閑話 新城 守
閑話 新城 守
サイド 『佐藤』 守
小学生の頃、僕は自分が天才であると信じて疑わなかった。
何でも出来た。テストでは毎回百点で、運動だって誰にも負けない。自由研究も作文も、何度も県で表彰された。
そんな自分は、当たり前のように県で有数の中高一貫の進学校へと進んだ。だが、そこで僕はようやく挫折というものを体験する。
張り出されるテストの結果は、必ずと言っていいほど一番上に自分の名は書かれる事がなく、体育ではクラスで中の上。入った部活でも、レギュラーなんて程遠い。ベンチにすら、入れない。
自分は決して特別な存在ではないのだと、痛いほど教え込まれた。
「いやぁ、十分凄いと思うけどなぁ」
そう言ったのは、寮で同室の少年だった。
なんというか、その少年はあまり優秀ではなかった。厚ぼったい眼鏡に平凡な顔立ち。その見た目まんまに、パッとする所がない。
テストでは毎回赤点ギリギリ。体育はいつもへばっているか、サボっているかのどちらか。所属している美術部で描いた絵を一度見せてもらったが、あまり上手いとは思えなかった。
だが、不思議と彼の周りにはいつも人がいた。特によくいたのは、野球部の期待の四番や、家がかなり金持ちの御曹司。
最初は狙って人脈を広げているのかと思ったが、すぐに彼にそんな能がないと誰でもわかる。このちゃらんぽらんを、放っておけなかっただけだ。
そして、気が付けば自分も、彼らとよく一緒にいるようになっていた。
「いやぁ……けどねぇ」
「まあまあ。守くんの成績が落ちたわけでもないんだから。気楽にいこうよ、気楽に」
「君は気楽すぎるよ……宿題、終わったのかい?」
「……お願いします守大明神様ぁ!」
「断る」
「そんな~」
「ほら、教えるからペン持って」
「は~い……」
挫折して、自分は特別じゃないとわかったのに。
不思議と、その場所は天才と褒めたたえられていた地元よりも、僕にとって居心地がよかった。
だが、永遠なんてない。そして、世界はいつも理不尽に溢れているのだと、高校生の頃に知る事となる。
友人が、阿加井孝太が行方不明となった。
同室の僕も警察に色々聞かれたが、大人たちは家出じゃないかと思っているようだった。
そんなはずがない。あのちゃらんぽらんが、そんな事をするはずがない。あいつが自分達に一言も告げずに姿を消すものか。
共通の友人。竹宮剛くんと河合武夫くんと共に、彼を探すために動き回った。
その結果浮かび上がったのが、学校の七不思議。
よくある花子さんやら音楽室のベートーベンに紛れて、少し変わった噂がある。
『美術準備室にいる蛇のはく製が、絵の上手い生徒を丸のみにしてどこかへ連れて行ってしまう』
本来なら誰も信じないような話に、しかし目撃情報や彼の残した手記から間違いないと判断。夜の学校に、僕たち三人は乗り込んだ。
「どんな化け物が出ようと俺がぎったぎたにしてやるぜ!」
そうバットを振るう剛くんの横で、武夫くんが震えた顔で背中のゴルフバックを開いた。
「ね、ねえ皆。これ見てよ」
「あん?って、おまっ……」
剛くんと二人して顔を引きつらせる。なんと彼が猟銃を持っていたのだ。
「パパの部屋から持ってきたんだ。怒られるのなんて、恐くないぞ!……けどばれたら後で一緒に謝って?」
「ふっ……勿論だとも」
笑って彼の背中を叩く。色々あれだが、頼もしいのは事実だ。自分もその辺から拝借した鉄パイプを手に、夜の学校へと侵入した。
自然と、自分はこのグループの司令塔みたいな位置にいた。正直剛くんと孝太くんは頭がよくないし、武夫くんは皆を引っ張るタイプでもない。
自分がしっかりしなきゃと意気込んで、
「えっ……」
まだ自分は、自分に対する幻想を抱いていたのだと、思い知る。
昼間のうちに準備していた事もあって、あっさりと美術準備室には到着した。しかし、そこで見たものにより自分は硬直してしまう。
