エピローグ 下
エピローグ 下
サイド 剣崎 蒼太
気持ち早歩きで街中を歩く。
一年前にアバドンの遺体を依り代にしようと『真世界教』が暴れたあの事件。アレにより人が一時的に消えていた東京だが、今はかつてと同じような賑わいを見せている。
あの一件は結局、『真世界教』がわけのわからない事を言って特殊なガスをばら撒いて住民を遠ざけ、そして大量の爆薬でアバドンの死体を消し飛ばした。というストーリーになったらしい。
正直ツッコミどころだらけの筋書きだが、テレビや新聞で『遺体の腐敗が進んでいたから』『某国から密輸した新型の爆弾で』とか、専門家が大真面目に言っていれば皆信じてくれるものだ。特に、自分の生活に直接関わりがない者達は。
アバドンの死体は消えた。だが、各国には未だその細胞が残っている。それに鎌足の子供もどこかにいるかもしれない。金原の王国は絶賛内乱中。どこから何が出るかわからない。今日も平和は薄氷の上。
というか、実際先ほどまで公安からヘルプを頼まれてアバドン細胞を使った違法組織をしばいた後である。響が足になってくれなければ、『今日の予定』に間に合わなかったかもしれない。
……まさかあいつがあんなに思い詰めていたとはなぁ。今は落ち着いたらしいけど。
そんな事をつらつらと考えていると、彼女の――明里の家へと到着する。
チャイムを一度。奥から響いた『はーい』という朗らかな声を聴くだけで、己の鼓動が少しだけ速くなったのを自覚する。
「やっ。来ないかと思いましたよ、相棒」
「ごめん。けど時間ちょうどだから勘弁してくれ」
「ふふん。心までパーフェクト美少女な私は寛大にも許してあげましょう」
「ははー」
長い髪をポニーテールに纏めた明里と笑い合って、家の中に。昨日ぶりの彼女の家は、しかし先日と違って人の気配が複数する。
「御屋形様、お待ちしておりました」
「くっ……この家事力……筆頭メイドたる私と互角……!?」
「なにを張り合ってるの貴女は……」
出迎えてくれるアイリ。そして何やら戦慄している九条さんとそれを見て呆れる京子さんに、軽く手をあげる。
「よ。準備手伝えなくてごめん。ケーキとか買ってこなくていいって言われたけど……」
「あー、それなら大丈夫です」
アイリが苦笑いしながら明里の方を向くと、そこには互いが作った料理を手にクロスカウンターしている九条さんと明里がいた。
うーん、このいつもの光景。
「おーい。食べ物の周りでふざけるのはやめろー」
「ふざける?否!これはどちらがナンバーワンかを賭けた神聖な戦い!」
「おっぱイストは黙って京子様の乳でも吸っててください」
「ぇ」
「黒江!?」
不毛な戦いとは無関係だとばかりに、シャンパンがノンアルコールかチェックしていた京子さんへ九条さんのキラーパスが飛ぶ。
思わず視線が彼女の巨大な胸に。爆乳。まさに爆乳。エロ漫画が出身地ですかと言いたくなるボディの持ち主たる京子さんの胸が、彼女がかきだく事でより強調される。
というか、この人ドレス姿である。胸元と肩。そして背中がガッツリひらいたやつ。つまり、谷間がすげぇ。
「御屋形様ぇ……」
「ちゃうねん」
苦笑を浮べるアイリにそっと首をふる。
ちなみにこの子は青い柄の着物姿だ。しっかりとした着こなしなので彼女の素晴らしいスタイルはわかりづらいが……着物を後ろから見た時のお尻って、なんかよくない?
乳派ですが尻も大好きです。
「……もう。そういう所ですよ」
「面目次第もございません」
やっべ視線がばれた。冷や汗を流しながら頭をさげると、そっと耳元で囁かれる。
「その……そういう事はまた後で……」
「………!」
目を見開いてしきりに頷く。
不肖、剣崎蒼太。『童貞』という悲しみの称号は既に捨てる事ができた身です。卒業したその日に赤飯を炊きました!自分で!
