百七十三話 我ら無敵の愚連隊
第百七十三話 我ら無敵の愚連隊
サイド 剣崎 蒼太
泡となって天に昇っていく依り代から魔力を操作してゆっくりと落下。呆然とする加山さんの前に着地する。
無論、その間に兜を再展開している。不特定多数に素顔は見せたくない。
……まあ、蛍が今回やらかした段階で正体を追われる可能性があるが。
だからと言ってこの子の罪を裏の人間に隠すつもりはない。
「え、は?」
「加山さん。とりあえず元凶は止めました。後の事をお願いできますか?」
「は、はあ。あの、その女の子は?」
蛍を指さす加山さんに、小さく頷く。
「この事件の実行犯です。身柄の確保と検査をお願いしたいのですが」
「わ、わかりました!」
「ああ、それと新垣さんと宇佐美さんにお話ししたい事があるのですが、二人はどちらに?」
敬礼していた加山さんが、気まずそうに目をそらす。
なにかあったのか?
「やはり愛人の心配を真っ先に……」
「あの噂は……」
「奴はいやらしい尻をしていると常々思っていた」
「山口さん?」
愛人?いやらしい尻?……ああ、もしかして宇佐美さんの事か?
まさか、自分の愛人とでも誤解されているのだろうか。彼女と懇意にしている所を見られてしまったか?だとしたらかなり申し訳ない事をした。
色々と立場がある人にそんな噂が流れるきっかけを作ってしまったとは。きちんと謝り、機会があれば誤解を解くようにしなければ。
「現在二人とも別件に動いておりまして……」
「別件に?」
「け、決して、『蒼黒の王』陛下の命を無視したわけではなく!陛下への信頼とやむにやまれぬ事情ゆえでして!断じて御身の事を軽んじているわけでは!」
「あ、いえ。新垣さんがそう判断したのなら余程の事態なのでしょう。場合によっては自分もそちらに向かいます。説明をお願いできますでしょうか」
「は、はいぃ!」
そこかしこから『やっぱり』という声がちらほらと。まさか宇佐美さんも新垣さんと同じ場所に行ったのか?余計に誤解が深まってしまったかもしれない。
「実は、現在東京にあるアバドンを保管している施設が乗っ取られたという報告がありまして」
「……なるほど」
自分の声が少し低くなったのを自覚する。
アバドンには、色々と思う所がある。罪悪感もあれば、嫌悪感も。アレがどういう理由であの姿になったかは知らないが、『生きたい』という思いは理解できる。だが、アレがあの三人を。そして多くの命を奪ったのも許せない。
本当に、我ながら複雑な思いだ。
だが今はそんな事は関係ない。問題は『アレが使徒の肉体』である事だ。他の使徒たちの肉体は完全に燃やしたが、アレだけはどうにもならなかった。
「ひっ……」
「詳しい状況は?」
「占拠した集団は『真世界教』の残党と思われます。アバドンを保管するドームが血管の浮いた卵のような姿となり、脈動している事が遠方より確認。これの対処に新垣さんと宇佐美家の方々が向かいました」
「わかりました。東京。それもアバドンが関わるというのなら自分も動きましょう。この子をよろしくお願いします」
「りょ、了解しました。誰か!ストレッチャーと拘束具を!」
女性隊員と思しき人とストレッチャーが来て、蛍を運んでいく。
いやに周囲から視線を感じるな。魔力は抑えているのだが、どこか怯えたような気配を感じる。
まあ、いい。それより言っておくべき事がある。
「加山さん」
「は、はい?」
「後でこの娘には面会したいと思っています。その時はよろしくお願いします。ただ……不審な動きをしたのならどのような手段で止めてくださっても構いません」
これは、言わなければならなかった。
蛍の体から邪神の力は完全に消えている。元々霊的な素質に乏しかった子だ。適合もほとんどしていなかったのだろう。それが功を奏した。
だが、それでも一度は邪神の側に立ったのだ。何を仕出かすかわからない。義兄として、むしろ自分が真っ先に言わねばならない事だ。
「……それは、射殺も構わないという事ですか?」
「加山殿!?」
