第百七十七話 突入
第百七十七話 突入
サイド 新垣 巧
宇佐美家が用意してくれた輸送車の荷台に揺られ、思考を巡らせる。幸いな事に座るスペースはある。なんでも米国の特殊部隊が使っていた払下げ品を、魔術で強化した物だとか。おかげでゆっくり脳みそを動かせる。
報告にあった謎のバイク乗り。十中八九、我が愛娘に違いない。
あの子が剣崎蒼太と懇意にしている事は知っていたし、何よりも母親似だ。容姿も、性格も。
懐かしい。あまり家には帰ってやれない自分に、『銃の使い方を教えて』と言ってきたのは六歳の頃だったか。
子供との付き合い方を知らず、何より仕事の都合で碌に親らしい事ができない罪悪感もあって僕は了承した。更に言えば、『この一皮むけば外道と修羅ばかりの世界で身を護る術を持って欲しい』というのもあった。
才能方面でも妻に似たのだろう。多芸にして天才だった。あの子は銃の扱いも、軍隊格闘技も、サバイバル技術も、武器の作り方も、はては電子戦の基礎まで身に着けてしまった。年齢と経験不足によりまだ二流程度だが、数年もすれば一流を超えて超一流の領域に到達するかもしれない。
だが、その力を使ってほしいとは思えなかった。できるなら、それ以外にも持っている料理や勉学方面の才能だけを使って生きてほしかった。
子の道を狭めるのはよくない。だが、戦場に行ってほしいと思う親がどこにいる。
……昔、妻とこんな会話をしたな。
もしも娘が妻のように危険な物事に首を突っ込む子になったらどうしようと、冗談交じりに問いかけた。
それに対し、彼女もまた冗談でも言うようにこう口にしたのだ。
『じゃあ私はしばらく猫をかぶるわ。生まれてくる子供に対して、見た目通りのお淑やかな母でいてあげる。この子が麗しい乙女になるか。あるいは戦乙女となるか。楽しみね』
クスクスと笑う彼女はそう言ったが、その瞳は確信を得ているのがよくわかった。膨らんだお腹を撫でながら、悪戯を思いついた顔でこちらを見つめていたのをよく覚えている。
『けど、もしもこの子が戦乙女になったのなら。その時は――』
「目標を確認!到達まであと十分をきりました!」
「よろしい。各員に通達。武器の再点検と戦闘用意を」
「了解!」
無線で指示をとばす細川くんの横で、不敵に笑う。
まったく、本当に彼女には敵わないな。娘にはお淑やかな女性としての妻を語ったのに、出会ったばかりの頃の妻にどんどん似ていくのだから。
義妹が……時子くんが見たらどう思うかな。怒るか、それとも笑うのか。妻は間違いなく大声で笑うに違いない。
「目標物周辺でバイクから変形した謎の飛行物体を確認。魔瓦迷子に酷似した使徒と思われる存在と交戦中との事ですが……」
細川くんが少しだけ不安気に問いかけてくる。
このタイミングで新たに『使徒』か。なんとも厄介極まりない。あらかじめそう言った存在が出てくる可能性を頭に入れていなければ、自分も胃を押さえていた事だろう。
「その空中戦をしている者達は迂回するルートでドームに突入。流れ弾に当たるのはごめんだ。なぁに、片方は恐らく『蒼黒の王』の手の者だろう。安心して任せておけばいい」
喉からこみ上げてくる本音を理性でねじ伏せる。
本当なら全てを放り出してそちらに向かいたい。なんならここにいる者全て使い潰してでも、娘を連れてこの場を離脱したい。
だが、それはできない。絶対に。
『もしもこの子が戦乙女になったのなら。その時は応援してあげて。きっと、その方がこの子にとって幸せだから』
わかっているよ、月夜。僕たちの娘は、きっとどこまでも飛ぶ事ができる。
それはそれとして帰ったら家族会議だ。お父さん明里ちゃんにはまだ色々早いと思うな!しかも相手が剣崎蒼太とか!アレは本人曰く前世二十幾つだよ!?娘はまだ中学生だぞあの変態め!