「あ、今日はそういうエッチなのは無しですよー」
「「ええっ!!??」」
だが繰り出される無慈悲な一撃。そんなどうして!?
「見ましたか京子様。剣崎様だけでなく海原様のあの動揺……」
「エロね。エロ家臣よ」
「小学生みたいな陰口はやめてください大人組!」
「「はーい」」
コントをしている三人をよそに、明里が腰に手を当てながら肩をすくめる。縦セタに包まれた巨乳が揺れた!
その上下運動に目が奪われそうになりながらも、気合で視線を彼女の瞳へうつす。
「昨日あれだけハッスルしたのにまだ出したりないんですか?流石のパーフェクト美少女である私も疲労というものが」
「あー!あー!!」
思わず大声で言葉を遮る。そういうのをさー!あんまりさー!他の人がいる場で言うのはよくないって思うなー!!??
皆の視線が痛い!
「ああ、はい。昨日はどうせお楽しみだっただろうなとは思いましたが」
「こうもはっきり言われるとリアクションに困るわね」
「自分だけ独り占めして他は駄目とか横暴だー淑女協定を護れー。というのは宇佐美家の総意です」
「勝手にうちの総意にしないで」
「いえご当主から『はよひ孫はよ』と言伝が」
「お爺様!?」
あの主従はギャグを挟まないと喋れないのだろうか。というか淑女協定ってなに?なんか自分が知らない所で取り決めが?
……いや。そもそもハーレムとか、逆にハーレム主の立場弱いパターンあるけども。というか三人と関係もったのも基本あちらから……やめよう。俺の心は強くない。
「いや。単にですね。今年ぐらいはお父さんが家に帰ってこれそうなので。ここでおっぱじめられると大変困るのですが?」
「えっ」
「ああ……そういう。いえ私としてはパーティーが終わったら家に御屋形様を連れて帰ろうかと」
「えっ」
「まあわかっていたけれどね。事前に連絡があったし」
「えっ」
「剣崎様」
「はい」
「今の御感想を」
「頭が混乱しています」
九条さんの差し出してきたしゃもじに答える……なんでしゃもじ?
いやそんな事はどうでもよくて!
「待って?いや本当に待って?聞いてないよ?」
「えー、だって蒼太さん聞いていたら逃げるでしょ?」
「心の準備がほしいなって!!??俺どういう顔でお義父さんに会えばいいの!?」
「その無駄にいい面で会えばいいでしょう」
「ありがとう君も可愛いよ!?」
「てへっ☆」
くっそ可愛いなぁうちの相棒はぁ!
けど、え、待って?俺の現状って『三人の女性とお互いが公認だからって関係もっている男子高校生』だよ?これ普通の親なら開幕グーパンだよ?
というか明里の親ならロケランが出てきても驚かない。絶対に普通の人じゃない。
「あ、そう言えば愛人……じゃない。響さんは?」
「え、あいつなら公安の新垣さんに報告をしてから……愛人ちゃう愛人ちゃう!?」
「「「えー?」」」
友達だから!?友達だからね!?
そりゃあ美少女になったなー、とか。エロイ体つきやでー、とか。無防備にくっついてくる乳尻太ももたまんねー。とか思うけども!そういう関係じゃないからね!?
「剣崎様」
「はい」
「エッチ」
「ユルシテ」
やべえ。自分で言っていて彼女達からしたら、どう考えてもアウトでしかないと認識する。
もうね。あいつ何なんだろうね。誘ってんの?