周りの黒服たちが加山さんにギョッとした顔で怒鳴る。何を言っているんだという雰囲気だ。
「ええ。その解釈で問題ありません。それでこの子が死んでも、致し方ない事だと理解しております」
「了解しました。この少女の身柄は我々が責任をもって確保させて頂きます」
再度敬礼する加山さんに、頭を下げる。周囲から息をのむ声が聞こえた。
これが、現在自分にできる精一杯。事情の説明や、罪滅ぼしは一時後回しとさせて頂く。まずは、アバドンの死体をどうにかしなければ。
今の自分なら焼き尽くす事ができるはず。今度こそ、アレを完全に葬り去る必要がある。
……それに、東京には彼女がいる。相棒に限って勝手に死ぬというのはないだろうが……代わりに、すごいやらかしをしそうで怖い。
『Foooooooo!一般人には危ないお薬を散布だぁ!避難誘導だからちかたないね!アカリンむずかしいことわかんにゃ~い!ひゃぁっはっはっは!』
とか言いかねないし。
「加山!」
早速東京の方へと走り出そうとした時、下田さんが慌てた様子で走って来た。
「下田、お前指揮所はどうした」
「お前が通信にでねえからだよ!?あっ……」
今になって気づいたのか、こちらを見て固まる下田さん。とりあえず軽く会釈をしておいた。
「あ、どうも……じゃなくて、し、失礼しました!」
「いえ、お構いなく。それより何かあったのですか?」
背後でシャボン玉みたいに浮かんで消えていく依り代の件だろうか。それとも新垣さん達に何かあったのか?
「そ、それが。現在アバドンの保管場所で大変な事が……」
「ああ、その件ですか」
「御存じなのですか!?」
「さっき説明したからな」
「はい。先ほど加山さんから」
「なら『ビームをばら撒きながら空を飛ぶバイク』と『津波みたいになって暴れるサメの集団』はいったい!?」
「「 」」
「それと東京から避難してくるゾンビみたいに『うー』とか『あー』しか言っていない集団は!?」
「「 」」
「加山!何か新垣さんから連絡があったのか!?」
加山さんの肩を掴んで揺らす下田さん。そしてキャパオーバーして白目になる加山さん。
うん……すっげえ心当たりがある。バイクもサメもゾンビみたいになっている人達も。いや、ゾンビみたいって言ってもたぶん死んでないし一時間もすれば薬効もきれるだろうけども。
相棒……家臣……やっぱやらかしたかぁ。
* * *
剣崎が義理とは言え親殺しをしている頃。
サイド 海原 アイリ
拝啓、お婆ちゃん。私は今、風になりそうです。なりたくないです。
「ふっふー!ワッレらはムッテキの愚連隊ぃ!」
「ちぃがぁいぃまぁすぅぅうう!」
いつの間にぐれんたい?とやらに入れられたのか。どっちかというと『蒼黒の侍衆』とか『剣崎蒼太のゆかいな仲間たち』とかにしてほしい。
よ、嫁とかハーレムとかは、う、うん。まだそういうのは早いかなって。
はい現実逃避終わり。戦闘態勢に入るとしよう。もうすぐアバドンのいる卵だ。
……いや本当に速いなこのバイク。背後の道路が破壊されまくっているけども。戦車とかが通ったらこうなるんだろうか……。
「明里さん。正面の方向から気配が多数向かって来ています。恐らく敵集団かと」
「よっしゃー!私は敵に突撃を行う!」
「はい。私も行きます」
「ええ!?」
「……?」
なんで驚くのだろうか。
「敵を見つけたら奇襲か正面突撃か罠に引き込むのが普通ですよね?」
「小学校で習う常識ですね」
「なので突撃しましょう」
「……だね!!」
意見の一致である。何故か脳内お婆ちゃんが『どうして……』と言っている気がするがきっと気のせいだ。
お婆ちゃんが私にもっと島外の常識を学べとテレビを見るように言ってきたので、ネットで色々見たのだが、各所で『サーチアンドデストロイ!』とよく聞いたので常識なのだろう。
というわけで突貫。
「な、なんだあれは!?」
「公安か!?」
見えてきたのは如何にもな黒いローブを着た不審者集団。恐らく邪教の類。『真世界教』だったか?
