第三十三話 怪人
第三十三話 怪人
サイド 剣崎 蒼太
状況は不明。しかし、生存者がこの場にいないのならすぐに現場へ急行する理由もない。まずは情報収集に専念するとしよう。
最初に動いたのは蜘蛛怪人?だった。
見た目通り人外の跳躍力で跳び上がり、そのまま右腕をサメ怪人?に向かって振り下ろす。
それをバックステップで回避するサメ怪人。その動きに違和感を覚えた。『無駄が少ないのに無駄だらけ』なのだ。
自分でもそういう印象を覚えてから疑問に思ったが、こちらの都合など関係なく状況は動く。
空ぶった蜘蛛怪人。着地と同時に出来た隙に、サメ怪人が踏み込む。その動きは武道経験者のそれだと、自分でもすぐにわかった。
だが、その後の動きがお粗末すぎる。まるで踏み込み過ぎてしまったかのように蜘蛛怪人と衝突し、バランスを崩していた。そこから関節なりいれるでもなく、ただぶつかっただけの様で蜘蛛怪人に振り払われている。
先ほどの違和感がわかった。サメ怪人の方は『技術が体に合っていない』のだ。具体的に言えば、突然手足の長さが変わってしまったとか、身体能力に変化があったとか。
自分にも覚えがある。基本的にこの肉体の制御は最初からある程度できていたが、身体能力を全開にした状態で剣道の型をしようとすると、かなり『ズレる』のだ。まあ、流石に今はもう慣れたが。
色々言ったが、つまり『あのサメが人の体で武術を学んだ』という事。
もしかして、あの化け物は元人間なのか?
そうしている間にも戦闘は続く。直線の攻撃は通用しないと見たか、蜘蛛怪人が距離をとる様に跳びさがり、左右に跳ね始めたのだ。
数メートル単位で跳び回る速さは、常人ならすぐに見失ってしまうほど。
だが、それをサメ怪人はきちんと目で追えているらしい。構えを取りながら、ぎょろりとした目がせわしなく動かして蜘蛛怪人を捉え続けている。
その時の構えが、なんとなく『和式』に思えた。すり足を主体にし、左手は盾の様に。右手はやや下に構え、ゆったりと拳が握られている。
はて、似たような構えを見た気がする。直接ではない。何かの足しになればと、動画で色々な武術の動きを見ていた事がある。その中に似たようなのがあった気がするのだ。
だが、ちょっと思い出せそうにない。というか、なんか複数の型に似ている気もする。
跳び回っていた蜘蛛怪人の口が一際開いたかと思うと、突然白い塊が飛び出した。速度は空気銃ほどか。それがサメ怪人の足に迫る。
サメ怪人が半歩さがって回避。つま先近くの地面に白い粘液がべったり張り付く。あれは、もしかして糸か?
