第百七十九話 血よりも濃いもの
第百七十九話 血よりも濃いもの
サイド 剣崎 蒼太
会話もそこそこに、明里と二人地上へと降りてドームの入口へと向かう。ぶっちゃけ空中に浮いているのしんどい。
アイリが戦っていた場所から少し離れた海水が足首にも届かない場所を走るのだが、なにやらローブを着た怪異たちと遭遇した。
『蒼黒の王!?馬鹿な、別の場所に』
「うるさい」
ニードリヒと思しき怪異の集団をまとめて焼き払う。
アレを見ていると『ゆりかご』の事を思い出す。これで相手が意識のある……というか、恐らく自分の意思でああなっているのが救いだ。今更これが無実の人間が操られていたとしても、剣を止めるつもりはない。ただし精神的にボロボロになる自信があるが。
「あれ、『ピュートーン』って言うらしいですよー」
美国の指先からビームを放ち遠くにいるニードリヒを焼きながら、明里がそう呟く。
「言われてみれば少し違うが……似すぎじゃないか?」
「ですよねー。たぶん、『ゆりかご』にいたさ……佐山さん?が関わっているんじゃないですか?」
「あの落ち武者頭か……」
自分も名前を忘れたあの外見的特徴が飽和している男。とりあえず少々失礼ながら、『落ち武者』とでも呼ばせてもらおう。
あいつがコレを使っているのか?なんとなく有り得そうな気がする。あくまで勘だが。
「ふっ、やはり天才。このスーパーパーフェクト美少女明里ちゃんはあの頃から既に『こいつはとんでもない社会不適合者だ』と見抜いていましたよ!」
社会不適合者なのはお互い様だけどすげーな相棒。蛇の道は蛇というやつだろうか。
「とりあえずあのオッサンは見つけ次第殴るとして……」
自分達へ迫るニードリヒ……『ピュートーン』を斬り捨てながら、ドームの入口を探す。奴らの動きからして、こちらの方に何かあると思うのだが。
そう思って見回していると、大型の車が頭から突っ込んでいる場所があった。かなり広い出入り口だ。元は物資でも搬入していたのだろうか。
美国もいるし、あそこから入るのがいいだろう。それにあのトラックは公安か宇佐美家の物だと推測できる。上手くすれば合流できるかもしれない。
視線で明里にあそこへ向かう事を示し、早速向かっていく。多少の抵抗はあったが、語るべき事もない。ただこの『真世界教』の信者達が安らかに眠れる事を少しだけ祈るだけだ。
残念ながら車はもぬけの殻だった。だが気配からしてまだ遠くには行っていないと思う。あいにくとドーム内の魔力が乱れていて追えそうにないが。
それに元々の構造とだいぶ変化している気がする。本来の姿を知るわけではないが、こうではなかったろうと一目でわかった。
床はコンクリや鉄で出来ているのだが、壁がのきなみ紫色をした有機的な何かに変わっているし、入ってすぐの開けた場所はともかく奥に見える廊下まで美国が通れそうなほど広いのだ。
これは、本来あり得ないぐらい入り組んだ物へ変えられていると考えるべきか。警戒し、普通の人が走るぐらいのペースへと落とす。
「それにしてもいいタイミングで来ましたね、蒼太さん。もしかしてスタンバってました?」
そうして奥へ走っていると、藪から棒に明里が悪戯っ子の様な笑みで言ってくる。
「馬鹿いえ。こっちは必死だったんだぞ」
「ふふ、では私の運命力か、蒼太さんの運があの登場を導いたという事で。やはり私は主人公!」
「はいはい」
いや……マジで焦った。
加山さんと下田さんから『なんか東京がやばい』という、あんまり当てにならない情報を入手しこうして最高速度でカッ飛んできたわけだ。
一分一秒も惜しいと思った結果、絹旗さんから貰った固有異能とそれで強化した剣で高速飛行。なにやらアイリが危険な状況だったので先に敵を薙ぎ払い、それから明里に合流したわけだ。
自分の加速で意識が飛びかけたのは初めてだ。二度とやらん。一瞬宇宙が見えた気がしたぞ、物理的に。
「そう言えば相棒。向こうでアイリちゃんが戦っていたはずですけど、どうしました?」
「雑にあの子の周りにいた奴を切ってから回復して後を任せてきた」
「ほほう……私より先にあちらを助けに行ったと?」
ニヤニヤと笑う相棒に、小さく肩をすくめてみせる。
