第百七十四話 私設部隊
第百七十四話 私兵部隊
サイド 宇佐美 京子
ヘリが本家の用意したヘリポートに到着し、すぐさま降りて風に乱される髪を押さえながら歩く。
すぐさま本家付きの特務メイドが駆け寄ってきた。
「お嬢様!お疲れ様です!急にお呼び立てして来ていただき、誠に申し訳ございません!」
「構わないわ!それよりも状況を!」
まだ止まっていないヘリの音に負けないよう大声で会話をし、チラリと例の卵へと視線を向ける。
……いま蒼い光が瞬いたような?
「謎の構造物の周囲に『真世界教』と思しき集団を確認。接触した部隊が戦闘。非常に好戦的であり、会話は不可能との事。また、謎の薬物により怪異へと変身。異様なまでに高い戦闘力をもっており、その接触した部隊とは通信が途絶えました」
「……そう。お爺様とお父様はなんと?」
「お父上は現在都知事や政治家達と連絡と連携を。自衛隊は動かせないそうですが、公安からの応援要員が来ているそうです」
「公安から?」
思わず立ち止まる。公安は万年人手不足で有名だ。例の依り代の一件で大半を導入していたはずなのに、どこからそんな戦力が出てきた?
だがすぐに足を動かす。今は立ち止まっている暇はない。
「それで、お爺様は?」
「ご当主は本家にて魔術を行っているとしか……ただ、お嬢様をすぐに東京に呼び戻し、私兵部隊の指揮をさせろとだけ」
本家で魔術……恐らく未来視か。私も詳しくは知らないが、かなりの精度だと聞く。それこそ『ティンダウロスの猟犬』が何匹も毎夜やってくる程度には。
まああそこの魔術防御は日本でも有数だ。そう簡単に突破される事はないから心配する必要はない。それよりも、お爺様が私を呼び戻した理由の方が気になる。
私が私兵部隊を動かす事にどんな意味が?いや、新垣巧がこちらに来て、例の公安から来た援軍とやらを指揮するなら連携をする為に必要かもしれないが……お父様やその腹心が揃っているこの場所でわざわざ?
正直、私は自分が未熟かつ凡才である自覚はしている。まとめ役や調整役としてはもっと相応しい人間がたくさんいるだろうに。やはり未来視というのはよくわからない。
「いいわ。ではこのまま私兵部隊に合流します。案内を」
「はっ!」
ヘリポートから車に乗って移動する。どういうわけか街に人がいない事もあって法定速度を完全に無視して移動できるのは楽だ。
しかし、本当になぜこんなにも人がいない?
「ねえ、どうして街に人がこんなにいないの?」
「はっ。恐らく『真世界教』が散布したと思しき魔法薬により、住民は夢遊病に近い状態で移動させられたからかと。薬の成分は不明。独自の技術で作られた物と推測されます」
「『真世界教』が?あそこはむしろ民間人を巻き込む行為を好んでいたはずだけど」
「それが、目撃情報には『ボロボロの真世界教のローブを着た女が狂った様な高笑いをしてばら撒いていた』とありまして」
「ああ、なら『真世界教』ね」
そんな頭のおかしい行動をするのは間違いなく奴らだ。警官にでも抵抗されたのかローブはボロボロだったようだが、そこまで不自然ではない。
それにしても一般人を相手に。それもこれだけの数に魔法薬をばら撒くなど。やはり狂人の集まりか。人道的にも魔術師の常識的にも狂っている。
真世界教……なんと危険な組織なのか。
「お嬢様、到着しました」
「ありがとう」
運転手に短く礼を言い、黒江と本家のメイドを引き連れて私兵部隊へ。
この三人で歩いているとコスプレ集団に見えそうだが、目の前の集団よりはマシだろう。
なんせ特殊部隊のようにヘルメットや防弾チョッキを身に纏っているのに、腰の銃以外にも槍や剣。大鎌や弓などをそれぞれ持っているのだ。ちぐはぐにも程がある。
だが、魔術の心得がある者が見れば思わずうなり声を出すに違いない。どれ一つとっても魔術の名家が家宝として保管しているような代物ばかりだ。お爺様の蔵から引っ張りだしてきたと見える。よほどの重大事件と踏んだらしい。
そして、公安からの援軍なのだが……不気味だ。
ぱっと見は素人の集まり。年齢も性別もバラバラな三十人ほどの集団。下は二十そこそこから上は六十過ぎまで。立ち姿も武術の心得がない私ですら様になっていないのがわかる。
安物のスーツを着て並ぶ姿は、その辺のサラリーマンやOLでも連れてきたのかと言いたくなる。というか、常人なら携行して使おうと思えない重機関銃などを持っていなければ実際に口に出ていたかもしれない。
だが、彼らの目を見ればそんな言葉も引っ込むというもの。
『狂信者』
この業界にいるとそう言った人種と遭遇する機会も少なくない。私自身戦った事も交渉した事もある。
神など、自分が信仰する対象のためなら死すらいとわぬ異常者の集まり。それらとまるっきり同じ目をしているのだ。
全員首に『妙に魔力の籠ったチョーカー』をしている。宗教のシンボルか何かだろうか?