あちらこちらに、苦悶の表情で並べられた石膏像。いいや、違う。彼らは人間だ。人間が、固められているのだ。
部屋の奥で大きな額縁のような物があり、その中央にくるようにして孝太くんが吊るされている。その体が、少しずつ石のように固まっていた。
その異様な光景に固まる僕に、部屋にいた怪物が振り返る。
『おやおや。これは予想外の来客だね』
白いローブ姿のそれは、蛇の頭と尻尾をもつ怪人だった。
この世ありえざる怪物。そして部屋に並んだ被害者たち。怪物――蛇人間がこちらを見て、手に持つ鉈を向けた事で自分の中の何かが決壊した。
「わ、わああああああああああ!?」
「守!?」
「えっ!?」
突然大声をあげた自分に、剛くんと武夫くんが振り返った。
指揮官のように振舞っていた友人の豹変に意識がもっていかれた二人が、怪物を前に無防備な姿を晒してしまったのだ。
『はっ』
ぐしゃりと、武夫くんの頭に鉈が振り下ろされた。顎まで叩き割られた彼が、力を失くして倒れながら引き金をひく。
放たれた散弾は明後日方向へと向かい、孝太くんを縛る紐の一部を破壊した。
『げ、しまったな』
そうぼやく蛇人間の頭に、木製のバットが叩きつけられる。
「てめぇ、よくも武夫を!」
『五月蠅いな』
「がっ」
面倒くさそうに振るわれた拳が剛くんに叩き込まれるが、彼は倒れることなくもう一度バットを振るう。
それをあっさりと避ける蛇人間から目をそらさずに、彼が吠えた。
「守!銃を!」
「え、あっ」
慌てて銃をとりに行こうとするも、蛇人間が尻尾で弾き飛ばしてしまう。床を滑って、猟銃は孝太くんの所へといってしまった。
『小賢しガキどもだね。まあいいさ。夜食と思えばちょうどいい』
「おおおおおお!」
剛くんのバットをあっさりと躱して、蛇人間が彼の体を切り刻んでいく。最期まで抵抗しようとする彼を嘲笑うように、鉈が振るわれるたびに血が周囲にまき散らされる。
それを、自分は何も出来ずに見ている事しかできなかった。
『さて……次はそこのガキか』
「あ、ああ……」
呆然とする自分に、蛇人間の視線が向く。
怖い。怖い怖い怖い!
恐怖に膝が震え、逃げる事すら出来ない。倒れている友人すら、助けられない。
その時、銃声が響いて蛇人間が前のめりによろめく。
『が、な、なにぃ……!?』
孝太くんが、解放された右手に猟銃を握っていた。それで蛇人間の背中を撃ったのだと、遅れて気づく。
「走れ!」
「わ、ああああああああ!」
彼の発した声に、無様な悲鳴をあげて自分は逃げ出した。
廊下に飛び出して何度も転び、ボロボロになりながら校門へとたどり着く。
「はあ……はあ……おえっ」
自分は何をした。いいや、何もしなかった。
その事実に。そして友人達の姿とその後を考えて、地面に倒れ込んだままげろを吐く。
なんて惨めだ。こんな、こんな……。
「あら、ブサイクな顔ね」
そんな声がして顔をあげて――。
「同年代で面白い絵を描く奴がいるから見にくれば、まさか行方不明とはね」
黒い長い髪を優雅にかきあげて、それは美しい少女が歩いてくる。
幻でも見ているのかと呆然とする自分の横を通り過ぎて彼女が歩いて行き、それから数分して校舎から爆音が響いた。
まさか、あそこに行ったのか?
すぐにでも連れ戻さなければ。今更になってそんな事を考えるも、立ち上がった後足が動かなかった。
膝が震えている。怖かったのだ。自分は。
「は、はは……」
僕は、凡人ですらない。ただの愚物だ。
* * *
少しして、三人の葬式がひらかれた。
見た事もない凶悪な指名手配犯が犯人として警察に捕まり、この事件は解決とされた。彼らの葬式に参加した自分は、雨の中を走った。
違う。彼らを殺したのはその男じゃない。怪物でもない。殺したのは……!
