第百八十九話 シャルウィダンス?
第百八十九話 シャルウィダンス?
サイド 海原 アイリ
「これでぇ!」
ピュートーンの右腕を踏みつけ、もう片方を相手の肩にのせながら二対ある眼球の一つに小太刀を逆手に突き込む。
そのまま捻って脳を抉り、斜めに引き抜きながら跳躍。蹴った勢いものせて内側を掻きだし、赤い線を空に描きながら着地する。
「ふぅ……ふぅ……」
これで、最後。海水と臭い。そして魔力の流れから周囲にピュートーンも魔瓦擬きもいない事を確信。それでも数秒戦闘態勢を維持した後、大きく息を吐き出す。
「だぁ!……はぁぁぁぁ……さすがに、疲れましたね。これは」
恥ずかしがり屋な挑戦者兼友人が去って行った後、彼女の置き土産を使って魔瓦擬きを仕留め、ピュートーンを殲滅したわけだが。いかんせん数が多かった。
幸い残りは打撲と、右足の小指。そして奥歯が二本欠けただけで済んだ。風通しのよくなってしまったマスクが、冷たい風を中に呼び込んできて少し気持ちいい。
とりあえずこれで御屋形様や、中に突入したであろう明里さんの退路は大丈夫だろう。いくらなんでも、ここから追加でというのは勘弁してほしい。
さて、とりあえず周囲の警戒をしながら討ち取った首の数でも確かめるか。そう思って歩き出したところ、猛烈に嫌な予感を覚えた。
「な、えぇ……?」
そんな間の抜けた声しか出てこない。
紫色の血管が浮いた気色の悪い卵と化したアバドンの死体保護場。その天辺が、突如内側から撃ち破られたのだ。
殻を破りのぼっていく極光が雲を貫き、おくれて凄まじい衝撃波を巻き起こす。
「くっ……!」
片手で顔を庇いながら、視線を向ける。今光の柱が出る直前なにかが外に出た気がするが……。
暴風がおさまった頃、改めてドームの上を見ればそこには二つの影がいた。とんでもない高速戦闘をしているが、片方は間違いなく明里さんの乗る『美国』とやらだ。
もう片方は不明。なにやら瞬間移動でもしているような動きをしているが、なんにせよ敵なのだろう。
体力も魔力も心もとないが、だからどうした。敵がいるのなら斬り捨てるまで。
そう思い足に力を込めるも、向けられた殺気に足がすくむ。
まるで心臓に直接銃口を押し付けられたような、そんな感覚。だが、その恐怖よりも頭を混乱させるのは殺気を向けてきた人物に対して。
「明里さん……?」
そう、新城明里が助太刀に向かおうとした自分に一瞬だけ視線を向けたのである。獰猛な殺意と一緒に。
「手を出すな、という事ですか……?」
少しだけ意外だ。あの人は口では自分の活躍が、と言いそうなのに、戦場では『卑怯汚いは敗者の戯言』と切って捨てるタイプだと思っていたのに。
よほどあの敵に頭がきているか、はたまた『自分がやらねばならない』という確固たる理由があるのか。
なんにせよ、助けはいらぬと言うのなら是非もない。人の手柄首を横取りは殺し合いになる。
小太刀を一振りして納刀し、のんびりと歩き出す。可能な範囲で死にかけたら迎えばいいだろう。
深い付き合いとは言えないが、それでもわかる。
「おっかない人ですねぇ……」
あの脳みそ鎌倉武者はヤる人だと。
* * *
サイド 新城 明里
我ながら、頭に血がのぼっているのがわかる。
「くっ……無事か、新城明里!死んでないだろうな!」
転移を繰り返し空中に居続ける尾方響の前に、美国を動かす。
こちらの顔を見るなり、安堵の息を吐きやがった。
「ふぅ……聞け。もはや邪神があの遺体を依り代に顕現するまで時間がない。今のはただのイビキみたいな物だ。本格的に暴れる前に、策を打たねばならない」
こちらなど眼中にないとばかりに、尾方響が真下にあるドームを見つめた。
「僕を信用できないのはわかる。見張ってくれていてもいい。僕が――」
「死ねやボケかすがぁああああああああ!」
「はぁ!?」
美国の左腕を発射。文字通りの鉄拳を叩き込むも転移で避けられたので、勘で手に持っているライフルを発砲。出現した所にドンピシャながら、義手に叩き落とされた。
フ●ック!
