第百八十八話 目覚め
第百八十八話 目覚め
サイド 尾方 響
「君は……僕を覚えているのか?」
ありえない。僕の存在は『上書き』と『焼却』を行われているはずだ。使徒ならばともかく、人間が記憶していられるはずがない。
「はぁ?なにを言うかと思えば。たかが性別を変えた程度で私を見定めようなんて上から目線をしてきた無礼者を忘れるとでも?地の果てまで追いかけてわからせるに決まっているでしょう」
「えぇ……」
本当になんなんだこの子。
だが、ふと思いなおす。この気配。なるほど、この子も『かの邪神』の巫女か。それもかなり高位の。
東京での一件。アレを含めて考えれば、なるほど。同じ系統の力を持つ者同士、耐性があっても不思議ではないか。
「それより、私は今とても怒っています。あなたが私と言葉を交わした事に首を垂れ感涙にむせばない事にではありません」
「いや、何様だい君は。そもそ――」
「シャァラァップ!このウルトラ天才スーパーパーフェクト美少女が喋っている途中でしょうが!!!」
ぴしゃりと言葉を遮られる。自由か、この子は。
「あなた……勝手に私の『相棒』の為に死のうとしていますね?いえ、死ぬというよりは消滅、に近いでしょうが」
「っ……!!??」
馬鹿な。なぜそれをこの子が知っている。
内心での警戒心を高める。自分の計画はあの邪神しか知らないはず。『真世界教』が知れば相打ち覚悟で殺しに来るであろうそれを、なぜ……!
「どうしてって顔をしていますね。私は見た目だけでなく心まで慈愛にあふれる女神だから大雑把になら教えてあげましょう」
「……そうだね。是非お聞かせ願いたいよ。そんな『的外れ』な事を言いだしたのかを」
「一つ目。これが本命ですが、『私の勘』です」
「……は?」
今なんて言った?人が命どころか存在まで賭けて成そうとしている計画を察知した方法が、勘?
聞き間違い、だよな……?
「この一つ目の理由だけで万の理由に勝りますが、脳が私ほど完璧でないあなたにも納得のしやすい理由も教えてあげましょう。二つ目。蒼太さんの様子です」
「会長の……?」
「はい。おおかた、誰か知り合いが死ぬと思って焦りましたね。雰囲気でわかります。でなければこの土壇場で私から離れるはずがありません。で、三番目の理由。なんとなーく。私のプァーフェクトゥな脳に何かが干渉している気がしたんですよ。主に『そのうち絶対ぶん殴るリスト』に」
なんだそのリスト。
「蒼太さんの知り合いで、なおかつ私のリストにあるのはあなただけ。あとは勘でここまで来た。はい証明終了。殴らせなさい。グーでいきます。前歯全部へし折ってやる……!」
「……なぜ、僕が会長の為に消滅すると思ったのか。それをまだ聞いていないよ」
「そこまで説明するには好感度が足りていません。殴り倒して相棒の前に引きずり出してからお話ししましょう」
「そうか……なら」
槍に魔力を流し込み、次の瞬間には彼女の背後へと『転移』する。
並みの使徒では不可能な移動速度。いいや、速度と表現するのもおかしな話だ。なんせこれは、チープな言い方をすれば『テレポーテーション』の一種。
長距離や結界でも張られていなければ、ノーモーションだろうと問題ない。
この子は危険だ。悪いが、しばし大人しくしていてもらう。肩の骨でもを折ろうと石突で彼女を殴りつけようとし――。
「っ!?」
咄嗟に槍を顔の前にかかげ迫りくる熱線を防ぐ。見れば、新城明里が振り向きもせず左手に握った拳銃型の魔道具を肩越しに放っていた。
更にゴーレムの背部から展開された炎翼を飛び退いて回避。強引に開けられた距離。両足の車輪を回転させ振り向いたゴーレムが指先を向けてきたと思ったら、五指からも熱線が放たれる。
すぐさま短距離の転移を三回。側面から突き込みに行くが、ゴーレムの拳が文字通り飛んできた。
「ぐぅ……!」
槍で受け止めるも衝撃に体が軋む。壁にまで弾き飛ばされた所に、追撃とばかりにライフル型の魔道具が放たれる。
アレの直撃はまずい。この肉体でも耐えられない……!
転がる様に回避後、転移。それにより体勢を立て直し、彼女を睨む。
「馬鹿な、どうやってこちらの攻撃を……!?」
「そんなもの、考えるまでもないでしょう」
無駄にキレのある無駄な動きを左手でした後、己を親指で指さす新城明里。
「このパーフェクト美少女の――勘です」
「僕、君が嫌いだなぁ……!」
「嫉妬乙。ふぅーやはり天に立つ者はいつも下々の者達から妬まれるものです、ね!」
ライフルと指先から放たれ続ける熱線を低い姿勢で床を蹴り、左右に振り回すように回避しながら接近。
よしんば勘でこちらの動きを読もうと、人間の反射神経で反応できない速度でなら……!
