第百八十話 いやな予感
大雑把な現状
剣崎・明里
新垣班と同じルートでドーム内へ侵入。謎の男と交戦。
新垣班
合計十名でドームに侵入。卵がかえるのを阻止したい。
宇佐美・黒江
花園麻里に追い立てられるように他とは別ルートでドームに侵入。
第百八十話 いやな予感
サイド 剣崎 蒼太
『な、めるなぁああああああ!』
蒼炎をかき分けて、所々炭化させながらも男が飛び出してくる。
甲殻の大半は黒く焦げ、やや左寄りの胸部中央に自分が放った熱線が貫通しているのになお進んでくる。やはり使徒に関連する力を持っているか。
真っ直ぐ突貫してくる男に対し、自分が正面から駆け明里が側面へと美国を走らせた。
『おおおおおおおお!!』
「シャァッ!」
裂帛の声と短い掛け声をかき消すように、両者の衝突音が空間を振るわせる。
大型トラック同士が高速で正面衝突でもしたかのような轟音と、足元の破壊。こちらの剣と相手の右手を覆う甲殻が火花を散らす。
この強度。やはり鎌足の尻尾がベースか。不可視でない代わりに強度が増していると見える。
奴の尻尾は固有異能だけあって使徒から見ても驚異的な膂力と俊敏性を持っていたのを覚えている。それをパワードスーツのように着込むとは。
だが。
『使徒でありながらなんという無作法!それでも主上の』
「はいどーん!」
『がぁっ!?』
一騎打ちに付き合う気はない。
男の側頭部に蒼の熱線が着弾。奴の巨体をぐらつかせ、その隙をつき胸の中央に空いた穴へと切っ先を滑り込ませた。
その状態で炎を解放。相手の内部を焼き尽くしながら、その出力をのせて捻りながら上へと切り裂く。
常人どころか使徒でも致命傷となる傷だが――。
『こ、しゃくなぁあああああああ!』
男が左手の五指を揃えて貫手を放ってくる。指先も当然ながら甲殻に覆われ、それぞれの先端にサソリの毒針めいた物が生えていた。
毒はともかくアレの貫通力に脅威を感じ、半歩さがりながら剣で受け流す。それと同時に炎を振りまくが怯んだ様子はない。
甲殻の隙間に入り込んだそれらが奴の皮膚を焼くが、痛覚が鈍いらしい。悲鳴や雄叫びは人間だった頃の名残りか。
それにしても妙である。いかに肉体が強化されようと、内臓の配置がそのままなら……いや、まさか?
『ぬぅん!』
続けざまに放たれる左右の連撃。それらを無理に堪えず後ろに少しずつ下がりながらいなしていく。
膂力は互角。そして相手の体格が3m近くはあるせいでリーチは僅かにあちらが上。魔力の温存を考えればごり押しというのはしたくない。
『は、はははは!この程度か!使徒を名乗りながら、俺に押される!弱い!儚い!惰弱、脆弱ぅ!!』
好き勝手言ってくれる。だが興奮しながらも流麗な動きが途切れないあたり、武人としてはかなり高水準の方らしい。
美国を走らせながら明里が側面より狙撃を行っている。美国からの砲撃はない。誤射を恐れてか、それともエネルギー残量か。恐らく後者だな。
『しゃらくさい!』
男が顔に迫ったそれを右の肘で打ち砕き、左手の五指を向け指先の針を射出させた。
「やりますねぇ!」
嬉しそうに笑いながら美国の炎翼で受け流しながら機体を滑る様に走らせる明里。
……技量じゃなく、指マシンガンの系譜っぽい動きへの賞賛ではないだろうな。
何にせよ攻撃が途切れたと思った瞬間、第六感覚に反応。突き出された膝蹴りをこちらも蹴りで迎撃。反動も使って後退する。
『ハハハハハ!俺は、俺は今頂点にいる!武の頂点に!』
「有頂天の間違いでは?」
明里の狙撃を手刀で叩き落し、男はより笑みを深めた。
『未熟!あまりにも未熟!この力を感じ取れぬ凡愚が!真の才を知らぬと見える!』
「あ゛あ゛?」
美少女が出しちゃいけない声をだす明里をよそに、自分は剣を『消した』。
それに気づいた男が一瞬訝し気にした後、哄笑をあげる。
『諦めたのか!?使徒ともあろうものが!ははは!まさかここまで無様とは!なにが最強か!なにが最優か!我らが、否!我が主上がご執心の相手がこの程度とはな!』
誰だよ主上って。知らねえよ。
背中の槍に持ち替え、頭の中に『彼』を思い出しながら構えをとる。
元々喧嘩殺法の延長線上にいたあの人の動きだ。付け焼刃でも再現は不可能ではない。もっとも、自分は田中さんほど器用でも視野が広いわけでもないのだが。
この程度の相手なら十分だ。
『槍……?リーチが伸びれば勝てるとでも?』
「明里」
眼前の男から視線を逸らさず、耳と声だけ相棒へと向ける。
「初めてだから、しくじったらフォローよろしく」
「この真の天!才!に任せてください。そう、天才の代名詞たるわ・た・し・に!」
「うん頼んだ」
雑なそのやり取りに、男が数少ない露出部位である口元を引きつらせる。
『……愚かな。貴様の頭蓋を抉りだし、主上への手土産にしてくれよう!それで主上も目が覚めるはずだ。女神の寵愛を受けるのは貴様やあの裏切り者ではなく、この俺であると!』
突っ込んできた男の右手。その貫手に槍を合わせる。
あいにくと槍は専門外。剣のように受け流すのは無理そうだが――その必要はない。