「何をしている!もう時間がないんだ!」
「初めてですよぉ、このパーフェクト美少女をここまで馬鹿にしやがった愚か者はねぇ……!」
よりにもよって私よりも上に転移しやがったあんちきちょうに、股座ぶち抜いてやるとライフルを放ちながら潜り込むように飛翔する。
それも転移で避けられ、ようやく対面に。転移ではなく空中に魔力で足場を作った尾方響が、こちらを睨みつけてくる。
ようやく――私を見たか。
「ふざけている場合か!」
「ふざけているのはお前だよぉ……どうせ『自分が死ねば会長は救われる!レッツ、自害!』とでも思ってんだろこの野郎がよぉ……」
全力のキャピキャピ声を出してやる。そんぐらい頭の中お花畑だろうこの『クソガキ』は。
「っ……!」
「とんんんんんんだ有難迷惑ですよ。あなた程度の命で、私と相棒の助けになるとでも?自分の『成すべき事』すらわからない馬鹿に。聞いてんですかこの馬鹿。返事をしろ馬鹿」
「君に、君に何がわかる!」
また転移。今度は背後か。
予測撃ちをしようとした瞬間、『当てる』という勘よりも『やばい』という勘が勝った。
すぐさま思念制御により美国の片翼への魔力をカット。同時にもう片方に過剰魔力。強引に斜め上へと飛ぶ。
「ぽっと出がぁ!」
数メートル後方に転移してきた尾方響が右手の義手を向けてきたのだ。その手のひらから膨大な魔力の奔流が放出される。
緑色のそれが美国の右足を僅かに削るのを感じながら、機体を反転させて指先から砲撃。
「はっ!さっきから、誇れるものが時間しかないんですか!?悲しいですねぇ、凡人以下の愚物ってやつは!」
「君が!君に何がわかる!あの人を傷つけた事がない君に!」
眼前に出現した尾方の槍をライフルで受け流しながら、美国の腕で振り払う。
やっべ、今ので左肩はずれた。
「大切な人を傷つけた!守られてきたのに!救ってくれたのに!僕たちは!」
「さっきから主旨がブレブレなんですよ馬鹿がぁ!」
機体を逆さにしながら発砲。更に避けた先を予測して砲撃。それを繰り返すも、攻めきれない。
ああ、もう!ちょっと楽しくなってくるからそういうのやめなさい!シリアスなんだから!
こういう命の駆け引きに脳汁ドバドバでちゃうんですよ!まったく!
「慎みをもてこの淫乱がぁ!」
「わけの分からない事を!」
私の真上に転移してきた尾方が槍を投擲してきた。落下速度が速過ぎる初速と転移のせいで読めない!?
咄嗟に炎翼を振り回して急旋回。唐突に私の体があった場所に現れ、このパーフェクトボディの代わりに美国の右肩が貫かれた。
めんご美国!けどいい仕事したよ!
「あなたは!自分を主体にしているのか!蒼太さんを主体にしているのかどっちなんですか!」
「そんなもの!会長が中心に決まっているだろう!」
「じゃあなんで本人の意見きかないんですか!」
「っ!」
美国の右手を奴目掛けて伸ばす。すぐさま槍を手元に戻したがもう遅い!
「いつまでも私の上に立つなボケがぁ!」
美国の右手で槍を掴み、そのまま砲口から魔力を放出。破壊する。
だが、限界が来たこの子の右手も火花が伝染する様にして右肩から吹き飛んだ。
「くっ……!」
「だって、だってしょうがないだろう!」
爆炎を貫き、尾方が高速で突っ込んできた。咄嗟に美国の左腕で私を覆うのと、奴の蹴りが装甲にめり込んだのがほぼ同時。
「あの人は優しい人だ!それは君だってわかるだろうに!」
左翼のフレームに義手の爪が食い込み、そのまま引きちぎられた。美国の腕部へと追加の蹴りが撃ち込まれドームへと叩きつけられる。
衝撃で私の体が操縦席で前後左右に大きく揺さぶられる。おおおおおお!?天才的頭脳がシェイクしゃれるぅぅぅううう!?
「止められてしまう!会長に面と向かってやめろと言われたら!」
「それでいいだろうがって言ってんですよ、こっちはぁ!」
ドームに着地した尾方がこちらに駆けるよりも早く、美国の両足にある車輪を高速回転。奴へと体当たりをしながらドームに空いた穴へと諸共に落下する。
片や猫のように体を捻り、片や残った翼で姿勢制御をして開けた通路へと降り立った。
だが止まらない。一秒であろうと目の前の馬鹿が、馬鹿な事を言うのが許容できない。
お互い同意見らしく、真正面からぶつかり合う。
「あの人のお役に立つには、僕の体に邪神を降ろすしかない!そして!」
「自害する事でアバドンには完全な定着をさせないって!?馬鹿ですか!目的を見誤って、クソガキがぁ!」
美国が左拳と両足の車輪で高速戦闘を仕掛けるのに対し、あちらが壁や美国の体を使って三次元の動きを仕掛けてくる。
連続して繰り出される義手を槍にでも見立てたかのような貫手。それに美国の装甲が次々とはがされていく。
「それで、何が守れるんですか!?肝心の『会長』とやらは、相棒の笑顔は守れるのですか!?」
「その為に君がいる!君が支えろ!僕が消えた後も、あの人が笑えるように!」
「この私に木っ端の尻拭いをしろですとぉ!」
美国の横薙ぎの大ぶり。それを足で蹴りつけて後退し、尾方が壁へ着地する。
「僕にはできない。けれど!」
「天才だって仕事ぐらい選びたいわぁ!」
正直、相手の戦闘速度についていけなくなってきた。
いくら私の勘がさえわたろうが、白兵戦ではそれに体がついてきてくれない。
だからどうした!私はスーパーパーフェクト美少女!その程度で負けるものかよ!