「おおっ!」
「むっ」
ゴーレムの胴を狙った突きを右腕で逸らされ、ほぼ真上から放たれたライフルを駆け抜ける事で回避。進路を塞ぐように振るわれた炎翼を転移で無視する。前後逆転し、駆ける勢いのまま再度の刺突。だがこれは地面を強く蹴っての跳躍で避けられる。
でかい図体のわりによく動く。アレが外で大暴れしていたという謎の機体に違いない。
ドームの、卵の殻に内側とアバドンをつなぐように張り巡らされた粘膜のような物。それにより障害物だらけになっている上部を器用に飛び回りながら、新城明里が熱線を放ってくる。
三次元での戦闘がお望みなら是非もない。こちらとて転移の能力者、望む所と言わせてもらおう。
「君はここで、仕留める!」
「ほざきましたね三下が。この私を相手に嘗めた口を、歯ぁ全部へし折ってやる!」
転移と粘膜を足場として自分も宙に。新城明里を追いかける。
それに対し接近戦をさせまいと彼女が飛び回りながら熱線をばら撒いてきた。狙い撃つというよりは弾幕にも見えるが……いいや、大半はブラフで本命があるな。
こちらの動きを読めるというのもハッタリではないらしい。未来でも視えているかのように転移先に熱線がくる。
「くっ……!」
「だいたい!ウザったいんですよ、相棒の為って言って、彼を泣かせるつもりとか!」
熱線を切り払った所に、ワイヤーで繋がったゴーレムの左腕が鋭角な軌道を描いて真横から殴りかかってきた。
それに体を捻って右の義手で受け流し、背中が壁面に叩きつけられる前に転移。
「会長会長って!なんですかその態度は!私の認めた男を、あなた程度が勝手に傷になろうとするな!!」
「っ……なにを!」
放たれた熱線に対し槍を回転。作り出したゲートを通って熱線が彼女へと戻る。
「げっ!」
すぐさま背後に現れたゲートに炎翼を向けて防いだ所に急接近。横薙ぎの斬撃をあびせゴーレムの胴を深くえぐる。装甲の隙間から彼女の足が露出した。
「なにも知らないポッと出が知った口を!」
慌てて距離をとろうとする新城明里に槍を投擲。投げると同時に転移を複数回挟みあらぬ方向から飛来し、通り過ぎた先で転移して再度襲わせる。
しかし、全方位から音速で迫る槍を、それも障害物だらけの状況下で新城明里は紙一重の回避を繰り返す。
ちょこざいな……!
「知りませんねぇ、無才どもの言い訳なんぞ!」
「一々癇に障るもの言いだ。何様だよ、僕たちと会長の関係を知らないくせに!」
「パーフェクト美少女明里様ですよこの野郎!」
自らも粘膜を足場として跳躍。新城明里が駆るゴーレムへと接近する。
右手の義手。その鋭い爪を槍に見立て突き込む。槍と自分の同時攻撃。それをゴーレムの両腕。特に左手をメインに防御を固めてきた。
――あの左手、まさか熱線が放てないのか?
「あなた達ねぇ、価値観がうちの相棒に偏りすぎなんですよ!」
「部外者が僕たちの絆に、忠義に口を出すな!」
「そうやってただの偏執を大げさな言葉で飾るのがウザいって言ってるんですよぉ!」
っ……!転移してきた槍をライフルで撃ち落した!?
すぐさま槍を手元に戻し、粘膜に突き立てて斜めになっている場所に足をつける。
「どうせあなた、『邪神の完全な顕現を自分の身を犠牲にする事で防ぐ』とか考えているでしょう?とんだ依存症ですよ。蒼太依存症とでも学会に発表してやりましょうか」
「……さっきから『うちの相棒』と会長の事を好き勝手言っているけど、彼に依存しているのは君の方じゃないのかい?」
指先を彼女に。いいや、彼女の乗るゴーレムに向ける。
「そのゴーレム。凄まじい性能だよね。使徒と渡り合えるんだから。けど、その武器も機体も、彼からの贈り物だろう?君の力じゃぁない。借り物の力であの人と対等になった気でいるとは、とんだ道化だよ」
「あ、それは私も思ってました。何か違うなと」
「……なに?」
さっきまで怒りをあらわにしていたのに、突然気安いノリで答える新城明里。情緒不安定にもほどがある。
「まあ、これは『借り』ですね。将来私が真なるパーフェクトになった時、彼に利子をつけて返す予定ですよ」
「呆れた。そんな返済能力のない借りがあったなんて。相棒じゃなくって情婦とでも名乗ったらどう?」
「うっわぁ感じわる。まあそう思われるのも仕方がないですね、あなたは私の凄さを知らない」
「……自信過剰もそこまでいくと才能だね」
「ふふん。あらゆる才能において歴史を更新する女。そう、パーフェクト美少女明里ちゃんです」
もはや会話する意味すら見いだせない。
額に血管が浮き出るのを感じながら、転移。彼女の上にある粘膜へと降り立つ。
「はぁん?この私を見下ろすとかいい度胸ですね」
「……もういい。君は眠れ。会長の道は僕が切り開く」
――本音を言えば、彼女が会長の『相棒』というのは既に認めている。
邪神から聞いた東京での事。そして、会長の姿をきちんと見てわかった。彼は完全無欠の超人などではない。ただ人のように傷つき、ただ人のように泣くのだ。
それを支えたのはこの娘に他ならない。彼女が死ねば彼の心が死ぬ。だから、殺せない。
それでも。
「僕は彼の為に死ぬ。それが恩返しであり、謝罪だ」
この忠義を邪魔だてするのなら容赦はしない。半死半生にしてでも計画をやり遂げるのみ。
その時、新城明里の下。そこに眠る巨体が、微かに動いたのを感じ取る。
「っ……!?」
馬鹿な、まだ早い。早過ぎる……!まさか、周囲でまき散らされた魔力反応に呼応しているのか……!?
『■■■■■………ッ!!!』
「これは……!」
「くっ、退避!」
「言われずとも!」
金色に輝く三対の瞳。それが天を見上げ――その大口を開いた。
一つ一つが巨岩と呼ぶべき牙。それらの奥から、膨大な熱と光が漏れ出る。
瞬間、世界が光に包まれる。
『■■■■■■■■――――ッッッ!!!!』
生物の形を真似た災害。地上を歩く災厄の悪魔。大いなる怪異の獣。
アバドン。その死体が咆哮をあげた。
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