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第百七十五話 乙女たちのお祭り

第百七十五話 乙女たちのお祭り


サイド 海原 アイリ



 拝啓、お婆ちゃんへ。お元気ですか?戦場に到着し、一太刀も振るう事もなく疲れた事はあるでしょうか。


 私はあります。というか今です。


『ぐわあああああ!?』


『おのれ、どこの組織が、がああああああ!?』


「ハハハハハ!!踊れ!歌え!お前らの絶望が最っ高のワインをうむのだ!」


 どちらが悪の組織なのかわからない事を叫びながら明里さんが美国を爆走させ、ビームをばら撒きながら怪異共を蹴散らしている。


 隊列を組み防衛線を維持しようとする敵勢力に、明里さんはその機動力と制圧力でもってしてひたすらに敵陣を横から食い破るというのを続けていた。なお、道中で道路は砕かれるし民家はバイクで風穴を開けていく。思考回路が蛮族ではないだろうか。


 こっちはとんでもない加速と急旋回の連続で、減速というかブレーキをどっかに置いてきた眼前のウォーモンガーのせいで喉が枯れそうだ。悲鳴の上げ過ぎで。


 もうね。ここまでネジがぶっ飛んだ人っている?もしかして鎌倉時代からタイムスリップでもしてきました?


 先ほどまでは自分も奴らをバラそうと思っていたのだが、あいにくとリーチが足りない。このバイクは横にもでかいしそもそもビームを撃ちまくっているせいで小太刀の間合いに敵がいないのだ。


 それはそうと。


「なんだか、外周をぐるぐる回っていませんか……?」


 明里さんが先ほどから威勢とは裏腹に敵本陣と思しき場所には突撃せず、ひたすら雑魚散らしに走っているのが気になった。


 いや、悪い事ではないのだ。怪異がらみの一件で不用意に敵陣地へ跳び込むのは非常に危険なのだから。最悪とんでもない初見殺しの罠が設置されている場合もあるとお婆ちゃんから聞いた事がある。


 ただ、この人の性格だと。


『ひゃぁ!我慢できねえ!とっとと殺して奴らの死体でバーベキューしようぜぇ!』


 とか言いそうなので不思議なだけだ。


「うーん。乗り込みたいのは山々だけどねぇ……うちの相棒が未だに来ないからもう少しだけ待ってあげようかと」


「ああ、なるほど」


 ようは寂しい――なんて事はまったくなく、『せっかくの祭りだしあの人も参加したいかなー』という彼女なりの善意であると。


 うん……そこは普通『寂しい』とか『不安』じゃないのか。なんでご馳走を勝手に食べちゃまずいという変な方向に遠慮が発生しているのか。


「あと。あくまで勘だけど私達だけで乗り込むのはまずい気がするんだよね。私も死にたいわけじゃないし。あ、けど殺し殺されはすごく楽しいし戦って死ぬなら全然アリだよ!」


「確かに」


 凄く納得した。戦場で命を散らすならまだしも、わけわからん罠で戦う事もできずに死ぬのは無念である。


 ならば、御屋形様がくるまで適当にここらの雑魚を刻むのが無難か。


 ついでに言えば敵将でも外に引きずり出せたのならなお良しだが……そもそも雑兵の数が思ったよりも多い。


 だがそれだけの数をぶつけられてもなお私達が足を止めずに動けるのは、やはり『美国』の力が大きいだろう。


 あくまで推測だが……コレには御屋形様の『腕一本分』と『いくらかの臓物』。そして『愛刀の欠片』等が仕込まれている気がする。野土村で野槌を焼き殺すのに使った魔道具を見た事があるが、アレよりも更に濃密な気配がするのだ。


 あの魔道具を御屋形様は『万が一にも信用できない奴には渡せない』と丹念に回収、破壊をしていた。


 つまりは、それほど明里さんを信用している証拠である。『相棒』というのは明里さんが勝手に言っている事ではない。御屋形様……蒼太さんもまた、この人を頼りにしているのだ。私自身、この人が凄い人なのだと言う事は短い付き合いでもよくわかっている。変人だけど。


 それが少しだけ悔しい。自分は彼にとっての『懐刀』でありたい。これが明里さん相手だから納得もいっているが、どこの馬の骨とも知らぬ相手だったら嫉妬のあまり蒼太さんに何をするか……。


 い、いや。なにって別にナニではないというか。わ、私はあくまで忠実な家臣であって。いや、夜伽とかそういうのを命じられたらとかそういうのは別に決してそんないやいやでも嫌というわけではなく。


「あ、そうそう。後ろのケースに蒼太さんから貴女宛てにパワーアップアイテムを預かってますよ」


「凄く大事な情報をサラッと渡すのやめてくださいませんか!?」


 人の脳みそがパンクしそうな時には特にやめて頂きたい!切実に!


