エピローグ 上
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サイド 剣崎 蒼太
事件が終わり、気が付けばもうクリスマスとなっていた。
あの後は大変だった。手持ちの治療用指輪が両腕諸共なくなってしまったので、やむなく自分の腕から明里に血を直飲みさせて治療。本来ならかなり危険な行為だが、微かに残っていた神気のおかげで事なきをえた。
治療後、彼女の髪が一房残して元に戻ったのだ。残った銀色の一房も神格としての力というより『巫女』としての力だろう。
スーツがボロボロの彼女にその辺のピュートーンからはぎ取った服を着せ、ついでに響も回収し外に。
未だ意識を失っている二人を担いでとにかく新垣さんに合流したのだが、こちらを認識するなり彼の動きはとてつもなく早かった。
『蒼黒の王陛下の相棒殿となればかなりの重要人物ですねこれはすぐに緊急入院して精密検査が必要です山田くん悪いけどこの子に付き添って前田くんはエマとスペンサーに連絡僕のポケットマネーから彼女の護衛につくよう依頼して僕は上に話しつけてくる王の相棒に余計な事しちゃだめこれ絶対』
まさかのノンブレスである。どっから出したあの肺活量。
そしてついでに『あ、この子僕の協力者ですね。よく覚えてませんけど』と言って響も回収。『使徒っぽいしええやろ』の精神でこいつにも血を飲ませといたので大丈夫だろう。
そしてアイリと合流して情報交換したり、宇佐美さんの所にも顔を出してと。気が付けば日を跨いでいたわけだ。
だが自分以外は色々と忙しいのはこの後が本番。事後処理に走り回る事になった……らしい。
自分も身内が二名やらかしたので、何か手伝える事はないかと尋ねたら宇佐美さん、新垣さん両名から『写真と名前使わせろ』と座った目で見られたのは正直怖かった。
それから二人や、よく知らないお偉いさん達と写真を撮っていって、なんか漁夫の利を狙っていたらしい魔術師や怪異を踏み潰していったわけだ。
……うん。自分もわりと濃い数日間を過ごしたはずなのに、新垣さんや宇佐美さん達を見ていると楽させてもらったんだなぁ、と。あの二人あれから何徹したんだろう。
そんなわけで、今日がクリスマス。同時に、明里が退院して家に帰ってくる日でもある。
実家の一件もあり高校にはしばらく休むと言ってあるので、自分は未だ東京にいる。両親の葬儀他諸々は、表の辻褄合わせが済んでからにしてくれと新垣さんから言われている。
けれど、自分が東京に残ったのは……何よりも、彼女と話すために。
「うむ。出迎えご苦労であーる!」
「ああ。無事でなにより」
病院を出て早々、冗談めかして言ってくる明里に苦笑しながら彼女の荷物を担ぐ。
黒髪の中一房だけ銀色の髪を風に遊ばせて、明里を隣が歩いて行く。その距離は、心なしか今までよりも近い。
色々な事があり外に人がほとんどいない東京だけど。街灯の明かりで彼女の顔がはっきりと見えた。
同時に、人がいないからとマスクも伊達メガネもしていない自分の顔も。彼女にはよく見えていると思う。
「……明里」
「ん~?なんですか、相棒」
「その、さ。相棒の英語訳。もしかして『パートナー』の方が……よかったって事でいいのかな」
唇を重ねた直後、彼女が言った言葉。それがずっと頭に残っていた。
パートナー。これもまた相棒をさす言葉に使われるが、最近はどちらかと言えば……。
「さあ、どうでしょう。ただ蒼太さん。私は今もうすこ~しだけロマンチックな言葉を聞きたいものですね。なんせクリスマスの夜なのですから」
悪戯めいた顔で、明里が肩を寄せてくる。
下から見上げてくる、青空を連想させる綺麗な瞳。蒼と黒のチェック柄をしたマフラーを巻いた彼女が、息を少しだけ白くしながら問いかける。
「蒼太さん。去年のクリスマスから今日まで、色々ありましたね」
「ああ。本当に、色々あったよ」
人がたくさん死ぬ所を見てきた。己の手で、殺すしかない人々を殺めてきた。怪異も人も、この世は死に溢れている。
そしてまた、自分が今までどれだけ他人を見てこなかったかも知る事になった。見ているつもりで、その実本質を見誤る。
