第百八十七話 消える者
第百八十七話 消える者
サイド 宇佐美 京子
兜を消して、少し焦った顔で私を暖かい炎で包む剣崎君。そのおかげで肉体も万全なものに回復した。
いやーよかった。戦闘が終わって気が抜けた頃に指や目を失った絶望感がとんでもなく襲ってきたので。これからの人生どうしようと。しかも直後に絶望的な敵戦力が出てくるし。
「大丈夫……ですか?」
「おかげさまでね。貴方のお知り合いに随分と酷い目に合わされたけど」
そう言って花園麻里を横目で見る。彼女は先ほどまでのふてぶてしい態度から一転、顔を覆い隠し彼の目に自分の顔が映らないようにしていた。
なんだその彼氏にすっぴん見られたみたいな反応。うぜぇ。
「見ないでくれるかい、蒼太くん。今、私はとてもみっともない姿なんだ」
「……ええ。本当に。『身内』として恥ずかしい限りです」
おや、ちょっと意外だ。もう少し動揺なり、罪悪感なりを見せると思ったのに。
剣崎君のきっぱりとした態度に少し驚いていると、花園麻里も手を離して呆然と彼を見上げた。
「……え」
「麻里さん。貴女が何を想い、何をしたのか俺は知りません。ですが、貴女は貴女の罪を償ってください。気が向けば手伝いぐらいします」
そう斬り捨てて剣崎君がこちらを向き、片膝をついてこちらに視線を合わせてきた。
うわぁ、相変わらず顔がいい。まつ毛長いし顔のパーツは黄金比。乙女ゲーでもここまでの美男子は見た事がない。
しかもよほど今はシリアスな状態なのか、視線も数秒に一回ぐらいしか胸にいっていない。普段なら二秒に一回はねっとりとした目が胸にいくのに。たまに尻や太もも。
「宇佐美さん。身内としてそこのバカの不始末、申し訳ありません。ですが今は急を要する事態ですので、後回しにさせて頂きます」
「ええ、構わないわ。それより、状況は?」
「俺もよくわかっていないのが本音です。今はとにかくアバドンの体を目指しています」
「そう。わかったわ。悪いけど、私と黒江はここで撤退するつもりよ。ついでにそこの女も連行するから、アバドンの方に専念してちょうだい」
「ありがとうございます。この借りは必ず返させて頂きますので」
「そうね……楽しみにしておくわ」
「あ、それなら一つ」
私を抱き支えていた黒江が、びしりと手を上げる。
「はい?」
「剣崎様。私もそこの花園様により多大な迷惑をこうむりました。個人的な賠償を要求します」
「え、ええ。それはもちろん。はい」
「謝罪として今度お嬢様の下着選びを手伝ってください」
「 」
「黒江?あのね、今シリアスな場面だから。真面目に」
「おだまりください。今宇佐美家の、そして京子様のメイドとして勲章ものの働きをしている所です」
「なんで?」
どこがどう私の下着選びで勲章につながるのか。お爺様やお父様が喜ぶとでも?いやだぞ成人した孫や娘の下着で一喜一憂する爺さんども。
どうせなら剣崎君のドスケベ乳首を保護する手段を考えた方がよほど人類に貢献できるのでは?
「え、ええ?」
「私からの要求はこれのみです。え、もしや心身ともに痛めつけられた私の被害はこれよりも軽いと?ああ……そうですね。私のような人とも怪異ともつかない半端な生物、なんの価値もありません。どうぞ唾でも吐きかけて『これで感謝しろ』とでもお言葉を頂ければ」
「いやいやいや!?そんな事は決して思ってませんけども!本人!本人がよくないと思うなって!」
「そうよ黒江。私にも羞恥心が」
「一緒に剣崎様の下着も選びましょう」
「私からの要求はそれよ剣崎君」
「馬鹿じゃねえのこの主従」
真顔にならないでほしい。私だって恥ずかしいのだ。だが、君の乳首を護るためなら、私は……!
そう決意を込めて見つめていると、根負けしたのか剣崎君が兜をかぶりなおして立ち上がる。
「えっと、はい。よ、喜んで、はい。その要求をのませて頂きますというか、ありがとうございます?」
「京子様。今私ご当主に万歳三唱される未来が視えました」
「私のせっかく得た特技奪わないでくれる?」
自分でもびっくりな特殊能力よ?もう少し誇らせて?
「あ、それはそうとこれから猟犬に追われると思うので、お気をつけて」
「そうだった!?」
そうじゃん。私これからはお爺様ばりに猟犬どもから狙われるんじゃん!?くっそあの犬っころどもふざけんな!
