第百八十一話 対面
第百八十一話 対面
時は僅かに巻き戻る
サイド 新垣 巧
「前田くんは後退!竹内くん!」
「おおおおおおお!」
『クフフフ……』
自分達は今、まるで『サソリの尻尾』にでも後ろから浸食されたかのような謎の怪人を相手に必死の撤退戦をしていた。
* * *
突入直後、最奥を目指しての移動ペースはそこまで悪くないものだった。信者が変異した怪異――本人たち曰く『ピュートーン』はその大半が外で戦っている海原アイリの元へと向かっているらしく自分達が遭遇したのは四体。
平地で戦えば一体でも十二分に脅威であるが、多少道幅が広かろうが屋内なら銃撃による面制圧と竹内くんが前衛を張ってくれればどうにかなる。
そして、思いのほか野土村の住民たちが奮戦している事も影響していた。
「おおおおおおお!撃て!進め!撃て!進めぇ!」
「我らが信仰の証を打ち立てるのだ!奴らの死体の山の上に、『蒼黒の王』陛下の旗を掲げよ!」
「突撃ぃぃぃぃ!!!」
狂信者って怖い。改めてそう思いました。
怪異としての肉体。そこに付け焼刃だが公安が戦闘訓練を積ませ、人外の膂力を活かして重機関銃を携帯させるという荒業を使う事により『なんちゃって装甲車』へと仕立て上げたのだ。
ぶっちゃけ彼らの火力と敵を恐れない姿勢がなければ少し危うかったかもしれない。
「お前ら!新垣殿の指示を忘れるなよ!彼のお言葉は我らが王のお言葉と思え!」
「「「承知ッ!!!」」」
そしてその狂信者な怪異を山崎くんが統制してくれている。いやー、彼が公安に再就職してくれてよかったなー。他の住民と違って『蒼黒の王』を信仰しているわけでもないし。
きっと日本の未来の為この仕事についてくれたのだろう。前に『他に行き場所がねえ……!?』と言っていたけど気のせいに違いない。僕はちゃんと彼とその部下の退職届を上に『届けた』し。
だが、その順調なペースに違和感を覚える自分がいる。いくらなんでもおかしい。こちらの突入を敵も気づいているはず。だと言うのに挟撃も罠もほとんどない。
嫌な感じだ。根拠はないがこういう時は碌な事が起きない。
そう思いより強い周囲の警戒をと、指示を出そうとした時だった。
「かふっ」
突然、前衛をしていた野土村の住民が短く声を出して立ち止まったのだ。
一本角の鬼である彼の巨体。その胸の中央に不自然な空洞があった。だがそれにしては出血が――。
「各員彼から離れろ!同時に撃ちまくれ!」
「「「了解!!」」」
すぐさま全員が鬼の彼から離れ、引き金を絞る。それによって鬼の肉体があっという間にズタ袋のように変わっていく。
血を周囲にまき散らしながら、しかし立ったまま。そしての奥に銃弾が向かう度に硬質な音をたてて火花が散っていた。
『酷い奴らだな。仲間をこんな風にして』
密集陣形をとり銃撃を止めた所で、そんな声が響く。
まるで空気からにじみ出る様に、一人の男が出てきた。
見るからに異形。二メートル半はある巨体には細くしなやかで、サソリなどの虫を彷彿させる甲殻が体の大半を覆っている。数少ない露出部位たる口元を愉悦で歪ませながら、その男は鬼の彼をぞんざいに投げ捨てた。
透明になる怪異。そういった存在と戦った事はあるが、魔力を込めた重機関銃を受けて平然としているのは初めてだ。
「あいにくと彼を気遣う余裕がある相手とは見えなかったのでね。よければ名前を伺っても?」
各員がリロードする時間を稼ぐ。いいや、それ以上に目の前の存在を知りたい。どういう思考をしているのか。情報がなさすぎる。特製は?弱点は?