流石に人間を殺すのは気が引けるな……。
「敵は二人!所属不明!」
「構わん!総員『ピュートーン』を使用せよ!」
「「「了解!!」」」
と思ったらなんか針のない注射して怪異になった。
よし。殺そう。
「ふーはっはっはぁ!人のままなら私も罪悪感を覚えたろうに、馬鹿な奴らよぉ!」
なんか前の人がラスボスっぽい事を言っている。あと絶対嘘だぞ。この人は人間相手でも容赦なく銃を乱射するという確信がある。
ローブの集団が変身したのは『二足歩行する深海魚』だ。基本的な骨格は人のままだが、全身を覆う紺色の鱗に、女性の胴ほどもある手足。だが右腕は銀色に輝き左腕よりも明らかに大きい。
そして顔面には金色に輝く四つの瞳。頭を一周するのではないかと言う程横に裂けた口からはズラリと鋭い牙が並んでいる。
ローブこそ着ているがどう見ても人外のそれ。放たれる悪臭と異様な魔力は、ともすれば常人が見れば意識を失うかもしれない。
『ゆくぞ!我らのげいじゅ』
「バァカァガ死ねぇえええええええ!」
『『『ぐわぁぁあああああああ!?』』』
「えっ」
バイクからビームが出た。意味が分からないのでもう一度言おう。バイクからビームが出た。
普通のバイクならライトがあるだろう部分から蒼い高熱量の熱線が放たれ、進行方向を塞ぐ怪異共を纏めて消し炭にしたのだ。
「よりにもよって私の相棒を泣かせた姿になるとか……これ、喧嘩うってますよねぇ……」
「あ、明里さん?」
人相手ならその匂いである程度感情を読みとれる。それが、明確なまで彼女の『怒り』を感じ取っていた。
「アイリちゃ~ん」
「は、はい」
速度を一切緩めずバイクを走らせながら、明里さんが振り向いて満面の笑みを浮かべる。
「こいつら皆殺しにしません?」
「ちなみに理由は?」
「蒼太さんを泣かせた力を使って悪事をしている」
「根切りですね」
抜刀。これより殲滅を開始する。
『な、斥候が!?』
『急速に接近する機影あり!は、速すぎる!?』
今度は先ほどよりも多い敵集団。既に怪異へと変身している。
故になんら良心の呵責なく斬れる。
奴らに向かってバイク『美国』からハリネズミのようにビームを放ちながら突撃を行う明里さん。
それはそれとして。
「明里さん!カーブ!次カーブですよ!?減速をぉ!」
「ふぅうううううう!皆殺しだキャッホー!!」
どぉして減速の概念がこの人にはないの?
お婆ちゃん。御屋形様。ガードレールどころか民家の壁やらなんやらを破壊して直進する明里さんの脳が少しだけ心配です。
読んで頂きありがとうございます。
感想、評価、ブックマーク。いつも励みにさせて頂いております。どうか今後ともよろしくお願いいたします。
Q.明里と時子って血縁ないのに言動が似てない?
A.時子があそこまではっちゃけたのは義姉との生活のせいでる。ぶっちゃけこのバーサーカー二人の元凶は『自称美人薄命の語源』です。片や薫陶。片や血筋。
こいつら出すとよほどの事がないとギャグ時空にされる……。