「というかなんで明里さんが持っているんですか」


「デザインに女性の意見を聞きたいからと言われたからだね!任せてください。最高にかっこよくしたとも!」


 不安しかない。


 だが嬉しいのは嬉しいので、美国の後部座席周辺を探って真っ黒なアタッシュケースを探り出す。


 なにやら周囲では怪異の悲鳴がうるさいが、今は気にならない。


『アイリへ。最近物騒な世の中なので勝手ながら君の防具兼武具になる物を作れないかと、これを用意した。ありがた迷惑だったら、申し訳ないが送り返してもらえると助かる』


 そんなあの人らしいちょっと自信なさげな文章と共に、蒼と黒で彩られた籠手が入っていた。


 どこか鋭角なヒレを彷彿とさせるそれは、私がアマルガムを貰う前怪人となって戦っていた時の腕部に似た姿をしていた。


『君と初めて出会った島で入手した宝玉から情報を吸いだしてパクって(二重線)……参考にして作った籠手だ。君の力になってくれるのを祈る。使い方は装着すればわかると思う。我が大切な未来の家臣へ』


「っ~……!」


 なんというか、うん。


「左手の薬指につけた方がいいんでしょうか……」


「うーん、無理があるかな!サイズ的に!」


「はっ!?私はなにを?」


「はやく敵を皆殺しにしたーい!って言ってたよ」


「なるほど」


 一瞬変な事を口走った気がしたが、気のせいだったか。特に妙な事は言っていなかったらしい。


 というわけで早速左腕に装着。その状態で小太刀を持ち替え感覚を確かめる。うん、流石御屋形様。違和感が皆無である。


「それはそうと手の甲部分に『蒼黒の剣を咥えるサメの絵』があったのですが」


「私が書きました!」


「セクハラですよ明里さん!?」


「え、なにが……?」


「いえ、なんでもないです!」


 素で返された。奇人変人の代表格っぽい人に素で返された……!


 サメの仮面で隠れた顔を羞恥で赤くする。速く来い敵将。そしてこの空気を誤魔化してください……!


「むっ……」


 例の卵から無視できない魔力反応が複数、こちらに向かって飛んできているのを察知する。明里さんもそれに気づいたのが気配でわかった。


 ありがとうございます敵将と思しき人達!首は獲った後きちんと供養させて頂きます!


「明里さん」


「OK」


 アタッシュケースを元の位置にもどし、美国の座席を蹴って宙返り。くるりと空中をまわってから地面に着地する。


 戦力の分散は悪手。なれど、あのまま私が遊んでいるのもよくない。ならばいっそ、二方向から攻めるというのもアリだ。


 まあ、普通二人だけでそんな事は馬鹿のする事だが。


『な、なんだ。一人だけだぞ!』


『囲め!囲んで殺せ!』


 続々と集まる怪異共。ああ、そこだけは本当に尊敬する。これだけ理不尽かつ唐突に蹂躙されているというのに戦意は揺るがず、戦いを続行する姿勢には胸にくるものがある。


 狂信者であり、鬼畜外道の類なれど。その姿勢は『戦士』として敬意を抱こう。


「戦場には、馬鹿しか立てませんからね」


 籠手に魔力を流し込み、勢いよく拳を放つ。


 その先は足元の地面。人間どころか並みの怪異なら一撃で絶命させる拳はコンクリの地面を砕き、そこから大量の海水を噴出させた。


『な、なにぃ!?』


 動揺の声をあげる怪異どもが高波に飲まれて流されていく。無論、あちらも中々のもの。奇怪な右腕から雷撃を出しこちらを狙うが、あいにくとこれはただの海水ではない。


 そのほとんどが魔力で生み出されたものだ。物理法則を受け付けもするし、しない時もある。つまり、海水の壁は電撃を通すことなく飲み込んで、まとめて怪異へと叩きつけるのだ。


 そして、これの真骨頂はこれからにある。


 膝近くまで海水に浸かったまま立ち上がり、ゆるく左手を動かす。それだけで、ずるりと水でできたサメ達が浮かび上がった。


 この半径一キロ。今もなお広がっていく海面全てが、私の『武器庫』だ。


「喰らえ」


 水でできたサメが次々と怪異へと襲い掛かる。あちらこちらで悲鳴を上げながら迎撃する彼らだが、多勢に無勢。そのうえ雷撃以外の物理攻撃はすり抜けるだけの以上、碌な抵抗手段はない。