敵のホームでこれとは。お腹痛くなりそう。
『クフフ……人に名を聞くなら自分から……と言いたいが、あいにくとお前の事はよく知っている。いいや、名前と容姿しか知らないから、そうも言えんか?上司から名を聞いた回数が多すぎて既に知人のように思えるよ』
のってきた。わざわざ姿を見せた事から食いつくタイプとは思っていたが、とりあえず会話は可能な知能がある、と。
『私は名誉ある三騎士が一人。あいにくと人だった頃の名は捨ててしまってな。今はベータと名乗っているよ。ちゃんとした名を手に入れるのは、我らが主上に認めて頂いてからだ』
「三騎士、ねぇ。あいにくと聞かない部隊名だ」
『それも当然だろう。なんせ我ら真世界教の中でも教祖と落ち武者殿しか知らぬ秘密部隊だ。いかに貴様が鼠を我らの腹の内へ仕込んでいようと、わかるはずもない』
鼠……協力者の存在がばれていたか。彼女は無事で――。
待て。協力者などいたか?いやいたはずだ。脳の一部に魔術で仕込んだ刻印がその存在を告げている。絶えず自動更新するそれが、微かながら反応しているのだ。
だが名前も経歴も思い出せない。容姿だけは辛うじて思い出したが、なんだこれは。
いや、今はそれどころではない。とにもかくにも目の前のこいつをどうにかしなければ、我々は死ぬ。
「さてさて、何のことやら」
『クフ……ぬかせ。まあいい。貴様らは全員あの世行きだ。せいぜい地獄で反省会でもしているがいいさ』
「個人的にはもう少し君の事が知りたいんだがなぁ」
『あいにくとそちらの趣味はない。貴様と違ってな』
おい待てや。
『我が愛は主上にのみ向いている。あのお方の寵愛を受ける事こそ、私の悲願。そのために』
ふっと、唐突に奴の姿が消える。ほぼ同時に自分達は引き金を弾いていた。
『お前たちには死んでもらう。主上の顕現を妨げる者は、この世にいらない』
「各員!互いの背を守りながら後退!弾薬を惜しむな!」
だが鉛玉は全て空気を通り抜け、向こう側に見えるやたら生体的な壁に突き刺さるばかり。既に移動した後か……!
こんな事ならカラーボールでも持ってくるべきだったか!ダメなら白髪染めのスプレー!
「三点バーストに切り替え、弾幕を展開。当たれば火花が散る。見逃すな!」
「「「了解!」」」
目に見えず、重装備の怪異を一撃で殺す膂力を持ち、銃弾では足止めぐらいしかできない頑強な『怪物』。そのうえ、恐らくスピードもこちらとは比べものにならない程速い。
とんだ悪夢もあったものだ。これではとてもじゃないが進軍はできない。後退するしかない。
* * *
――そして、今に至るわけだ。
「状況報告!」
「竹内、銃をロスト。『陽炎』による近接戦闘に専念します!」
「細川、問題ありません」
「山田はいつでもいけますよー」
「前田です!生きてます!」
「え、江崎です!まだ戦えます!」
「俺帰ったら絶対に転職する!」
とりあえずうちの班員と山崎くんは無事。だが、野土村の住民は全員脱落か。
彼らへの黙祷は後だ。現状はかなりまずい。
第一に、こちらには奴……『ベータ』とやらに対抗する手段がない。というのも、だ。
「おおおおおお!」
炎を纏った『陽炎』を竹内くんが振り下ろす。我が班で、いいや表の世界の基準で見ても間違いなくトップクラスの技量を彼はもっている。
更に身に纏う『アマルガム・トルーパー』。これを着る事により、彼の身体能力は人外のそれとなんら遜色ない。
最後に陽炎。アレは使徒自らが鍛えた刀だ。凡人が振るっても鉄を軽く引き裂く。伝説級の武器を達人が超人の膂力で振るう。それだけで大抵の生物は死ぬ。
なのに。
『ハハッ!太刀筋は認めるがなぁ!』
あっさりと、受け止められる。
