第三十四話 遭遇
第三十四話 遭遇
サイド 剣崎 蒼太
「どうしたんですか、会長。橋の方には何もありませんよ?」
不思議そうに尋ねてくる響に、作り笑いを浮べる。
「いや、昨日あっちの方でサイレンが聞こえたから、やじ馬」
「……会長は、そういうの楽しめるタイプでしたか……?」
不審そうにする響に、苦笑をみせる。
「俺だって好奇心ぐらいあるさ。今日一日暇になってしまったしな」
「はあ……」
微妙に納得いっていない響に、内心少し冷や汗をかく。彼の言う通り、自分は普段パトカーのサイレンが聞こえたと、やじ馬に行くタイプではない。むしろ避けて通るタイプだ。
だが今回は別だ。自分の近くに怪物がいては落ち着かない。それも友人の祖父母が住んでいる島だ。可能な範囲で危険は排除しておきたい。
出来れば響も家にいて欲しかったのだが、案内を申し出られてしまえば断るのは不自然だ。
万一戦闘になったら、どうにかして逃がさねば。
そうこうしているうちに、橋の近くまでやってきた。既に周囲には五、六人ほど見に来ている住人達がいる。そして、規制線の向こうには青いビニールシートが。
視線を少し上げると、橋の両端にある大きな鉄骨が少し歪んでいる……だけに見えるのだろうな、一般には。
自分の目にはハッキリと少し焦げている巨大な蜘蛛の巣が見えるし、その周囲にチカチカしている魔法の気配も読み取れる。何者かが幻覚系の魔法で隠しているのだ。
どこの誰かまではわからないが、どうにも厄介な事になった。少なくとも、ここの警察は信用できない。なんせああいう魔法は直接触れれば無効化される場合が多い。意図的に警官たちは蜘蛛の巣に近寄らない様にしている。としか思えないのだ。
このまま橋の方を見ていても大した情報は得られそうにない。サメ怪人の足跡でも探すか。
その時、微妙に嫌な予感がした。振り返ると、規制線近くに駐車した車の隣にいる男と目が合う。
男はにこやかに笑いながら、こちらへと駆け寄ってくる。
「やあ、君達ちょっといいかな?」
「え、なんでしょうか」
困惑した様子で響が答えると、男が懐から警察手帳を取り出す。
「こういう者でね。新垣巧と言うんだ。よろしく」
「え、刑事さんですか」
驚く響の横で、男、新垣いう『偽名』を名乗った彼の姿を観察する。
見た目はやや小柄な、丸顔の男性。五分刈りの頭と野暮ったい丸眼鏡に人懐こい笑みもあって親しみやすそうな人だ。
だが、重心がおかしいし名乗った時に第六感覚が反応した。絶対に普通の警官じゃない。
「……俺達、普段この島に住んでいるわけじゃないから知っている事は少ないですけど?」
響より少し前に出て、新垣何某と相対する。
「会長……?」
「ああ、そうなのかい?いや、最近の若い子って色々耳が早いから、何か知らないかと思ってね。ほら、ネット?僕の様な年になるとどうにもねぇ」
「そうですか。逆に、ここで何があったんですか?夜中にサイレンの音がしたんですけど」
「ああ、実は『交通事故』があってね。ガスを運んでいたトラックも巻き込まれて、酷い事故になってしまってね……」
「それは大変ですね……」
二人そろって痛まし気な顔をしておく。お互い、そんな顔しながら相手から目を逸らさないくせに。
「そう言えば、名前を聞いてもいいかな?」
「え、もしかしてなにか疑われてます?事故なんですよね?」
「いやいや、そんな事はないよ。話を聞く人には全員しているのさ。まあ、規則みたいなものでね」
どうする……いや、ダメだ。ここで偽名を使っても響は状況がわかっていない。公権力に嘘を吐くのは、状況を悪くするだけか。
「剣崎、蒼太といいます」
「あ、僕は尾方響です」
「剣崎くんに、尾方くんね。ちなみに、この島には普段いないようだけど観光?」
「いえ、かい、剣崎さんは僕の実家の手伝いに。祖父母がここで農家をやってまして」
「ああ、そうなのかい。親孝行ならぬ祖父母孝行だ。いやぁ、感心感心」
朗らかに笑う新垣さんと響。自分もどうにか笑みを浮べてみせる。だが、正直自信がない。きちんと違和感なく笑えているだろうか。
はっきり言って、背中に滝の様な汗が出ているのだが。
「あ、そうそう。これはここだけの話にしてほしいんだけどね?」
そう前置きして、新垣がこそこそ話でもするように口元を手で隠す。
周囲のやじ馬が、こちらの会話に耳をそばだてているのに気づいているくせに。とんだ狸だ。
「実はね、その事故に紛れて指名手配中の凶悪犯がこの島に隠れたって噂があるんだ。だから、何か知らないか聞きたかったのさ」
「え、ええ!?」
「しっ、静かに」
「あ、すみません」
声を潜めて会話する響と新垣さん。響、俺お前が将来詐欺に引っかからないか心配。
「だから、できるだけ夜間の外出は控えた方がいい。それと、今回の事故でしばらく橋が使えないから、ご家族と一緒に家にいてね?」
「は、はい。わかりました。その……頑張ってください」
「ああ、任せたまえ。市民の安全を守るのが僕たち警察の仕事だとも」
そう胸をはって笑う新垣さん。
本当に、自分も彼の違和感に気づかなければ自然な対応ができたのに。今は胡乱な目をしないよう精一杯だ。
……まさか、こっちの反応を引き出すためにわざと重心を不自然にした?