今度あの童貞野郎にあったら殴って……文句を……なんか靴の中に画鋲でもいれてやろう。僕のやった証拠が残らないよう細心の注意をはらって。
「目標地点へのルート確保!このまま直進します!」
「ようし。では派手に入場しようじゃないか。手筈通りにね」
「了解」
さて、その為にもこの厄介な仕事を終わらせるとしよう。
現在敵勢力はこちらなど気にしていない。うちの娘と、恐らく海原アイリが暴れ回っているのだ。報告では『街中に海ができあがってサメになった』というのもあった。形勢はこちらに傾いている。
「各員に告ぐ。耳だけかせ」
無線に直接話しかけ、部隊の者達に声を届ける。
不本意な理由だが僕がここのトップをしているのだ。これぐらいはしなければ。何よりも帰る為に。
「これから跳び込むのは神話の世界だ。天が裂け地が崩れる場所だろう。気負うなとは言えない。恐ろしいと思うのは人として当たり前の反応だ」
無線越しに、笑う。
強者は常に笑っている。指揮官とは、部下が安心して前を向ける存在でなければならない。
「だが安心しろ。我々は強い。その手に持つ武器を見ろ。訓練の日々を思い出せ。その全てはこの日の為にある。敵を食い散らかし、仲間を護り、そして、自分の足で家に帰るぞ」
少しだけ本音が混ざる。
そうだ。僕は家に帰りたい。あいにくと妻と違ってこういう修羅場は楽しめない質だ。彼女と一緒なら別だがね。
とっとと帰って、風呂に入ってのんびりしたいのさ。娘と夕食を食べながら楽しく会話ができたのなら最高だ。
「死ぬなよ。生きて戦え。笑いながら『ただいま』と言えるようにな」
「「「了解」」」
自分らしくない演説になってしまった。これでは返って直属の部下達を不安にさせないか心配だな。
「突入します!」
「よろし――」
突如轟音が響き渡り、続けて尻が浮かぶほどの衝撃を受ける。他にもいくつもの破砕音や衝突音。
ぐらりと揺れる車体。なんらかの攻撃を受けたと推測。この感じは右の前輪か。
「前田くん!」
「了っ解ぃ!」
斜めのまま直進する車。うちの班員は江崎くん以外年単位でこの業界の最前線にいて、それでなお五体満足で生き延びてきた精鋭だ。この程度の修羅場では止まらない。特に前田くんの運転技術は日本でも有数だ。
アバドンのドームにある物資搬入用の入口。元々あったその場所は多少姿を変えたものの、その機能は保っている。
そこに頭から突っ込んだ車の中で、無線に努めて冷静な声で話しかける。
「こちら一番車。各車、状況報告」
『二番車!走行不能!乗員は無事ですが、予定地点に向かうのは困難です!』
『三番車!同じく!合流は困難です!』
「……四番車。報告を」
『こちら四番車!宇佐美です』
宇佐美京子か。彼女本人ではなくこちらから送った人員が通信士だったはずだが。
『四番車で動けるのは私を含めて三人のみです。位置は予定ルートから左に大きく外れ、孤立しています』
「わかった。三番車は車体を盾にそこで留まって周囲の警戒をしてくれ。適宜味方の援護を頼みたい。二番車は隊を組んで四番車の救援に向かってくれ」
『『了解』』
『感謝しま――』
ぶつりと通信が途切れる。続いて砂嵐めいたノイズ。通信妨害か。四番どころか他の車両とも連絡が取れない。
状況はあまりいいものではない。不幸中の幸いは一番車にいるのは公安の人員のみ。なおかつうちの班員は加山くんと下田くん以外全員こちらにいる。
ここで、というかうちの指揮下で宇佐美家の御令嬢に死なれるわけにはいかん。こちらに合流が難しそうな二番と三番で救助に向かってもらい、我々だけでも最低限ドーム内で行われているだろう儀式を妨害する。
宇佐美京子を保護した後、あちらが再突入を仕掛けてくれる事を祈ろう。
「周囲の確認よし。今ならいけます」
「よろしい。では諸君!不運にも乗り遅れた者達に羨まれるような戦果をあげようか!」
「了解!GOGOGO!!」
トラックから降り班員を含めた十人で突入。
やれやれ……今日もまた、生き残れるよう頑張るとしよう。
「ふっ……さあ、パーティーをはじめよう」
あー……お腹痛くなりそう。
* * *
サイド 宇佐美 京子
「さて、と……」
横転した車体の後部を開き、周囲を確認。うちの隊員が持っていた槍をつっかえ棒にして支える扉から鏡を突き出して周囲を確認。
こちらに向かってくる一団を確認。走るでもなく、ゆっくりとこちらに歩いてくる集団。
なんというか、随分と異様だ。なんせ『シスター』である。いや、あれをシスターと呼ぶのは本職に失礼か。
妙に体にピッタリとはりついた生地。鼠径部まで見えるほど深くはいったスリット。ベールも遊ばせており、どう見てもまっとうなシスターではない。