自分はどれだけ特別な力をもとうと、その中身は平凡な男でしかない。間違いだらけの人生だ。あの時こうしていれば、なんて事。いくらでもある。
こんなはずじゃなかった人生だけど。それでも。
「新城明里さん」
大きなクリスマスツリーの下。本来な人でごった返しているだろう場所で、しかし二人っきりとなり正面に立つ。
死に溢れている世界だからこそ、一緒に生きたい人がいる。
一緒に生きたい人だから、その人をもっと知りたくて。
こんなはずじゃなかったと、もう後悔したくないから。
「月が、綺麗ですね」
明里と出会ったのも、名前で呼び合うようになったのも、キスをしたのも夜だった。だから、もしも彼女に思いを伝えるのならこの言葉以外にはありえないと、そう決めていた。
こちらの言葉に、明里が笑みを深める。
「おや、目の前にこの世で最も美しい者がいるのに。他の存在を褒めるのですか?」
「え、いや、それは」
思わず焦った自分に、ふわりと彼女が抱き着いて。
「もう死んでもいい、なんて言えません。貴方と一緒に生きたいから」
重なる唇。少しだけ驚いて、今度は自分からも彼女を抱きしめる。
離したくない。ずっと、一緒にいるために。
* * *
一年後
サイド 尾方 響
「なんの用だい……」
むすりと、医療用の眼帯を付けた花園さんがこちらに問いかける。
強化ガラス越しでもわかる程に不機嫌そうにしながら、彼女は顎に手を添えて肘を机に置いた。
「お久しぶりですね。体調はどうですか?」
「ここで失った片目の影響で死にそうって言ったら、綺麗な女の子でも紹介してくれるのかい?」
「さあ。少なくとも『蒼太くん』には伝えますよ。冗談を言う元気はあると」
目の下にクマを作りながら、未だ美しい顔を歪ませる花園さん。なんだ、前よりかは可愛げのある姿になったじゃないか。
「君はいいよねぇ。公安のスパイだったから、私みたいに籠の鳥になる事もなかったんだから」
「はい。今日も蒼太くんの秘書として頑張っていますよ」
盛大な舌打ちが響く。面倒くさいのはそのままだな、この人。まあ気持ちはわからんでもないが。
だが、あいにくと自分と彼女では圧倒的な差がある。
「そう羨むものでもないと思いますけど……」
「はぁ?なにを言っているのかな?君を秘書にできる彼には嫉妬するけど、響ちゃんの立場なんて微塵も憧れないけど?ああ自由に外を歩けるのは羨ましいかな!」
吐き捨てる様な早口。本当にわかり易くなったな。いや、昔から、こうやって弄ればやりやすい人だったのか?
だがまあ、やはりこの人は未だ『夢』を見ているらしい。
だってほら。この肉体になってわかったのだ。あの人は決して自分達が思うような超人でも人外の何かでもないと。
パンツタイプのスーツに身を包んだこの身。右手を含めて万全なものに再生してもらったものの、やはりまだ女の肉体のままだ。
そう、あの邪神の巫女として相応しい、美しい少女の姿なわけだ。
「貴女が思っているほど羨ましい職場ではありませんよ?」
なんというか、視線がキモイ。
スーツを押し上げる胸元をガン見されるは、腰から尻。尻から太ももにかけてのラインを舐めるように視姦されるし。階段を自分が上でのぼる時とか、尻を目で追ってくるのだ。
かと思えば、会話中は全力でこちらの目に視線を合わせてくる。『目以外は見ませんとも!』とばかりに。正直怖い。
蒼太くん……君、こんなわかり易い奴だったんだなぁ。
今では彼の視線に顔を引きつらせながら、秘書をやっているわけだ。まあ休みの日や仕事終わりにゲームやったりアニメ見たりは楽しいけど。あと試しに胸や尻を押し付けた時の反応。
「はっ。めでたく公安の犬になったわけだ。犬耳でもつけたら?似合うよ?」
「蒼太くんも喜びますかね。ああいえ、貴女にはわからない事ですか」
「っ……!」
わー、凄い百面相。ちょっと面白い。
部屋の隅にいたゴーレムが右手を上げる。どうやら時間らしい。
「ではまた会いに来ますよ。差し入れとか欲しい物あります?」
「君のヌード写真集」
