プロローグ
プロローグ
サイド 剣崎 蒼太
バスに揺られながら、窓の外に見える海を背に真剣な顔で唱える。
「だから、やっぱりおっぱいこそが至高なんだよ」
そう話しかけた相手は、『尾方響』だ。
百八十を超える長身である自分より更に大柄な、少し四角い顔立ちをしている。これで同い年なのだから驚きだ。
「会長、またそれですか」
彼は『義手』である右手の先で頭を掻きながら、小さくため息をつく。
「いや、響が呆れるのもわかる」
「わかって頂けましたか」
「確かにちっぱいも素晴らしいと思う」
「違う、そうじゃない」
「俺はお尻も好きだ。太ももも好きだ。うなじも好きだ。だが、それ以上におっぱいが大好きなのだと言いたいんだ」
「会長、自重して下さい」
そうは言っても、バス内には自分達以外に運転手のおじさんぐらいしかいない。そこまで気にしなくってもいいだろう。
というか、我ながら少し自棄になっている自分がいる事はわかっている。
「今の俺はある意味無敵の人だぜ……?」
そう、現在三月の中旬。今年の春休みは少し長くなり、本日から休みとなる。
理由としては、アバドンが一番大きい。というのも、あの一件で東京は深刻な被害を受けた。更に言えば、各国から『支援』の名目でやってきている人達の大半が、隠す気もなくアバドンの死体に跳びついている。
現在、この世に存在した唯一の怪獣だ。創作の中の存在ではない。それを調べ、あわよくば利用したいのは誰だって同じだろう。
だが、それで迷惑をこうむる日本としてはたまったものじゃない。ただでさえ日本の復興で忙しいのだ。しかも東京都庁が原因不明の壊滅をしてしまったせいで、色々と混乱している。
日本政府側も『人斬りってどう考えても日本人だよね?』『つうかアバドンも日本産では?』『あと金原武子ってテロリストの事なんだけど……』と、国際社会からフルボッコにされる材料があり過ぎて強く出られない。
結果、行政機関が色々ストップしたり混乱したままだったりで、そういうのが学校機関にも影響が出たのだ。
だから今年の春休みは三月の中旬から四月の終わり頃となっている。
まあ、自分が自棄になっている理由はそれだけではない。
「嗤えよ……この意気揚々と受験して第一志望に落ちた元会長を嗤えよ……」
第一志望、落ちました。
言い訳を、させてほしい。普通さ、中三の十二月という大事な時期に殺し合いさせられてまともな精神状態で、受験合格とれる奴おる?
しかもあれから三件ほど小さい事件にも巻き込まれたのだ。どれも変な神話生物が人を襲おうとしていたのを、魔力をたどった結果気づいて殴り飛ばしただけだったが、警戒はしなければならなくなった。いつ、自分が片手間に倒せない化け物が出てもおかしくないのだ。
……いや、よそう。言い訳をし続けるのも見苦しい。自分は第一志望に落ち、念のため受験した第二志望に通うのだ。
「か、会長……」
「というか、そろそろ会長呼びやめろや」
響を八つ当たり気味にじろりと睨みつける。
「もう会長じゃないんだし、剣崎とか蒼太とか。普通に名前で呼ぼうよ」
「……僕にとって、会長は会長だけですよ」
「はー……」
これだ。どうにも自分がランスに会長の座を譲った後も、こうして会長呼びしてくる奴が多い気がする。というか、そもそももう卒業して高校に上がろうというのに。
意外な事に自分は人望があったらしい。外面には気を付けていたが、まさかこうなるとは。
その自分で塗り固めてしまった虚像をどうにかする為にも、猥談をしているのだ。
いや、単純にしたいからというのもあるんだけどね。猥談。
「話を戻そう。響はどういうパイ乙が好みだ?やはり巨乳か?それともちっぱい派?まさか、手のひらにジャストフィットする普乳派か……?」
「……会長、無理を、なさらないでください」
「違うんだよなぁ……」
まただ。また微妙に会話が成立しない。
何故か旧生徒会メンバーやそれ以外の中学の友人、知人に性癖について話すと『無理をしないでください』と言われるのだ。
まさか、まだ自分が『男の娘派』と思われているのか?
「何度も言うが。俺はストレートに巨乳信者だ。同性愛を批判する気はないが、俺は巨乳美女や美少女が大好きだ」
「はい……わかっています、会長」
「うーん、この」
どうしよう。ちょっと眩暈がしてきた。
どうすればこいつらの中で自分が男色の気はないと納得できるのか。
「……俺が巨乳美少女の連絡先を持っていると言っても、俺の性癖が信じられないかね」
「え?」
心底驚いた顔をする響。食いついた……!