それらを身に纏うのはタイプこそ違うものの美しい女性たち。下は十代前半から上は三十前後といった所か。手に持っている槍や剣もあってゲームの登場人物みたいだ。
ただし、美しい顔立ちばかりながら全員表情から感情が読み取れない。なんだアレは。
「なにあの催眠ものエロゲシスター集団……」
「お嬢様!?」
「慣れなさい。お嬢様は色々アレです」
なにやら後ろで失礼な事を言われている気がする。なんだ『アレ』って、黒江。
「それで。例の『狙撃手』は?」
二番車が横転した時、黒江が遠くで光る物を見た。狙撃手のスコープだと黒江が言うのだから、間違いない。
「恐らく移動済みですね。いつここも撃たれるかわかりません」
「そうね……」
穴熊はできそうにない。『真世界教』の異形たちがいつこちらに雪崩れ込んでくるかもわからないし、そもそもシスター集団だってただのコスプレ団体ではあるまい。
チラリと車内にいる者達をみる。
この車両だけ、他の車よりもやけに攻撃を受けたのだ。運転者は死亡。負傷者多数。特殊な弾頭を使われたのか、車体を貫通して内部にいる者達までこのざまだ。
通信士以外はうちの者のみで構成されている。優秀な者達ばかりだが、全員手足や脇腹に負傷をしていてまともに動けそうにない。
……何故か私達三人だけ無傷なのも不気味だ。私は黒江が庇ってくれたが、それでも傷一つないのはおかしい。この車体を貫通する弾丸だ。いくら黒江でも諸共撃ち抜かれる可能性が高いのに。
わざと外された。と思うべきか。
なら、
「移動するわ。この者達は救援にくる二番車に頼みます」
「お嬢様」
「ここにいても仕方がないわ」
言わせない。黒江も本家の特務メイドも、『自分達を含めたこの場にいる全てをお嬢様の盾にしろ』と思っているのだろう。
だが、それは絶対になしだ。
「私は宇佐美家の孫娘。それは理解しているわ。だからこそよ」
お飾りでもこの現場のナンバー2だ。それがそんな手段をとってみなさい。最悪士気が崩壊する。
見栄で死ぬのは馬鹿のする事。しかしそれは一般人の話しだ。上に立つ者は、時には命よりも優先すべき時がある。
「貴女はここにいる者達の護衛と、救援にくる二番車の者達と連携を。落ち着いたら部隊を組んで私の方に来てちょうだい」
「御意」
特務メイドがそのメイド服を一瞬で脱ぎ去り、下の忍び装束へと変化する。
ざっくりと胸元がひらき豊満な胸が大半を露出させ、下は袴などなく白い脚がむき出しになっている。袖もないので細い肩や綺麗な腋もバッチリ見えていた。
ただしメイドカチューシャはつけっぱなしだ。黒江も白いくノ一衣装に変わっている。
いつ見ても頭のおかしい服装である。これ、特務メイドも黒江も一般的に美人でスタイルがいいと言われる部類だから見苦しくはないけれど、セクハラでうちが訴えられないか心配になるわ。
「行くわよ、黒江」
「はい。お嬢様」
グローブをつけなおし、車両からドーム目掛けて走り出した。
狙撃手による攻撃はなし。シスター集団もこちらに進路を変えて歩き出した。やはり狙いは私か。
「お嬢様」
「なにかしら黒江!」
「あのメイド忍者の恰好スケベすぎません?」
「ここだけの話し貴女の色違いよ!」
「なんと」
こっちは必死に走っているのにふざけた事言っているなこのメイド!?
というかあの衣装考えたのも装備を指示したのも貴女でしょうが!お父様が頭抱えていたのを知っているんだからね!?
馬鹿が馬鹿を言っていたので思わず怒鳴り返していたら、変な音がした。え、これは、耳元?
沈黙していた耳の無線から、小さいノイズの後に声が聞こえてきたのだ。
『京子ちゃ~ん。君の愛するガールフレンドが来たよ~?』
「この声……!?」
この綺麗な声なのに、ねっとりとしたイントネーションには聞き覚えがある。
剣崎蒼太の従姉にして、岸峰グウィン事件では協力関係となった私と同世代の女性。短い会話でも二度と関わりたくないと思った変質者。
「花園、麻里……!」
『あ~そび~ましょ~う』
楽し気に弾んだ声で、彼女がそう言い放つのと同時に私のすぐ後ろで地面が爆ぜた。遅れて銃声。
「黒江!」
「はい、お嬢様」
「あの時あの女はブタ箱に入れるべきだったわ!」
「それでも手ぬるいかと」
「それもそうね!」
剣崎くんの身内だからって配慮するんじゃなかったわ!
こちらを追い立てる様に放たれる弾丸から逃れ、ドームへと入る。新垣巧達とは別の関係者用入口だ。
帰ったら絶対に剣崎くんに苦情をいれてやる!絶対にだ!
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