エピローグ 下
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サイド 剣崎 蒼太
東京から帰り、地元に戻って来た。
帰って来た直後は生徒会時代の友人達に心配されたり、義妹にひたすら無言で見つめられたりして少々大変だった。義妹のあれは、心配していたという事でいいんだろうか……?
なにはともあれ、集中しなければならない事がある。
受験である。
現在中学三年生。生徒会長として築いた内申点は露と消えた。そして12月という追い込み時期にバタフライ伊藤のせいでメンタルも肉体もぼっろぼろにされた。というか、肉体はともかく精神の方は今もダメージを残している自覚がある。
マジでふざけんなよあの邪神……。
明里とは今も時折連絡をとっている。あの後は本当に大変だった……ショットガンの修理はパーツごとに魔法で直してそれを明里が組み立てればよかったのだが、問題は銃弾の方。あれは結局補充出来なかったが、どうするんだろう……。
洗濯も終わったので自室に戻り、勉強の続きをしようと廊下を歩く。
「兄さん……」
「うん?」
後ろから声をかけられ、振り返れば蛍がいた。
剣崎蛍。義父母である剣崎夫妻の実子にして、自分の義妹にあたる。彼女は染めたわけでもない茶色がかった髪をショートに揃え、そのジト目をこちらに向けていた。
彼女から声をかけてくるのは珍しい。ここ数年は必要事項ぐらいしか喋らず、それ以外だとグウィンの不倫……不倫?騒動の時ぐらいではないだろうか。
「どうした?」
「……何か、あったの」
静かにされた問いかけに、どう答えたものかと少し悩む。
何故か、蛍をはじめ自分の周囲には再三『本音を言え』と言われているのだ。自分に嘘を言われるのがよほど嫌らしい。いや、別に普段から嘘をついているわけではないし、きちんと本音を言っているのに信じてもらえず怒られるのは理不尽だと思う。
だが、今回は本当の事を全て言うわけにはいかない。転生者同士で殺し合いをして、邪神が召喚されそうだったので阻止をしました。なんてどう説明しろと。
それに、魔法に関わると精神に影響が出る場合がある。
特殊な力を得て傲慢になるから。という話ではなく、直接精神に干渉してくる場合がある。
聞いた話では、明里は魔導書を開いた瞬間一時的に意識を消失。その後、邪神に憑依された疑いがある。
まあ、明里本人の『巫女』としての適性が高かった事と、土地が奴の魔力を帯び過ぎていたのもあるのだが。
とにかく、魔法は下手をすると関わっただけで大変な事になる。
「あー、まあ色々あったんだよ。アバドンも出てきたし」
とりあえず『嘘は言っていない』範囲で誤魔化すか。
「色々って、なに……」
「あまり、話したいことじゃないんだ……」
これも、嘘ではない。
あまりにも人の死に関わり過ぎたし、自らも手をかけた。とてもじゃないが素面で話せる内容ではない。
「……なら」
何かを言いかける蛍。そのタイミングだった。
「っ……!?」
ぞわりと、強い寒気が背筋を襲う。無言のまま、振り返らずに自室のドアに触れて魔力を少しだけ流し込んだ。
この家には、幾重にも魔道具を仕掛け結界を構築している。十年近くアップデートをくりかえし、強化をする事で人斬りであっても侵入が難しい要塞を築き上げた。隠蔽も全力で行ったので、結界自体も魔法関係者すら初見では気づけない程の偽装もしている。
だというのに、それら全てが『異常なし』と判断する中……自分の部屋から異様な気配を感じ取っていた。
これは……自分が気づいたと言うよりは、『早く来い』という呼び鈴。
嫌な汗が、背中を伝う。
「兄さん、聞いてるの……?」
胡乱な目で見てくる蛍に、引きつりそうになる顔でどうにか笑みを向ける。
「なにか、なにか私にも出来る事が」
「ごめん、急用が出来た。この話は、また今度だ」
「……っ!」
何故か眉間に強く皺をよせたかと思うと、どこか悲し気な顔をする義妹に少し困惑する。
「そう……やっぱり、私なんか……」
「蛍……?」
「別に、いい。私は部屋にいってるから……」
少しだけ荒い足音をスリッパで出しながら歩いて行く蛍。彼女に声をかけるか迷うも、これ以上気配の主を待たせるわけにはいかない。蛍には後で話を聞くとしよう。
硬い唾を飲みこんで、自室のドアをノックする。
「どうぞー」
鈴を転がすような声が扉の向こうから聞こえてくる。
最悪な事に……そして、予想通りな事に。
それは、聞き覚えのある声だった。
「剣崎蒼太です。失礼します」
少し開けて一礼をしてから、静かに室内に入ってドアを閉め、もう一度礼。気分は就活生の頃だ。
もっとも、命がけの面接なんてやった事はないが。
「おいおい。この部屋は君のだろう?なら、そう畏まる事もないじゃないか」
そう半笑いを向けてくる、褐色肌のシスターに目を向ける。