「あ、蒼太くんの写真や記録は持ってこれませんからね?」
「ふーん。あっそ」
「ああ、それと」
「なにさ」
部屋を去り際。振り返って笑顔を向ける。
「宇佐美さんから『モブが活躍する漫画とか読む?』だそうです」
……あのお嬢様。これ善意で言っているんだろうなぁ。
「っ~~~~~!!!」
ばたんと重い扉を閉めれば、彼女の無駄にある語彙から繰り出される罵倒の声も聞こえなくなる。
公安が所有する特殊犯罪収容所。先週蒼太くんが妹さんに会いに来たが、警備の問題上簡単には面会許可がおりない場所だ。
はたして、収監直後以来蒼太くんと話せていない花園さんは次にどんな愚痴を言ってくるのやら。
それはそれとして自分は仕事だ。早く帰って書類を纏めなければ。
自分は今、公安で働いている。仕事の内容は『蒼黒の王』の秘書兼連絡役。学生もやっている彼に代わり、面倒な書類を処理しているわけだ。
色々と迷惑をかけてしまった償いは、こういう形でさせてもらおう。自分の命を懸けるのではなく、隣で馬鹿話でもしながらゆっくりと。
「ふむ……」
そっと、銀色の自分の頭へと手を置く。
犬耳か……今度のゲーム大会の罰ゲームで、そんな賭けでもしてみるのもありかもしれない。
* * *
サイド 新垣 巧
「ふっ……これで頼むよ」
「はい!」
山田くんにハンコを押した書類を渡し、コーヒーを一口。うん。やはりコーヒーを吸った砂糖は格別だ。この口の中に残る甘い余韻が素晴らしい。
それにしても、いかに時代が進もうが紙の書類は消えないものだ。まあ山田くんがパソコンを碌に使えないのもあるが。
「ふっ……」
思い出す、去年の十二月。アバドンのドームで繰り広げられた戦いの爪痕は大きい。
突然夢遊病みたいに彷徨った住民たちへの対処。ぶっ壊れたドーム周辺。消し飛んだアバドン。『真世界教』の大量失踪。エトセトラエトセトラ。
更に剣崎蛍が起こしたあの一件。名前を呼んですらならないあの邪神が顕現しかけたアレの処理も、同時にやらねばならなかった。
まさか……あの後ほぼ一年間無休になるとは思わなかった……。
労基……労基はどこですか?いつも仕事から解放される時間には閉まっていて見つからないのだけれど?
あ、いっけね!公安は労基で対応してくれないんだったわ!少なくともうちの部署は!アッハッハッハ!……滅びねえかなこの国。
だが!だがしかし!愛しき我が娘からは今年のクリスマス。つまり明日だけは絶対に家に帰って来てほしいと言われているのだ。たとえ世界の危機だろうと、無視して僕は家に帰るぞぉおおお!
「あああああああああ!!」
「どうした江崎の奴」
「なんか友達から熱海旅行の写真が届いたらしいよ」
「なる」
「山田ぁぁぁ!おま、おまえ俺のパソコンになにしたぁ!?」
「はい!掃除しておきました!」
「アルコール直がけはやめろってあれほどぉおおお!」
……無視してでも、帰る!!
「あ、新垣ぃー。野土村の住民について明日会議があるってよぉ。弁当が出るからほぼ一日かかると思うぞー」
「山崎くん」
「あん?」
「君が嫌いだ」
「ひどくね?」
今ほど馬刺しが食べたいと思った事はない。
* * *
サイド 宇佐美 京子
「ふぅ……」
背もたれに体をあずけ、軽く肩をまわす。本当に凝って仕方がない。
しかし。大学生と社長。そして次の次に宇佐美家の当主となる身としては無駄な時間などない。今かでもやらないといけない事は山ほどある。
そっと紅い眼鏡のつるに触れる。蒼太くんから貰った未来視を封じるための魔道具だ。制御ができるようになるまで、これの世話にならねば。
そして指には彼特製の『全自動猟犬撃退魔道具』たる指輪が。これなしでは生活できない体になってしまった……。
とにかく。眼鏡や指輪を眺め続ける暇はない。颯爽と椅子から立ち上がり、黒江へと振り返る。
「というわけで『ドキプリ!~セクシーな王子様との甘すぎる夜~』のCG回収作業をしてくるわ」
「京子様」
「なにかしら黒江」
「殴ります」
「え、待ってにゃああああああ!?」
お尻ぱーんって!今お尻ぱーんって!
黒江がぶった!お父様にも殴られた事もないのに!