 さて、これで露払いは十分として――。


 後頭部目掛けて飛んできた魔力の塊を、後ろ回し蹴りで叩き落す。


「二体、ですか」


 卵から飛び出した気配は六つ。その内の二つはこちらという事は、残りは明里さんを追ったか。


 つまりこれが敵にとっての私への評価。さて、それが妥当か。はたまた不足か。試してみようではないか。


「『蒼黒の王』一の家臣!海原アイリ、おして参る!」


 黒と紫のローブを魔力の風で剥ぎ取り、謎の敵兵二人もその姿を晒す。


 色素の薄い、白に近い金色の髪。縦長の瞳孔を紫色に輝かせる金色の瞳。まるで死人のように白い肌に、その未成熟な体にぴったりと張り付いたレオタードみたいな黒と紫の衣装。背中からは魔力で構成された蝶の羽の様な物が展開されている。


 大雑把に言えば、ネットで見かけた深夜に放送されていそうな魔法少女。それの悪役版とでも言えばいいのか。


『教祖さま……!?』


『おお、我らが教祖様が来て下さった……!』


 サメに首やハラワタを食われ、海水へと引きずり込まれながらも怪異共――『真世界教』の信者達が指をくみ祈りを捧げる。


 まるで敬虔な殉教者のごときそれらの光景を、二体の『人形』は静かに見下ろしていた。



* *  *



サイド 新城 明里



 適当にその辺の怪異を轢き殺しながら、自分に迫ってくる魔力を美国が表示してくる。


 数は四つ。魔力量はかなりのもの。真っすぐと素直な軌道でこちらに向かってきていた。


『隙ありぃ!』


 なにやら『真世界教』の信者どもが四人ほど集まり、融合して巨大化している。


『『『『見ヨ!コレコソガ』』』』


「知ってる」


 美国の火力を集中させる事で一瞬にして焼き尽くす。断末魔も残させない。


 本っ当に不愉快だ。なにが『ピュートーン』だ。どこからどう見ても『ニードリヒ』のパクリではないか。


 今でも思い出すのだ、あの島での事は。悪夢と言っていい。


 民間人がたくさん死んだ?親子の愛?怪異に変えられた人々を殺す感傷?そんなものは全てどうでもいい。不快は不快だが、そんなもんは寝て起きたら忘れる。なんなら『相棒』で遊べばそれでそんな感情はすぐ晴れる。場合によっては戦闘のアドレナリンによりその場で洗い流せもする。


 だが、その『相棒』を虐めたという事実だけで万死に値する。


 彼を泣かせていいのは私だけだ。その境界線を越えてきたアレらは存在すらも不愉快である。


 蒼太さんを笑わせるのも、楽しませるのも、怒らせるのも誰がやろうと構わない。彼は私とは独立した個人であり、同時に無二の相棒である。


 だが、心の傷を勝手に作られるのは不愉快だ。私の相棒にああいう涙は似合わない。脳の一部がかき乱される。


 このスーパーパーフェクト美少女の脳のリソースを割かせるとかとんでもない大罪ぞ?人類の損失間違いなしだよ?わかってんのか畜生め。


「おっと」


 そうこうしている間にもう交戦距離だ。お出迎えの準備をしなくては。


 せっかくのお祭りだ。楽しまなくては大損だ!これだけ大規模なのはそうはお目にかかれない!心の底から堪能しなくては相手にも失礼というもの!


「美国ぃ!とぉべぇえええええええ!」


 アクセルを全開にし、直線の道路を突っ走る。助走なんていらないが、気分だ気分!


 あっという間に時速三百キロを突破。コンクリの地面を削りながら走る私の後ろをいくつもの魔力弾が突き刺さっていく。


 こちらのルートを予測して前方にも飛来する魔力弾が地面を砕き、その破片が正面に展開する障壁にぶつかって火花を散らす。わあ、すっごく綺麗!明里こういう死線大好きぃ!


「ハハハハハハ!いいねぇ、こうでなくっちゃぁ!」


 ハンドルのグリップを握りながら捻れば、それに合わせて美国の形状が変わっていく。


 もっとわかりやすく言おう。変形だ変形!ロマンだよヒャッハー!