「どうしようどうしよう。結婚の挨拶とか娘さんをくださいとか、ああけどこの服装じゃまずいかな?今からでもスーツを買いに行った方が」
「おぉう。この人ただ会うだけなのに結婚の挨拶って認識してますよ」
「まあ間違っていないと思いますけど……」
「ふっ……若いわね。私なんてちょっとしか緊張していないわ」
「京子様お友達の家にお呼ばれしてご家族に会うって、会社絡みでしかないですもんね」
「黒江」
「はい」
「泣くわよ?」
「ごめんなさい」
あぁぁあぁあぁぁああああ!?ど、どうしよう。正装。とりあえず正装すべきか。けど今からスーツを用意してもあんまりいいのは……な、なら制服?いやそれも違うだろう。
自分の正装……自分の正装……はっ!
「鎧を着れば……!?」
「それやったら怒りますよ?床傷つきますから」
「はい」
「御屋形様……すっかり尻にしかれて。いやこれ前からだな……」
我が家臣よ。言わないでくれ。あと尻に敷いているどうこうなら君も大概だと思うな。
もしかして俺、かなりピンチ?
『ピンポーン』
無慈悲に鳴る電子音。自分の第六感覚が告げている。このチャイムを鳴らしたのが、明里のお父さんであると。
顔から血の気が引く。覚悟を、決めよう。とりあえず開幕土下座。からの『娘さんを私にください』だ。どれだけ彼女を愛しているかをアピールするしかねえ。
もう顔面にバズーカだろうがミサイルだろうが受ける覚悟でいこう。自分がろくでなしという自覚はある。甘んじてぶっ放されるべきだ。
「お父さん、おかえりー!」
「ああ、ただいま明里。また一段と綺麗になったね」
「ふふん。お母さんに似たでしょう?」
「うん。本当にそっくりだよ」
親子の会話が玄関の方から聞こえてくる。だが音としては認識できても会話として脳が処理できねえ。
「あれ、響さん?」
「どうも。偶然出会ったので、一緒に」
「なるほど。まあとにかく奥へどうぞ」
「はい。失礼します」
「それより明里。靴が多かったけどお友達でも来ているのかい?」
「はい!愉快な友人達と我がパートナーが一緒に今日を祝おうと!」
「そうか。いやー明里の友達に会えるなんて楽し……パートナー?」
来る。使徒としての感知能力が、お義父さんの到来を察知。なんか見知った気配な気がするし、隣に響の魔力も感じるがそれどころじゃない。
三、二、一。
「あ、明里?パートナーって」
「娘さんを私にくださいお義父さん!!!!」
「 」
……あれ。もしかして自分やらかした?
静寂に包まれた部屋の中、恐る恐る顔を上げる。
「えっ」
お義父さんの姿を見て、思考が止まった。
厚ぼったい丸眼鏡。五分刈りと言えばいいのか、坊主に近い頭。これといった特徴が見つけられない顔立ち。そしてスーツの上からでも微かに感じられる火薬の臭い。
不敵な笑みを浮かべたまま固まる『新垣巧』さんに、こちらも表情が固まった。
「蒼太さん。こちら私の父で『新城守』と言います。前にもお話ししましたが警察官です。そしてお父さん。知っているだろうけど剣崎蒼太さん。私のパートナーで使徒です」
あっさりと。いいや、してやったりと顔にありありと浮かべながら、明里がそう紹介してきた。
「……え?え?どういう事どういう事?」
「京子様」
「く、黒江?」
「どういう事でしょう……?」
「貴女もわからないのね?うんそうよね……どういう事?」
「なるほど。新垣さんと明里さんは親子だったと。世界って狭いですねー」
混乱する宇佐美主従。あっさりと受け入れるアイリ。そして未だ硬直する野郎二人。一切を無視して洗面所へ手洗いうがいに行く響。
「いやー。お父さん私がまだ気づいていないと思っていましたね?残念ながら、蒼太さんの口から『新垣さんっていう凄い公安がいる』と聞いた一カ月後にはお父さんだと確信を持っていましたよ」
