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第百七十六話 魔瓦チルドレン

第百七十六話 魔瓦チルドレン


サイド 尾方 響



「木山直人が作り出した『ニードリヒ』……この言葉は主に山の高さが低いなどで使われるわけですが、『卑しい』という意味があるのですよ」


 出来の悪い生徒にでも講釈をたれるように、落ち武者が喋る。


 もっとも、上半身裸でその身の手術跡を見せびらかす教師などいないと思いたいものだ。


「彼の娘アリシア。もしかしたら名前の由来は『高貴な』とかそんなものだったのかもしれませんねぇ。だからそれに届かない『卑しい存在』として『ニードリヒ』とでも名付けたか。正直、私はこのネーミングをとても素晴らしい物だと思っていますよ」


 周囲にいる怪異となった信者達も、無言でありながら頷いて同意をしている。


 それらに囲まれる僕へ、彼は口角を吊り上げてみせた。


「我らが主上の使徒の肉体を使って!あの程度しか作れない!なんとまあ卑しい事このうえなかったですよ、あの姿は!浮浪者とは正にアレの事!なんともまあ、無様でちんけな代物でしたねぇ!」


「……貴方の作ったそれは、違うとでも?」


「勿論ですとも!」


 どうにか喉を震わせて吐いた言葉に、落ち武者は笑みを強めた。


「この『ピュートーン』は使徒『アバドン』の若かりし頃の力を人の形へと落とし込んだ物!自我を保った状態で肉体のみを変質させ、集団として活動する事もできる真なる力!その事は――私よりも、お嬢様の方がよほど理解しているのではないですかな?」


 ゆったりと、下手糞な舞台役者みたいに上に向けた掌をこちらに動かしてくる落ち武者。


 ポタリと、自分の額から流れた血が足元に落ちる。


 全身に打撲。頭部と脇腹に裂傷。うち脇腹の方は内臓を傷つけている。腹の内から出てくる痛みに、呼吸が少々荒くなるのを抑えきれない。


右手の義手に添える様にして槍を構え、不敵に笑ってみせる。


「さあ?僕はどちらかと言えば、そちらの人形の方が厄介でしたがね」


 ちらりと、視線を七体の人形へと向ける。


 魔瓦迷子。『真世界教』の教祖であり、あの邪神が作り出した使徒の一体。東京で起きた邪神の儀式の際、会長に討ち取られ亡くなったと聞いている。


 教団のホームページに載っている彼女の写真そっくりな少女が七人。当然ながら本人ではない。


 ついでに言えば、感情の起伏すらも見受けられない。出来が良すぎる人形だ。


「おお!やはりお嬢様、お目が高い!」


 こちらの言葉を受けて本気で嬉しそうに手を叩く落ち武者。どこまで演義なのやら。


「それらは教祖が昔摘出した卵子と、『ピュートーン』。そして『偶然捨てられていた使徒の子供たち』を混ぜ合わせ、脳みそだけうちの信者のものに入れ替えた者達にございます!どうぞ『魔瓦チルドレン』。あるいは『チルドレン』と呼んでくださいまぁせぇ!」


 使徒の子供……鎌足尾城の負の遺産か。噂しか知らないが、使徒というのは会長以外はた迷惑な奴しかいないのか。


「オリジナルの教祖よりも頑強な肉体!高い反射神経!膨大な貯蔵魔力!戦闘能力は彼ら使徒にも劣りませんとも!……まあ、肝心の芸術性はないのですが。まさか移植した信者達が皆自我を失ってしまうとは……悲しい」


 わざとらしくハンカチで涙を拭う落ち武者に、内心で唾を吐く。悲しいなど露ほども思ってないだろうに。


 なんなら、その脳みそを移したという者達の名前を今から聞いてやろうか。誰一人として出てこないに違いない。


「ああ、これだけカオスに包まれた肉体を手に入れれば、彼女の芸術に一歩近づけると思ったのに。教祖魔瓦。貴女は使徒だと言うのにクソ雑魚でしたが、芸術家としてはあの日死ぬべきではなかった……!」


 クソみたいな黙祷をする落ち武者と信者ども。チルドレンの目がなければ今すぐ首を刎ねてやるのに。


 油断なくこちらを見据えるチルドレンたち。どういう理屈か『防御できない爪』と中距離で放たれる魔力弾は、この状況下ではかなりきつい。


「……で?いい加減、奴について話をしてくださる気にはなりましたか?お嬢様」


 悲し気な顔から一転、落ち武者が猫なで声で話しかけてくる。その顔に、ニッコリと笑みを張り付けて。


「しつこいですね、貴方も。それに、その呼び方は嫌いだと言ったはずです」


「おやおやおや!まぁだご自分のお立場がわかっていないと見える!頭の栄養を全部その無駄に育った乳にでも吸われてしまいましたかぁ!?」


 ほっとけ。そこは自分でも困惑しているのだ。


 馬鹿にしたような。いいや、実際こちらを心底馬鹿にした様子で、落ち武者は語る。


「貴女を殺さないでいるのは、たった二つの理由!一つは『我らが主上の娘』である事!あのお方の試練を乗り越え、その肉体を得た貴女は使徒の一人になりました!主上自ら『私の子供』とおっしゃったのです!」


 びしりと、こちらを指さして落ち武者は嗤う。


「貴女ぁ、見下してましたよねぇ?我々信者達を!その信仰心が貴女を生かしているのですよ!この薄汚い尻軽女!裏切り、我らの情報を売っていた売女の命をわざわざねぇ!」


「ええ。今も見下していますよ、貴方達を」


 すっぱりと言い切る。一瞬だけ周囲が静まり返った。


 あ、いけない。せっかくの『ボーナスタイム』だったのに、自分から断ち切るような真似をしてしまった。これは、もしかして本当に知能が胸にでも吸われているのか?槍を振るい辛い上にこれとは、巫女の性質を高める目的がなければ本当に鬱陶しいな。