 前輪と後輪が左右に割れてそれぞれ手足となり、私が乗っている箇所が胴体のやや上。人間だったら頭の位置にくる。もっとも、ほとんど胴体に埋まっているが。


 シルエットは三メートル前後の人型。そして背部からは骨組みのような物が突き出し、そこに魔力の皮膜が展開。蒼の炎をまき散らして飛翔する。


「これぞ!美国マークⅡの真の姿!崇めろ!怯えろ!羨め!称えろ!私と相棒の『合作』をぉぉ!」


 そう、これは合作である。ベースである美国と、炉心こそ相棒が用意したものだ……冷凍された左腕と内臓の一部が送られてきた時は『マジかあいつ』となったが。


 だが、もはや別物にまで改造したのは私自身。彼から教わった技術と、お母さんの魔導書を解析した結果を組み合わせた最高傑作。


 もう与えられた物で己が身を護る私じゃない。彼と共に戦場を駆ける、真の相棒である!


「さあさあさあぁぁぁ!遠からん者は音に聞け!近くば寄って目にも見よ!」


 両手に美国に固定していた二丁のショットガンを握る。特殊素材で作り上げたこのパイロットスーツなら、強化外筋により私のような華奢でか弱い乙女でも片手で銃の衝撃に耐えられるってぇ寸法よぉ!


 ちなみにショットガンは皆大好きポンプアクション式ではなく、見た目重視のレバーアクション式。どうしてかって?カッコイイからに決まってんだるぉぉぉぉぉおおおおおお!!??


「とある非凡な凡人の最高の相棒!このスーパーパーフェクト美少女が相手になってくれるわぁぁぁあああ!」


 決まったぁ!一度はやってみたかった戦場での名乗り!まあ実名は出してないけど!ほら、私みたいな美少女だと追っかけとかできたら面倒だし?けどスーパーパーフェクト美少女なんて私以外いないから結局個人情報明かしちゃってるかぁ!


 こちらに追ってくる四つの影。それらのあまりの加速にローブも仮面も空気によってはぎ取られる。


 中から出てきた顔には見覚えが――ないな。魔瓦迷子に似ているけど、別人だわ。


「誰じゃおどれら名を名乗れぇ!」


 口角が上がるのを感じながら足と思念の操作だけで美国を動かし、両腕からビームを撃ちながら接近。集団の中央を食い破りにいく。


 当然迎撃に魔力弾を撃ってくるが、そんなもん進みながらでも回避できる。横回転も交えて飛び、接近。向こうもビームを回避したが、すれ違いざまに左右一体ずつ顔面へと散弾を叩き込んでおいた。


 随分と面の皮が厚いらしい。ちょっと法律的にアウトなぐらい強化した火薬でもかすり傷程度か。


 瞬時に旋回して美国のビームを放つが、今度は一カ所に固まって魔力のシールドを展開。こちらの攻撃を防いでくる。数秒だけ、奇妙な沈黙と共に相対した。


 こちらを静かに見つめる八つの無機質な瞳に、笑顔を返してやる。美少女のスマイルだ、喜べ。


「名乗らないなら勝手に呼ぶね?お前らは今日から『豚』だ。行くぞ豚ども鏖殺してやる!面白おかしく鳴いて逝け!それが嫌なら私を殺してみせろ!」


 美国のアクセルを蹴りつけて、前へ。


「さあさあさあ!楽しい殺し合いのお時間だ!どっちが殺すか競争しましょう!そうしましょう!」


 いやぁ――やっぱ、こういう瞬間はとても楽しい。


 相棒で遊んでいる時と同じぐらい楽しいのだから、これほど生の実感を得られる事もそうそうないだろう。


 お父さん。お母さん。私、今日も元気です!


「ハッハー!私を殺したい奴から前に来い!このパーフェクト美少女様が派手に殺してあげますよぉ!」




読んで頂きありがとうございます。

感想、評価、ブックマーク。いつも励みにさせて頂いております。どうか今後ともよろしくお願いいたします。


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― 新着の感想 ―
[一言] > そう、これは合作である。ベースである美国と、炉心こそ相棒が用意したものだ……冷凍された左腕と内臓の一部が送られてきた時は『マジかあいつ』となったが。 何処まで病んでる…
[一言] こうして見比べると違いがわかる 戦い(目的)の為に好き放題戦闘ではっちゃける本家と 攻撃(手段)の為に好き放題戦闘をしたがる薫陶を受けたモノ 所詮やつは銃器と速度に取り憑かれただけのジャンキ…
[一言] アイリちゃん、その絵でその発想は相当溜まってますな・・・。
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