ベータの左腕。そこを覆う甲殻が竹内くんの刀を受け止め、一寸たりとも進ませない。それどころかあっさりと腕の力だけで弾かれる。
彼とてこの業界を生き抜いてきた精鋭だ。自分より高い身体能力を持った相手に、己の技が効かない事などいくらでもある。だが、それでもトルーパーと陽炎の組み合わせで切れぬ物などごく僅かであった。
そのごく僅かな例外。それは神格由来の存在である。
「くっ……!」
弾かれながらもその勢いを利用して連撃へ移行する竹内くんだが、それら全てが左手一本に防がれる。
その合間に、自分達が発砲。もとより自分達が持つ火力ではトルーパーの装甲に傷一つつけられない。山崎くんも重機関銃を破壊されている。
狙うは甲殻に覆われていない下顎から鳩尾にかけて。人の皮膚が露出した箇所だが……。
『痒い、痒いなぁ!』
傷一つつけられない。流石に甲殻よりは柔いのだろうが、自分達の銃では突破は不可能。竹内くんなら可能性があるが、それは全てガードされる。
『そら、息がきれているぞ』
「がっ……!」
右手の掌打を胸に受け、竹内くんが弾き飛ばされる。それを山田くんが受け止め、代わりとばかりに山崎くんが盾と剣を持って前に出る。
「くそが!俺にあてるなよ新垣ぃ!」
「無論だとも」
狙いを変える。サブマシンガンから愛用の拳銃へ切り替え、ベータの肘関節を狙い発砲。残念ながらこれもダメージを与えられた感じはないが、動きからして人間に近い骨格だ。動きの阻害ぐらいはできよう。
盾を構えた山崎くんが剣を振りかぶるが、それはフェイント。最初から自分の攻撃は無意味と判断しシールドバッシュを放つ。
それを軽く後ろに跳んで回避したベータが、また姿を消した。
『クフフ……チャンスタイムは終わりだ。さあさあ。鬼ごっこを続けよう。次はどこへ逃げる?どこへ向かう?』
自分達が未だ全滅していない理由。それがこれだ。
ベータはある程度戦うと、こうして姿を消して挑発するように声を出しながら軽い攻撃を仕掛けてくる。
その間に態勢を整え後退。だが……どう考えても誘導されている。亡くなった三名は奴の示すルートから外れた者達だ。
明らかに自分達をどこかへ行かせようとしている。そして、自分は薄っすらと心当たりがあった。
疲労困憊の竹内くんを前田くんが肩を貸して移動し、時折飛んでくる鉄パイプや拳を山崎くんと山田くんが防御。全員特殊部隊仕様の戦闘服はボロボロであり、弾薬も残り少ない。
そして、自分達はやけに開けた場所へと出て来てしまった。
家一軒分はあるだろう巨大なタンクが複数並べられた、紫色の光に照らされたその場所は、かなりの広さをもっている。あちらこちらに鉄柵があるが、どうにも急造で用意した感がぬぐえない。
その紫色の光を発しているのはタンクであり、それ以外に光源はなく全体で見れば薄暗い。
カツカツと、靴音が響いてくる。
「この日を……いったいどれほど待ちわびたかわからないよ」
暗がりから現れた男が、タンクの発する光に照らされてその姿を晒す。
禿げ上がった頭頂部と、側面と後ろ側だけやたら伸ばされた髪。人種のわかりづらい顔立ちに、やたら目立つ割れた顎。
上半身は裸で下半身はスーツに革靴という風変わりな格好に、上半身を覆い尽くす手術跡。
「友を。作品を。そして『私自身を』壊した君の事を、一日たりとも忘れた事はない。たとえどれだけ自分を改造したとしてもだ」
垂れ目気味の目を見開き、男は――真世界教最高幹部、『落ち武者』は眼球以外の全てを機械的に動かして、自分を見つめて語り掛けてくる。
「今は、新垣巧と名乗っているそうだな。この顔には見覚えがないだろうが……私の事を忘れたとは言わせんぞ」
「誰だ君は」
あ、やっべ思わず本音が出た。たまりにたまった疲労とストレスが遂に口を滑らせてしまう。