「あか、明里?」
「はいお父さん」
「……本当に、お母さんに似たねぇ」
「はい!けどお父さんの教えもあってこそですね!電子戦とか!」
「そうねー……」
壊れたブリキのようにしてこちらに向き直るにいが……新城守さん。
「『蒼黒の王』」
「は、はい。守さん」
「君に娘はやらん」
「そんな!?」
どたどたと床を動いて彼の足にひしとしがみつく。
「知らない仲じゃないじゃないですか!?そうもきっぱり言わなくても!?」
「五月蠅いよ知っているから拒否してるんだよこのヘタレ転生者」
「ヘタレなのは否定しませんけど!?しませんけども!!」
「ええい離せ色情魔!そこの海原くんとか宇佐美家の主従で我慢しなさいうちの娘に手を出すな!」
「愛してるんですぅぅううううう!」
「鼻水汚いな!?」
「お父さん」
俺の頭にリボルバーを突き付け殴る様に銃口をぶつけてくる守さんの肩に、明里の手がそっと置かれる。
「明里。お父さん認めませんよ!明里にはまだ早い!特にこんなヘタレ変態とか!」
「お父さん」
「あ、明里……?」
ニッコリと、明里が笑いながら首を傾げる。
「私、お父さんにそこまで言ってもらえるほど親らしい事してもらった覚えないなぁ」
「こひゅっ」
あ、守さんの呼吸が止まった。
「一度も授業参観に来てもらった事がないし」
「 」
「お手伝いさんが来るだけで、いつも私は家に一人だし」
「 」
「電話しても滅多に出てくれもしないよね?」
「 」
「待って明里!?お義父さんのライフはもうゼロだよ!?」
呼吸止まるどころか心臓止まってないかこれ!?こんな新垣さん初めて見たよ!?
というかどう呼べばいいのかわかんねえよ!?よしわかったもう『お義父さん』って呼ぶわ!
「けど私はお父さんが大好きです。この世で二番目に愛していますよ」
「あ、明里ぃ……!」
あ、瞬間解凍した。そして銃口の打撃が再開された。まあその程度でこの手は離さないけどな!
結婚を認めてもらえるまでこのコアラスタイルは維持する所存である……新手の当たり屋かな?
「私が何不自由なく暮らしていられるのもお父さんのおかげです。教えてとねだったら、銃も爆弾も教えてもらえました。とても感謝しています」
「明里ぃ……お父さん……お父さんそれだけでここまで頑張って来たかいがあったよ……!」
「まあ今の一番は蒼太さんですが」
「明里ぃぃぃぃぃぃ!」
泣き崩れるお義父さん。その肩をそっと抱く。
「お義父さん。娘さんの事は、任せてください……!」
「うるせえ黙れ殺すぞ」
「ひんっ」
こっっっっわ。え、今人生で一番強い殺気あてられたんだけど。
「さ!二人の親睦の為にもクリスマスパーティーです!台所の料理を運んじゃいましょう!」
「あ、はーい」
「今手を洗ってきました。手伝います」
「黒江。未だに話しについていけない私がいるわ」
「奇遇ですね京子様。私もです」
パンパンと手を叩いて号令を出し、アイリと響を率いて台所に向かう明里。呆然とお義父さんを見て固まる宇佐美家主従。
そして向かい合って立ち上がるお義父さんと俺。
「……ここではあえて、蒼太くんと呼ぼう」
「は、はい」
正直、まだ混乱しているし、何をどう話していいのかわからない。
ただ、ここで目をそらすのだけはしてはならないと、そう思った。
「君は娘を護れるかい?外敵からも。呪いからも。神からも。病気からも」
「はい。全身全霊をもって。あの子が俺を守ってくれるように、俺もあの子を守ります」
これだけは胸を張って言える。
何故なら、俺達は相棒なのだから。
「……そうか」
「はい」
「それはそれとして君が息子とかやだぁ」
「この流れで!?」
