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閑話 尾方響

昨日は投稿を休ませて頂きありがとうございました。



閑話 尾方響


サイド 尾方 響



 自分は、家にいるのが苦痛だった。


 両親はいつも怒鳴り合うか、互いを無視している。父は外に愛人を作っているし、母も同じく。結婚の理由は自分が『できてしまったから』と、酔っぱらって帰って来た父が言っていたのを覚えている。


 不幸中の幸い……と言っていいのか、二人は僕にほとんど視線を向けなかった。おかげで暴力を振るわれる事はなかったし、食べ物はインスタントだが食べさせて貰えていた。


 そして、母も僕が家にいるのが嫌だったのだろう。その理由は置いておくとして、父が高給取りなのもあり習い事をさせたがった。それを無関心な父が止める事もない。


 結果、自分は塾と道場に通うようになった。


 道場は意外と大きなところで、剣道や柔道といったメジャーなものだけでなく、道場の端で『槍術』まで教えていたのだ。


 最初の体験期間の時に触れ、以来自分は槍に強く興味を持った。


 才能があった。というのもあるだろう。だがそれ以上に仲の悪い両親を視てきた結果、一人で生きる術が欲しかったのだろう。


 まだ小学生に上がったばかりの頃だ。一人で生きる力=武力となってしまったのは、致し方無いと思いたい。


 家にいない方がいいと、練習時間はかなりあった。道場の人が丁寧に教えてくれたのもあって、自分はかなりの腕を手に入れたと思う。


 両親のものではない、僕個人の力。そして結果。それがたまらなく嬉しかった。まるで己があの二人から自立できたと錯覚するぐらいには。


 けれど、その錯覚は所詮夢だ。そして、その終わり方は馬鹿らしいぐらいに残酷だった。


 表向きは、ただの前方不注意による交通事故。だが実態は父が手酷くふった元愛人の復讐が、僕を襲ったのだ。


 道場からの帰り道。送ろうと心配してくれる道場主に断りをいれて、夜の道を自転車で走っている時の事。猛スピードで突っ込んできた赤い車が今でも頭から離れない。


 僕を轢いてスッキリとした顔になった、やたらけばい女。面倒そうに手続きをする父。一度も見舞いに来ず、どうでもよさげな母。


 右腕を失った僕の姿に涙を流してくれたのは、一度だけお見舞いにきてくれた道場の師範達だけだった。


 外面はよく経済的にもかなり余裕がある両親だった事もあり、事件ではなく事故として終わる。そして、道場には腕の事もあって通えなくなった。


 せめてと、道場主が左腕を主体とした槍の扱い方を描いた本を渡してくれて、終わり。引き留める声もあったが、あまり深く探られたくない父が追い払った。


 それからはまあ、我ながら荒れたと思う。


 顔を隠して、路地裏にいるガラの悪い人達を相手にひたすら喧嘩をふっかけた。負ける事も逃げ回った事も、勝った事もある。毎回傷だらけになりながら、『おかえり』なんて言われる事もなく自室に戻る。


 ……今思えば、なんでもいいから両親に自分を見てほしかったのかもしれない。


 そう言う意味では、祖父は好きだった。父と一緒に『貝人島』に行くと、祖父はいつも自分に構ってくれる。唯一の孫が可愛いらしい。ただ、毎回スパイ映画を見せてくるのはどうかと思うが。


 あの島自体は、そんな祖父を余所者と見下すから嫌いだったけど……あの島に行っている間は自分がいてもいい人間なんだと、そう思えた。


 そして、転機が訪れる。


 中学に入学し、なにやら隣のクラスに凄いカップルがいると聞いた。ここって男子校だよなと疑問は抱けど、特に興味を持てなかったのでスルーして一年。


 二年生の春、同じ学校の後輩がチンピラに襲われているのを見かけた。この辺では見ない顔だったので、たぶん余所から来たのが偶然、って所だろう。


 ふと、魔が差した。ただ人を呼ぶだけではつまらない。ここで自分が派手に立ち回れば、親に警察から電話がいくかもしれない。


 そう思って、その辺の角材を手にチンピラどもに殴りかかった。


 こちらは片腕になってからも鍛錬をかかした事はない。対してあちらは数と大声だけで粋がるだけの素人集団。不意打ちで一番声がでかい奴を一撃で潰し、ポカンと固まる所にナンバーツーっぽい奴の顎を殴ればそれだけでパニックになった。


 あとはただの作業だった。五分と経たずに地面に転がったチンピラども。後ろでしきりに礼を言ってくる後輩に適当な愛想笑いを浮べていたら、ふと視線を感じて大通りの方へと目を向けた。