まあいい。私兵部隊の隊長に声をかけた後、既に公安部隊と合流していた新垣巧の元へと向かう。
「先ほどぶりですね。今度もよろしくお願いします」
「ふっ……こちらこそ、宇佐美家のお力をあてにさせて頂きますとも」
相変わらず胡散臭い不敵な笑みを浮かべて握手をする新垣巧。
くっ……この男はきっと普段から剣崎くんのいやらしい乳首を好き放題しているのだ。それが少しだけ悔しい。
あれだけ私にセクハラめいた視線を向けてくるくせに、実際に手を出したのはおじ様相手とは。剣崎くんの性癖はどうなっているのだ。
「ふっ……そうそう。どうやら誤解があるようなので――」
「緊急です!」
私が連れてきた特務メイドが、耳の通信機に指をあてながら声をあげる。
「謎の二人組が『真世界教』の部隊と交戦している模様!魔力パターンが『蒼黒の王』に酷似しているとの事です!」
「なんですって……!?」
剣崎くんの魔力パターンに酷似した力を行使し、『真世界教』を相手にドンパチする二人組?なんだそれは。
いや、待て。そう言えば『彼女』は東京に住んでいると言っていた気がする。となると……。
「「まさか……」」
声が重なって、少し驚いて新垣巧の方へと視線を向ける。
なんと、いつも不敵な笑みを浮かべているあの男があからさまに動揺を顔に出しているではないか。
その事に内心で驚きながらも、脳裏に『王の相棒』と『王の家臣』を名乗る二人の少女を思い出す。
これはまた……お爺様も剣崎くんも、いったいどこまで先を見ていたのやら。
「ふっ……これはまた。随分と事態は動いているらしい。我らもすぐにでも行動に移すべきですね」
いつの間にか復活した新垣巧が、ニヒルな笑みを浮かべてこちらに視線を向けてくる。スーツの襟を直すふりをして、わざと『蒼黒の王』から貰った指輪を見せつけながら。
冷静に見えて、焦っている?私にすら本心の一端を見抜かれるほどに、あの公安のエースが。
……まさか、『嫉妬』か?
ありえる。若く美しい女性であるあの二人もまた、剣崎くんのお気に入りだ。新垣巧としては対抗意識を抱いても不思議ではない。
おっさんの嫉妬に付き合わされるのは業腹だが、こちらとしても何もしないわけにはいかないか。
「いいでしょう。こちらも動きます。隊長、隊の状況は?」
「はっ!いつでも出動可能です!」
「よろしい。では新垣さん。全体の指揮をお願いしますね」
初手で指揮権を投げるような事を言っても、私兵部隊からはなんの不満も出てこなかった。
私に動かされるよりはこの男に従った方がマシと思われたのか、はたまたお父様が直接用意した者達だけあって冷静かつ的確な判断をしたか。
理性では後者であると導き出すが、感情が前者ではないかと疑ってしまう。
「お嬢様」
すぐ後ろで、黒江が囁いてくれる。少しだけ気分が軽くなった。
「では参りましょう。私が手ずから鍛え上げ、そして王からの支援も受けた公安の虎の子部隊の力。とくとご覧にいれましょうとも」
そう言って新垣巧が片手をあげれば、公安部隊が一斉に自分のチョーカーに触れる。
変化はすぐに起きた。
蜘蛛と混ざったような大男。一本角の鬼。ラミア。四本腕の猪頭。馬と融合した騎士。その他もろもろ、統一性のない怪異の群れとなったではないか。
「さあ……我々がこの戦場の華となろうではありませんか。誰よりも鮮烈に、傲慢に、力の限りを振るうとしましょう」
「「「はっ!我ら『蒼黒の王』陛下にお仕えする騎士団!この身砕ける時まで、どこまでも!」」」
一斉に吠える怪異の集団。そんな百鬼夜行を引き連れて、不敵に笑う男が一人。
「なぁに……訓練通りにいこうじゃないか。我らは強い。臆するな。だけど気を緩めずに。いつも通りでいいのさ」
飄々とした風を装って、新垣巧は大股に歩いて行く。
その後を私達も続きながら、内心で冷や汗を流した。
思った以上に公安と『蒼黒の王』との繋がりが深い。まさか、事実上の私兵部隊を作り上げたあげく公安内部に飼わせていたなど。
これは、宇佐美家も本格的に剣崎くんへアプローチした方がいいのではないだろうか。
となるとやはり色仕掛けか。そして私がここに呼ばれた理由……そうか!
娘の私から、お父様を説得せよという意味……!イケおじにはイケおじで対応せよと、そういう事なのですねお爺様!
「お嬢様」
「なにかしら黒江」
「後で裸に剥いて『蒼黒の王』の所に放り込んでよろしいですか?」
「なんで……?」
どういう思考回路をしていたらそういう考えに至るのか……疲れているに違いない。今度一緒にゆっくりと温泉にでも行こう。久々に二人っきりで。
その時は私が背中を洗ってあげるのもいいかもしれない。小さい頃。それこそ兄が生きている頃は黒江とよくそうしたのだから。
……ああ。こんな時なのに別の事を考えてしまった。剣崎くんが『家族を助け出す』と言って依り代へと突入したからだろうか。
家族。あいにくと、私は言うほど家族との家族らしい記憶がない。決して疎まれていたわけではない。お爺様も、両親も、兄も、私を愛してくれていたと思う。ただ、皆忙しかっただけ。
ただ、私とずっと一緒にいてくれたのは。見守って、導いて、育ててくれたのは……。
もしもうちが普通の家だったなら、『母親』とはどういう感じなのだろう。
「お嬢様」
「ええ。わかっているわ、黒江」
そんな無意味な思考を中断し、東京の地図を脳内に書き出して戦闘地点やトラップなどについて脳のリソースを消費する。
本当に、無意味な思考だ。
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