「……そちらの方も後で謝罪がてら相談にのらせて頂きます。すみませんが、後はまた後日」
「え、ええ。そうね。行ってらっしゃい」
「――はい。行ってきます」
踵を返し、立ち去ろうとする彼の背中に声がかかる。
「待ちなよ。どこに行くんだい?いいや、そもそも私の見えない所に行くんじゃない。君は私といるんだ、蒼太君」
なにいってんだこいつ……。
「なに言ってんだこいつ……」
しまった、思わず口に出てた。これでは私の麗しの令嬢にしてクールな美人大学生兼女社長というイメージが崩れてしまう。
「お嬢様」
「なにかしら黒江」
「おこがましいです」
「なにが?」
うーん。やはり私は黒江の考えを読み切るのは難しいらしい。まあ、いいが。彼女が私の家族なのは変わらないし。
「麻里さん。今貴女に構っている暇はありませんし、敵となった以上よりその言葉に耳を傾ける意義はない」
「待て。待つんだ。君は、私の……」
「失礼します。面会には行きますので」
花園麻里が伸ばす手を無視し、剣崎君が走って行った。よほど急いでいるらしい。彼女の目を治療しようともしないとは。
……いや。なんとなく、今の彼はそういう『ブレ』が少ない気がする。一皮むけたと言うか、何というか。
そもそもなんか凄そうな槍とか腰に巻いているのとか時計とか、謎のパワーアップをしていたのだが。本当になにがあったんだ?
「……けるな」
「うん?」
ぼそりと呟いた花園麻里がナイフをブーツの底から引き抜く。
今更そんなもので私達に勝てると思うほど頭の中まで花園だとは思えないが――。
「黒江」
「はい」
なんか自害しようとしていたので、黒江にナイフを弾き落とさせる。
「邪魔を、するな!」
「いや私勝ったし」
この期に及んでテロリストで悪の結社で性格クソ煮込みの敗北者にかける情けとかないわ。捕虜待遇にしようと考えている理由は剣崎君の身内だからだよ?思い上がんな?
回復した事でほどけた包帯を邪魔にならないよう纏めながら、ため息をつく。
「別に貴女は剣崎君にとって今は『それほど重要な人物でもない』し、『大人しく舞台から降りなさい』な。そもそも私も貴女も『この戦いに参加できるような大物じゃない』わ」
少しキザな言い回しになってしまったな。少し花園麻里の口調がうつってしまったかもしれない。
「あっ、ああああああ………」
「え?」
「あああああああああああああ!!」
「うわっ」
なんか突然頭抱えて叫び出した。こわっ。
「お嬢様」
「え、なに?」
「ナイスです」
「なにが……?」
どうしよう。本気で黒江の内心がわからないわ。
* * *
サイド 新垣 巧
転職しよう……。
「新垣さん!ご無事ですか!?」
「どうしてあんな馬鹿な事を!」
「ふざけないで頂きたい……!」
「十円はげー」
「ふっ……今体を揺らすのはやめてくれたまえ」
そして山田くんは覚えていろよ。最近は指輪のおかげか毛根も回復してきたんだからな。
「いやー、焦ったわぁ」
「本当ですね」
「お二人とも、ありがとうございました」
鉄柵に背中を預けたまま、エマとスペンサーに頭をさげる。
あの時。このまま部下達が殺され、儀式が成功して娘に危険が及ぶぐらいならとほとんど自爆するつもりで突っ込んだのだが……不思議な事が起きた。
あれだけ怨嗟の目で見てきていた落ち武者がこちらの肩に噛みつく力を突然ゆるめたのだ。なにやら落ちる瞬間誰かの名前を呟いていた。昔の女性の名前に思えるのだが、心当たりのない名前だったので疑問しか残らない。
ただ結果として自分への拘束はとかれ、僕らの危険を察知したらしいエマが飛び込んできて不可視の尻尾で回収してくれたというわけだ。
「私達、まだ公安を信用しきれていないんだから貴方に消えられたら困るのよねー」
「今後とも御贔屓に……でいいのでしたっけ?日本語は」
「あら~!やっぱうちの子天才じゃな~い!!??」
「やめてください……!」
返り血一つ浴びていないこの親子だが、足元にベータやピュートーン達の死体が転がっているあたり普通に危険人物である。関わりたくない。
あれだ。スペンサーは常識を知っているようで基本的な思考が戦闘型の魔術師な上に、軍事施設育ちのキリングマシーン。そりゃそれに育てられているエマも思考がそうなるというものである。
まあ、よそ様の家庭にとやかく口を出す気はないが。うちだって褒められた家じゃない。
「ふっ……我々は一時後退すべきだな。各員、今のうちに準備」
「「「了解!」」」
といっても、自分はしばらく動けないし江崎くんや竹内くんは重症。山田くんも獣化が解けた反動で座り込んだまま動けない。