掌からの砲撃は一回。それに目に見えて奴の魔力が減っている。二発目はない!近接戦で仕留めに来る!
スーツによる身体強化。それを活かして左腕を胴の筋力で振り回し、コックピットの壁に肘を打ち付け強引に脱臼を解消!よっしゃ動ぉく!
「会長の、為なら!」
「そこ、だぁああ!」
正面から右の貫手を構えて突っ込んでくる尾方。それに対し、美国の左拳が迎撃する。
鉄拳と貫手が衝突し、拮抗は一瞬。鋼の指が抉り飛ばされ、肘までも引き裂かれる。そのまま、勢いを衰えさせず指先が胴体へと迫る。
「――ごめんね」
愛機へと謝罪の言葉。ムーンサルトの要領で宙返りをしてコックピットから離脱。そして思念操作により美国の両足に加速指示。
「なっ」
ああ。悔しい事に、未だ私は美国の力を使っても使徒とやらの正面戦闘は無理らしい。だが、
「その華奢な体で受け止めれるかなぁ!」
美国の総重量は両腕を抜いてもトンを超える!その質量でもって、尾方へと再度の突撃を仕掛けた。
踏ん張る事も出来ず、更には美国に突き刺さった腕も抜く暇がない。
離脱した私が鉄柵にワイヤーを引っかけ、宙ぶらりんになった所で上の通路で爆音と熱風。黒煙が包み込んだ。
スーツの力を使い片手で鉄柵に戻り、通路へとヒラリと足をつけた。
さて、私の勘では――。
「っとぉ」
すぐさま横に飛び退けば、鉄柵に美国の装甲が突き立った。だがそちらに視線を向けている余裕はない。
「っ………!」
無言で、尾方が鉄柵の一部だろう鉄棒を手に駆けていたから。
義手を失い、右半身に大火傷を負いながら。しかしこちらを真っすぐと見据え四肢に死力を込めているのがわかる。
ああ、いいなぁ。そういうの。
「ぶち抜きがいがあるよ、本当に」
ライフルを構え、左腕を撃ち抜いた。出力は絞っていない。全力だ。全力でしか止められない。
左腕を引きちぎられ、なおも止まらぬ『戦士』に引き金を絞る。
右足を吹き飛ばし、左足の脹脛を削る。更に右肩を撃ち抜いて、ようやく尾方が倒れた。
顔から床に倒れ込み、しかし這いずる様にこちらへ向かってくる。
「まだ、だ……まだ、僕は……!」
「尾方響さん。あなたがすべきだった事は、『敵と心中する華々しい最期』じゃあないんですよ」
ライフルの銃床を振り上げる。
「あなたがやるべきだったのは、蒼太さんの隣で馬鹿な話でもする事だったんですよ」
「―――」
銃床を尾方の頭に叩き込み、ようやく止まった彼を前に大きくため息をつく。
「聞こえているんでしょう?出てきたらどうですか?」
ライフルを杖代わりに、勝者であり天才の義務として仁王立ちする。
本音を言えば今すぐ座り込みたいぐらい疲れているし、スーツに回す魔力もなくて吐きそうだ。
だが、倒れない。なぜって?スーパーパーフェクト美少女A☆KA☆RI☆ちゃんだからだが???
「おやおや。何の用だい?私は君に不必要な干渉はできないんだがね」
唐突に、目の前に私に匹敵する美少女が現れた。尾方の時とは違い、勘で予測する事もできない。
褐色の肌に銀の髪。世界中の黄金を探してこれほどはないと断言できる金の瞳。黄金比の肉体をシスター服で包み隠した、絶世の美少女。
……まあ私の方が総合的に上ですがね!