 とんでもなく美しい顔の少年が、とんでもないアホ面を晒していた。


 あれは確か生徒会長の剣崎蒼太。二年に進級した時、なんとなくで外面はよくしようと生徒会に入った頃。お互いに愛想笑いを浮かべて握手をしたのを覚えている。


 一度顔を見たら絶対に忘れない。そう断言できる美少年。一目見ただけでただ者ではないとわかる彼が、こうも間抜け面をするのは意外過ぎた。


 だが、それからの動きが一番早かったのも、彼だった。


 素早くどこかに電話し、更に襲われていた後輩の保護。僕と彼の安全や怪我を確認した後、最後に転がっているチンピラの確保。


 そうこうしているうちにやってきた警察に対応し、いかに自分達に正義があり、あちらに非があったかを熱弁。剣崎蒼太がもつ圧倒的存在感と美貌が上乗せされた勢いに警官が何度も頷いているのが印象的だった。


 何と言うか、『大人』だった。自分が今まで見てきた中で、最も『かっこいい大人』。


 祖父や師範達よりもその堂々とした背中を見せる彼に、自分はいつしか憧れを抱いていた。


 そこからは、特に劇的な事件が僕たちの間にあったわけではない。


 ただ普通に生徒会の活動をする最中も、やる気のない教師やいちゃもんをつけてくる近隣住民よりも、会長は頼もしかった。完璧だった。


 時々見せる子供っぽい所や抜けた所も、欠点ではなく愛嬌。そうとしか思えない。


『凄いな、響は。長物には詳しくないけど、とても綺麗な槍さばきだよ』


 そんな人が認めてくれる。片腕となり、道を諦めて八つ当たりの道具にしていた自分の業を褒めてくれる。惜しみなく、心の底から。


 ああ――この人に出会う事が、自分の産まれた意義だったのだ。


 岸峰グウィンと違い、自分にあの人への性愛はない。ただ傍にいたかった。荒んでいた自分を光ある道に戻してくれた。自分が生きている事を肯定してくれた。その恩を返すために。


 生徒会の仕事をする時、自分はいつも彼と一緒だった。それが誇らしかったし、何度も教師の無茶ぶりや問題児な生徒の尻拭いで苦労したけど。それもまたあの人との絆だと思えた。


 だが、夢は唐突に、残酷に終わるのだと。自分は知っていたはずなのに気が付けなかった。


 岸峰グウィンと、大泉ランスによる裏切り。


 それにより会長の評価は地に堕ちた。誰でもない、最後は会長自身の手によって彼の名は汚されたのだ。


 その時自分は、何も出来なかった。大泉ランスと入れ替わりに生徒会を抜け、しかし外側で彼の役にたとうと動いていたのが仇となったのだ。


 リアルタイムで会長の『最後の仕事』と知る事が出来ず、全てを知ったのは会長が八百長で大泉ランスに敗北した後。


 なんだこれは。


 どうして、何もしてこなかった教師どもが会長を非難する。どうして、今まで守られてきただけの生徒達が会長を見下す。


 どうして、彼らは会長を裏切った。どうして、会長はそれを笑って許すのか。


 自分の大切なものには、価値などないと言うのか。そんなはずがない。両親に与えられたものではない。僕が見つけた、僕の宝物。それが、こんな風に汚されるなど……!


 大泉ランス達への復讐を止めたのも、会長だった。


『俺はそもそもグウィンとはそんな仲じゃない。多少の迷惑は被ったが、二人のこれからを祝福してほしい。お前らの内申点は、ちゃんと守るから』


 そう何でもない様に、『しょうがない』と笑う会長が、一番嫌だった。


 貴方はそんな理不尽にあうべきではない。僕を認めてくれた人。僕を助けてくれた人。それが、どうして……!


 ――その疑問が氷解したのは、中学を卒業し春休みに入った頃。


 金がない。そう言った会長を祖父の元へ誘い、貝人島に行った時の事だ。岸峰らのせいで第一志望を落とした彼は、一人暮らしをするという都合上バイトをしたいと言ってきたのだ。


 ――この人も、家に居場所がない。


 その共通点に暗い喜びを覚えていたのも一瞬。島で怪事件が次々と起きたのだ。


 警察の『新垣巧さん』は凶悪犯が島に逃げ込んだからと言っていたが、違ったのだ。


 放火の疑いにより本土に送るまで小学校で拘束されている祖母。それを見に行った祖父が外出している時に、事件は起きたのだ。


 灰色の怪人。それと戦う警察と、サメの怪人。現実離れした光景を終わらせた、鎧姿の王。


 その姿を一目見た瞬間、全てを理解した。あの立ち姿。あの背中は間違いなく会長のものだ。そう、会長にとって生徒会だの、岸峰グウィンだのというのは全てが『些事』!!