……ピュートーンの残存数しだい、か。
「あら。だったらこれとかお勧めよ」
「これは?」
スペンサーが三本のアンプルを差し出してくる。
「私が作った回復薬です」
「いったでしょう?毒を作れるなら薬も作れるって」
「それは……ありがたい。使わせていただきます」
「毎度あり~。請求書は公安ね?あと、明日あたり確実にお腹壊すから準備しといてねぇ」
「ふっ……覚悟しておきましょう」
明日は地獄だな、これは。
「それと、私達も一緒に撤退するわぁ」
「おや、真世界教に思う所があるのでは?」
そう問いかけるが、スペンサーが軽く肩をすくめる。
「引き際は考えないとね。私もそろそろ限界だし、エマだってまだ体ができあがっていないもの。ジャパニーズサビ残はごめんよ~」
「……帰りはあの人がいないルートでお願いします」
「はいはい」
ムスッとした顔のエマの頭を撫でた後、スペンサーが目を細める。
「それにね……なんとなーく、やばい気がするのよ。精霊の声なんてもう聞こえないのに、ここにいたら死ぬってね」
「ほう……何が起きるというので?」
内心で冷や汗をかきながら、表情は不敵なものにして問いかける。
スペンサーが、一瞬だけ言い淀んでから口を開く。
「人が絶対に立っていられない戦いが起きる。神話の世界が出てくるかもしれない。そう思えてならないのよ」
「ふっ……それはそれは」
よし。
帰ったら絶対に転職しよう。
* * *
サイド 剣崎 蒼太
……自分は、思った以上に周りを視れてなかったのだな。
眼前のピュートーンを轢き殺しながら、走る。
中学時代の友人達。義妹である蛍。そして、花園麻里さん。皆、自分の知らぬ所で世界の裏側に触れ、自分と敵対した。
彼らにも闇があったのだ。それと碌に向き合おうとしなかった。その闇が、自分のせいかもしれないのに。
それは。
「おっと」
背中からズレ落ちそうになった槍を受け止め、締めなおす。
……考えすぎだな。切り替えていこう。今はこのふざけた事態を巻き起こした馬鹿どもを殴り倒す。それだけだ。
魔術のせいか明らかに空間が広がったドーム内。早く明里に合流しなくては。
相も変わらず嫌な予感がする。自分の知る人が、いなくなってしまう。そんな予感。
もうこれ以上死なせたくない人達を死なせるつもりはない。絶対に――。
「……え?」
ふと、顔を上げる。先ほどまで胸中を渦巻いていた不安が、唐突になくなった。
なぜ?わからない。だが、だがこれは。まさか――。
「明里……?」
* * *
少しだけ時を遡る。
サイド 尾方 響
「すぅ……ふぅ……」
落ち武者達から逃げた時の傷はまだ癒えないが、それでも動けるぐらいにはなってきた。呼吸を整え、槍を杖代わりに立ち上がる。
「やあ……思ったよりも早かったね」
アバドンの死体を眼下に、通路の方へと振り返る。そこには魔瓦迷子――いいや、魔瓦チルドレンが二人立っていた。
このコンディションで二人同時。だが、まだやれる。自分はここで死ぬわけにはいかないのだ。
「いいよ、相手になろう。僕は死ねない。だって……」
左手で槍を構え、それに右の義手を添えた。
「まだ、会長への恩返しも謝罪もできていないのだから」
「そう言うの迷惑だと思いますよ?」
突如、魔瓦チルドレンの片方が頭を熱線で貫かれ、もう一体が振り返るよりも速く腹部を殴り飛ばされ、こちらに飛んできたので咄嗟に首をはねた。
完全な奇襲を受けあっさりと死んだ魔瓦チルドレン。だが、それよりも自分の視線は陰から出てきた人物へと注がれる。
夜を溶かしたような黒く長い髪。星空を連想される瞳。白くきめ細やかな肌に、非常に整った目鼻立ち。もう少し成長すれば、あるいは『女神』とさえ敬称されかねない美貌。
まだ幼さを残しながら、それでいて多くの男を魅了するだろう体をピッタリとしたアニメのパイロットスーツみたいなもので包んだ、一人の少女。
新城明里。我が王の『相棒』を名乗る少女が、彼の魔力を漂わせたゴーレムに乗ってやってきていた。
「……その目。未だ私を彼の『相棒』に相応しいか疑問に思っていますね?本当に腹立たしい。このスーパーパーフェクト美少女を私が認めた人間以外が見定めようなどと。何様のつもりなのか」
「っ……!?」
未だ?待て、それは。
「お久しぶりですね、尾方響さん。今度は蒼太さんが止めないので、あなたをぶん殴ります」
はっきりと、『もうこの世から消えた名前』を口にした。
読んで頂きありがとうございます。
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