「あら。偶然ね。ほんと偶然」
橋の下で、壁に額を擦り付ける僕に話しかける人がいた。
あの時の少女だ。彼女が傘をさして、ゆっくりと歩いてくる。
「君は……どうして……」
「あら。『君の様なスーパーパーフェクトエレガント美少女がどうして僕みたいな凡骨に?』という顔ね。その通りだわ」
いやそこまでは言っていない。否定はしないけど。
「私が貴方ていどにわざわざ会いに来るわけないでしょう?しかも雨なのよ?美人薄命という言葉があるでしょう。モデルは私よ」
なにを言っているのだろう、この子は。
困惑している自分をよそに、彼女は言葉を並べていく。
「ちょうどいいから、実験に付き合ってちょうだい」
「実験?」
「そう。偶然。本当に偶然、家の蔵で『忘却の呪文』というのを見つけてね。その実験相手を探していたの」
「呪文って」
そんな非科学的な。という言葉は、あの日見た光景にかき消された。
「この呪文を使えば、嫌な記憶は忘れられる。貴方、ちょうど忘れたい事があるんじゃない?」
「っ……!」
目を見開くこちらに、彼女が歩み寄って手提げカバンからだした指揮棒のような杖を向けてくる。
「忘れさせてあげる。YESかNOか。今ここで答えなさい」
数秒、迷う。
あの日見た出来事を、忘れた日はない。毎晩のように悪夢を見る。
あの日、僕がいなければ。いいや、彼らに孝太くんの捜索を持ち掛けなければ。
こんな記憶、一分一秒でも忘れたかった。
「必要ない」
彼女の差し出した杖を、はたき落とす。
「僕は最低だ。皆を見捨てて逃げて、泣きわめく事しかできなくて。今もこうしている馬鹿だ」
なぜ自分は生き延びた。なぜ自分は逃がされた。
「それでも」
だから、忘れる?冗談じゃない!
「僕は彼らの友達だ!その死に際を忘れてなるものか!」
忘れたい過去も、見たくない現実も。
全て受け止めなくてはならないんだ。誰でもない、自分の為に。彼らの友人だと、言い張るために。
これから何をしていいのかもわからない。どうすれば償いになるのか、どうすれば胸を張る事ができるのか。
けれど、これだけははっきりしていた。
「へぇ……」
面白そうに笑った彼女が、自分の爪先から頭まで眺めてきた。
「うん。ブサイクから凡人にはなったかしら。そんな貴方に朗報よ。あの蛇の怪物、まだ生きているわ」
「なっ……!?」
驚愕する自分に歩み寄り、彼女が手を差し伸べてくる。
「私は新城月夜。見ての通り美しすぎる故に体の弱い薄幸の美少女よ。足を探しているのだけど……やってみる?」
あの怪物が生きている。彼らの仇が、まだいるのだ。
なら、自分は。
「やらせてくれ。僕にできる事なら、なんでも」
彼女の手を、強く握る。
「そう、ならまずは――おえっ」
「えっ」
突然自分目掛けけて彼女が嘔吐した。がっつり至近距離から、葬式だからと着てきた制服に吐しゃ物がかかる。
「ふっ……だから雨の日は嫌いよ」
「ちょ、え!?」
「私ほどの美少女になると、凡人には虹色の何かを吐いたように見えるかしら?ふふ……実はげろよ」
「誰が見てもそうだよ!?」
「ちょっと歩けそうにないからおぶりなさい。この宇宙一の美少女を背負う事が出来る名誉に感涙しなさい」
「いやいやいや!?というか手つめたっ!?病院!まず病院!」
それから、いくつもの怪事件に駆り出されたり、蛇人間を討ち取って三人のお墓に報告をしたり、以降も彼女に色々連れまわされるわけだが。
それはまた、別のお話し。
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