「ふざけた事言っていないでちゃっちゃと仕事を進めてください。明日の『予定』までに終わらせるのでしょう?」
「うう……黒江の意地悪」
「むしろ滅茶苦茶に寛容だと自負しておりますが、なにか?」
「ひゃい……」
頬を引っ張られながら言われてしまえば是非もない。昔からの習慣である。宿題を放置して漫画を読もうとするといつもコレをされるのだ。
それにしても、明日。明日なぁ……。
「まさか、蒼太くんがおじさんにも自身の乳首にも興味がないなんて驚いたなぁ……」
「すみません……強く叩きすぎましたか……?」
なにやら無表情のまま黒江が心配してきてくれるが、それはそれとして。
あの事件の後、約束通りお互いの下着を買いに行ったわけだが……まさかああいう反応がくるとは。
虚無としか言えない表情でブラをつける使徒とか他では絶対に見られないと思う。
「京子様」
「なにかしら黒江」
「剣崎様に下着姿を見られた貴女は可愛らしかったですよ」
「黒江」
「はい」
「減俸」
「なぜ!?私はご当主に五体投地されて感謝されるほどの働きをしたのに!」
あー、耳が熱い!これもこの駄メイドとあの野獣が悪い!あの変態使徒!おっぱい星人!
「と、とにかく!次の仕事!オンライン会議だから窓とか部屋の明かりをお願い!」
「京子様」
「なに」
「おんらいん会議とは何ですか……?」
「お婆ちゃん!!!!」
「そんな、これが反抗期……!」
無駄に整った顔で泣きまねする、頼りになるのかならないのかわからない家族を前にして天井を見上げてため息をつく。
お互い、まだまだ二人三脚が必要なようだ。
* * *
サイド 海原 アイリ
『ご覧ください。たった一年で東京はこれだけの復興を遂げており、各国からの支援が』
『謎の集団幻覚……本当に何があったんですかねぇ。自衛隊も活動していたと聞きますし、まさか秘密兵器とか』
『巨大な灰色の建築物があった地区に来ましたが、今はもう別の住民が暮らすようになっています。すみませーん!ちょっとお聞きしたいんですが、皆さんが付けているチョーカーって』
炬燵に足をつっこんで、ボケーとテレビを眺めていたら突然背後からの攻撃を感知。
頭めがけて振るわれた丸めた新聞紙を白羽取りした。
「なにするのお婆ちゃん」
「なにするのじゃないよ、この馬鹿孫」
新聞紙で肩を叩きながら、お婆ちゃんが見下ろしてくる。
「なんで家でそんなだらけてるんだい。もっと若者らしい事しな」
「えー、だって友達はそれぞれ忙しそうだし」
「じゃあ愛しの旦那様の所にでも行ってきな!」
「んなっ!!??」
炬燵から飛び出してその場に正座。とんでもない事を口走った祖母にわたわたと手を動かす。
「お、お、お婆ちゃん!?あのね、私はまだ結婚とかそういうのはまだしていないというか、家臣として仕えているのであって、決して籍をいれるとかは!日本は一夫一妻が基本なわけで!」
「赤飯炊いてやったの忘れたかい」
「あぁぁぁあああああ!!」
忘れて。忘れてほしい。この前蒼太さんに送ってもらったその日にお赤飯を炊いて親指をたててくる祖母の姿とか、絶対に記憶から消したい場面である。
頭を抱えて転がる私の背中をげしりと踏んで止めたお婆ちゃんが、盛大なため息をつく。
「まぁったく。あの時はひ孫を抱けるのは近いと思っていたけど、これじゃあまだ避妊しているね?」
「当たり前だよ!?私、高校生!今高校生!」
「うるさいね。あたしの頃にはもうズドンでオギャーだよ!」
「時代の変遷を知ってほしいなって!」
「頭戦国武者な奴に言われたかないよ」
失礼な。この花も恥じらう女子高生になんたる暴言か。
というかこの歳で、その……ホニャララをする事を咎められるならいざ知れず。そういうのの対策をする事を怒られるとかたぶんうちだけである。
「あ、明日。明日皆で集まるから。今日は駄目。邪魔できない」
「あぁん?なにぬるい事言ってんだい。夜襲朝駆けは我が家の基本でしょうに。今日の夜あたりズドンでオギャーを狙っていきな」
「だぁかぁらぁ!!」
この脳内色ボケ老人がぁ!
そう思い掴みかかると、新築したわが家の道場目掛けてぶん投げられるのだった。
この後めちゃくちゃ組み手した。
読んで頂きありがとうございます。
感想、評価、ブックマーク。いつも励みにさせて頂いております。どうか今後ともよろしくお願いいたします。
少し後に『最終章 幸せなクリスマスを 設定』を投稿させて頂く予定です。そちらも見て頂ければ幸いです。