その可能性に気づき、舌打ちしそうになる。本当に狸だ。実は蜘蛛やサメだけでなく狸怪人もこの島にはいるのか?
というかなんで自分達に目を付けた?そこが一番気になるし、不気味だ。
「じゃ、本官は仕事に戻ろう。君達も早めに家に戻るんだよ」
「はい、お気をつけて」
「……頑張ってください」
車に向かう新垣を見送ると、響が少し申し訳なさそうな顔でこちらを見てくる。
「すみません会長。その、こんな事になるとは……」
「いや、響の気にする事じゃないさ。それより、少し移動しよう」
「え、あ」
やじ馬がチラチラとこちらを見ている事にようやく気付いた響と、その辺の木陰に移動する。
「あの新垣って警官。あまり信用しない方がいい」
「え、何故ですか?」
「重心をわざとずらしていた。本来なら軍人みたいな歩き方だろうに、普通の人みたいにしている。しかも、服が少し膨れている気がする。何かを全身に仕込んでいるに違いない」
恐らく、銃も複数持っていたのだろう。明里と一緒にいた時に銃や弾丸に仕込まれた火薬の臭いは覚えた。それに近い物を彼に複数感じたのだ。
交番のお巡りさん以外の警官が銃を持っている。凶悪犯を追っているというならあり得る話かもしれないが、日本で普通の警官がいくつも同時に銃を持つものか。
「会長……」
驚いた眼をこちらに向けてくる響。
「昨日見た祖父のコレクション、気に入ったんですね……」
「ちげぇよ!?いや名作だったけども!」
昨夜、実は寝る前に総一郎さんが名作だからと某英国のスパイ映画を見せてきたのだ。実際名作で、面白くはあった。
だが人をそんな『昨日見た映画に影響されて中二ムーブかます痛い人』扱いをするんじゃない。明里じゃないんだぞこっちは!?
「いえ、趣味が見つかるのはいい事です、会長!早速祖父に頼んで、他のシリーズを借りましょう!」
「なんでそんな嬉しそうなんだよ……いや、今日は少し島を見て回ろう」
「えっ」
心底驚いた顔をした後、響が首をかしげる。
「し、しかし、指名手配犯が島をうろついているかもしれないのに」
「だからだよ。いざという時の為にある程度島の道を知っておきたいんだ。それに、若い男二人なら凶悪犯とやらも白昼堂々襲ってはこないだろう。暗くなってからじゃ危ないから、むしろ今のうちにやっておきたい」
「それも、そうですかね……?」
まだ少し納得はいっていないようだが、とりあえずはすぐに帰るという事にならなそうだ。
* * *
サイド 新垣 巧
「内田君。『剣崎蒼太』と『尾方響』という十代の少年について調べてほしい。今似顔絵を書く。尾方少年の方は祖父母がこの島に住んでいるらしい」
パトカーに入るなり、運転席にいる部下に話しかける。
「わかりました。に……し……西住さん」
「新垣だよ、細川君。人の名前を間違えるのは感心しないな」
「失礼しました。しかし、その二人がいったい?」
手早くメモ帳に二人の顔を書きながら、内田君に説明する。
「この事件に関わっているかは不明だ。しかし、少なくとも剣崎少年はただ者じゃない」
あの少年。間違いなく異能に関りがある。
というのも、魔力を感じ無さ過ぎるのだ。普通、人はもう少し不規則に魔力を溢れさせているはず。だというのに、彼は一定の魔力を少ししか流していない。
量だけなら、そこまで気にするほどではなかった。だが、あそこまで魔力を制御できる人間がただ者であるはずがない。間違いなく魔術師。それもかなり高位のだ。
正直、話している間冷や汗を顔に出さないよう必死だった。相手がサメや蜘蛛の異形と関りがあった場合、この島が彼のテリトリーの可能性がある。
魔術師は本来戦う者ではない。自分も魔術を扱うが、基本的に遭遇戦ではそれほど役に立つ物ではない。なら、準備が出来ているだろう相手が有利。一応人目のある所で接触したが、前に『集落全員狂信者』という状況に陥った事もあったので冷や冷やした。
「さて、鬼が出るか蛇が出るか……」
見た目の年齢にはそぐわない腕をもつ魔術師。彼はいったい、どんな思惑を持っているのかな?