 彼が立つ舞台は別にあった。自分の知る範囲の出来事など、会長にとってはただの余暇でしかなかったのだ。


 狂喜した。自分の宝物は未だ輝かしい。いいや、自分が思っていた以上に尊いものだったのだと。


 彼の邪魔をしかねない島の愚物を、祖父を助けながら黙らせて。自分の想像通り彼は事件を解決した。


 あいにくと肝心な場面は一切見られなかったが、バスに揺られて帰る彼の顔を見ればわかる。死んだ者達を想い愁いを帯びながら、しかしやり遂げた英雄の姿。


 新城明里とかいう明らかに凡人ではない女性が帰る時に会長と共にいたのも印象的だ。当たり前のように会長の隣を歩く姿に苛立ちながらも、彼の舞台がもっと上にあるのだという確信を強めた。


 彼の立つ舞台を知りたい。そう思い、自分はネットで『蒼黒の王』と呼ばれる会長の事を調べた。


 その結果が、


「驚いた。まさか、かなり小さいとは言え私の社を見つけ出すとはね」


 北海道の某所。そこにいた邪教の集団を制圧し、自分は神に出会う。


 その辺のチンピラから奪ったバイクに乗り、使わない機体から抜いたガソリンで作った火炎瓶で荒らした邪教――『真世界教』の拠点。人骨で作るというかなり悪趣味な鳥居の上に腰かけるシスター服の少女が、神なのだというのは一目でわかった。


 間違いない。かの王は、この神に関りがある。


 東京で起きたアバドンの死。そして深く調べればいくつもの国家機関が東京に出入りし、そこからある意味で有名な者達もそこで同時期に死んでいる事を調べ上げた。


 獅子堂組という関東を牛耳る反社の若頭。中東を中心に暴れ回るテロリスト。国際指名手配の殺し屋。そして、それらと比べてやけに情報が少ない『真世界教』の教祖。


 彼女が駅でコスプレして瓦礫を吹き飛ばす映像。質の悪いフェイクとしてネットの海で沈んでいた物だが、会長の鎧姿を見た後なら本物であるのはすぐにわかる。


 無関係であるとは思えない。彼女が率いる『真世界教』を調べ、その教団の黒い噂を耳にした。


 いくつもの行方不明者や不審な爆発に関わるとされ、『邪神を熱心に信奉している』というものまであっさりと知る事が出来た。


 もしやと思いここまで来たが……大当たりをひいたらしい。


「それで――君は私になんの用があって来たんだい?」


「っ……!!」


 するりと、『邪神』の目が細められる。たったそれだけで巨大な手で押さえ付けられるかのような重圧が浴びせられる。


 奥歯がガタガタと音をたて、足も立っているのがやっとな程に震える。貝人島で見た会長の鎧姿以上の、圧倒的な威圧感。


 生物としての格が違うなどという生易しいものではない。そもそもの『規格』が違う。


 あっさりと邪神を崇める者達を倒せた事で高揚していた感覚が、急激に冷めていく。自分は早まったのだと、今になって理解した。


「ああ、そんな怯えなくてもいいよ?」


 ふわりと、気が付けば邪神が自分の目の前に来ていた。それどころか自分の手を握っているではないか。先ほどまで手製の槍を持っていたはずの左手を。


「ごめんね。『息子』のお友達が来てくれたものだから、少しテンションが上がってしまったよ」


 邪神がこちらの手を離しくるりと背を向けたかと思えば、風景が変わる。


 先ほどまで信徒の血で濡れていた床は整えられた庭園に。綺麗に手入れされた花々がふわりと良い匂いを風に乗せ振りまき、数メートル先には真っ白な机と椅子。そしてパラソルが用意されていた。