彼女は……邪神は、長い肉感的な足を優雅に組んでベッドに腰かけている。そうは言いながらも、我が物顔で居座っているあたりなんと答えろと言うのか。
「御身を前にして、その様な事は」
そう言いながら跪こうとしたのだが、不自然に体の動きが止まる。
内側からの干渉ではない。大気や重力に何かしたのか。強引に振りほどけないほどじゃないが、それをしたら碌な事にならないのは明白。
視線だけで、どういうつもりかと問いかける。
「ああ、いいよ。楽にしてくれ。私は君に敬意をもっているんだよ?」
ニヤニヤと薄ら笑いを浮べたまま、邪神は言葉を紡いでいく。
「それにね?私の顔を焼き潰しておいて、今更そういう態度もないんじゃないかな?」
そう言いながら邪神が己の顔を手で撫でると、黄金比としか言いようのないほど整っていた美貌が消え失せる。
掌が通り過ぎた後には、焼けただれて潰れた顔。目も鼻も口もなく、歪な火傷跡が覆っている。
「……必要な、事でしたので」
「ああ、勘違いしないでおくれ。怒ってなんかいない。むしろ私はすこぶる機嫌がいい」
もう一度手を撫でるように動かすと、元の美しい顔に戻る邪神。
自分が放った一撃は、どうやら大した傷を与えられなかったらしい。それでも、無意味な攻撃ではなかったと思いたい。
「だからね、忠告をしに来てあげたのさ」
「忠告……?」
「そう。私はゲームに勝った相手にはとても親切だからね」
大仰に、座ったまま邪神が両手を広げる。
「鎌足尾城。『表向きの』日本裏社会で天下を取りかけていた、獅子堂組の若頭。彼が死んだことで、その界隈ではまた大混乱が起きるだろうね」
邪神は目の前にしかいないはず。だというのに、声は複数の方向から聞こえてくる。
それらは男であったり、女であったり、老人であったり、子供のようであったり。誰一人同じ声ではない別々の声音で語られる。
「アバドン。彼女は随分と悪食でね。よく陸地で暴れている時の事を取り沙汰されるが、海にいる時間の方が長いんだ。彼女はいったい、海で何を食べていたんだろうね?」
「金原武子。中東で破壊と再生を繰り返していた彼女だが、あの子がいなくなった後はどうなるのだろうね。膨れ上がった欲望と憎しみ。きっと君が知る前世よりも酷い事になるよ」
「人斬り。彼女は新しい世界秩序の一つだった。どこの政府機関も彼女の存在を前提に、法の整備や外交をしていたからね。今は彼女との連絡が一切できなくなって、裏側では皆大騒ぎだ」
「魔瓦迷子。教祖として真世界教を立ち上げたわけだけど、彼女という旗印が消えた今どうなっているのかな?狂気というのは感染する。それがどういう結果をもたらすのやら」
声が止み、目の前の邪神がニッコリとシスターらしい笑みを浮べる。
「『私の方から』、君や明里ちゃんを自分のゲームに強制参加させる気はないよ。君達の方から参加を表明する場合は別としてね」
誰がするか。と言いたいが、この邪神は『自分達はいつか必ず、自分達の意思で己のゲーム盤に来る』という確信をもっている気がした。
きっと、予測ではない。予知という名の決定事項。
「ただ……君も知っての通り、『縁』というのは厄介でね。君はそれから逃れられない。バトルロイヤルまでは全ての転生者は私の手でこの世ならざる存在から遠ざけていたが、今はもうそれがない」
コテリと、可愛らしく首をかしげる邪神。その仕草はまるで無垢な子供の様で。
浮かべられた人外の笑みとは、随分と違うものだった。
「さあ、これからも頑張ってね。私は君の事を、とっても気に入っているんだから」
最後に『我が愛しき使徒よ』と呟いて、邪神の姿が消え失せる。なんの予備動作もなく、ただ忽然と消えた。
自分の感知は魔道具も含めてそれを察知できず、奴が消えたと気づけたのは数秒程経ってから。
「か、は……!」
緊張で止まっていた呼吸が再開し、膝をついて大粒の汗を流す。
こみあげてくる酸っぱい物を飲み下し、顔を上げて笑みを浮べて見せる。
精一杯の、不敵な笑みを。
「上等だよ、くそったれ……!」
内心の怯えなど、あの邪神がもしもまだ見ているのだとしたら、手に取る様にわかるだろう。
だが、それでもここで不敵な態度を崩すつもりはない。それが性格の悪い奴の望む事だろうし、何よりも自分自身の気分の問題だ。
あんな奴の娯楽として、この命を消費されてたまるものか。
自分は生きている。生きているのだ。例え一度、あの邪神によって悪戯に奪われ、与えられた命だとしても。
絶対に、生き抜いてやる。
読んでいただきありがとうございます。
感想、評価、ブックマーク。いつも励みにさせて頂いております。今後ともよろしくお願いいたします。
おかげさまで、無事第一章を書き上げる事ができました。どうか、第二章もよろしくお願いいたします。
このすぐ後、第二章プロローグも投稿させていただきます。