* * *
サイド 剣崎 蒼太
おっぱい。
そう思ってしまった自分を、いったい誰が責められるだろうか。
あれからサメ怪人の痕跡を追っていた。足跡や血の跡は見つけられなかったので、微かに残った魔力を頼りに歩き回ったのだ。途中何度か見失ったが、第六感覚をフルに活用してどうにかした。
そうしてたどり着いたのがこの家だ。
武家屋敷の様な大きな家が一軒、ほかの家々とは離れるように建っている。まあこの島基本的にどの家も少し大きいけど。それでもこの家はでかい。
そんな家の前で、一人の少女が竹箒で掃除をしているのだ。白い着物に紺色の袴。足元は足袋に草履と、彼女だけ時代に取り残されている様に感じる。
だが、そんな『ザ・和風』という場所と服装に反して、彼女自身は明らかに日本人には見えなかった。
赤く長い髪はツインテールにまとめられて左右に流されており、腰あたりまで伸びている。顔立ちと肌の色は白人のそれ。瞳の色はまるでエメラルドのようだ。
まあそんな事はどうでもいい。おっぱいだ。
でかい。白の着物が内側から大きく持ち上げられている。大変良い発育だ。和装と巨乳の組み合わせっていいよね。
これがワールドワイド……いや、それでも明里の方が大きいか?彼女のサイズはもう爆乳と言った方がいいかもしれない。目の前の少女も十分に大きいのだから。
明里大明神と心の中で呼ぶべきだろうか……?
「あの、会長……?」
「はっ!?」
しまった。後ろにいた響の存在を素で忘れていた。いやだって目の前の『和装赤毛巨乳ツインテ美少女』という事実からしたら野郎の友達とか優先度が……ね?
「すまん。巨乳美少女に目が奪われていた」
「はあ……」
おい、そこはせめて呆れた目を向けろ。そんな『また無理して』みたいな顔をするな。本音だから。マジで美少女が箒を動かすたびに左右で動くパイ乙を見てただけだから。
「というか相変わらず視力凄いですね」
「おう。両目とも2.0だからな」
まあ実際は普通に二キロ先でも人の顔を識別できるが。乳揺れも見逃さない自信がある。パンチラはもっと見逃さない。絶対にだ。
「和服を来た赤毛の美少女って、何か心当たりないか?あの辺の家の子なんだが」
そう言って彼女のいる方角を指さすと、響が目を細めて首を傾げる。
「僕もそれほど島には来てないので知らないんですよねぇ……たぶん祖父母なら知っていると思います。こっちにはあまり来ないよう言っていたので」
「来ない様に?」
ニュアンスからして、島のこの地域という意味か?
言われてみれば道中人を全然見かけなかった気がする。元々人口密度の薄い島だが、それにしてもこっちに来るにつれ畑なども少なくなっていた。
「なにか、島内であるのか?」
「さあ……僕も詳しくは。それより」
妙に真剣な眼差しでこちらを見てくる響。いったいどうしたのか。
「会長はその女性になんの用が?」
「いや、単純に島を散策していたら見かけただけだが?美少女を見かけたら目で追うのはわりとある事だと思うんだが……」
咄嗟にそう答えると、真顔のまま響が小声で『そうですか』と呟く。え、ちょっと目が怖いんだが。
「彼女について調べましょう」
「え、あ、うん。ありがとう?」
やけにやる気だな、響。あれか、こいつは俺がグウィンとランスの件で寝取られされたと思い込んでいるから、新しい恋を応援したい的な?
なんていい奴なんだ、響……。
だが。
「いや、けどあまり深くは調べなくていい」
「しかし、そういうわけには」
「いいんだ」
深く、関わるべきではない。特に響は。
そもそもな話し、ここに来たのはサメ怪人の魔力を追った結果。そして、その残滓が指し示している場所は――。
「そろそろ戻ろう。凶悪犯とやらも心配だしな」
もう一度だけ、少女の方を振り返る。
少女は心ここにあらずと言った様子で、ぼんやりと箒を動かしていた。
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