「さあ、お茶でも飲もうじゃないか」


 ゆったりと椅子に腰かけた邪神が、湯気の立つティーカップを手に笑いかけてくる。


 もはや、鳥居から見下ろしてきていた時の威圧感はない。誰もが見惚れてしまう程の美しい笑みを浮かべてこちらを手招きしていた。


 その姿に、逆に警戒心が跳ね上げる。だめだな、勝てん。下手な探りや駆け引きはしない方がいい……か。


「……息子、というのは、剣崎蒼太さんの事でしょうか」


「勿論だとも。あの子が世話になったね、尾方響君」


「いいえこちらこそ会長には大変お世話になりました。こちら、つまらない物ですが」


 そう言って背中のリュックから『特選大吟醸:タコの踊り食い』を取り出す。自分が用意できる最高の酒だ。店主に聞いたら『お神酒にはこれが一番』と言っていた。


 ……このガタイのおかげで年齢確認はされなかったが、大丈夫かあの店。



「おやこれはご丁寧に。未成年の前で飲酒もいけないし、後で頂くとしよう。名前が素晴らしいじゃないか」


 酒瓶を受け取ったかと思えば、気づけばどこかに消えていた。もうそのぐらいでは驚けないが。


「失礼します」


 一礼してから、邪神の対面に座る。笑顔のまま手で勧められた茶をすする。美味しい……たぶん、今まで飲んだどれよりも。


「さて……それで?結局なんでわざわざ会いに来てくれたんだい?」


「……会長の、剣崎蒼太君の事をお聞きしに来ました」


「うちの子かい?そうだな……口で説明するのは少々面倒だ。君の頭に直接流し込んであげよう。子供の友達が家に来たら、その子のアルバムを見せるのが親の楽しみらしいからね」


「え?」


 次の瞬間、頭にガツンとした強い衝撃。同時に流れてくる膨大な情報に、内側から脳が削れるような感覚を覚える。


 意味のない嗚咽が口から漏れ出るが気にしている余裕もない。そして、どれぐらいの時間が経ったのか。体感では何カ月もの時間。しかし、涙で歪み視界に映った腕時計では一分も経っていなかった。


「これでおおよそわかったんじゃないかな?ああ、けど彼のプライベートに関わる部分はカットさせてもらったよ?息子の部屋を勝手に漁る親は嫌われてしまうからね」


 冗談めかして笑う邪神を前に、しかし自分の思考は内側へと向かっていく。


 嘘だ。これは邪神の見せた幻覚だ。現実に起きた事ではない。断じて受け入れられるものではない。


 使徒?転生者?超常の戦い?そんなものは全て『どうでもいい』。


「会長は……」


「うん」


「会長は、泣いておられるのですか……?」


「当たり前だろう?あの子は、使徒であると同時に『人間』なのだから」


 あっさりと肯定された言葉。それが、自分の視界を暗くする。


 ずっと、完璧な人だと思っていた。自分では想像もつかない、超人なのだと。


 しかしどうだ。先の流し込まれた映像は。



『どうして、お前たちは殺せるんだ……!人を、命を、なんだと……!どうして……お前たちは、俺は……俺はぁ!』



 泣いていた。人を殺め、人が死ぬ様を見て、人の死に悲しみ吠え立てるあの人の姿を見た。


 当たり前だ。唐突に人間同士の殺し合いをさせられて、真っ当な精神を保てるわけがない。彼の心がヒビだらけになり、砕ける寸前までいったのは当たり前なのだ。


 普通の人ならば。


 なんだこれは。これが会長の本来の顔だと言うのなら、自分は、自分達が『押し付けていた』会長の姿は……!


