



読んでいただきありがとうございます。

感想、評価、ブックマーク。いつも励みにさせて頂いております。今後ともよろしくお願いいたします。


……この主人公。ヒロインと会う時は毎回相手が血まみれだな……。


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― 新着の感想 ―
[一言] なるほどヒロイン…
[一言] >毎回相手が血まみれ 毎回びみょーに間に合ってない……!
[一言] 都合よくヒロインのピンチに颯爽とナイトが登場してますけども 明里ちゃんにバレたときにどうなっちゃうんですかね?
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