いやだって現在の『落ち武者』は知識として知っているけど、こいつとの因縁とか覚えてないし。こっちは万年ブラック業務なんだぞ。そっちが覚えているからってこっちまで覚えていると思うな。
ビキリと、口を半開きのまま壊れた機械のように硬直する落ち武者。そしていつの間にかタンクの裏から這い出てくるピュートーンども。
これは……やってしまったかもしれん。
不敵な笑みを浮かべ、銃を構える。
「ふっ……だが、まあ。君の相手は僕だ。とでも言っておこうか?」
精一杯表情を取り繕って、震えそうになる声を制御する。
頼むから『早く来てくれ』よ、フロイライン。
* * *
サイド 海原 アイリ
「シャアアアアア!!」
水上を駆け回りながら、サメの大群を率いてピュートーンの戦列へ正面から突撃する。
どこから湧いて来たのかと言いたくなる程に数が多い。真世界教は秘密裏に世界中へと広がっていると明里さんから聞いた事があるが、まさかここまでとは。
すでに百から先は手ずから討ち取った首を数えていない。流石にこうも続けば疲れが出てくる。
それでも、未だ自分が優勢だ。今も側面からサメの一団を動かしてピュートーンの集団を削っている。
『怯むな!囲めぇ!』
『どれだけ使い魔を操ろうと奴は一人だ!仮面の女を殺せば勝てる!』
『我らが主上の為に!教祖魔瓦の為に!芸術の為に!』
相手側も戦意が衰えた様子が一切ない。戦士としては敬意を払うが、一人のうら若き乙女としては勘弁してほしい。このようないたいけな女子中学生を囲んで殺せとか大人気ないにもほどがある。
「っ……!?」
その時だった。ドームの方から魔力反応。臭いだけで把握……これは、例の魔瓦擬き。それも今度は四体もこちらへ向かってきている。
まだいたのかあいつら。というか、今度は四体。ピュートーンに回している戦力を全て迎撃に回しても足りない。
……撤退を視野にいれるべきか。
御屋形様に死ぬなと命じられた以上、業腹ながらアレらと正面から戦うわけにはいかない。
ならばピュートーンの層が一番厚い所を狙うか。そこなら上手くすれば魔瓦擬きの攻撃に敵を巻き込めるし、そうでなくとも敵の不意をつけるかもしれない。
もとより分の悪い戦。多少の無茶は勘定にいれねば話にならない。
だが、それを阻むようにもう一つ、膨大な魔力の気配が唐突に現れる。いいや、正確には力を隠しながら近づいていたのか?この乱戦のせいで数十メートルまで接近されないと気づけないとは。
その気配の主へすぐさま意識をとばして――緑色の光が、空を貫いた。
一撃でもって魔瓦擬きが二人、撃墜される。そして防御した一体も被弾した左手から体が崩れていき、すぐに全身へと緑色の『毒』が回って海面に叩きつけられた。
その光を放った者が、自分のすぐ脇を通り過ぎていく。かなりゴツイがまだ常識の範囲内にあるバイクが猛スピードで走り抜けていったのだ。
アマルガムにより強化された動体視力が、運転する方がウインクをし、その後ろに座った子供が露骨にこちらから目をそらしたのを視認した。
脳があの二人の事を理解し、思わず仮面の下で笑ってしまう。
なんというか、とんだ総力戦になったものだ。
「これは……負けていられませんね」
撤退は中止だ。魔瓦擬きは残り一。彼女が撃墜した三体の体から毒を回収し、サメどもに付与する。これでサメ単体でも奴を殺しうる武器となるだろう。
改めてピュートーンの集団へ小太刀を構え、小さく深呼吸。
「年上として、そしてあの子の挑戦を待つ身として。無様な姿は、見せられません!」
小さな友人がリベンジにくるまで、私は『勝者』でいたいのだ。
読んで頂きありがとうございます。
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