「だぁって前世と今生足したら同年代じゃん君ぃ。殺したーい」
「今生はピチピチの高校生ですから!?というか貴方そういうキャラだっけ!?」
「うるせーたぶん冷静になったら逆らえないから自発的にラリる必要があるんだよわかれ」
「理不尽!?」
そうこうしている間に机一杯に並べられた料理。そしてノンアルコールのシャンパンが入ったグラスを手に、明里が割って入ってくる。
「はいはい。仲が良いのはいいですけど、この私を放置とか怒りますよー」
「仲良くない。明里。お父さんこいつと仲良くない」
「そんな!?俺は友達と思っているのに!」
「DA☆MA☆RE」
「ほらお父さん。グラス持って」
「ぬぅ」
グラスを押し付けられるお義父さん。とっ、自分もグラスを。
そう思っていたら、明里がグラスを持っている自分の手の上に俺の手を重ねるよう引っ張ってきた。
目が合うと、ぱちりとウインクされる。
それに苦笑で返し、彼女を後ろから抱くように手を添えた。
「それでは、失礼ながら音頭をとらせて頂きまして!」
「うん?待て蒼太くんその手はなんだね」
「かんぱーい!!」
「「「かんぱーい!!」」」
皆でグラスを掲げて、騒がしいクリスマスパーティーが始まる。
京子さん達から話しかけられて思わず仕事モードに戻るお義父さん。俺の事で盛り上がるアイリと響。それを楽し気に見つめる明里の隣で、自分もこの騒がしい一幕を笑顔で見守った。
* * *
二階のベランダで夜空を眺めながらグラスを傾ける明里の隣へ、自分も並び立つ。
「おや、アイリちゃんとランデブーだったのでは?」
「いや。なんか九条さん立ち合いのもと響と本気の模擬戦をするとか……どっちが一の家臣かって」
「あー、わかります。格付けって大事ですから」
そして京子さんは九条さんについて行ったし、お義父さんは職場から呼び出しがあって山田さんと竹内さんに連れ戻された。
今、この家には自分と彼女の二人きり。だからこそ、確かめないといけない事がある。
「それに……明里が何か話したそうだったから」
自分もノンアルコールのシャンパンを一口飲み、唇を湿らせる。
「お義父さんも呼んで、皆を集めて。まるで最期の思い出づくりみたいじゃないか、相棒」
「……たまーに勘がいいですよね、蒼太さんって」
「茶化すな。それより、否定しないんだな」
明里がため息をついて、ベランダの柵へと体を預ける。
白い息をはきながら、視線は月へと向けられている。
「別に、死ぬとかそういうのじゃないんですよ。ただね、去年の今頃も伝えましたが……私はあの邪神に目をつけられています」
「ああ……」
あの後彼女の口から、どうして邪神の力をその身に宿せたのかを聞いた。
自分と彼女が出会った、東京で行われた使徒同士の殺し合い。その勝利者となった俺達はあの邪神が開くゲームに呼ばれる事はなくなった。
だがその時、明里は口を挟めない状態だった。その『権利』に肯定も否定もしていない。
故にその権利を返却。代わりとしてあの場のみ、邪神の力を手に入れた。
「邪神の力を引き入れた時、私は私じゃなくなりかけていたんですよねー。どれだけ強い柱を心に持っていても、海水に沈められたら意味がない。人間の精神では、限界がありますから」
そっと彼女が己の唇に指をあてて、こちらを見てくる。
「だから、勇気を貰いました。流れ込んでくる魔力や感情の波を打ち払えるぐらいの太陽から」
「……俺なんかでいいなら、いくらでも一緒にいてやる。まさかとは思うが、邪神に狙われる自分は放って置けとか言わないよな」
「そのまさかですよ」
初めて見る、彼女の少しだけ不安そうな顔。困ったように笑いながら、グラスを傾ける。