「ほ、本当ですか会長!?あ、あの会長がまさか!」
「あの会長がどういう意味かは置いておくとして。マジだぞ。東京のシティーガールだ」
ふふん。と得意げに鼻で笑う。いやぁ、こうして同年代に自慢するのは気分がいい。精神年齢は別として、現在ピチピチの十五歳だから同年代である。
ああ、前世ではクラスのイケメンが女性事情で自慢しているのを遠目に妬むだけだったが、今や自分がその立場になろうとは……!
性格は少しアレだが、明里は見た目だけなら黒髪清楚巨乳美少女。性格は少しアレだけど!アレだけども!大事な事なので三回言った。
「まあ、お前には教えんがなぁ!」
「ええ!?」
何が悲しくって自分と仲のいい美少女の情報を他の野郎に明かさなければならんのだ!そっちと仲良くなられたらどうする!
愛のキューピッド役は嫌だ。むしろ恋に落ちる矢をください。見かけた巨乳美少女に片っ端から撃ちます。
「えっと……会長の妄想の中の住民、と言う事はないですよね?」
「失礼だな君は!?」
本当に俺はお前らにどういう風に思われてるの!?
ちょっと本気で今までの自分を振り返りながら、窓の外に広がる海を眺める。そろそろ『島』に到着するようだ。
『貝人島』
響の祖父母が住んでいる島らしく、人口は四千人ほど。孤島と言うには広く、大きな橋が本州との間にかかっている。
この島は数十年前、日本で行われた『食料自給率改善運動』の為に拡張された島の一つらしい。
その政策は、ようは小さい島の周りにメガフロートの技術を応用して農地を増やし、食料自給率を上げようというものだった。
結果的に言うと、その政策は失敗した。
理由はいくつかあるらしい。コストに対して収穫量が見合わないだとか、単価の高い作物をどこも育てて肝心の小麦などが採れないだとか。他にも国際的な問題がどうのこうの。
そんなわけで、やたら広いのに人口は少ない島が出来上がったわけだ。この橋も、予算不足か正直老朽化が酷いように思える。
「それはそうと、本当によかったんですか、会長」
「いいもなにも、渡りに船だよ」
申し訳なさそうにする響に、苦笑いで返す。むしろ人を同性愛者で脳内彼女がいる奴と疑った事を申し訳なく思って?
今回響の祖父母の所に向かう理由は、一言で表すとバイトだ。
第一志望だった寮のある共学校は落ちたので、自分は第二志望の共学校に通う事になった。
で、だ。いい加減一人暮らしがしたい。
高校生の一人暮らしはあまりよくないとは思うのだが、自分は前世持ち。あまり、今の両親に負担をかけたくない。あと、義妹について少しなぁ……。
どうにも、自分は彼女に嫌われている。まあ、彼女もこちらが血の繋がらない他人だと知っているようだし、そんな異性が家にいるのはよく思わないだろう。
更に言えば、自分が最近あの子をついそういう目で見てしまうのもある。
ひいき目無しに蛍は美少女だ。スレンダーな体つきだが女性らしい丸みはあるし、あの美脚はとてもいいと思う。お尻も小ぶりながらプリッと……いや、こういうのが嫌われる原因では?女性は視線に敏感と聞くし。
とにかく、義妹をそういう目で見るのはあまりによくない。万一があればここまで育ててくれた今の両親に対してもあまりに不義理。ここは、物理的に距離をとるのがベターだろう。
だが、問題が一つ。金だ。
両親が多少は出してくれるのだが、それは申し訳ない。出来るだけ負担を減らしたいのだ。
更に言えば、東京に急遽行ってバトルロイヤルに参加したのもでかい。新幹線の費用と魔道具の材料代でかなり懐が……。
そんなわけで、短期でいい金額が貰える今回のバイトは非常に助かる。
単純な肉体労働系なら、このチートボディはかなり役にたつ。やろうと思えば大型重機ばりの動きとて容易い。
そうこうしていると島に到着し、バスを降りる。
潮風を感じながら、綺麗な青い海を眺めた。ああ、こうして大自然を見ていると第一志望に落ちた事も、友人達に同性愛者と勘違いされていた事も、金がない事も大したことないように思えるな……やっぱ無理だわ。辛い。
「じゃ、行きますか」
「ああ。よろしく頼む」
荷物を肩に担ぎ、響と共に歩き出そうとして、ふと違和感を覚えた。
「うん?」
「どうしました、会長?」
「……いや、なんでもない。気のせいだ」
一瞬。ほんの一瞬だけ。
海の中から、視線を感じた気がした。
読んでいただきありがとうございます。
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第二章『水上の怪人』。はじめさせて頂きます。
旧生徒会役員「会長がまた無理をして女性の話を……ランスとグウィン許せねぇ!」