そのまま魔力を変換した電流を男の腕へと流し込む。
『が、あぁ!?』
筋肉が痙攣し、軌道がぶれる。その隙をつき懐に飛び込みながら短く持った槍の石突きを奴の顎目掛けて横殴りに叩き込んだ。
手ごたえ無し。脳が揺れた感じがしないという事は……やはりか。
戸惑いながらも左手の貫手を放ってくる男に、クルリと回した槍の穂先を指先に合わせる。
電撃がくると警戒して左手を慌てて止めた所に足払い。膂力が互角ならその体勢を崩すのは難しくない。
バランスを崩した男の側面を吸い付くように回転して通りながら、石突きを左膝裏に。更に体勢を崩しながらも、男が肘鉄を放ってくるが半歩ズレて回避。
そして、槍の穂先を腰の後ろにある甲殻の隙間にさし込んだ。
『や、やめっ!?』
初めて男が動揺を露にするが、無視して電撃を叩き込む。ビカリと強めの光と、短い悲鳴がして奴が前のめりに倒れ伏した。
念のためその隙間にもう一回穂先を突き込んだ後捻ってから引き抜き、背中に槍を戻してから剣を取り出して足で仰向けに変える。
無防備に晒された男の首を切断。同時に断面から肉片一つ残さず焼き尽くした。
「お疲れさまでーす。槍の扱い方下手ですね」
「ほっとけ。初めてだと言ったろう」
のんびりとやってきた明里にそう言いながら、周囲を警戒。近くには敵の気配がなさそうだ。
それでも敵地なので完全には気が抜けないが。
「それで?どうしてコレの脳みそや心臓が『尻尾の付け根』にあると?」
そう。こいつの急所は甲殻の中。というか、それの根本にあったのだ。
「いや。単純に鎌足の力に似ていたっていうのと、急所を潰してもわりと平然としていたからな」
流石に使徒でも、よほど特殊な異能がなければ心臓を焼き潰されたら致命傷になる。だが、この男はそうではなかった。なんせその力のベースが自分の同類に関する物というのは見ればわかる。
自分の知る範囲、転生者の中にそう言った能力を持つ者はいない。アバドンとて、本体の部分にそういった攻撃を受ければ死ぬ。
となれば別の箇所にあり、それが尻尾を纏っていると言うのなら付け根だろうと当たりをつけただけだ。
「それにしても便利ですね、それ」
「だろう?こればっかりは君にも貸せん」
「いやいりませんけども」
強引に焼き尽くすのは魔力的に後が怖いし、あくまで人に近い姿なのもあって『電流で筋肉麻痺らせて刺せばいいな』となっただけである。これなら当てが外れても多少のリカバリーが効くし。
この槍。大火力を出そうとすると相応に魔力を消費するが、こういう小技には本当に燃費がいい。
「で……そう言えばこいつってどこの誰さんだったんですかね?」
「知らないし、知りたくもない」
殺した相手というのは精神安定上あまり知りたくない。これがもう少し共感できたり被害者だったならともかく、なんとなくクズぽかったのでスルーできた。
「それより。鎌足や魔瓦の血まで使われているのは面倒だな……」
鎌足は恐らく子供たち。魔瓦はクローン技術か何かだろうか?何にせよ、碌な物を残さんな。いや子供たちそのものに罪はないけれども。ちゃんと認知して育てろやと言いたい。
こうなると新垣さんや宇佐美さんが心配になる。『ピュートーン』だけでも苦労しそうな戦力だというのに、コレまで出てくるのはまずいかもしれん。
……どうにも胸騒ぎがする。使徒としての直感か。はたまた経験からくるものか。しかし明確なものでもないので、上手く説明できない。
そう思っていると、明里が肩をすくめてみせた。
「さては他の人の心配をしていますね?」
「それは……」
「はいはい。この少し先に、音の反響からして十字路がありますから。そこで二手になりましょう」
「……いいのか?」
戦力的にも、敵の策に飲まれる可能性的にも問いかけるが、明里は不敵に笑う。
「誰におっしゃっているので?貴方は今宇宙史ナンバーワンのスーパーパーフェクト美少女の御前にいるのだと自覚すべきですよ?」
「……はいはい」
「はーん?なんですかその雑な返事は。『蒼太さんはホモ』って噂流しますよ!?」
「やめろシャレにならん!?」
そういう噂はマジでやめてくれ。中学時代のもろもろが脳裏によぎる。
万が一そんな噂を流している奴がいたら起訴も辞さんぞ。マジで。こっちは早く彼女ぐらい欲しいのだ。できれば巨乳で美人な!
だが、まあ。やはり彼女が自分の相棒でよかったと思う。
「すまん。死ぬなよ、相棒」
「こっちのセリフですよ、相棒」
跪いた美国の上から拳を伸ばした彼女のそれに、自分も軽く拳を合わせる。
明里の言う通り少し先にあった十字路を明里は直進。自分は左へと走っていく。
どうか無事でいてくれ。新垣さん、宇佐美さん……!
言語化できない嫌な予感をこのドームに入ってからずっと感じている。邪神の気配どうこうではない。
まるで、そう。
『親しい誰かが死んでしまう』。そんな気がしてならないのだ。
読んで頂きありがとうございます。
感想、評価、ブックマーク。いつも励みにさせて頂いております。どうか今後ともよろしくお願いいたします。