「気に病むことはない」


 まるでこちらの心を見透かしたように、邪神が笑いかける。


「アレは私が仕組んだ事だが、しかし選択をしたのはあの子だ。君が責任を負う義務も――権利も、ありはしない」


 本当になんでもない様子で笑う邪神。


 それが、心底に『お前は無関係な端役』だと、告げているようだった。


「さあ、お茶を飲んだらもう帰るといい。あまりここに長居しては、『真世界教』の戦闘部隊が来るからね。君が倒した雑兵とはものが違うよ」


「……か」


「なにかな?声が小さくて聞こえないよ」


 ニヤニヤと笑う邪神の目を、しっかりと見つめながら問いかける。


「会長の役に、たてる事はありませんか?」


 邪神の笑みが、深まるのがわかった。


「そうだなぁ……とりあえず、可愛い女の子でも紹介してあげたら?」


「それは、もう不要でしょう。彼には『相棒』がいる」


 この邪神が目を借りていたという、少女。自分が貝人島の帰りに出会った『新城明里』。彼女が会長の隣にいる今、そういった者は不要だ。


 ……ずっと、勘違いをし続けていた。いいや、わからないふりをしていたのか。


 あの人に特別であってほしかった。『自分達の』王様であってほしかったのだ。だから、あの箱庭で完結する超人の姿を幻視し続けた。


 だが、会長は、剣崎蒼太はその力に反しただの人なのだ。当たり前に傷つき、涙を流す一人の男。


 それに、自分達は救われてきたのだ。


 ならば。


「僕は、蒼太くんに恩を返したい」


 そして、贖罪を。ずっと僕らを友人と見てくれた彼に、せめてもの償いを。


「今の君では無理だね。何もかも足りていない。多少槍が上手いようだが、人の域だ。彼が戦う相手には誤差でしかない」


「では、力をください」


「君ぃ、厚かましいって言われない?」


 迷惑そうな言葉なのに、邪神は心底面白そうに笑う。


「貴女はゲームが好きなのでしょう?」


「そうだね。ポップコーン片手に観賞するのも、主催者になって進行するのも大好きさ」


「であれば、僕をゲームのプレイヤーにして頂きたい。そして、勝てば会長の役に立つ手段をください。お願いします」


 椅子から降り、額を地面に擦り付ける。


 交渉ですらないただの泣き落とし。それしか自分が惨めであると実感する。しかし、同時に。


「おやおやおや。やめておくれ。わかった、わかったとも。息子の友人にそんな事をされたら、断れるわけがないじゃぁないか」


 この邪神には、最も効果的だと。


 こちらの肩を優しく掴み、そっと顔を上げさせてくる邪神。シスター服という聖職者の姿で、しかしその美しい顔を侮蔑と嘲笑で歪ませながら邪神は語る。


「では、簡単なゲームをしよう」


「はい」


「今からやってくるうちの信者五十人。銃を持った彼らを、その槍のみを使って皆殺しにしなさい」


 いつの間にか、自分がここに持って来ていた自作の槍が握られていた。


 左手によく馴染んだ感覚。一般的なホームセンターで揃えた道具を使っただけのそれが、妙に重く思えた。


「勝利すれば『私の子供にしてあげる』。けれど、私は彼らの崇める神として当然の事を行うよ?君の居場所を神託で教えるし、彼らの魔術にバフを盛ったりもね。なんせここは私を祀る場所で、『真世界教』は可愛い信徒たちなのだから」


 当たり前だ。ここは敵地であり、この邪神もまた敵なのだから。


 死ぬ覚悟はしていた。そこで死ぬなら自分はそこまでだと。だが、


「う、うう……」


「痛い……痛いぃ……!」


 いつ間にか元の場所に戻っている。視線は目の前の邪神に向けたまま。しかし、耳は横たわる信徒たちの声を拾っている。


 そう。今から必要となる覚悟は、『殺す覚悟』。


「今からでも断ってもいいんだよ?別に責めやしないさ。どんな悪人を相手にしたとしても、君が人を殺めていい理由にはならない。元々無茶な戦いだ。せっかくの我が子の友達だもの。ゲームをプレイしないなら、帰してあげるよ。君の家に」


 家。そう、僕の家。


 ――――。


「さあ、どうする?あと三分もないよ?」


「答えは、決まっています」


 深呼吸を、一回。


「試練を。必ず乗り越えてみせます」


「――いいだろう、人間よ。この私が見守っていてやる」



* *  *



最後の一人を貫き、バキリと折れてしまった槍を握ったまま仰向けに倒れる。


「ごぷぅっ……」


 口から血の混じった泡が溢れる。右の義手は全損。左足は捻じれ、胴にはいくつかの弾痕と内側から虫に食い破られた跡がある。内臓はよくわからない。ただ、腹が妙に軽いのはわかった。


 目も良く見えない。自分は勝ったのか?負けたのか?それすらもわからない。


「やあ、尾方響くん。いいや?今は『我が子よ』と、呼ぶべきかな?」


 目も耳も碌に機能しなくなり、鼻の奥に詰まった血の臭いしか感じられないのに、やけにその声だけ頭に響く。


「ハッピーバースデー!今日から君はうちの子だ。今から使徒に作り替えるわけだが、何かリクエストはあるかい?」


「ぶふぅ……」


 喋ろうとしても赤い泡しか口から出てこない。いいや、喋る必要はないか。神ならば、思うだけでこちらの意図はわかるだろう。


 ――貴女の存在を、より強く感じられる力を。


 この拠点を調べた時に資料を見、やってきた戦闘部隊との戦闘中に聞こえた事。なにより、この邪神に見せられた東京での戦い。


 それらから、導き出した『対抗策』を実践するには、何よりもこの邪神に近づかなくてはならない。


「あはっ!可愛い事を言ってくれるね……本当に」


『見立て』


 会長……僕は……貴方を―――。


「本当に『可愛い』よ、人間ってやつは」


 やけに古ぼけた扇子で口元を隠しながら、邪神が笑みを浮かべた。



読んで頂きありがとうございました。

感想、評価、ブックマーク。いつも励みにさせて頂いております。どうか今後ともよろしくお願いいたします。

この少し後に、第百八十九話を投稿させて頂く予定です。



Q.結局響ちゃんくんってなんなの?

A.中学で「運命に出会った」とか言っちゃうなまじ才能があったメンヘラ。


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