跳ねながら糸を吐く蜘蛛怪人。それを先ほどまでのすり足から一転、体を大きく揺らす様にして、前傾になり避けながら距離を詰めに行くサメ怪人。
ある程度近づき、もう少しで拳の届く距離。そう思った瞬間、サメ怪人が跳んだ。
勢いよく左手を蜘蛛怪人に突き出すと、それを察した蜘蛛怪人が右手を盾の様に翳す。だが、サメ怪人の左手は打撃を与えるものでなく、『拘束する為』のものだった。
蛇のようにサメ怪人の左手が蜘蛛怪人の右手に絡みついたかと思うと、下から突き上げるようにサメ怪人の右拳が蜘蛛怪人に叩きつけられる。
胸に向かって高速の二連打。しかも、衝撃が逃げないようガッチリと右手に巻き付いた状態で。
まともな人間なら。いいや、あの速度と先の動きを見れば、グリズリーでも死にかねない。そんな二連撃だった。
だが、眼前にいたのは怪物だ。
拳型にへこんだ胸部を気にした様子もなく、蜘蛛怪人は顔をサメ怪人に向けると、その鼻先に糸をぶつけたのだ。
べったりと白い糸が鼻先に勢いよく張り付いたせいか、サメ怪人が怯んだ。その隙をつくように、蜘蛛怪人が右手を振り回しながら左の拳をサメ怪人の胸に叩き込む。
よろめくように数歩さがるサメ怪人から跳び退りながら、蜘蛛怪人が糸を放つ。だが、今度はとりもち弾の様な物ではない。人の指ほどもある太さの糸を飛ばしたのだ。
空中で首を歌舞伎みたいに振り回した蜘蛛怪人。糸はのたうつ様に動き、サメ怪人を拘束してみせた。それも、両腕ごと胴体に巻き付く形で。
更に動揺するサメ怪人。着地した蜘蛛怪人は口から出したままの糸を両手で掴むと、綱引きでもするように全体重をつかって引っ張った。
踵が浮き、体勢を崩すサメ怪人。そこに、蜘蛛怪人は横の力を加えたかと思うと、自分の体を大きく回転させた。
完全に浮き上がったサメ怪人が、そのまま蜘蛛怪人に振り回される。遠心力がのった状態で空中を振り回されては、サメ怪人も抵抗できない。
かなりの重量があるだろうに、ぶんぶんと振り回されるサメ怪人。次々とコンクリの地面や転がっている車両にぶつけられていく。その度に地面ははじけ、車はへこみながら大きく揺れる。
そして、フィニッシュとばかりに蜘蛛怪人がサメ怪人を空高く跳ね上げた後、思いっきり引き寄せた。
蜘蛛怪人の右手の爪が、メリメリと伸びていく。ナイフのように尖ったそれを、蜘蛛怪人は貫手の様に構えた。
やむを得ない。人間の可能性があるサメ怪人を死なせたくない。使い魔を自壊用の発火機能を作動させながら、蜘蛛怪人の顔面に叩き込む。ダメージは与えられないだろうが、怯ませるぐらいはできるはず。
そう思って紙飛行機を両者に近づけた時だった。
サメ怪人が、体に巻き付いた蜘蛛糸を引きちぎったのだ。まさか、蜘蛛怪人が引き寄せるのを狙っていたのか?
自由になった両手で蜘蛛怪人の両腕を掴みながら、サメ怪人が突っ込む。二体の異形がぶつかるも勢いは止まらず、蜘蛛怪人の両足が地面を削りながら後退。
そして、その先には橋に張られた『巨大な蜘蛛の巣』。
基本的に、蜘蛛の巣は縦糸と横糸で粘着力が異なる。蜘蛛自身が巣の上を移動する為だ。あの蜘蛛怪人に常識が通じるとは思えないが、どうやら横糸の吸着力は奴にとっても煩わしいものらしい。
体が蜘蛛の巣に押し付けられ、動きを封じられた蜘蛛怪人。その両腕を巣に押さえつけたまま、サメ怪人がその口を大きく開いた。
ズラリと並んだ、鋭い牙。肉食獣の『相手の肉を引きちぎる』事のみを想定した口の構造。
サメ怪人がその牙を蜘蛛怪人の首筋へと刺し込む。深々と貫かれた首筋。そこから黒い血液の様な物が流れ、ビクリと蜘蛛怪人が体を震わせる。
更に深く牙を押し込むようにサメ怪人が首を動かしたかと思うと、今度は勢いよく体ごと重心を後ろに。
繊維を千切り、使い魔越しでもブチブチと音がしそうな様子で、サメ怪人が蜘蛛怪人の首筋を食いちぎった。
ゆっくりと、蜘蛛怪人の首が自重に引かれて地面に落ちる。痙攣し続ける体に力はなく、もはやそれが死体である事を物語っている。
戦いはサメ怪人の勝利。途中ヒヤリとしたが、ひとまずは安心か。
さて、この後どうするか。現場に向かってサメ怪人と接触するか?それとも使い魔を使って尾行でもするか?