「ふ、ふふ……理由二つ目。これが、私にとっては最も重要な事なんですがねぇ」


 落ち武者が嗤う。どうやら話しはまだ続くらしい。


 まあ一部の例外以外には感情なんて嘘っぱちに近いこいつだ。『あの人』に情報を流していた輩に罵倒されたとは言え、その二つ目の理由とやらを考えれば流すか。


「『新垣巧さん』の事ですか?」


「そう!あの男!私の作品を壊しつくし、私の友人達を殺しつくし、この私の脳みそを吹き飛ばした憎きあの男の事ですよぉ!」


 落ち武者が激昂し、頭を開いて内側の蛆を見せてくる。彼の感情に呼応する様に、蛆たちも慌ただしく蠢いていた。


「貴女ぁにわかりますかぁ!?二百年以上かけて作り上げた作品の数々を無残に燃やされた私の気持ちがぁ!運命の親友、迷子ちゃんと出会い、更に磨きあがったそれらに、目の前でガソリンをぶちまけられた悲劇がぁ!」


「知りませんよ。僕は画家でも陶芸家でもなんでもないので」


「教祖の元に集った同好の士たち!世界中から集った彼らも、皆死んでしまった!残っている幹部は私だけだ!何故か!?あの男が卑怯下劣な手段で殺したからだ!逃げ隠れしか能のない臆病者め!私の体に火をつけるまで姿すら現さず、顔にいたってはそれでも隠し続けた卑怯者!」


 どうやら完全にこちらの声が届いていないらしい。クールダウンしようと頭から乱暴に蛆を掴んで地面に投げつけては、地団駄を踏んで潰しているのにまだ落ち着かない。


「対物ライフルで私の頭蓋を吹き飛ばし、胸に二発も撃ち込んで、作品もろともガソリンをかけてきたあの男!これが、許せる、わけが、ないでしょうぅぅぅぅ!」


 ……そこまでされたなら死んでおけよ、人として。


 新垣さんも灰になるまで確認してくれればよかったのに。いや、普通頭吹き飛ばされて心臓も撃たれ、燃やされたら死んだと思うのが普通か?


 やっぱ目の前のこいつがおかしいだけだわ。


「さあ!だから話しなさい!今すぐ!奴がどこにいるのか!人相は!声は!身長は!体重は!靴のサイズは!全てを話せ!お前が持つあいつの情報全てを私に教えろ!ようやく、ようやくあいつに繋がる手がかりをつかんだのだ!」


 不用意にこちらへ近づこうとする落ち武者を制止するチルドレン。それに両腕を押さえられ、それでもこちらに近づこうと首を伸ばす男は唾をまき散らして吠え立てる。


 まるで狂った犬のようにがなり立てる落ち武者の頭からは、次々と蛆がこぼれ落ちていた。


 ……時間稼ぎはこれぐらいが限界か?


「主上がヒントを下さらなければわからなかった!それだけあの男を追うのは不可能に近かったのだ!だから、逃がさない!絶対に!絶対にぃ!」


「では、僕も貴方に良い情報をあげましょう」


 くるりと眼前で槍を回してみせる。だが、彼はなんら反応しない。どうやら『副作用』はここまできたらしい。懸念はチルドレンだけか。


 これだけ時間を稼げば新垣さん達も来るだろう。会長は……あとどれぐらいだろうか。あまり無茶はしないでほしいな。


「貴方の思い人はもうすぐここにやって来ますよ」


「っ……ここ、にぃぃぃ!?」


 目を見開いた落ち武者が意味もないのに周囲を見回す。そんな彼に、ゆっくりと指を一つだけたてた。


「さて……貴方は僕がどうやってここにやって来たか、忘れてはいませんか?」


「は?そんなもの……」


 槍で空に描いた円の中に跳び込む。それを阻止しようと杖から魔力弾を放つチルドレンたち。


 それらが起こす爆音の中、落ち武者の気の抜けた声が聞こえた。


「どうやって……いや、そもそもお嬢様の名前……なんだっけ?」


 魔力弾の一発を左肩に受けながら、ニヤリと笑って『ゲート』の先に倒れ込んだ。背後でゲートが閉じるのを確認し、紫色の肉塊に覆われた床で緩やかに息をする。


 さて……自分は後何分『僕』でいられるかな?


『さあ。それは私にもわからないなぁ。なんせ未来視は切ってあるからね』


読んで頂きありがとうございます。

感想、評価、ブックマーク。いつも励みにさせて頂いております。どうか今後ともよろしくお願いいたします。


最終章だからって登場人物増やしたから中々剣崎までいけねぇ……。


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― 新着の感想 ―
[一言] 「『新垣巧さん』の事ですか?」 「そう!あの男!私の作品を壊しつくし、私の友人達を殺しつくし、この私の脳みそを吹き飛ばした憎きあの男の事ですよぉ!」 一見まともに見え…
[一言] 後々を考えると所在不明な鎌足チルドレンが一番厄介だったから見つかったのは良かったけど、全員ここに揃ってるとも限らないし、戦力としても使徒がいっぱいなの辛いな。
[一言] 試練を乗り越えて使徒になった…数式を解いたとかだと使徒じゃなくて本人の化身になるだけだし、どんな方法使ったのやら。
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