「当たり前だろう。君が俺の知らない所で勝手に死ぬとは思えない」
「おや。なんですかその歪んだ独占欲」
「いやこれを独占欲と言うのは違くないか?どっちかって言うと……信頼?」
「なら当然ですね。私よりもこの世で信用と信頼にあふれた存在はいません」
少し腰を落とした美国の上で、ドヤ顔で長い髪をファサーとかきあげる明里。それから少しだけ心配気な顔をこちらに向けてきた。
「それで。泣くのは後でいいんですね?」
「――ああ。全て、後回しだ」
兜をしていてもバレバレらしい。どうやら自分が思っている以上に俺はわかり易い人間らしい。ここに来る途中も、アイリに察せられた気がする。
だが、それがこの二人ならありがたいだけだ。
「今はこの気色の悪い卵を破壊する」
「あー、言っときますけど外側から力づくでってのはやめてくださいよー」
「やっぱダメか?」
「絶対に何かがあふれ出しますからね」
端的に言って、ここはエネルギーの塊だ。
魔法にも色々なジャンルがあるが、時折『卵には世界がつまっている』という考えが出てくる事がある。
諸説存在するが、宇宙の始まりが卵だとする考え方である。たしか『宇宙卵』だったか?自分もあまり詳しくは知らないが、魔法的観点から見て卵には膨大な量の情報と魔力が内包されているとされている。
で、だ。今回の卵は『アバドン』を内側に入れている上に、あの邪神が関わっていると推測される。
結論。下手に壊すとビックバンとまではいかずとも人類の滅亡が懸念されるレベルの何かが起きるかも。
こういう時こそ『混沌月下の花園』を使いたいが、いかんせんアレは魔力消費がでかい。義妹の不始末に三人との戦闘。そしてここへの無理な移動と魔瓦のそっくりさんを不意打ちで燃やすのにかなり魔力を使っている。
ついでに言えば、あの邪神の一側面があの『花園』にはいるのだ。卵まるごとなんて魔法的に見てかなり不安定な物を取り込んだら、最悪中の力を奴に取り込まれかねない。
バタフライ伊藤は『勝利者に今更景品である私が害をなすはずがないだろう?』と言っていたが、邪神を信用とか無理だ。あと『俺に』害がないだけで周りは知らんとか普通にやりそう。
邪神の一側面とは言え神格の一部を相手に腹の探り合いで勝てる気がしない。最終手段として見るべきである。
「とっ、どうやらお出迎えだ」
「あいあい」
向こうの角からべちゃべちゃと独特の足音が響いてくる。これだけ近ければ魔力も感じ取れた。『ピュートーン』だ。
「ですが」
数は恐らく六。その先頭が頭をだした瞬間、その頭蓋が明里の放ったライフルの熱線で焼き潰される。
出鼻をくじかれた所に自分が強襲。一息に加速し、壁を蹴って減速せずに斬りかかる。四体を反応させる前に切り伏せた。
『な、なぁ!?』
最後尾が動揺しながらも右手を向けてくるが、そこから放たれた雷撃が背中に挿した槍に吸われていく。
彼の残してくれた槍とこいつらの力では比べる事も愚かしい差がある。相手がそれに動揺している間に頭から両断する。
「わーお。なんですかその槍と布。あと時計?」
美国の両足にある車輪を動かして追いついた明里に、少しだけ迷ってから伝える。
「大切な……とても大切な親友たちに貰った物だよ」
「……そうですか。ま、深くは聞きませんとも」
「ありがとう。けど、後で話させてほしい」
「ほー。このスーパーパーフェクト美少女の時間を欲しいと?しょうがないですねー。世界一幸運な男だと叫びながらブレイクダンスでもしてください」
「そうだな……いやなんでブレイクダンス?」
「気分!!」
「そっかー」
兜の中で苦笑する。
血の繫がりはなさそうなのに、本当に似ている二人だ。
ふと視線がドヤ顔で胸をはる明里の胸元へと向かう。ピッタリと体にはりついた戦闘服。これのデザインは自分ではなく明里がメインだと強く主張したい。
けど明里の胸はもっと自己主張している。素晴らしい。この山は世界遺産に登録してもいいと思う。前に突き出たロケットおっぱい。しっかりと張りを主張しながらもその曲線は柔らかく美しい。左右のバランスも完璧だ。
この絶景を自分の語彙では上手く表現できないが、これだけは言える。
やっぱ巨乳って最高やなっ!!