そう迷った時だった。蜘蛛怪人の腹部が強い光を放つ。
「やばっ」
咄嗟に使い魔を動かそうとするが、どこまで行っても紙飛行機。大した速度は出ない。結果、回避が間に合わず爆発に巻き込まれた。少し遅れて、ここまでその音が響いてくる。
破損し、燃え始める紙飛行機。これ以上の偵察は不可能。ポイ捨てする様で心苦しいが、炎上している車の近くまでどうにか滑空させ、自壊用の術式を起動。発火させて証拠隠滅を行う。
燃え尽きる紙飛行機の視界で、どこかへと走っていくサメ怪人の足を見た。
「ふぅ……」
完全に壊れた紙飛行機との視界共有が切れる。そっと手鏡を閉じて、息を吐いた。
結局何だったんだ、あれらは。
色々とこの世ならざる存在を知った気でいたが、あんな特撮めいたものは知らない。そういうのは日曜朝にでもやってくれ。
幸い、と言っていいのか。橋からここまでは遠い。爆音もかなり小さかった。眠っていたら気づかなかったほどだろう。
だが、さて……。結局、現場に行くか行かないか。
少し考えて、今日はやめておく事にする。今から向かってもサメ怪人はいない可能性が高いし、サメと蜘蛛。どちらかの勢力が現地に向かっているかもしれない。情報が不足している現状、不用意に近づきたくない。
ただ、暇だと思っていた明日の予定は決まってしまったようだ。
* * *
サイド 新垣 巧
ヘリから降りながら、眼鏡の位置を直す。
「状況は」
「本土と島をつなぐ橋は封鎖済みです。もっとも、今は使い物にならんでしょうけど」
「情報規制、ひとまずは上手くいっています。ですが、もって五日が限界かと」
「先行した細川から連絡です。橋周辺の確保は成功。幻影魔術の使用許可申請がきています」
「許可する。各員、予定通りにいこうか」
「「「了解」」」
ちらりと、飛び立っていくヘリを見て出そうになるため息を堪える。
ああ、はたして今回も生き残れるのだろうか。生き残れたとして、五体満足で済むだろうか。はたまた精神を狂気に飲み込まれないだろうか。
この世の『裏側』と関わる時、いつも不安になる。そして、その恐怖心を失わないよう心掛ける。もしもこれを失ってしまえば、きっと自分は生きて帰れない。
その恐怖心を維持したまま頭の片隅に置いておき、思考を切り替える。
この島、『貝人島』の現状だ。
今から二時間前、人型の異形二体が本土と繋がる橋近辺で交戦。死者十二名の大惨事だ。片方の『一部』が現場では確認済み。現場にあった車のドライブレコーダーから、蜘蛛の様な異形の死体だと仮定。もう一体、サメの様な異形は行方知れず。
更に、この島の漁師が三人、先日の明け方から行方不明。捜索に出た近隣の海上保安庁の船も突如船体に穴が開き、引き返す事に。以降はこちらからの要請で捜索は控えてもらっている。サメの異形との関連性は不明。
この島は今、陸路と海路を実質使用不能にされたわけだ。海路の方はわからないが、橋の方は偶発的な気もする。だが、確定情報はなし。
なんともまあ、きな臭い所に来てしまったものだ。
まったくもって嫌になる。三カ月前にあった東京の事件から、こっちは碌に帰れていないのだ。
我々警視庁公安部特殊害獣対策課。通称『特課』は対怪物専門のプロ集団……というのは名目だけで、実態は訳の分からない事への何でも屋。東京の事件から、いつにも増してこき使われている。
貝人島は人口が少ないので情報規制や人の出入りを管理しやすい反面、現地の警察との連携は期待できない。
部下が回してくれた車に乗り込み、窓から遠くに見える海を見やる。
大きな波は見えず、静かに星明りで照らされた海は幻想的で――不気味なほど、静かに思えた。
読んでいただきありがとうございます。
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