「今の所はこれといった攻撃を受けていません。ですが、いつどんな悲惨な戦いに招待されるかわからない。そして……私はそれを、楽しみにしてしまっている」
「ああ。君はそういう奴だろうな」
「私は自分を『完璧な人間』と思った事はあっても、『正常な人間』だとは思った事がありません」
――正常な人間は、武器を向けられれば恐怖する。新城明里は高揚し、己もまた武器を取る。
――正常な人間は、死にかければ絶望する。あるいは死にたくないと全力で足掻く。新城明里は、己の死さえもどこか楽しんでいる。
――正常な人間は、人を殺す事に忌避感をもつ。新城明里は、必要なら散歩でもするような気軽さで、武器を振り下ろす。
正常とは。人間とは。そういう細かい話は無視したとして。はっきりと言える。新城明里という少女は『まともじゃない』。
「蒼太さんみたいな普通の人は、時々非日常を求める事はあってもそれが日常化するのは嫌なのだと聞きました。けれど私は、鉄火場にこそ己の生を実感します」
むしろ、それこそが私の日常であると。
そう言った彼女が、柵から離れこちらに向き直る。
「剣崎蒼太さん。こんな事、一生で一度しか言いません。本当に私と共にいるつもりですか?私は私がろくでなしだと知っている。殺し殺される空間にこそ充実を覚える存在です。今の貴方には、支えてくれる人がたくさんいます。他でもない貴方が手に入れた、大切な絆が」
グラスを柵の上へ置き、彼女は一度呼吸を途切れさせて、そして大きく息を吸ってからかすれそうな声でこちらに問いかける。
「貴方は、超常の力を持った凡人です。本来なら私の隣に立つべきではない人です。それでも、それでも貴方は……蒼太さんは」
そこで、彼女の言葉が途切れた。辛そうに目を伏せ、しかし数秒後には笑ってみせる。
いつもの様な、自信に満ち溢れた笑顔を。
「まあ。貴方がいなくとも私は十分にやっていけますが!なんせスーパーパーフェクト美少女ですので。自分が私から離れたらダメだ、とか。そういう自惚れはいりませんよ?なんせ私は天才ですから!」
「明里」
そっと、彼女の手を取って。
「一緒にいさせてほしい」
ただ真っすぐに揺れる瞳を見据えた。
「ろくでなしと言うのなら、俺の方こそそうだ。百人に聞けば百人がそうだと答える。なにより、俺はお前と離れたくない。お前のいない世界なら、いらない」
一年前のこの日も俺は彼女に告白した。
だから、何度年を跨いでも俺は彼女に思いを告げよう。
「天国でも地獄でも。生まれ変わってもお前の隣にいる。これは俺の我が儘だ。抵抗したいなら、してくれて構わない」
意趣返し。ではないけれど、そう言って彼女の唇を奪う。
色々と経験したのに、おっかなびっくり動く俺に。彼女は小さく目を見開いた後、そっと瞼を閉じてくれた。
それから十秒ほど。どちらともなくそっと離れる。今度は、ちゃんと息をしていたから深呼吸も必要ない。
「……馬鹿ですね、相棒」
「お互い様だよ、相棒」
彼女が手に取ったグラスに、自分も軽く合わせる。
「これからもよろしく。明里」
「ええ。こちらこそ。蒼太さん」
月夜が見守る空の下。もう一度、二人の影が一つになった。
今まで読んで頂きありがとうございました。ここまで書けたのも皆さまのおかげです。
感想、評価、ブックマーク。いつも励みにさせて頂いております。途中から感想の返事が書けなくなってしまった事、誠に申し訳ございません。毎日読ませて頂いておりますし、創作意欲の燃料にさせて頂いております。
どうか今後ともよろしくお願いいたします。
注意。この少し後に投稿する『X章 使徒戦隊!テンセイシャーズ』はほぼギャグです。最終回の余韻を、という方は少しだけ間をおいてから読んでくださる事をお勧めいたします。
知らねえ、祭りだ!という方は次のお話しへ、どうぞ。