「相棒ぇ……」
「ちゃうねん」
なにやらとても残念なものを見る目を向けられた。悲しい。
「そう言えば、魔瓦のそっくりさんが外にいた気がするんだが」
「今更かつあからさまですね……なんか最初六人ぐらいいましたよ。能力は『飛行』『魔力弾』『防御を透過する爪』ですね。あとはやたら高い身体能力と魔力」
「透過する爪?」
脳裏に、鎌足が持っていた大鎌が浮かぶ。野土村の一件で転生者の子供にも異能や固有異能の一部が多少変化するものの継承される事は知っていたが、まさか……。
少し見ただけだが、魔瓦が腹を痛めて産んだ存在とも思えない。なにかとんでもなく非人道的な行為をした結果生まれた存在な気がしてならない。
だがたった六人で美国に騎乗した明里やアマルガムを着たアイリを追い詰める戦闘能力は間違いなく使徒クラス。とりあえず範囲は限定したがかなり本気で炎を当てたのは正解だったか。
というか、自分の予測が正しかった場合。
「相棒」
「なんですか相棒」
「邪神やあの落ち武者が関わっている状況で、切り札があれだけだと思うか?」
「思いませんねー。絶対に」
ちょうど開けた場所に到達した所で、その奥から足音が聞こえてきた。靴で廊下を歩くその音は『ピュートーン』のそれとは明らかに違う。
暗がりから出てきた異形がその姿を晒す。
『フゥゥゥ……!!』
シルエットだけ見たら、人間の大男かもしれない。
だが筋骨隆々のその肉体には後ろから赤黒い虫の外骨格めいた物が張り付いている。鎧、というよりは浸食していると見た方がいいかもしれない。尖った先端が肌を食い破り、しかし血を流す事もなく食い込んでいる。
人の肌が露出しているのは鼻から下と胴体前面部のほんの少し。それ以外は外骨格に飲まれた状態で、異形の男はユラリと構えをとる。
明らかに武術の経験がある動き。芯が一切ぶれていない。口から蒸気のような呼気を振りまきながら、こちらを見据えている気がした。
その立ち姿だけでわかる。自分よりも事技量という点ではこの男が上回っている事。そして、どういうわけか使徒の力も部分的ながら表している事。
容易には突破できない、難敵がそこにいた。
『使徒、蒼黒の王とお見受け――』
「馬ぁ鹿が死ねぇえええええええ!」
「燃えろぉぉおおおおお!」
『ガアアアアア!!??』
とりあえず明里と二人蒼の熱線を叩き込んでおいた。
相棒。お前さっき『戦の情緒』とか言ってなかった……?
断言できる。あの人も明里も血は繋がっていないが家族であると。むしろ本当に血は繋がってないんだよね……?
「フォオオオオオオオオオ!!綺麗なキャンプファイヤーですねぇ!」
剣から細く絞った熱線を放ちながら、心の中で首を傾げた。
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