「そこに倒れている馬鹿がやろうとしていた事って、ようは『巫女である自分に貴女を降ろし、自分ごと槍で貫いて消滅させる』って所ですよね」
だから女になっているわけだし。巫女としての素質を高めるためだろう。
「えぇ?悲しいなぁ。挨拶もなしに本題だなんて。そんなに余裕がないのかい?」
「はぁん?貴女『ぐぉとぉきぃ』に消費する時間が惜しいだぁけですがぁ?こちとら並行世界も含めてのナンバーワン美少女様だぞ文句あっか」
「わーお。神でもそこまで傲慢なのは……そこそこいるな」
ふざけた様子で腕を組み頷く彼女に、胸をはって睨みつける。
「まあ概ね合っているよ。この子は私が東京の時みたいに顕現しようとした時に備えて、カウンターになるつもりだったようだね」
「ほーん。とんだ思い上がりですね」
「おう。君が言うか……」
「?……こんな謙虚誠実の代表例がなにか?」
私はまだまだ自己評価低めなほうだが、貴様は?
そう手で示してやると、邪神がコロコロと笑う。あ、なんでだろうこの笑顔。殴りたい。
よし、殴ろう!
「おっと。危ないなぁ」
「ちぃぃ!」
「めっちゃ舌打ちするじゃん……」
わかっていたけど軽く受け止められた。クソが。
「それにしても凄いね君。私とここまで『共振』できる巫女で、こうも自我を保てたのは初めてだ」
「当たり前では?パーフェクト美少女ぞ?」
「うんうん凄い凄い」
「ふっはっはっはっは!褒めるがよい!」
誰であれ称賛は嬉しいものである。上から目線なのは気に入らないが、神なのでギリ許してやろう。
五年。いいや三年後には超えるがなぁ!
「それで、答え合わせだけがしたかったのかい?」
「いいえ?ただ、こいつがやろうとしていた見立て。ちょっとだけ使えるなと」
ようはアバドンの体に入り込む邪神の力を、一部引っこ抜く役が必要なんでしょう?完全体でこられないように。
自分の存在を極限まで『この世界』から削り、人々の記憶から消えたのはその一環。より空っぽの方が邪神を降ろしやすいと踏んだのだろう。
まあ私には効かないし、そんな小技必要ないんですけどね!
「私に降りなさい。特別にこのパーフェクト美少女の体に入る事を許します」
「ふーん……消えるよ、君」
鉄柵に腰かけ、邪神が私を見下ろしてくる。
HA☆RA☆TA☆TU☆!!
「どれだけ粋がろうが君は人間だ。使徒でも数秒耐えられれば御の字のそれを、十数年しか生きていない小娘が?ただ顕現する私が二体に増えるだけだよ?」
先ほどまで和やかだった邪神の気配が、一瞬にして重くなる。
まるで重力が突然百倍になったみたいだ。人間の生存なんぞ許さんとばかりに、私を押しつぶそうとしてくる。
「こうも話してやっているのは、我が使徒の友だからだというのを忘れるなよ。いつから我と対等に取引できると思い上がった?」
「対等などと、思った事はありませんよ。私はまだ、自力では貴女に勝てない」
だからどうした。百倍?私の膝を折りたかったら一千倍はもってこい。
一歩。やけに体力の使う一歩を踏み込んで、不遜にも私を見下す神の胸倉を掴む。
「忘れていませんか?私は『勝利者』だと」
そう。東京のあの戦い。我が終生の相棒と出会ったあの戦いで、私の事をこいつは『勝者の一人』として認めた。
故に、私には関わらないと。
「その報酬。私はただの一度も口にした事がありません」
だがそれは、私が決めた事ではない。蒼太さんと邪神が勝手に決めたものだ。
「今、出しなさい。私への報酬は『今日だけお前の力を屈服させる』事だ」
引き寄せて、ほんの少しだけまだ上にある瞳を睨みあげる。
「――つまり、これからは私のゲームに参加してくれるのかい?言っておくけど、一度勝ったからって忖度はしないよ?」
「上等ですよ。この完全無敵。真なるパーフェクトたる私に『たかが神ごとき』が楽しめるゲームを用意できるとでも?」
睨み合う事数秒。ふわりと、邪神が床に膝をつける。
「いいでしょう。勝利者、新城明里よ。今宵一時の間、御身の体に私の力を与えます。どうぞ、楽しい一夜を」
「ええ。受け取ってあげましょう。光栄に思いなさい。今夜だけは、貴女と踊ってあげますよ。相棒と一緒にね」
微笑み、私の手を取る邪神を見下ろす。
人の身には過ぎた力かもしれない。私でも『まだ』足りないだろう。だが。
「明里!」
扉を蹴破り、声を荒げて現れた相棒へと視線を向ける。大慌てて現れたダンス相手にする事など、たった一つ。
「一緒に踊りますよぉ、あぁいぼう!」
バチリと、ウインクしてやるのだ。
邪神の唇が、私の手の甲へと触れた。
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